表示設定
表示設定
目次 目次




一触即発

ー/ー



「待て待て、一旦落ち着け」


 アステシアたちとともに円卓を囲む『始まりの大魔法使い』。今にも『始まりの大魔法使い』に噛み付いてしまいそうな雰囲気の獄蝶のジョカを宥めるようにウォールドが口を開く。


「なんでこの怪物が元人間なら『始まりの大魔法使い』が犯人になる?」


 問いかけるウォールドと獄蝶のジョカの目は合わない。獄蝶のジョカは『始まりの大魔法使い』を睨みつけて離さない。


「おい、獄蝶!」

「最後のナイトメアは私が殺した」


 極東に蔓延っていた悪夢の怪物。復興は不可能だと言われていた極東の地。2年前に行なわれたナイトメアの一掃。それに参加した魔法使いの1人が獄蝶のジョカだった。
 千を優に超えるおびただしい数のナイトメアを、魔法使いたちはたった数日で葬り去った。その最後の一体を殺したのは、他でもない獄蝶のジョカだったのだ。


「お前がしくじったって可能性は?」

「あるわけねぇだろ。私を誰だと思ってんだよ」


 獣のような鋭い眼がウォールドを突き刺す。その眼光にウォールドは気圧された。仮にも同じ地位に立つ魔法使い。けれど、その差は残酷なまでに広がっている。少なくとも、本気でやりあったとして、引き分けることはあっても、ウォールドが獄蝶のジョカに勝つことは100回に1度くらいだろう。


「実験のためと、最後のナイトメアの死体はお前たちが引き取ったはずだ」


 再び獄蝶のジョカは『始まりの大魔法使い』を見る。すました顔で『始まりの大魔法使い』は獄蝶のジョカと目を合わせた。まるで、「かかってこい」とでも言いたそうな目をしている。その目を見るだけで、獄蝶のジョカの怒りは増していく。


「あんなものを蘇らせて何をするつもりだ! あれを支配しようとした極東がどうなったのか、忘れたとは言わせないぞ!」


 禁忌の日、神の鍵、消えぬ厄災。ナイトメアと天災、極東にはあらゆる災いが深く根付いている。地獄を見てきた獄蝶のジョカは怒る。悲劇を繰り返さないために、今まで戦ってきたのだから。
 今にも溢れそうな獄蝶のジョカの怒り。一触即発の状態。しんと静まった空間に、その声は響いた。


「……私は常に世界のために行動しています」


 ようやく始まりの大魔法使いは口を開いた。始まりの大魔法使いと獄蝶のジョカはとことん相性が悪いようで、声を聞く度に獄蝶のジョカの顔が歪んでいく。


「極東が衰退しているのは『真王』のせいでしょう。ナイトメアは私がもっと上手く使ってみせますよ」


 ぷつん、と。始まりの大魔法使いが言い終えたのと同時に何かが切れる音がした。はらりと、束ねていた獄蝶のジョカの髪が解かれた。空震が起こる。魔素(マナ)が振動し、ガタガタと机や椅子が揺れ始める。


「ムッかつくなぁその面……二度と人前に見せられない顔にしてやろうか?」

「おいおい、ドンパチやるなら他所で――」


 ウォールドが静止するよりも早く、獄蝶が舞う。すまし顔で座る始まりの大魔法使いを目指し、真っ直ぐに飛んでいった。
 直後、大魔法使いたちが動く。ここで『始まり』と『獄蝶』が戦えば被害は甚大だ。ウォールドは動こうとした『始まり』を止め、メロディアが『獄蝶』を静止する。
 四者の魔法が発動する。『変生』、『旋律』、『始まり』、『獄蝶』。空震はより強くなっていく。魔法使いの頂点。1人でも強大な力を持つ大魔法使いが4人も同時に動こうものなら、それはもう『天災』に近い。

 だが――


「動くな」


 そこには『月詠』がいる。


「全員、私の間合いだ」


 直後、空震が止む。次の瞬間には発動していたはずの魔法は消え去った。ウォールドとメロディアは胸を撫で下ろしたが、『始まり』と『獄蝶』はまだ火花を散らしているようだった。


「止めるなよルナ。またあの地獄を見たいのか?」

「そんなわけがあるか。私は冷静になれと言っているんだ」


 アステシアは胸ポケットからタバコを取り出しおもむろに口に運んでいく。慣れた手つきで火をつけようとするが、ライターを持ち合わせていないようだった。


「ん」

「……はぁ、分かったよ。もういい、興が冷めた」


 獄蝶のジョカは差し出されたタバコに火をつけ、倒れた椅子を立たせてそのまま座った。依然、始まりの大魔法使いは気取っているような気に食わない顔で平然としている。


「……で、俺たちはその『ナイトメア』ってのをよく知らないわけだが?」


 改めて会議が進められる。ウォールドは『ナイトメア』という存在についてアステシアに問いかけた。


「かつて極東を襲った大災害。『消えぬ厄災』。今なお続く災いの連鎖。そのすべての原因が、この怪物です」

「わからんな。天災は悪性の魔素(マナ)によって起こるんじゃないのか?」

「ええ。ですが、それだけならそこらじゅうで天災は起こっている」


 察しろよ、と悪態をつく獄蝶のジョカをこつんと蹴ってアステシアは続けた。


「ナイトメアによって、極東は魔素(マナ)の自浄作用の力を失ったんです」


 本来土地に備わっている魔素(マナ)の自浄作用。多少の悪性の魔素(マナ)なら、この自浄作用によって浄化されるはずだ。
 その機能がナイトメアによって失われた。正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()により、自浄作用は機能しなくなったのだ。


「聞いてる限り、魔獣と大差ないように感じるんだけど、ナイトメアの対処って必要?」

「極東のようになってもいいのなら、対策しなければいい

「対策しろってことね。回りくどい言い方しないで」


 メロディアが言うように、ナイトメアの存在自体は魔獣とほとんど変わらない。自我を持たず、徘徊し、人を襲う。ただ、普通の魔獣よりも少しだけ強い、人型の魔獣。ナイトメアを知らないウォールドとメロディアにとってはその程度の印象でしかない。


「でも、まだなんかあるんだろう」

「言ってやれよ『始まり』の。せめてお前の口で言わせてやる」


 それは、獄蝶のジョカの今できる精一杯の嫌がらせだったのだろう。だが、始まりの大魔法使いは一切の曇りなく、何の迷いもなく淡々と言葉を連ねる。『ナイトメア』の真実。極東を襲った悲劇、その原罪を。


「ナイトメアはかつての研究者たちによって造られた人造兵器。()()()()()()を造るために生み出された、新たなる人類になるはずだったものの成れの果てです」


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 激突


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「待て待て、一旦落ち着け」
 アステシアたちとともに円卓を囲む『始まりの大魔法使い』。今にも『始まりの大魔法使い』に噛み付いてしまいそうな雰囲気の獄蝶のジョカを宥めるようにウォールドが口を開く。
「なんでこの怪物が元人間なら『始まりの大魔法使い』が犯人になる?」
 問いかけるウォールドと獄蝶のジョカの目は合わない。獄蝶のジョカは『始まりの大魔法使い』を睨みつけて離さない。
「おい、獄蝶!」
「最後のナイトメアは私が殺した」
 極東に蔓延っていた悪夢の怪物。復興は不可能だと言われていた極東の地。2年前に行なわれたナイトメアの一掃。それに参加した魔法使いの1人が獄蝶のジョカだった。
 千を優に超えるおびただしい数のナイトメアを、魔法使いたちはたった数日で葬り去った。その最後の一体を殺したのは、他でもない獄蝶のジョカだったのだ。
「お前がしくじったって可能性は?」
「あるわけねぇだろ。私を誰だと思ってんだよ」
 獣のような鋭い眼がウォールドを突き刺す。その眼光にウォールドは気圧された。仮にも同じ地位に立つ魔法使い。けれど、その差は残酷なまでに広がっている。少なくとも、本気でやりあったとして、引き分けることはあっても、ウォールドが獄蝶のジョカに勝つことは100回に1度くらいだろう。
「実験のためと、最後のナイトメアの死体はお前たちが引き取ったはずだ」
 再び獄蝶のジョカは『始まりの大魔法使い』を見る。すました顔で『始まりの大魔法使い』は獄蝶のジョカと目を合わせた。まるで、「かかってこい」とでも言いたそうな目をしている。その目を見るだけで、獄蝶のジョカの怒りは増していく。
「あんなものを蘇らせて何をするつもりだ! あれを支配しようとした極東がどうなったのか、忘れたとは言わせないぞ!」
 禁忌の日、神の鍵、消えぬ厄災。ナイトメアと天災、極東にはあらゆる災いが深く根付いている。地獄を見てきた獄蝶のジョカは怒る。悲劇を繰り返さないために、今まで戦ってきたのだから。
 今にも溢れそうな獄蝶のジョカの怒り。一触即発の状態。しんと静まった空間に、その声は響いた。
「……私は常に世界のために行動しています」
 ようやく始まりの大魔法使いは口を開いた。始まりの大魔法使いと獄蝶のジョカはとことん相性が悪いようで、声を聞く度に獄蝶のジョカの顔が歪んでいく。
「極東が衰退しているのは『真王』のせいでしょう。ナイトメアは私がもっと上手く使ってみせますよ」
 ぷつん、と。始まりの大魔法使いが言い終えたのと同時に何かが切れる音がした。はらりと、束ねていた獄蝶のジョカの髪が解かれた。空震が起こる。|魔素《マナ》が振動し、ガタガタと机や椅子が揺れ始める。
「ムッかつくなぁその面……二度と人前に見せられない顔にしてやろうか?」
「おいおい、ドンパチやるなら他所で――」
 ウォールドが静止するよりも早く、獄蝶が舞う。すまし顔で座る始まりの大魔法使いを目指し、真っ直ぐに飛んでいった。
 直後、大魔法使いたちが動く。ここで『始まり』と『獄蝶』が戦えば被害は甚大だ。ウォールドは動こうとした『始まり』を止め、メロディアが『獄蝶』を静止する。
 四者の魔法が発動する。『変生』、『旋律』、『始まり』、『獄蝶』。空震はより強くなっていく。魔法使いの頂点。1人でも強大な力を持つ大魔法使いが4人も同時に動こうものなら、それはもう『天災』に近い。
 だが――
「動くな」
 そこには『月詠』がいる。
「全員、私の間合いだ」
 直後、空震が止む。次の瞬間には発動していたはずの魔法は消え去った。ウォールドとメロディアは胸を撫で下ろしたが、『始まり』と『獄蝶』はまだ火花を散らしているようだった。
「止めるなよルナ。またあの地獄を見たいのか?」
「そんなわけがあるか。私は冷静になれと言っているんだ」
 アステシアは胸ポケットからタバコを取り出しおもむろに口に運んでいく。慣れた手つきで火をつけようとするが、ライターを持ち合わせていないようだった。
「ん」
「……はぁ、分かったよ。もういい、興が冷めた」
 獄蝶のジョカは差し出されたタバコに火をつけ、倒れた椅子を立たせてそのまま座った。依然、始まりの大魔法使いは気取っているような気に食わない顔で平然としている。
「……で、俺たちはその『ナイトメア』ってのをよく知らないわけだが?」
 改めて会議が進められる。ウォールドは『ナイトメア』という存在についてアステシアに問いかけた。
「かつて極東を襲った大災害。『消えぬ厄災』。今なお続く災いの連鎖。そのすべての原因が、この怪物です」
「わからんな。天災は悪性の|魔素《マナ》によって起こるんじゃないのか?」
「ええ。ですが、それだけならそこらじゅうで天災は起こっている」
 察しろよ、と悪態をつく獄蝶のジョカをこつんと蹴ってアステシアは続けた。
「ナイトメアによって、極東は|魔素《マナ》の自浄作用の力を失ったんです」
 本来土地に備わっている|魔素《マナ》の自浄作用。多少の悪性の|魔素《マナ》なら、この自浄作用によって浄化されるはずだ。
 その機能がナイトメアによって失われた。正確には、|悪《・》|夢《・》|の《・》|怪《・》|物《・》|に《・》|よ《・》|っ《・》|て《・》|起《・》|き《・》|た《・》|あ《・》|る《・》|事《・》|件《・》により、自浄作用は機能しなくなったのだ。
「聞いてる限り、魔獣と大差ないように感じるんだけど、ナイトメアの対処って必要?」
「極東のようになってもいいのなら、対策しなければいい
「対策しろってことね。回りくどい言い方しないで」
 メロディアが言うように、ナイトメアの存在自体は魔獣とほとんど変わらない。自我を持たず、徘徊し、人を襲う。ただ、普通の魔獣よりも少しだけ強い、人型の魔獣。ナイトメアを知らないウォールドとメロディアにとってはその程度の印象でしかない。
「でも、まだなんかあるんだろう」
「言ってやれよ『始まり』の。せめてお前の口で言わせてやる」
 それは、獄蝶のジョカの今できる精一杯の嫌がらせだったのだろう。だが、始まりの大魔法使いは一切の曇りなく、何の迷いもなく淡々と言葉を連ねる。『ナイトメア』の真実。極東を襲った悲劇、その原罪を。
「ナイトメアはかつての研究者たちによって造られた人造兵器。|完《・》|全《・》|な《・》|生《・》|命《・》|体《・》を造るために生み出された、新たなる人類になるはずだったものの成れの果てです」