第三話 根の崩壊
ー/ー
夕暮れの空に不吉な影を落とす木の根。その腐敗は、まるで世界そのものが病に冒されているかのようだった。
「これは、まずいかも」
ソフィアの声が震える。
「確かにやばそうだけど、アレが堕ちると何が起こるんだ?」
「木の根が機能を失うと、他の世界への移動ができなくなるの」
黒兎は首を傾げた。
「この世界だけでも、なんとか生きてはいけるんじゃないのかねぇ?」
「そう単純な話じゃないの」
「元の世界に帰れなくなる人が困るとかかねぇ?」
ソフィアは真剣な表情で説明を始めた。
「それもあるだろうけど、もっとまずいこと。三つの世界は、人間の存在そのものを支えているの。マジックワールドは精神力を、パワーワールドは身体能力を、そして私たちがいるテックワールドは創造力を司っているの」
黒兎は無言で崩壊していく木の根を見つめている。
「どれか一つでも欠けると、人間の心のバランスが壊れてしまうの。昔から伝えられてきた話だけど……実際に経験した人はもういないわ」
黒兎は「なるほどねぇ」と呟き、少し伸びをしてから工房へ戻る。「ちょっと! どうしたの?」と慌ててソフィアも後に続いた。
工房の奥で、埃を被った見慣れない機械が目に留まった。
「これは……?」
長方形の金属板。タブレットPCに似ているが、液晶らしきものはない。両面とも金属的な質感で覆われている。
「あ、それは……」
ソフィアが懐かしそうな表情を浮かべる。
「スイッチはどこにあるんだろうねぇ」
黒兎が機械を裏返しても起動方法は見当たらない。
「それね、シンセツゾクが必要なの」
「シンセツゾク?」
「そう、心で思い描くだけで、所有者だけが起動できる仕組み。起動すると、三つの世界の歴史にアクセスできる装置なの」
黒兎は機械をじっと見つめた。
「クロトが作ったのか?」
「ええ。でも途中で『歴史より未来が大事』って言って、制作を諦めちゃったの」
「そうなのか、何かあったのかねぇ」
ソフィアは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「クロトの両親が、ワールドゴッドという宗教にのめり込んでしまって」
「宗教?」
「ええ。定期的に集団で命を捧げる儀式を行う教団よ。クロトの両親も、その儀式で……」
黒兎の表情が曇る。
「その教団は、古の神々を復活させ、三つの世界を統合しようとしていたの。でも、両親を失ってからクロトは、ワールドゴッドの話題を一切口にしなくなった」
黒兎は神妙な面持ちでソフィアの話を聞いていた。そして、自分の記憶が蘇る。
「俺も……似たような経験があるんだ」
「え?」
「18歳になる前の日、父さんから言われたんだ。俺たちの家系は源氏の末裔で、先祖の頼朝が復活する時のために、代々受け継がれた刀を清める儀式があるって」
黒兎は遠い目をして続ける。
「次の日、両親は祠にて惨殺された状態で発見された。警察は錆びた刀による無理心中だって結論付けたけど」
ソフィアは固唾を飲んで黒兎の話に聞き入っている。
「その時、俺は刀に呪いがかかっていないか調べる装置を作ろうとしてた。でも……」
「でも?」
「何かを恨んでも仕方がない。それがわかったところでどうする? って、それよりも両親がいない未来を生きていくことの方が大事だって思って、その装置は未完成でしまってある」
黒兎は手の中の機械を見つめ直す。
「クロトと俺……やっぱり同じ人間なんだねぇ。同じように過去より未来を選んで……」
「だとしたら」
ソフィアが目を輝かせる。
「この装置、きっとあなたに反応するはずだよ!」
「なるほどねぇ……」と呟き、黒兎は深く息を吸い、目を閉じる。起動する場面を思い浮かべて装置との同調を試みる。
すると――。
「おっ!」
金属板の表面に青い光が走り、空中にホログラムが浮かび上がる。
「本当に起動した……」
ソフィアが驚きの声を上げる。
画面には三つの世界の歴史が項目として並んでいる。黒兎が検索しようとした瞬間。
「キャアアアッ!」
工房の外から悲鳴が響き渡った。
「今のは!?」
ソフィアが窓際に駆け寄る。
「まずいねぇ……」
黒兎も立ち上がり、外の様子を窺う。
空には不吉な赤い月が昇り始めていた。
第三話・完
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「これは、まずいかも」
ソフィアの声が震える。
「確かにやばそうだけど、アレが堕ちると何が起こるんだ?」
「木の根が機能を失うと、他の世界への移動ができなくなるの」
黒兎《くろと》は首を傾げた。
「この世界だけでも、なんとか生きてはいけるんじゃないのかねぇ?」
「そう単純な話じゃないの」
「元の世界に帰れなくなる人が困るとかかねぇ?」
ソフィアは真剣な表情で説明を始めた。
「それもあるだろうけど、もっとまずいこと。三つの世界は、人間の存在そのものを支えているの。マジックワールドは精神力を、パワーワールドは身体能力を、そして私たちがいるテックワールドは創造力を司っているの」
黒兎は無言で崩壊していく木の根を見つめている。
「どれか一つでも欠けると、人間の心のバランスが壊れてしまうの。昔から伝えられてきた話だけど……実際に経験した人はもういないわ」
黒兎は「なるほどねぇ」と呟き、少し伸びをしてから工房へ戻る。「ちょっと! どうしたの?」と慌ててソフィアも後に続いた。
工房の奥で、埃を被った見慣れない機械が目に留まった。
「これは……?」
長方形の金属板。タブレットPCに似ているが、液晶らしきものはない。両面とも金属的な質感で覆われている。
「あ、それは……」
ソフィアが懐かしそうな表情を浮かべる。
「スイッチはどこにあるんだろうねぇ」
黒兎が機械を裏返しても起動方法は見当たらない。
「それね、シンセツゾクが必要なの」
「シンセツゾク?」
「そう、心で思い描くだけで、所有者だけが起動できる仕組み。起動すると、三つの世界の歴史にアクセスできる装置なの」
黒兎は機械をじっと見つめた。
「クロトが作ったのか?」
「ええ。でも途中で『歴史より未来が大事』って言って、制作を諦めちゃったの」
「そうなのか、何かあったのかねぇ」
ソフィアは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「クロトの両親が、ワールドゴッドという宗教にのめり込んでしまって」
「宗教?」
「ええ。定期的に集団で命を捧げる儀式を行う教団よ。クロトの両親も、その儀式で……」
黒兎の表情が曇る。
「その教団は、古の神々を復活させ、三つの世界を統合しようとしていたの。でも、両親を失ってからクロトは、ワールドゴッドの話題を一切口にしなくなった」
黒兎は神妙な面持ちでソフィアの話を聞いていた。そして、自分の記憶が蘇る。
「俺も……似たような経験があるんだ」
「え?」
「18歳になる前の日、父さんから言われたんだ。俺たちの家系は源氏の末裔で、先祖の頼朝が復活する時のために、代々受け継がれた刀を清める儀式があるって」
黒兎は遠い目をして続ける。
「次の日、両親は祠にて惨殺された状態で発見された。警察は錆びた刀による無理心中だって結論付けたけど」
ソフィアは固唾を飲んで黒兎の話に聞き入っている。
「その時、俺は刀に呪いがかかっていないか調べる装置を作ろうとしてた。でも……」
「でも?」
「何かを恨んでも仕方がない。それがわかったところでどうする? って、それよりも両親がいない未来を生きていくことの方が大事だって思って、その装置は未完成でしまってある」
黒兎は手の中の機械を見つめ直す。
「クロトと俺……やっぱり同じ人間なんだねぇ。同じように過去より未来を選んで……」
「だとしたら」
ソフィアが目を輝かせる。
「この装置、きっとあなたに反応するはずだよ!」
「なるほどねぇ……」と呟き、黒兎は深く息を吸い、目を閉じる。起動する場面を思い浮かべて装置との同調を試みる。
すると――。
「おっ!」
金属板の表面に青い光が走り、空中にホログラムが浮かび上がる。
「本当に起動した……」
ソフィアが驚きの声を上げる。
画面には三つの世界の歴史が項目として並んでいる。黒兎が検索しようとした瞬間。
「キャアアアッ!」
工房の外から悲鳴が響き渡った。
「今のは!?」
ソフィアが窓際に駆け寄る。
「まずいねぇ……」
黒兎も立ち上がり、外の様子を窺う。
空には不吉な赤い月が昇り始めていた。
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