いったいどこまで買い物に行ったんだろ。
あたしがすっかり待ちくたびれた頃に、ようやく鍵の音がしてドアが開いた。
「……飲まなかったのか?」
部屋に入って来た春ちゃんが、椅子に座ったままのあたしを見て低い声でぼそっと呟く。
「春ちゃん、何──」
「お前なら必ず飲むと思ったのに。ただ『泊まりたい』だけじゃない。悲劇のヒロインになり切って同情引くために、五錠でも十錠でもな!」
なんで死ななかったんだ、なんて吐き捨てる、彼。
「死、……え、これ寝るための薬じゃないの? 睡眠薬っていっぱい飲んでも死なないんでしょ?」
「睡眠薬なんかじゃないからな。永遠の眠りにつけるさ」
お前が周りの気を引くために、
勝手に入った俺の部屋から「仕事で持って帰った薬」を探し出して飲んだって誰も驚かないだろ、と彼は冷ややかに続ける。
「飲、もうって」
飲もうって考えてたわ。
春ちゃんの言う通りよ。
最初は確かに「眠れば泊まれる」って思った。でも、どうせなら「あたしはこんなに苦しんでるんだから!」って周りのみんなに見せつけてやりたかったのよ。
だからもらったケースの中の薬、十錠以上あるのを全部飲むつもりだった。
だって彼に「五錠以上は飲むな」って注意されてたから、わざとたくさん飲んで「心配な」状態になるように。睡眠薬ならいくら飲んでも死んじゃうことはないんだから。
その前に、大袈裟に春ちゃんに甘えて慰めてもらいたかったのよ。
その方が「薬飲んだ」ってなったときにわかりやすいし、何よりもあたしがそうして欲しかったんだもん。
「俺の何がそんなに悪かったんだ!? そもそもお前の親の怠慢じゃないか。それなのに何で十年以上もお前みたいな女に縛られなきゃならないんだ! もういい加減にしてくれよ! お前の親にも何度も文句言ったけど、全然無意味だったな」
刺々しい声。
まるで春ちゃんがあたしを嫌いで、鬱陶しがってるみたいじゃない。
「春ちゃん、……あたしのこと好きなんだよね?」
「はあ!? そんなわけないだろ! お前、自分が他人に好かれるような人間だとでも思ってるのか? どこまで図々しいんだ。──イジメはやる方が悪いって俺も考えてるけど、お前に限ってだけは嫌われるのもよくわかるよ。同じ空間にいるだけで不愉快だもんな! 周りの人間が可哀想だ。……俺も含めて!」
今まで散々言われてたわ。親にさえ。「お前みたいに自分のことだけしか頭にないバカな女、誰だって一緒にいたくない」なんてさ。
そんなの「虐める側の勝手な論理」だとしか感じなかった。だけど春ちゃんまでが……。
それこそあたしの何がそんなに悪いのよ! やりたいことそのままやってるだけじゃん。何もかも我慢しなきゃいけないの!?
「何であたしが……。春ちゃんもそんな、会社の薬なんてマズいんじゃないの? それなのになんで──」
「別に機密でも何でもない、すでに市販されてる薬だよ。取り扱い注意の指定薬ではあるからペナルティは免れないな。だけど、万が一
馘首になったってもういいんだ。それで解放されるなら。俺にはお前に纏わりつかれる以上の苦痛なんてないんだよ! この手で殺すわけじゃないんだから人生終了ってほどのことじゃないしな」
憎しみに満ちた、ってきっとこういうのを言うんだ。
この、春ちゃんの、表情。
今の今まで、あたしは知らなかった。
だって小さい頃からずっと、春ちゃんに愛されてるって信じて疑ったことなんかないもん。
めんどくさそうに突き放されても、冷たくあしらわれても、愛があるから甘えてるんだ、と思ってた。
いきなり絶望に突き落とされたみたいで、あたしはテーブルの上のピルケースを取って中身をザッと掌に出す。
目の前で死なれたらさすがに後悔するんじゃないの? ずっとあたしのこと抱えて、苦しんで生きればいい。
春ちゃん、これがあたしの命懸けの復讐よ。
勝ち誇ったような気分で、薬を全部口に入れてペットボトルの水で飲み込みながら春ちゃんの方をちらっと見る。
止めたって遅いんだから! もう飲んじゃったし!
なのに。
──あたしの大好きな
恋人は、死のうとしてるあたしを眺めてものすごく嬉しそうな、幸せいっぱいの顔で笑ってた。
~END~