工房の外から聞こえた悲鳴に、黒兎《くろと》とソフィアは窓際へ駆け寄った。
そこで目にした光景は、想像を絶するものだった。
巨大な二体の怪物が村を蹂躙していた。一体は身長400メートルもあろうかという巨大なオーク。その怪物は人型のイノシシのような姿で、その巨体で建物を押し潰していく。もう一体は牛の頭を持つミノタウロス。巨大な斧を振るい、建物を切り裂いていく。
「な、なんなの、これ……」
ソフィアの声が震える。
村は炎に包まれ、人々が逃げ惑っていた。ミノタウロスの斧に切り裂かれる者、子供を胸に抱きしめて震える母親、非難を促す若者たち。大きな体格の男が勇敢にもオークに立ち向かうが、頭を掴まれ、そのまま家屋の壁に叩きつけられた。
ソフィアは瞳孔が開いたまま、その惨状を見つめている。足が震え、動くことすらできない。
黒兎もまた、これまでの人生で見たことのない光景に言葉を失っていた。町工場で培った技術を利用できないか、必死に考えを巡らせる。しかし、何も思いつかない。握りしめた拳から血が滴る。
数秒が何時間にも感じられた。
「逃げろ! この馬を使ってお前たちだけ逃げろ!」
「やだよパパ!」
どこからか聞こえたその叫び声が、黒兎の脳裏に閃きを与えた。
「なるほどねぇ、とりあえず今だけの手段だけど、このクイックシフターでなんとかなれば……」
黒兎は工房に駆け戻り、先ほど作った|近距離転移装置《クイックシフター》を手に取る。
「これしかないねぇ!」
工房を飛び出し、村へ向かう黒兎。まず、子供を抱きしめる母親に装置を向ける。
青い光が走る。
母親と子供は瞬時に黒兎たちの近くへ転移した。
「なるほど! 結構遠くまでいけちゃうんだね! それなら黒兎、できる限りこっちに村人を転移させて!」
ソフィアが黒兎に向かって叫ぶ。
「とりあえずそこの二人は、向こうの丘を越えたところにある塔まで逃げるんだねぇ!」
そうして黒兎は次々と村人たちを転移させ、安全な場所へと誘導していく。しかし――。
「でも、とりあえずだから……どうしたもんかねぇ」
村では相変わらず二体の怪物が暴れ続けている。このままでは村が壊滅してしまう。
その時、ソフィアが黒兎の腕を掴んだ。
「そういえば、工房にあるわ! クロトが作っていたもの!」
「そうか! クロトだって俺と同じ技術者で発明家だ! 記憶には思いつくものもないけど、きっとあるはずだねぇ!」
二人は急いで工房に戻り、クロトの遺したものを探し始めた。すると、ちょうど良い機材を見つける。黒兎はそれを見た瞬間、用途を理解した。クロトの記憶が自分の中に同期されているからだ。
「これだねぇ!」
黒兎はドローンのような遠隔操作ガジェットとベルトを手に取り、再び村へ走り出す。
村に着くと、黒兎はすぐさまガジェットを起動。クイックシフターをベルトでしっかりと括り付ける。操作基盤でクイックシフターの目標を巨大なオークに定めた。その後、ガジェットを浮かせ、ミノタウロスの真上でホバリングさせた。
「いじめたらだめじゃんねぇ!」
黒兎の叫び声に、二体の怪物は動きを止めて振り向く。その瞬間を逃さず、黒兎は遠隔操作でクイックシフターを起動させた。
青い光が走る。
突如として上空に転移したオークは、驚きの声を上げる間もなく落下。真下にいたミノタウロスの頭上に直撃し、二体の怪物は地面に叩きつけられた。
「さて、これからどうするかねぇ……」
気絶でもしたのか、動かなくなった二体の怪物を見ながら困惑する黒兎の元に、物陰から飛び出してきたソフィアが駆け寄る。
「なにしてんの! 早くしないと動き出しちゃうじゃない! 逃げられるところまで逃げるよ!」
ソフィアに手を引かれ、二人は丘の上を目指して走り出す。塔に到着すると、一人の若い男が待っていた。
「先ほどはっ! 礼はあとです! 皆は既に、下った先にある王都に向かっています! お二人とも早く!」
「でもあの魔物たちはまだ!」
ソフィアが不安げに声を上げる。
「大丈夫、王都に行けば兵士と武器があります! はやく!」
男の声に促され、二人は王都への道を駆け出した。空には不吉な赤い月が、不気味な光を放ち、塔の影を伸ばしていた。
第四話・完