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潜入!ハルト城【地下通路部隊】

ー/ー



ハルトの都を挟むように流れる川がある。
数百メートルほど上流に行くと、ジメッとした湿度の高い林があり、そこに木の高さに届くほどの大きな岩と、人間の背の高さの岩がゴロゴロと群れて転がっている場所がある。遠目から確認できるほど目立っているのだが、単純にその場所へ行くことは不可能だ。
何故なら……目に見えているようで見えていない、たどり着けるようでたどり着けない……惑わしの魔術が掛けられているからだ。

「へぇ?……相当なレベルの魔術だな。近くに住んでる奴らは近寄らねぇわけだ。」
「民やよく出入りのある行商などには注意喚起していましたしね。まぁでも……稀に旅人が迷い込んでしまうことが過去にありました。その時は術の管理者が気づいて事なきを得ていますが今はいません……ですので――」
「……」

タイミングよく足に当たる軽く硬い感触。動物の骨と思われるがマエナスの顔は絶妙な表情をしながら引きつる。

「あはは!そんな顔しないでマエナス。俺からあまり距離をとらないようにしてくれれば大丈夫だから」

結界の役割もしており、ハルトの王族の血を媒体にして儀式を経て掛けられたこの魔術は、王族の血に反応して道を示してくれる。血を持った人物を中心に半径2メートルの範囲で作用する特殊な術だった。付かず離れずの距離で進むしかないのは、王族を守る為であることを示している。

「俺からは見えてるからそこまで苦じゃないと思うけど……歩く速さは大丈夫かな?」
「そんなこと気にするな。時間に間に合うように進むことだけ考えろ……始まってんだ」

ハルトの都から聞こえ始めた爆音と破壊される建物の音。

「あと少し……行くよ!」

少し傾斜のあるぬかるんだ地面を蹴り、駆けあがるアクリス、マエナス、ファランクスの3人。場所に似合わない履き物のせいか、少し遅れるマエナスの手助けをしながらファランクスはアクリスの後を追う。
真っ直ぐ進むことはなく、目的の場所まで周り込んで前進していき約5分……。

「こんなあからさまにさらけ出されてるもんじゃねぇよな?」
「うん。俺がいるから反応してるんだ……開けるね」

岩のたもとがうす青色に歪み、重たい鉄の扉が浮かび上がって見えている。もちろんこの扉が見えるのも、触れるのも王族と範囲内人物のみだ。アクリスが扉を開き、すぐ足元には下る階段。

ファランクスが火の精霊を呼び出し、小鳥の松明として先を照らして奥へと進む。

道中は荒く掘り出された通路……ほぼ洞窟といってもいいほどの簡素な作りになっている。だが、周囲を取り巻く魔力の流れは北の【魔晶石の塔】に匹敵するほどの濃度があった。塔とは違い、術師の管理から放れてしまっている為――、

「マエナス大丈夫?」
「気にするなと言いたいところだが……ちょっときちぃな」
「微量な魔力しか保有してない俺でも気分悪いから……ごめんだけど少し我慢してほしい。城の地下まで行けばこれは消えるから」

何世代にも渡って施され続けている惑わしの術。
壁に時折浮き上がる様々な色の紋様が重なった魔法陣が光るたびに異なった魔力の流れが揺らぐ。魔術師には相当きつい乗り物酔いに似たような感覚を及ぼしてしまう。これも外敵が簡単に侵攻できないようにしている防衛術ではあるのだが、奪還の目的で進入することには対応していないようだった。

「私が支えます。さ、マエナス」
「……わるいな、頼む。」

チラチラと……ファランクスとマエナスの様子を確認しながらアクリスは進む。時折「ふふっ」と笑い声をこぼしていた。その声が聞こえてしまったらしい。

「なに笑ってんだ……」
「えっ!いやっ!……仲いいなって……やっぱファラ……」
「ち、ちがいまう!そういうんじゃないです!仲間ですから!」
「噛んでるし……マエナス見てる表情、俺見たことないもん」
「くっ!はははっ!!」

焦るファランクス、返事をせず笑って誤魔化すマエナス。
アクリスは冗談で言ったわけではなく本気で気にしている……状況が状況だけに支える腕を離すわけにもいかない為離すことも出来ず……アクリスの期待に応えてしまう形に収まってしまった。

「……まったく!」
「怒ってんのか?俺は別に――」
「あっ――」

気分の悪さで気だるい表情のマエナスが上目遣いでファランクスを見る。見た目は凛とした美人のマエナスだ……見つめられれば一定の男はその目を離せなくなるだろう。まだ短い期間ではあるが一緒に過ごす期間が長かったふたり……。

「なんてな?」
「くっ……冗談も程々にしてください!」
「わるいわるい……ふぅ……」
「――っしょ……ちょっとどころじゃないでしょう?無理しなくても私がいます……抵抗しないでくださいね?」

歩くのもままならなくなってきたマエナスを抱き上げるファランクス。

「……――できねぇよ」
「いい子です……王子、そこを左に行ってください。一度外壁側に出ますがここを長く通るより良いかと」
「あぁ、わかっ――……ふふっ。わかった、行こう……走るよ!」

しばらく進んだ先、三又に通路が分かれている。一本道では万が一があるのは当然。術以外でも惑わすための分かれ道。長年仕えてきたファランクスはこの通路の設計にも携わっており、地下の正しい道を教え込まれているアクリスよりも構造に詳しい。確実に前進しつつ、魔力濃度が薄まるのが早い順路を提案し走り抜けていく。

1枚、2枚……鉄格子の扉を抜け、白いレンガで整備された通路に入る。一定間隔に設けられた小窓から月明りが入り込む。
外の空気も混ざり呼吸も楽になり、マエナスの気分も緩和され、滲んでいた汗も収まり、ファランクスの胸から離れ立ち上がる。

「はぁ……さて……外も大分激しくなってきたみたいだな」
「トム達も動いたところでしょうか……ちょうどいい頃合いでしょう」
「ミイナのおかげもあるけど隠し部屋の詳細まではわからなかったみたいだし……この先の階段が埋められていなければ……」

慎重に、かつ足早に進む……前方を照らす火の小鳥とは別のぼんやりとした明かりが天井から漏れているのが見える。

「なぁんて心配なかったな……建て直したというより、複製して、都合のいい部屋の作りを変えた……というのが正しそうだ」
「一安心というところ。隠し部屋自体も地下に作られていますし……ここから上が本番ですね」

メリメリという音を出しながら天井の格子を外し、隠し部屋へ上る。微量の魔力を吸って部屋をぼんやりと……延々と照らす光の玉が中央に浮いている。一時的に休息が取れるようにと用意されたソファと簡易的なベッド、錆び付いてしまっているが剣や槍が壁に備えられていた。

「……ここはあの時から変わってない、ね」

少しだけ感じる懐かしい匂い……表情を穏やかに悲しくさせ、王が待機するための、煌びやかだっただろうカビ臭くなった大きな椅子に手を添えて呟くアクリス……その手を拳に変え、壁に近づきゆっくりと押す。ズズズズッっと滑るように横に開いた壁の先にある階段を上り城内へ――もう1枚壁を抜けると兵士の詰め所のひとつに出る。

「変ですね……なんでしょうこの臭い……」

城内を通路を抜け出た先……白を基調とした床と壁、青い絨毯が階段の上まで綺麗に敷かれた広間に出る。先に入ったファランクスが感じたやけに籠った悪臭。続いて入ったふたりも鼻を覆うほどの臭いが充満している。

「いくら不死が相手だっていっても……これは……」
「わざとだろーな。ほとんどの『力』は外に費やされてるだろうし、いるとすれば(せい)え――」

″ ――ご明察だよ侵入者 ! 褒めてあげるよっ !! ″

……脳内に響く少し高い男の声。どこか無邪気で、幼さと狂気を孕んだ声が響く。

「まだ最後まで言ってねぇのにせっかちな野郎だな?」
「……焦ってるんじゃないかな?」
「そうなんですかね……?」

『人』の気配は感じない。ただ声だけが届いている。一瞬静まり、外の戦闘の音が城内に響く。

″ もし誰かがここに来たら おもてなしをするようにっていわれてるんだ! だから うけとってね ! ″

広間に充満していた臭気が視認できる程の濃度を帯び、2箇所に分かれ、繭のように丸まり渦を巻いて吸い取り形を成していく。
広場全体の臭気が集まり、鼻をつく臭いは収まってきたが……その代わりに3人の目の前に立つ影から放たれるビリビリとした圧を受ける。

「あ……あぁ?」
「ゔうぅ……うぅぁ」

声ではなく、うめき声を発し、意識はまだ朧気といった様子の臭気から生まれた化物ふたつ。

「人……?」
「『だったもの』だと思われますが……」

右の化物は魔術師が好んで着るローブを纏い、左の化物は重装備の戦士の鎧を纏い……顔は両方とも原型がわからない腐り方をしている。

「まるで赤ん坊だな……少し小突いてみるか。【風の刃(ウィンドカッター)】っ!」

ゆらゆらと出来上がったばかりの自分の体を確かめている化物ふたつに向かってマエナスは攻撃を放った。半透明の三日月型の刃が勢いよく飛んでいく。

ビシャッ!

「はっ……!マジか……」

まだ動きが鈍いと思っていた魔術師の化物が素早い動きで腕を振ると自分の腐り落ちている体の一部に魔力を帯びさせ飛ばし、相殺する。

「おいおいおい……っ!脳みそ腐ってるはずなのに反射速度と魔術の理解がはやすぎだろ」
「そうみたいだねっ……!」

足音は無かった。
魔術師が動いたことに即座に反応したのだろう、一瞬でアクリスの眼前に詰めていた戦士の化物は大斧を振り上げている。気配で感じ取れていたアクリスは横に飛び、転がり、低い体勢を取って素早く剣を抜き、振り下ろした大斧で床を割っている戦士に体と視線を向ける。

「わりぃ……俺が迂闊だった」
「どうせ戦うことになるんですから気にしないでください」

ファランクスも剣を抜き構え、相手の立ち位置を見て立ち回りを考える。

「王子!この大きな方はどうやら貴方に興味がおありの様子……お相手して差し上げてください!」
「や……まぁ……たしかにそれが一番だけど堅そうだな……」
「支援はします。では……」

マエナスを狙う魔術師の視線を遮るように向かい合い、構えた剣を大きく円を描くように振る。その軌跡は炎の輪になり、地下で照明の役割をした時と同じ火の小鳥と、大きな鷹を模した火の精霊たちに変わり飛び立っていく。

1羽の火の鷹はアクリス元に飛んでいき、構えた剣に絡み、赤く輝きを纏い熱を持たせた切れ味と威力を上げる火の精霊魔法を宿らせた。

「待ってました……!」
「その子はしばらく付かせます!うまく使ってあげてください!」

アクリスばかりを気にしてはいられない。
ドロドロの腐った顔だった魔術師……徐々に人の形になり始めていた。自身の体の変化も気にしてはいるようだが、危害を加えてきたマエナスへの攻撃にも手を抜いていなかった。

大型の刃……三日月の形を成し、手前に立つファランクスを無視し、マエナスの両サイドを狙って攻撃魔法が飛んでくる。

「はっ……ぁ?!」

その魔法を目にしたマエナスは驚く。自分と同じ風の魔法が向かってくる……驚いたことによって動作が遅れ、防御の魔法を展開することが出来なかった。
直撃するかと思われたが、ファランクスの精霊たちが刃にぶつかり相殺し、難を逃れた。

「引きこもっていたせいで鈍ったんですか?」
「ちげぇよ……驚いたのは確かだが……俺の放った魔法は【ウィンドール】の上位魔術師にだけ使えるもんなんだ。複製(コピー)も出来ねぇように複雑にされてんだよ」
「つまり……彼は貴女の故郷の方であると?」
「……知ってる奴だとしたら気分がわりぃ……せめて顔がわかる前に倒してぇところだがな……」

動揺……あからさまに嫌そうな顔をするマエナス。
単純な戦闘行為だけをすれば済む状況ではなくなったことで相手の攻撃に備え構える姿勢も少しばかり後ろに引けている。
マエナスがどんな思いで崩壊する故郷を見てきたか……その気持ちをすべて理解することはできない。
ただ彼女にあの時と同じ思いをさせないこと、彼女の手で討たせるわけにはいかないと……心の奥底に闘志を滾らせ迎え撃つファランクス。

「マエナス!あなたは下がっていてください、私が終わらせてきます!」
「かっこつけんなっ!俺も覚悟決めてここまで来てること忘れんな!」

再び風の刃が生成され始める。
今度は数で攻めようとしていた。
広範囲に複数の刃が展開され、逃げ場を作らせる隙を作らせない上に、その魔術操作技術を使って後方で戦士と対峙しているアクリスにも狙いを定めている。

「正々堂々……そんな考えは捨てた方がいいみたいですね?では……我々もそれに習って」
「やってやろうじゃねぇか……行けファランクス!」

フッと息をひと息、ファランクスは獲物を狙い高速で突貫する大鷲のような速さで距離を詰める。もちろん元々の速さもあるが、マエナスの風魔法による支援を受けその速さは目で追えるものではなくなっている。
そしてファランクスは己の剣に火の精霊の力を更に強く送り込み、魔術師の懐で止まったところで追い風を受け炎が上がる。

「……2度も利用されること、あなたも本望ではないのでしょう?」
「う……あぁ……ああ……」

床を削りながら振り上げられた剣は魔術師の体を縦に半分にした。出来上がり始めた瞳から滲みでたであろう涙は流れることなく剣の炎で蒸発し、全身ごと消え去った。
心臓にあたる部分にあったらしい核も無くなり、再生することはもうないことが確認できのだが、発動した魔法が消え去ることはなかった。
あの涙の本当の意味はこのことだったのかもしれない。
最後の最後まで自分の意志など関係なく利用されていることを象徴するかのように四方八方に飛んでいき、いくつかの風の刃はアクリスの体を傷つけていた。

「王子!!」
「アクリス!!」

マエナスは同じ魔法を使い刃を相殺し、ファランクスは精霊を使いぶつかりながらアクリスの元へ走りる。
集中的に刃が集まった場所……そこにアクリスはいた。砂埃が当たりを見えにくくしているが、赤く光るアクリスの剣が隙間から見え、合流することが出来た。

「これは受けてもいい傷だよファラ、マエナス……急所は避けてるっ」
「そういう問題じゃないでしょう!!」

直接魔術師の最後を見たわけではない。
よけきれなかった刃が当たっただけだった。
体に魔法が触れた時に一瞬見えた魔術師の思いに【王の瞳】がゆすぶられた。

「コムもカインもこっちにこれねぇんだ!無駄にケガなんかしてんじゃねぇ!」
「それはわかるんだけど……でも……そうしなきゃあいつはこうなっていなかったんだ」
「なにをおっしゃって――な……」

アクリスの相手をしていた戦士にも刃は当たっていた。
砂埃が薄くなり、戦士の姿を見ると当たっているというよりは当てていたという表現が正しいと思えるほどボロボロの姿だった。鎧は砕かれ、核が剥き出しの状態になるまで切り裂かれ屈強に見えていた戦士の体はあまりにも頼りなく……なんとかバランスをとって立っているだけ。

「彼も……もう終わりにしたいんだ」
「王子……?」

青く澄んだ瞳が一瞬光を帯びるのを見た。

「ぐぅぅっ……!!オォォォオオオ!!」

雄叫びを上げると欠損部分が徐々に再生を始める。
ビリビリと大気を震わせながらその場から動かず、叫び続ける戦士はアクリスの接近に気付いていない。
先程までの好戦的な様子はなく、ただその時を待っていたように自分の核にアクリスの剣が深く刺さっていくのを受け入れていた。

「見たんだろうよ……【王の瞳】を。」
「そう……なのでしょうね……でなければあんな風に穏やかに逝くことは……」

【王の瞳】の力の片鱗を目の当たりにする。
魔術師の意志が見えたことも、戦士の声の本当の意味が見えたのも……民の声を聞き、民の為に歩み、民を救いたいと強く思うアクリスの意志に【王の瞳】が応え力を添えたのだろう。

「……ファラ」
「は、はい王子?どうしました?」

死臭が消え去り、謎の声の気配も消え、城外での戦闘の音が遠くで響くだけになった広間……上階へ通じる階段を見ながらアクリスは言った。

「この気持ちはきっと怒りだと思う……この気持ちをぶつけても……いいだろうか」

それは迷いのない正しい怒りなのだと信じて前へ。


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ハルトの都を挟むように流れる川がある。
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何故なら……目に見えているようで見えていない、たどり着けるようでたどり着けない……惑わしの魔術が掛けられているからだ。
「へぇ?……相当なレベルの魔術だな。近くに住んでる奴らは近寄らねぇわけだ。」
「民やよく出入りのある行商などには注意喚起していましたしね。まぁでも……稀に旅人が迷い込んでしまうことが過去にありました。その時は術の管理者が気づいて事なきを得ていますが今はいません……ですので――」
「……」
タイミングよく足に当たる軽く硬い感触。動物の骨と思われるがマエナスの顔は絶妙な表情をしながら引きつる。
「あはは!そんな顔しないでマエナス。俺からあまり距離をとらないようにしてくれれば大丈夫だから」
結界の役割もしており、ハルトの王族の血を媒体にして儀式を経て掛けられたこの魔術は、王族の血に反応して道を示してくれる。血を持った人物を中心に半径2メートルの範囲で作用する特殊な術だった。付かず離れずの距離で進むしかないのは、王族を守る為であることを示している。
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「そんなこと気にするな。時間に間に合うように進むことだけ考えろ……始まってんだ」
ハルトの都から聞こえ始めた爆音と破壊される建物の音。
「あと少し……行くよ!」
少し傾斜のあるぬかるんだ地面を蹴り、駆けあがるアクリス、マエナス、ファランクスの3人。場所に似合わない履き物のせいか、少し遅れるマエナスの手助けをしながらファランクスはアクリスの後を追う。
真っ直ぐ進むことはなく、目的の場所まで周り込んで前進していき約5分……。
「こんなあからさまにさらけ出されてるもんじゃねぇよな?」
「うん。俺がいるから反応してるんだ……開けるね」
岩のたもとがうす青色に歪み、重たい鉄の扉が浮かび上がって見えている。もちろんこの扉が見えるのも、触れるのも王族と範囲内人物のみだ。アクリスが扉を開き、すぐ足元には下る階段。
ファランクスが火の精霊を呼び出し、小鳥の松明として先を照らして奥へと進む。
道中は荒く掘り出された通路……ほぼ洞窟といってもいいほどの簡素な作りになっている。だが、周囲を取り巻く魔力の流れは北の【魔晶石の塔】に匹敵するほどの濃度があった。塔とは違い、術師の管理から放れてしまっている為――、
「マエナス大丈夫?」
「気にするなと言いたいところだが……ちょっときちぃな」
「微量な魔力しか保有してない俺でも気分悪いから……ごめんだけど少し我慢してほしい。城の地下まで行けばこれは消えるから」
何世代にも渡って施され続けている惑わしの術。
壁に時折浮き上がる様々な色の紋様が重なった魔法陣が光るたびに異なった魔力の流れが揺らぐ。魔術師には相当きつい乗り物酔いに似たような感覚を及ぼしてしまう。これも外敵が簡単に侵攻できないようにしている防衛術ではあるのだが、奪還の目的で進入することには対応していないようだった。
「私が支えます。さ、マエナス」
「……わるいな、頼む。」
チラチラと……ファランクスとマエナスの様子を確認しながらアクリスは進む。時折「ふふっ」と笑い声をこぼしていた。その声が聞こえてしまったらしい。
「なに笑ってんだ……」
「えっ!いやっ!……仲いいなって……やっぱファラ……」
「ち、ちがいまう!そういうんじゃないです!仲間ですから!」
「噛んでるし……マエナス見てる表情、俺見たことないもん」
「くっ!はははっ!!」
焦るファランクス、返事をせず笑って誤魔化すマエナス。
アクリスは冗談で言ったわけではなく本気で気にしている……状況が状況だけに支える腕を離すわけにもいかない為離すことも出来ず……アクリスの期待に応えてしまう形に収まってしまった。
「……まったく!」
「怒ってんのか?俺は別に――」
「あっ――」
気分の悪さで気だるい表情のマエナスが上目遣いでファランクスを見る。見た目は凛とした美人のマエナスだ……見つめられれば一定の男はその目を離せなくなるだろう。まだ短い期間ではあるが一緒に過ごす期間が長かったふたり……。
「なんてな?」
「くっ……冗談も程々にしてください!」
「わるいわるい……ふぅ……」
「――っしょ……ちょっとどころじゃないでしょう?無理しなくても私がいます……抵抗しないでくださいね?」
歩くのもままならなくなってきたマエナスを抱き上げるファランクス。
「……――できねぇよ」
「いい子です……王子、そこを左に行ってください。一度外壁側に出ますがここを長く通るより良いかと」
「あぁ、わかっ――……ふふっ。わかった、行こう……走るよ!」
しばらく進んだ先、三又に通路が分かれている。一本道では万が一があるのは当然。術以外でも惑わすための分かれ道。長年仕えてきたファランクスはこの通路の設計にも携わっており、地下の正しい道を教え込まれているアクリスよりも構造に詳しい。確実に前進しつつ、魔力濃度が薄まるのが早い順路を提案し走り抜けていく。
1枚、2枚……鉄格子の扉を抜け、白いレンガで整備された通路に入る。一定間隔に設けられた小窓から月明りが入り込む。
外の空気も混ざり呼吸も楽になり、マエナスの気分も緩和され、滲んでいた汗も収まり、ファランクスの胸から離れ立ち上がる。
「はぁ……さて……外も大分激しくなってきたみたいだな」
「トム達も動いたところでしょうか……ちょうどいい頃合いでしょう」
「ミイナのおかげもあるけど隠し部屋の詳細まではわからなかったみたいだし……この先の階段が埋められていなければ……」
慎重に、かつ足早に進む……前方を照らす火の小鳥とは別のぼんやりとした明かりが天井から漏れているのが見える。
「なぁんて心配なかったな……建て直したというより、複製して、都合のいい部屋の作りを変えた……というのが正しそうだ」
「一安心というところ。隠し部屋自体も地下に作られていますし……ここから上が本番ですね」
メリメリという音を出しながら天井の格子を外し、隠し部屋へ上る。微量の魔力を吸って部屋をぼんやりと……延々と照らす光の玉が中央に浮いている。一時的に休息が取れるようにと用意されたソファと簡易的なベッド、錆び付いてしまっているが剣や槍が壁に備えられていた。
「……ここはあの時から変わってない、ね」
少しだけ感じる懐かしい匂い……表情を穏やかに悲しくさせ、王が待機するための、煌びやかだっただろうカビ臭くなった大きな椅子に手を添えて呟くアクリス……その手を拳に変え、壁に近づきゆっくりと押す。ズズズズッっと滑るように横に開いた壁の先にある階段を上り城内へ――もう1枚壁を抜けると兵士の詰め所のひとつに出る。
「変ですね……なんでしょうこの臭い……」
城内を通路を抜け出た先……白を基調とした床と壁、青い絨毯が階段の上まで綺麗に敷かれた広間に出る。先に入ったファランクスが感じたやけに籠った悪臭。続いて入ったふたりも鼻を覆うほどの臭いが充満している。
「いくら不死が相手だっていっても……これは……」
「わざとだろーな。ほとんどの『力』は外に費やされてるだろうし、いるとすれば|精《せい》え――」
″ ――ご明察だよ侵入者 ! 褒めてあげるよっ !! ″
……脳内に響く少し高い男の声。どこか無邪気で、幼さと狂気を孕んだ声が響く。
「まだ最後まで言ってねぇのにせっかちな野郎だな?」
「……焦ってるんじゃないかな?」
「そうなんですかね……?」
『人』の気配は感じない。ただ声だけが届いている。一瞬静まり、外の戦闘の音が城内に響く。
″ もし誰かがここに来たら おもてなしをするようにっていわれてるんだ! だから うけとってね ! ″
広間に充満していた臭気が視認できる程の濃度を帯び、2箇所に分かれ、繭のように丸まり渦を巻いて吸い取り形を成していく。
広場全体の臭気が集まり、鼻をつく臭いは収まってきたが……その代わりに3人の目の前に立つ影から放たれるビリビリとした圧を受ける。
「あ……あぁ?」
「ゔうぅ……うぅぁ」
声ではなく、うめき声を発し、意識はまだ朧気といった様子の臭気から生まれた化物ふたつ。
「人……?」
「『だったもの』だと思われますが……」
右の化物は魔術師が好んで着るローブを纏い、左の化物は重装備の戦士の鎧を纏い……顔は両方とも原型がわからない腐り方をしている。
「まるで赤ん坊だな……少し小突いてみるか。【|風の刃《ウィンドカッター》】っ!」
ゆらゆらと出来上がったばかりの自分の体を確かめている化物ふたつに向かってマエナスは攻撃を放った。半透明の三日月型の刃が勢いよく飛んでいく。
ビシャッ!
「はっ……!マジか……」
まだ動きが鈍いと思っていた魔術師の化物が素早い動きで腕を振ると自分の腐り落ちている体の一部に魔力を帯びさせ飛ばし、相殺する。
「おいおいおい……っ!脳みそ腐ってるはずなのに反射速度と魔術の理解がはやすぎだろ」
「そうみたいだねっ……!」
足音は無かった。
魔術師が動いたことに即座に反応したのだろう、一瞬でアクリスの眼前に詰めていた戦士の化物は大斧を振り上げている。気配で感じ取れていたアクリスは横に飛び、転がり、低い体勢を取って素早く剣を抜き、振り下ろした大斧で床を割っている戦士に体と視線を向ける。
「わりぃ……俺が迂闊だった」
「どうせ戦うことになるんですから気にしないでください」
ファランクスも剣を抜き構え、相手の立ち位置を見て立ち回りを考える。
「王子!この大きな方はどうやら貴方に興味がおありの様子……お相手して差し上げてください!」
「や……まぁ……たしかにそれが一番だけど堅そうだな……」
「支援はします。では……」
マエナスを狙う魔術師の視線を遮るように向かい合い、構えた剣を大きく円を描くように振る。その軌跡は炎の輪になり、地下で照明の役割をした時と同じ火の小鳥と、大きな鷹を模した火の精霊たちに変わり飛び立っていく。
1羽の火の鷹はアクリス元に飛んでいき、構えた剣に絡み、赤く輝きを纏い熱を持たせた切れ味と威力を上げる火の精霊魔法を宿らせた。
「待ってました……!」
「その子はしばらく付かせます!うまく使ってあげてください!」
アクリスばかりを気にしてはいられない。
ドロドロの腐った顔だった魔術師……徐々に人の形になり始めていた。自身の体の変化も気にしてはいるようだが、危害を加えてきたマエナスへの攻撃にも手を抜いていなかった。
大型の刃……三日月の形を成し、手前に立つファランクスを無視し、マエナスの両サイドを狙って攻撃魔法が飛んでくる。
「はっ……ぁ?!」
その魔法を目にしたマエナスは驚く。自分と同じ風の魔法が向かってくる……驚いたことによって動作が遅れ、防御の魔法を展開することが出来なかった。
直撃するかと思われたが、ファランクスの精霊たちが刃にぶつかり相殺し、難を逃れた。
「引きこもっていたせいで鈍ったんですか?」
「ちげぇよ……驚いたのは確かだが……俺の放った魔法は【ウィンドール】の上位魔術師にだけ使えるもんなんだ。|複製《コピー》も出来ねぇように複雑にされてんだよ」
「つまり……彼は貴女の故郷の方であると?」
「……知ってる奴だとしたら気分がわりぃ……せめて顔がわかる前に倒してぇところだがな……」
動揺……あからさまに嫌そうな顔をするマエナス。
単純な戦闘行為だけをすれば済む状況ではなくなったことで相手の攻撃に備え構える姿勢も少しばかり後ろに引けている。
マエナスがどんな思いで崩壊する故郷を見てきたか……その気持ちをすべて理解することはできない。
ただ彼女にあの時と同じ思いをさせないこと、彼女の手で討たせるわけにはいかないと……心の奥底に闘志を滾らせ迎え撃つファランクス。
「マエナス!あなたは下がっていてください、私が終わらせてきます!」
「かっこつけんなっ!俺も覚悟決めてここまで来てること忘れんな!」
再び風の刃が生成され始める。
今度は数で攻めようとしていた。
広範囲に複数の刃が展開され、逃げ場を作らせる隙を作らせない上に、その魔術操作技術を使って後方で戦士と対峙しているアクリスにも狙いを定めている。
「正々堂々……そんな考えは捨てた方がいいみたいですね?では……我々もそれに習って」
「やってやろうじゃねぇか……行けファランクス!」
フッと息をひと息、ファランクスは獲物を狙い高速で突貫する大鷲のような速さで距離を詰める。もちろん元々の速さもあるが、マエナスの風魔法による支援を受けその速さは目で追えるものではなくなっている。
そしてファランクスは己の剣に火の精霊の力を更に強く送り込み、魔術師の懐で止まったところで追い風を受け炎が上がる。
「……2度も利用されること、あなたも本望ではないのでしょう?」
「う……あぁ……ああ……」
床を削りながら振り上げられた剣は魔術師の体を縦に半分にした。出来上がり始めた瞳から滲みでたであろう涙は流れることなく剣の炎で蒸発し、全身ごと消え去った。
心臓にあたる部分にあったらしい核も無くなり、再生することはもうないことが確認できのだが、発動した魔法が消え去ることはなかった。
あの涙の本当の意味はこのことだったのかもしれない。
最後の最後まで自分の意志など関係なく利用されていることを象徴するかのように四方八方に飛んでいき、いくつかの風の刃はアクリスの体を傷つけていた。
「王子!!」
「アクリス!!」
マエナスは同じ魔法を使い刃を相殺し、ファランクスは精霊を使いぶつかりながらアクリスの元へ走りる。
集中的に刃が集まった場所……そこにアクリスはいた。砂埃が当たりを見えにくくしているが、赤く光るアクリスの剣が隙間から見え、合流することが出来た。
「これは受けてもいい傷だよファラ、マエナス……急所は避けてるっ」
「そういう問題じゃないでしょう!!」
直接魔術師の最後を見たわけではない。
よけきれなかった刃が当たっただけだった。
体に魔法が触れた時に一瞬見えた魔術師の思いに【王の瞳】がゆすぶられた。
「コムもカインもこっちにこれねぇんだ!無駄にケガなんかしてんじゃねぇ!」
「それはわかるんだけど……でも……そうしなきゃあいつはこうなっていなかったんだ」
「なにをおっしゃって――な……」
アクリスの相手をしていた戦士にも刃は当たっていた。
砂埃が薄くなり、戦士の姿を見ると当たっているというよりは当てていたという表現が正しいと思えるほどボロボロの姿だった。鎧は砕かれ、核が剥き出しの状態になるまで切り裂かれ屈強に見えていた戦士の体はあまりにも頼りなく……なんとかバランスをとって立っているだけ。
「彼も……もう終わりにしたいんだ」
「王子……?」
青く澄んだ瞳が一瞬光を帯びるのを見た。
「ぐぅぅっ……!!オォォォオオオ!!」
雄叫びを上げると欠損部分が徐々に再生を始める。
ビリビリと大気を震わせながらその場から動かず、叫び続ける戦士はアクリスの接近に気付いていない。
先程までの好戦的な様子はなく、ただその時を待っていたように自分の核にアクリスの剣が深く刺さっていくのを受け入れていた。
「見たんだろうよ……【王の瞳】を。」
「そう……なのでしょうね……でなければあんな風に穏やかに逝くことは……」
【王の瞳】の力の片鱗を目の当たりにする。
魔術師の意志が見えたことも、戦士の声の本当の意味が見えたのも……民の声を聞き、民の為に歩み、民を救いたいと強く思うアクリスの意志に【王の瞳】が応え力を添えたのだろう。
「……ファラ」
「は、はい王子?どうしました?」
死臭が消え去り、謎の声の気配も消え、城外での戦闘の音が遠くで響くだけになった広間……上階へ通じる階段を見ながらアクリスは言った。
「この気持ちはきっと怒りだと思う……この気持ちをぶつけても……いいだろうか」
それは迷いのない正しい怒りなのだと信じて前へ。