お見合い物語⑦
ー/ー「何着てくか……」
朝、守谷玲峰は姿見の前で立ち尽くしていた。
当たり前のように蛍光ピンクのロゴが入った黒いオーバーサイズのTシャツを被ろうとして、やめたところだった。
職場では黒のチノパンとワイシャツ、ジャケットというきれいめスタイルを「制服」とするのを約束に、通勤時は好き勝手な格好をすることを黙認されている。でも今夜は学校からそのまま待ち合わせに直行するから。
よそ行きにした方がいいんだろうか? と悩んだ。
「あ、これにしよ」
ポールスミスのネイビーストライプのワイシャツ。
ほとんど袖を通すこともないそれを久々に着てみると、爽やかでインテリ風な青年が現れた。ついでにシャープなブラックフレームの変装用眼鏡を合わせてみたりとかして。
——誰だこれは。
その違和感に自分で自分にドン退く。こうなるともうシルバーのピアスなんて似合わないし、メイクも浮く。
髪はちょっと横に流した方がいいかな。これじゃあコンバースのハイカットだと変だよなぁ。うーーーーーーーーん。。。
朝、守谷玲峰は姿見の前で立ち尽くしていた。
当たり前のように蛍光ピンクのロゴが入った黒いオーバーサイズのTシャツを被ろうとして、やめたところだった。
職場では黒のチノパンとワイシャツ、ジャケットというきれいめスタイルを「制服」とするのを約束に、通勤時は好き勝手な格好をすることを黙認されている。でも今夜は学校からそのまま待ち合わせに直行するから。
よそ行きにした方がいいんだろうか? と悩んだ。
「あ、これにしよ」
ポールスミスのネイビーストライプのワイシャツ。
ほとんど袖を通すこともないそれを久々に着てみると、爽やかでインテリ風な青年が現れた。ついでにシャープなブラックフレームの変装用眼鏡を合わせてみたりとかして。
——誰だこれは。
その違和感に自分で自分にドン退く。こうなるともうシルバーのピアスなんて似合わないし、メイクも浮く。
髪はちょっと横に流した方がいいかな。これじゃあコンバースのハイカットだと変だよなぁ。うーーーーーーーーん。。。
磯部先生にガン見からの爆笑されそうだな。
……何というかこう、誠意というか。僕だの俺だの今更カッコつけて言えないけれど、真面目に向き合っているという姿勢だけはせめて見せたい。
そんなことを考えつつ、ボタンをとめてベルトを通した。
*
時間ギリギリになった。
……何というかこう、誠意というか。僕だの俺だの今更カッコつけて言えないけれど、真面目に向き合っているという姿勢だけはせめて見せたい。
そんなことを考えつつ、ボタンをとめてベルトを通した。
*
時間ギリギリになった。
帰宅時間帯の新宿はまるで激流のようで、人の波に乗って進んでいく。一体どれだけの人が毎日この場所を通過していくのだろう。約束しているとは言え、この中でたった一人と間違いなく会うというのは、奇跡のようにも思える。
待ち合わせ場所に近づくと、雑踏の中で見慣れた横顔に目が止まった。
——盟子だ。
肩までのワンレンボブを耳にかけただけのシンプルなヘアスタイル。その顔は他の通行人と同じく無表情で、人の流れの中を行き交う術をすっかり身に着けているように見えた。
——大人になったなぁ。
なぜだか急に、そんな感慨がどうしようもなく胸に湧き上がる。
思えばそれも運命だったのかもしれない。黒田南緒がむりやり美術室に引っぱってきたのでなければ、親に美大受験を押し付けられたのでなければ、特に言葉を交わす理由もなく通り過ぎていたのだと思う。
事情を知って、気にかかる子ではあった。友達や親に翻弄され、悩んで揺れている姿が昔の自分と重なったりもして。保護本能が刺激されて何くれとなく世話を焼いてきた。
「盟子はあたしのこと好き?」
と。
一昨日、気持ちが収まらず、酔ったふりでついそんなことを訊いてしまったけれど。カクテルの数杯でどうにかなるはずもなく、完全に頭は覚めていた。
わかっていた。好きとは言わなくても、盟子はたぶんそういう顔をするだろう。そういう答えを返してくるだろう。
でも、その時考えた。
そうしたら、あたしはなんて応じればいい?
……答えが出ない。だから、本当はその質問を投げかけてはいけない。
だって「先生」だから。
先生は生徒を正しく導かなきゃいけない。模範となるべき存在でいなきゃいけない。「先生」から外れることをしちゃいけない。
「あ、玲峰先生!」
先に気付いたのは向こうの方だった。
「……って、どうして眼鏡?」
ブラックフレームの眼鏡に、思いきり怪訝そうな顔をされた。そのあとに普段と違うよそ行きスタイルに気付いたらしく、上から下までまじまじと眺めて笑い出した。
「コスプレ? なんか家庭教師の先生って感じ」
「ちょ、コスプレって、普通に教師で先生なんですけど!?」
失礼しちゃうわね、と言いつつも、機嫌は特に悪そうでもなくてほっとする。同時に、これから過ごすことになる時間に胸を弾ませている自分に気付く。楽しいんだ、この子といると。
「ご飯後でいい? 閉館8時だから」
「そのつもりです。先生そういえば……」
並んで歩き出すと、盟子はどことなくぎこちない調子で切り出した。
「美人の茉莉花さんとのデートは楽しかったですか?」
「全っっっっ然」
紙屑でも捨てるような返事に、盟子がきょとんとする。違う答えを予想して、きっと泣いたのだろうなと思った。
「疲れた。肩凝った。もう二度と行きたくない。やっぱあたしには無理」
「あはは。先生に結婚は無理だって花さんが言ってました」
「なにあの子そんなこと言ってた!? しばくわよ」
——馬鹿だなぁ。結婚するつもりなんて最初からなかったわよ。
「一緒に考えてよ、断る口実」
「どうして? あんな美人で優しそうなのに何がダメなんですか? 先生頭おかしいんじゃないの?」
盟子がくすくす笑っている。嬉しいな、笑ってくれて。
「今更? 解りきってることじゃん。玲峰はもともと頭おかしいでーす」
「そうでした」
思わず、盟子の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ねえ盟子さ、あたしが結婚すると思って寂しかったでしょ?」
そして、わざとそんなことを聞いてみる。どうせ突っぱねられるとわかってるけれど。
「ぜんぜーん。早くお嫁に行かないと行き遅れますよ!」
はいはい。そう言うと思った。
「うっそだぁ、ホントは寂しかったくせに素直じゃないのー」
——あたしはいつまで先生でいればいいのかな。
「もうさ、盟子がもらってよー」
「いいですよ! お金くれるなら」
「やったー! 10000円くらいでいい?」
人混みをかいくぐりながら夜の町を渡っていくのが楽しい。この時間が永遠に続けばいいのに、でも会場はもうすぐそこだ。
だから柄にもなく、神だか仏だか――あ、うちは神社だから神様か――に祈ってしまいそうになる。この先もずっと、なんて。
もちろん、これから花咲こうとしている子にそんな事望んじゃいけないって本当はわかってる。あたしみたいのが。
でも、せめて。
足音が重なっている今この瞬間があと少し。
あと少しでいいから、続きますように。
【了】
待ち合わせ場所に近づくと、雑踏の中で見慣れた横顔に目が止まった。
——盟子だ。
肩までのワンレンボブを耳にかけただけのシンプルなヘアスタイル。その顔は他の通行人と同じく無表情で、人の流れの中を行き交う術をすっかり身に着けているように見えた。
——大人になったなぁ。
なぜだか急に、そんな感慨がどうしようもなく胸に湧き上がる。
思えばそれも運命だったのかもしれない。黒田南緒がむりやり美術室に引っぱってきたのでなければ、親に美大受験を押し付けられたのでなければ、特に言葉を交わす理由もなく通り過ぎていたのだと思う。
事情を知って、気にかかる子ではあった。友達や親に翻弄され、悩んで揺れている姿が昔の自分と重なったりもして。保護本能が刺激されて何くれとなく世話を焼いてきた。
「盟子はあたしのこと好き?」
と。
一昨日、気持ちが収まらず、酔ったふりでついそんなことを訊いてしまったけれど。カクテルの数杯でどうにかなるはずもなく、完全に頭は覚めていた。
わかっていた。好きとは言わなくても、盟子はたぶんそういう顔をするだろう。そういう答えを返してくるだろう。
でも、その時考えた。
そうしたら、あたしはなんて応じればいい?
……答えが出ない。だから、本当はその質問を投げかけてはいけない。
だって「先生」だから。
先生は生徒を正しく導かなきゃいけない。模範となるべき存在でいなきゃいけない。「先生」から外れることをしちゃいけない。
「あ、玲峰先生!」
先に気付いたのは向こうの方だった。
「……って、どうして眼鏡?」
ブラックフレームの眼鏡に、思いきり怪訝そうな顔をされた。そのあとに普段と違うよそ行きスタイルに気付いたらしく、上から下までまじまじと眺めて笑い出した。
「コスプレ? なんか家庭教師の先生って感じ」
「ちょ、コスプレって、普通に教師で先生なんですけど!?」
失礼しちゃうわね、と言いつつも、機嫌は特に悪そうでもなくてほっとする。同時に、これから過ごすことになる時間に胸を弾ませている自分に気付く。楽しいんだ、この子といると。
「ご飯後でいい? 閉館8時だから」
「そのつもりです。先生そういえば……」
並んで歩き出すと、盟子はどことなくぎこちない調子で切り出した。
「美人の茉莉花さんとのデートは楽しかったですか?」
「全っっっっ然」
紙屑でも捨てるような返事に、盟子がきょとんとする。違う答えを予想して、きっと泣いたのだろうなと思った。
「疲れた。肩凝った。もう二度と行きたくない。やっぱあたしには無理」
「あはは。先生に結婚は無理だって花さんが言ってました」
「なにあの子そんなこと言ってた!? しばくわよ」
——馬鹿だなぁ。結婚するつもりなんて最初からなかったわよ。
「一緒に考えてよ、断る口実」
「どうして? あんな美人で優しそうなのに何がダメなんですか? 先生頭おかしいんじゃないの?」
盟子がくすくす笑っている。嬉しいな、笑ってくれて。
「今更? 解りきってることじゃん。玲峰はもともと頭おかしいでーす」
「そうでした」
思わず、盟子の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ねえ盟子さ、あたしが結婚すると思って寂しかったでしょ?」
そして、わざとそんなことを聞いてみる。どうせ突っぱねられるとわかってるけれど。
「ぜんぜーん。早くお嫁に行かないと行き遅れますよ!」
はいはい。そう言うと思った。
「うっそだぁ、ホントは寂しかったくせに素直じゃないのー」
——あたしはいつまで先生でいればいいのかな。
「もうさ、盟子がもらってよー」
「いいですよ! お金くれるなら」
「やったー! 10000円くらいでいい?」
人混みをかいくぐりながら夜の町を渡っていくのが楽しい。この時間が永遠に続けばいいのに、でも会場はもうすぐそこだ。
だから柄にもなく、神だか仏だか――あ、うちは神社だから神様か――に祈ってしまいそうになる。この先もずっと、なんて。
もちろん、これから花咲こうとしている子にそんな事望んじゃいけないって本当はわかってる。あたしみたいのが。
でも、せめて。
足音が重なっている今この瞬間があと少し。
あと少しでいいから、続きますように。
【了】
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「何着てくか……」
朝、守谷玲峰は姿見の前で立ち尽くしていた。
当たり前のように蛍光ピンクのロゴが入った黒いオーバーサイズのTシャツを被ろうとして、やめたところだった。
職場では黒のチノパンとワイシャツ、ジャケットというきれいめスタイルを「制服」とするのを約束に、通勤時は好き勝手な格好をすることを黙認されている。でも今夜は学校からそのまま待ち合わせに直行するから。
よそ行きにした方がいいんだろうか? と悩んだ。
当たり前のように蛍光ピンクのロゴが入った黒いオーバーサイズのTシャツを被ろうとして、やめたところだった。
職場では黒のチノパンとワイシャツ、ジャケットというきれいめスタイルを「制服」とするのを約束に、通勤時は好き勝手な格好をすることを黙認されている。でも今夜は学校からそのまま待ち合わせに直行するから。
よそ行きにした方がいいんだろうか? と悩んだ。
「あ、これにしよ」
ポールスミスのネイビーストライプのワイシャツ。
ほとんど袖を通すこともないそれを久々に着てみると、爽やかでインテリ風な青年が現れた。ついでにシャープなブラックフレームの変装用眼鏡を合わせてみたりとかして。
ほとんど袖を通すこともないそれを久々に着てみると、爽やかでインテリ風な青年が現れた。ついでにシャープなブラックフレームの変装用眼鏡を合わせてみたりとかして。
——誰だこれは。
その違和感に自分で自分にドン退く。こうなるともうシルバーのピアスなんて似合わないし、メイクも浮く。
髪はちょっと横に流した方がいいかな。これじゃあコンバースのハイカットだと変だよなぁ。うーーーーーーーーん。。。
髪はちょっと横に流した方がいいかな。これじゃあコンバースのハイカットだと変だよなぁ。うーーーーーーーーん。。。
磯部先生にガン見からの爆笑されそうだな。
……何というかこう、誠意というか。僕だの俺だの今更カッコつけて言えないけれど、真面目に向き合っているという姿勢だけはせめて見せたい。
そんなことを考えつつ、ボタンをとめてベルトを通した。
*
時間ギリギリになった。
帰宅時間帯の新宿はまるで激流のようで、人の波に乗って進んでいく。一体どれだけの人が毎日この場所を通過していくのだろう。約束しているとは言え、この中でたった一人と間違いなく会うというのは、奇跡のようにも思える。
待ち合わせ場所に近づくと、雑踏の中で見慣れた横顔に目が止まった。
——盟子だ。
肩までのワンレンボブを耳にかけただけのシンプルなヘアスタイル。その顔は他の通行人と同じく無表情で、人の流れの中を行き交う術をすっかり身に着けているように見えた。
——大人になったなぁ。
なぜだか急に、そんな感慨がどうしようもなく胸に湧き上がる。
思えばそれも運命だったのかもしれない。黒田南緒がむりやり美術室に引っぱってきたのでなければ、親に美大受験を押し付けられたのでなければ、特に言葉を交わす理由もなく通り過ぎていたのだと思う。
事情を知って、気にかかる子ではあった。友達や親に翻弄され、悩んで揺れている姿が昔の自分と重なったりもして。保護本能が刺激されて何くれとなく世話を焼いてきた。
事情を知って、気にかかる子ではあった。友達や親に翻弄され、悩んで揺れている姿が昔の自分と重なったりもして。保護本能が刺激されて何くれとなく世話を焼いてきた。
「盟子はあたしのこと好き?」
と。
一昨日、気持ちが収まらず、酔ったふりでついそんなことを訊いてしまったけれど。カクテルの数杯でどうにかなるはずもなく、完全に頭は覚めていた。
と。
一昨日、気持ちが収まらず、酔ったふりでついそんなことを訊いてしまったけれど。カクテルの数杯でどうにかなるはずもなく、完全に頭は覚めていた。
わかっていた。好きとは言わなくても、盟子はたぶんそういう顔をするだろう。そういう答えを返してくるだろう。
でも、その時考えた。
そうしたら、あたしはなんて応じればいい?
……答えが出ない。だから、本当はその質問を投げかけてはいけない。
でも、その時考えた。
そうしたら、あたしはなんて応じればいい?
……答えが出ない。だから、本当はその質問を投げかけてはいけない。
だって「先生」だから。
先生は生徒を正しく導かなきゃいけない。模範となるべき存在でいなきゃいけない。「先生」から外れることをしちゃいけない。
先生は生徒を正しく導かなきゃいけない。模範となるべき存在でいなきゃいけない。「先生」から外れることをしちゃいけない。
「あ、玲峰先生!」
先に気付いたのは向こうの方だった。
「……って、どうして眼鏡?」
ブラックフレームの眼鏡に、思いきり怪訝そうな顔をされた。そのあとに普段と違うよそ行きスタイルに気付いたらしく、上から下までまじまじと眺めて笑い出した。
「コスプレ? なんか家庭教師の先生って感じ」
「ちょ、コスプレって、普通に教師で先生なんですけど!?」
ブラックフレームの眼鏡に、思いきり怪訝そうな顔をされた。そのあとに普段と違うよそ行きスタイルに気付いたらしく、上から下までまじまじと眺めて笑い出した。
「コスプレ? なんか家庭教師の先生って感じ」
「ちょ、コスプレって、普通に教師で先生なんですけど!?」
失礼しちゃうわね、と言いつつも、機嫌は特に悪そうでもなくてほっとする。同時に、これから過ごすことになる時間に胸を弾ませている自分に気付く。楽しいんだ、この子といると。
「ご飯後でいい? 閉館8時だから」
「そのつもりです。先生そういえば……」
並んで歩き出すと、盟子はどことなくぎこちない調子で切り出した。
「そのつもりです。先生そういえば……」
並んで歩き出すと、盟子はどことなくぎこちない調子で切り出した。
「美人の茉莉花さんとのデートは楽しかったですか?」
「全っっっっ然」
紙屑でも捨てるような返事に、盟子がきょとんとする。違う答えを予想して、きっと泣いたのだろうなと思った。
「疲れた。肩凝った。もう二度と行きたくない。やっぱあたしには無理」
「あはは。先生に結婚は無理だって花さんが言ってました」
「なにあの子そんなこと言ってた!? しばくわよ」
「全っっっっ然」
紙屑でも捨てるような返事に、盟子がきょとんとする。違う答えを予想して、きっと泣いたのだろうなと思った。
「疲れた。肩凝った。もう二度と行きたくない。やっぱあたしには無理」
「あはは。先生に結婚は無理だって花さんが言ってました」
「なにあの子そんなこと言ってた!? しばくわよ」
——馬鹿だなぁ。結婚するつもりなんて最初からなかったわよ。
「一緒に考えてよ、断る口実」
「どうして? あんな美人で優しそうなのに何がダメなんですか? 先生頭おかしいんじゃないの?」
盟子がくすくす笑っている。嬉しいな、笑ってくれて。
「今更? 解りきってることじゃん。玲峰はもともと頭おかしいでーす」
「そうでした」
思わず、盟子の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「どうして? あんな美人で優しそうなのに何がダメなんですか? 先生頭おかしいんじゃないの?」
盟子がくすくす笑っている。嬉しいな、笑ってくれて。
「今更? 解りきってることじゃん。玲峰はもともと頭おかしいでーす」
「そうでした」
思わず、盟子の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ねえ盟子さ、あたしが結婚すると思って寂しかったでしょ?」
そして、わざとそんなことを聞いてみる。どうせ突っぱねられるとわかってるけれど。
「ぜんぜーん。早くお嫁に行かないと行き遅れますよ!」
はいはい。そう言うと思った。
「うっそだぁ、ホントは寂しかったくせに素直じゃないのー」
そして、わざとそんなことを聞いてみる。どうせ突っぱねられるとわかってるけれど。
「ぜんぜーん。早くお嫁に行かないと行き遅れますよ!」
はいはい。そう言うと思った。
「うっそだぁ、ホントは寂しかったくせに素直じゃないのー」
——あたしはいつまで先生でいればいいのかな。
「もうさ、盟子がもらってよー」
「いいですよ! お金くれるなら」
「やったー! 10000円くらいでいい?」
「いいですよ! お金くれるなら」
「やったー! 10000円くらいでいい?」
人混みをかいくぐりながら夜の町を渡っていくのが楽しい。この時間が永遠に続けばいいのに、でも会場はもうすぐそこだ。
だから柄にもなく、神だか仏だか――あ、うちは神社だから神様か――に祈ってしまいそうになる。この先もずっと、なんて。
だから柄にもなく、神だか仏だか――あ、うちは神社だから神様か――に祈ってしまいそうになる。この先もずっと、なんて。
もちろん、これから花咲こうとしている子にそんな事望んじゃいけないって本当はわかってる。あたしみたいのが。
でも、せめて。
足音が重なっている今この瞬間があと少し。
あと少しでいいから、続きますように。
あと少しでいいから、続きますように。
【了】