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邂逅

ー/ー



 三年二組の教室には、教壇のあたりでなにやら話している一組の男女がいるだけだった。彼らが出入り口の前で中を覗き込む私たちに気づくと、セミロングの髪をした女の方が「もしかして入部希望の子?」と穏やかな笑顔を見せた。
「あ、はい」
 緊張のせいで声が硬くなっている夏芽に、女先輩が「先生から聞いてるよ。どうぞ」と優しく手招きをしてくれる。男先輩の方は、教卓に肘をついて寄りかかって無表情のままこちらを見つめているだけだ。フレームのない眼鏡をしているせいか、そんな佇まいが冷たく映る。生真面目っぽいけれどどこか陰気そうで、個人的には関わりたくないタイプの男だった。
「えっと、和久井さんと小瀬さんね。私は樋渡綾(ひわたりあや)です。一応ボランティア部の部長をさせてもらってるの。まあ、見ての通り部員は二人しかいないんだけどね」
 教卓の真ん前の席に座らされた私たちに、樋渡先輩はにこやかに自己紹介する。「部長」となぜかちょっと嬉しそうに口にした夏芽を見て、彼女は慈しむように笑みを深めた。
「で、こっちの仏頂面が長岡聡一郎(ながおかそういちろう)。安心して、別に怒ってるわけじゃないの。いつもこんな顔してるだけだから」
 私たちから視線を向けられても、長岡先輩は僅かに会釈らしき仕草を見せたのみで、その薄い唇は閉ざされたままだった。なんだこいつ、と私は思った。せっかく少しリラックスしていた夏芽も、一気に緊張を思い出したようだった。
「じゃ、早速活動内容について説明していいかな」
 てっきり口頭で簡単に伝えられるか、せいぜい藁半紙か何かにプリントされたものを渡されるだけだと思っていたけれど、二人はきびきびとした動作でノートパソコンにコードをつなぎ、窓のカーテンを閉め、黒板の前にスクリーンを垂らし、照明を落とし、リモコンを操作してなにかのスイッチを入れた。すると天井のプロジェクターが起動して、〈ボランティア部 活動内容報告〉とパワーポイントの画面が表示された。
 美化活動、募金活動、障害者スポーツ大会の補助スタッフ、図書ボランティア等々、去年の活動実績が写真つきで表示されていて、その一つひとつを樋渡先輩が説明していく。昨年度の活動報告なのに、卒業生たちではなく、樋渡先輩の写真ばかりが使われているのが不思議だった。
「ざっとだけど、これで説明は終わり。今年はここまで精力的に活動できるかわからないけど、あなたたちが入ってくれるなら、できる限りいい経験ができるように部長として頑張らせてもらうね」
 終始穏やかな表情と口調で、人当たりも良い。身なりも整っていて、メイクも派手すぎないナチュラルで、ザ・清楚って感じの樋渡先輩。第一印象で言えば、非の打ちどころが一つもない。
 だけど私は、どうしてかそこに胡散臭さのようなものを感じてしまう。ほとんど、直感的に。
「私は入りません。入るのはこっちの和久井だけです」
 どう考えても、必要以上に刺々しい言い草になってしまった。「ちょ、ちょっとみーちゃん!」と夏芽が慌てている。樋渡先輩と長岡先輩は、それぞれの表情を崩さない。数秒の沈黙が続き、やがて樋渡先輩がそっと息を吐く気配がした。
「勝手に話を進めてごめんなさい。あなたは和久井さんの付き添いってことなんだね」
 このとき、樋渡先輩はまっすぐこちらを見つめていた。その穏やかな瞳の奥に、ほんの一瞬だけ不穏な気配が覗いた気がして、私は反射的に目を逸らしそうになった。
 けれど、どうにか数度の瞬きで体勢を立て直して「はい」と頷き返すことができた。そのときにはもう、彼女の瞳はささやかな規模の部活動をまとめる柔和な部長のそれに戻っていて、私は知らず知らず強張らせていた身体の力を、慎重に緩めていった。
「それで、和久井さんはどうかな? 今の説明で、どんなことをしているかが伝わっていたらいいんだけど」
 夏芽は「えっと」と頭の中で自分の考えをまとめている。
「すっごくわかりやすかったです。でも、新しい部員が私だけだったら、ちょっと不安だなーって思います……」
「私たち、二人とも進路は推薦で進学することができそうなの。だから、今後卒業するまではある程度活動をサポートすることはできるから、その点については安心してほしいな」
 すごいですね、と夏芽は驚いた。食いついちゃったな、と私は思う。この時点で、自分が目の前の二人組を警戒しているという事実に気がつく。
「説明はこれで終わりだけど、もしよかったら、もう少しどこかで話していかない? 三年の教室だと、あなたたちもきっと落ち着かないよね」
 それは予想外の提案だった。私はできることならこれ以上ボランティア部と関わり合いになりたくなかったけれど、今ここで夏芽を一人放置していくのもなんだか憚られる。
「行きたいです」
 すでに樋渡先輩を気に入っているようである夏芽は、わざわざピンと挙手して返事をする。こうなってしまえば、私が同席しない選択肢はなかった。
 私たち四人(ここまで無言の長岡先輩も着いてきた)は学校を出て、片側二車線の県道を挟んだ向かいにあるチェーンの喫茶店に向かう。夏芽は、こうして放課後にまっすぐ帰らずに寄り道をするという行為がほとんどなかったためか、なんだかそわそわしていて落ち着かない様子だった。


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 三年二組の教室には、教壇のあたりでなにやら話している一組の男女がいるだけだった。彼らが出入り口の前で中を覗き込む私たちに気づくと、セミロングの髪をした女の方が「もしかして入部希望の子?」と穏やかな笑顔を見せた。
「あ、はい」
 緊張のせいで声が硬くなっている夏芽に、女先輩が「先生から聞いてるよ。どうぞ」と優しく手招きをしてくれる。男先輩の方は、教卓に肘をついて寄りかかって無表情のままこちらを見つめているだけだ。フレームのない眼鏡をしているせいか、そんな佇まいが冷たく映る。生真面目っぽいけれどどこか陰気そうで、個人的には関わりたくないタイプの男だった。
「えっと、和久井さんと小瀬さんね。私は樋渡綾《ひわたりあや》です。一応ボランティア部の部長をさせてもらってるの。まあ、見ての通り部員は二人しかいないんだけどね」
 教卓の真ん前の席に座らされた私たちに、樋渡先輩はにこやかに自己紹介する。「部長」となぜかちょっと嬉しそうに口にした夏芽を見て、彼女は慈しむように笑みを深めた。
「で、こっちの仏頂面が長岡聡一郎《ながおかそういちろう》。安心して、別に怒ってるわけじゃないの。いつもこんな顔してるだけだから」
 私たちから視線を向けられても、長岡先輩は僅かに会釈らしき仕草を見せたのみで、その薄い唇は閉ざされたままだった。なんだこいつ、と私は思った。せっかく少しリラックスしていた夏芽も、一気に緊張を思い出したようだった。
「じゃ、早速活動内容について説明していいかな」
 てっきり口頭で簡単に伝えられるか、せいぜい藁半紙か何かにプリントされたものを渡されるだけだと思っていたけれど、二人はきびきびとした動作でノートパソコンにコードをつなぎ、窓のカーテンを閉め、黒板の前にスクリーンを垂らし、照明を落とし、リモコンを操作してなにかのスイッチを入れた。すると天井のプロジェクターが起動して、〈ボランティア部 活動内容報告〉とパワーポイントの画面が表示された。
 美化活動、募金活動、障害者スポーツ大会の補助スタッフ、図書ボランティア等々、去年の活動実績が写真つきで表示されていて、その一つひとつを樋渡先輩が説明していく。昨年度の活動報告なのに、卒業生たちではなく、樋渡先輩の写真ばかりが使われているのが不思議だった。
「ざっとだけど、これで説明は終わり。今年はここまで精力的に活動できるかわからないけど、あなたたちが入ってくれるなら、できる限りいい経験ができるように部長として頑張らせてもらうね」
 終始穏やかな表情と口調で、人当たりも良い。身なりも整っていて、メイクも派手すぎないナチュラルで、ザ・清楚って感じの樋渡先輩。第一印象で言えば、非の打ちどころが一つもない。
 だけど私は、どうしてかそこに胡散臭さのようなものを感じてしまう。ほとんど、直感的に。
「私は入りません。入るのはこっちの和久井だけです」
 どう考えても、必要以上に刺々しい言い草になってしまった。「ちょ、ちょっとみーちゃん!」と夏芽が慌てている。樋渡先輩と長岡先輩は、それぞれの表情を崩さない。数秒の沈黙が続き、やがて樋渡先輩がそっと息を吐く気配がした。
「勝手に話を進めてごめんなさい。あなたは和久井さんの付き添いってことなんだね」
 このとき、樋渡先輩はまっすぐこちらを見つめていた。その穏やかな瞳の奥に、ほんの一瞬だけ不穏な気配が覗いた気がして、私は反射的に目を逸らしそうになった。
 けれど、どうにか数度の瞬きで体勢を立て直して「はい」と頷き返すことができた。そのときにはもう、彼女の瞳はささやかな規模の部活動をまとめる柔和な部長のそれに戻っていて、私は知らず知らず強張らせていた身体の力を、慎重に緩めていった。
「それで、和久井さんはどうかな? 今の説明で、どんなことをしているかが伝わっていたらいいんだけど」
 夏芽は「えっと」と頭の中で自分の考えをまとめている。
「すっごくわかりやすかったです。でも、新しい部員が私だけだったら、ちょっと不安だなーって思います……」
「私たち、二人とも進路は推薦で進学することができそうなの。だから、今後卒業するまではある程度活動をサポートすることはできるから、その点については安心してほしいな」
 すごいですね、と夏芽は驚いた。食いついちゃったな、と私は思う。この時点で、自分が目の前の二人組を警戒しているという事実に気がつく。
「説明はこれで終わりだけど、もしよかったら、もう少しどこかで話していかない? 三年の教室だと、あなたたちもきっと落ち着かないよね」
 それは予想外の提案だった。私はできることならこれ以上ボランティア部と関わり合いになりたくなかったけれど、今ここで夏芽を一人放置していくのもなんだか憚られる。
「行きたいです」
 すでに樋渡先輩を気に入っているようである夏芽は、わざわざピンと挙手して返事をする。こうなってしまえば、私が同席しない選択肢はなかった。
 私たち四人(ここまで無言の長岡先輩も着いてきた)は学校を出て、片側二車線の県道を挟んだ向かいにあるチェーンの喫茶店に向かう。夏芽は、こうして放課後にまっすぐ帰らずに寄り道をするという行為がほとんどなかったためか、なんだかそわそわしていて落ち着かない様子だった。