闇夜にさざ波の音が静かに響き渡る中、俺は周囲を見渡す。
すると、フジツボがびっしりとはりついた大人の3倍はある大岩が沢山見えた。
(というか、その大岩がぐるりと壁になり囲まれている?)
地面を見下ろすと黄色い砂浜が見え、その中に岩肌沿いに海水の溜まった水たまりの様なものが散見される。
その水たまりをよく観察すると、小魚やヤドカリなどの海洋生物が元気よく泳いでいるのが見える。
「ハジメ、この浅瀬は?」
「此処は私達の秘密の場所」
「私達」というハジメの物言い。そこが少し俺は気になる。
それにまるで人が座る為に配置されたような複数の大岩もだ。
そう、俺には此処がまるで何か独特の空間なような気がして……。
(いやいや! 今はそんな事より俺の記憶を取り戻す事が先だ!)
だから俺は「で、これからどうするんだ?」とハジメに尋ねることにした。
「次はね、ちょっと探し物をして欲しいのよね?」
「えっ、何を?」
ハジメは無言で砂浜に転がっている物をそっと指さす。それは子供の握りこぶし大くらいの物だった。
「巻貝?」
「そう、でもただの巻貝じゃない」
「え? じゃ、どんな?」
「えっと、説明が難しいな。あ、そうだ! ね、降ろして!」
「お、おう」
ハジメは何を思いついたか俺の背から降りる。更には素早く岩肌から飛び降り、ふわりとまるで蝶のように軽やかに砂地に着地する。
そう、ハジメは御覧の通り不思議と怪我の回復も早い。
まるで人外と思える程に。
「んと、これ!」
ハジメは無邪気に笑いつつも、子供の握りこぶし大くらいの巻貝を掲げ俺に見せつける。
「えっ! 何これ?」
そう、ハジメが手に持った巻貝は普通の物じゃない。真紅の透きとおった綺麗な神秘的な貝だったのだ。
「見ての通り、【硝子の貝】。でね、これをもう2つ探して欲しいの」
「ん、心得た!」
という事で、俺も履いていたスポーツサンダルを砂地に投げ、砂浜にダイブし、そこら辺を探し回る事になる。
それからしばらくし、苦労の甲斐があり「みっけ!」と俺は自慢げに赤い硝子の巻貝を高々と掲げる!
「あ、ゴメン! 色違いで、黄と青を1つずつね!」
「そんな大事な事、はよ言えよ!」
俺は怒りの気持ちを込め、海に向かってそれをえいやっと投げ捨てる。
その貝はとぷんと悲し気な音をたて、水面から姿を消していく。
「ゴメンゴメン! でも無駄口叩かない! しゃきしゃき動く!」
「ぐぬっ」
そんな俺の様子を横目で見ながら、ハジメは鼻歌交じりで目的の物をいそいそと探していく。
その弾むような美声を聴いたからか、俺は「ま、いっか」と呟き、目的の物を探すことにした。
で、そんなこんなで数時間後。
「そ、揃ったね」
「け、結構疲れたな」
「う、うん」
俺達は肩で息をしながら、目の前のごつごつした大岩に並べた物を静かに見つめる。
それは3色の綺麗な硝子の巻貝はうっすらと月明かりに照らされ、不思議で魅力的な輝きを放っていた。
「綺麗だね……」
「うん」という返事と共に、ハジメは何故か少し嬉しそうに微笑えむ。
ハジメは俺の目の前にあった手ごろな大岩に優雅に腰かけ、「今宵は満月。月の満ちたる今日の日に記憶を揺さぶる魔歌を貴方に捧げましょう」と、朗々と語り出したのだ。
更には頭上に浮かぶ満月に向い高らかに歌いだすハジメ。
その声は硝子のように透きとおり、それでいて周囲から聞こえる波音と不思議と調和していた。
(俺はこの唄声をこの海で聞いたことが……ある)
その時、3色の硝子の貝は彼女の歌声にまるで呼応するように強く輝きだしたのだ!
「……あ」
俺のそんな情けない呟きと同時に、それらの巻貝はまるでそれぞれ楽器のように高らかに鳴り響く。
赤の巻貝は情熱的な管楽器の音色を。黄の巻貝は軽快な笛楽器の音色を。青の巻貝は優し気な鍵盤楽器の音色を奏でているようだった。
(歌は波動の力か……)
俺はぼんやりと昔の事を思い出しながら、この『幻想的なハーモニー』を静かに楽しむ事にする。
『私の名前は秋野始』
『えっ?』
『嘘よ、嘘……!』
(はは、そうだな確かハジメと会った時もこんな感じでからかわれたんだっけ)
俺はこの不思議なオーケストラに身を任せ、少しずつ戻っていく記憶を確かめていく。
俺は去年この同時期にこの旅館に訪れ、この海で確かにハジメに出会った。
彼女の本名は『海野 一』。当然『秋野 始』ではない。
月明かりに照らされ、浅瀬の岩肌に静かに腰かける幻想的な彼女のその姿。ムーンライトの輝きで煌めく水色の鱗が見える尾びれを垂らし、気持ちよさそうに歌う彼女。それを俺は愛おし気にぼんやりと見つめる。
この幻想的な唄声と姿から分かる通り、彼女は不思議な力を持つ人魚だったのだ。俺は人魚の姿に戻ったハジメを見て、この近場の海でハジメと共に泳いだ記憶も思い出せていた。
ハジメが魚料理が得意なのと歌が好きなのも、身体能力が高く、回復も早いわけも合点がいった。
(人魚の不老不死伝説を考えると別におかしな話じゃないしな)
で、俺が記憶を一部欠落しててもそれを不思議に思わなかった理由。
それは体がそれを覚えていたからかもしれない。
だから記憶が欠落してても彼女と過ごした日々は変わらず心地よかったのだと考えると辻褄は合う。
満月日を選んだ理由はこの神秘的な情景を見れば納得の二文字しか出てこない。
この時俺はこの物語を少し改変し、幻想的な物語を書きたいと強く思ってしまった。
だって俺は小説家なのだから!
ところでタイトルはどうしよう?
【3色の巻貝と人魚の歌声】? いや、これだとありきたりだ。
そうだ! 少し言葉遊びを加えて、【贔の幻想曲】とかどうだろうか?
俺はその幻想曲と共に次々と思い出してくる愛しい彼女との思い出と共に、小説のタイトルまでも思いつくことが出来、心が震えるほどに歓喜した。
だからこそハジメのその魅惑的な唄声から感じ取れる俺への溢れんばかりの深い愛情に俺は心から深く感謝し、思わず抱きしめずにはいられなかった。
そう、【俺の最愛のただ一人の人魚姫】をね。