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【4】現在

ー/ー



(おき)くん、あの後大丈夫だった?』
 三年半振りに、偶然街中で顔を合わせた元彼女(美知)からの電話。回線越しの声も懐かしい。
 デジタルで合成されたものだって知ってるけどさ。

 カフェでを交えた三人で少しだけ話して、別れ際に連絡先を交換したんだ。怜那(れいな)、……恋人にもちゃんと断って。
 俺は学生時代から番号もアドレスもそのままだったが、美知は卒業と就職を機に全部変えたらしい。

「心配ご無用。普通にデート続けたよ」
 何の含みもなく答える。

『ならよかった。あたしのせいで拗れたとか別れたとか面倒だもん』
「そんな簡単に壊れるようなもんじゃない。島野(しまの)も言ってた通り、ヤバい関係だって承知の上で始めたんだ。覚悟が違う」
 何せ俺の相手は元教え子なんだから。
 高校の数学教師になって、二年と三年のときクラス担任と数学担当として受け持った元生徒。
 怜那が卒業して大学に入ったこの春から付き合い始めたから、疚しいことなんか何もない。
 とはいえ、こちらから堂々と披露できることでも全然なかった。「後ろめたいこと」が皆無だとは言えないんだ、残念ながら。
 交際自体は卒業後だけど、教師と生徒だった当時から想いは告げ合ってたからさ。

『沖くん、「大人」になったよね』
「ならいいんだけど、自分ではそうは思えないな。……でも努力はする。俺は完璧な機械なんかじゃない、ただのポンコツな人間だって当たり前のことがやっとわかったんだ」
『そうよね。以前のあなただったら生徒なんか絶対「恋愛対象」に入らなかった筈よ』
 美知の楽しそうな声。
 今なら純粋に「いい友人」だって思える。もう遅いか?
 いや、その前に。

「島野。本当にすまなかった。今こんなこと言われても困るだろうけど──」
『今だから意味あるんじゃない。何もわかってないのに上っ面だけで謝られたって逆に腹立つだけだし』
 まったくだ。
 あの頃の、間抜けな自分が恥ずかしくてならない。

「そうだな。あの頃の俺は何もわかってなかった。『わかってない』ことにも気づかなかった大バカだったんだ」
 最後に言葉を交わした瞬間まで、俺は本当にどうしようもない男だった。

『気づくのに遅すぎることなんてないでしょ? 時間は戻せないけど先には活かせるんだから。あたしで得た教訓で有坂(ありさか)さんを幸せにするのよ』
「……ありがとう」
 この返しが相応しいのかも判断できない。俺はまだまた足りないものだらけの未熟者なんだ。

『あなたと彼女、お似合いだったわ。沖くんには、ああいう可愛いけどしっかりした年下の子が合ってるのかもね。あの子となら上手く行くんじゃないの?」
 その言葉が自虐や嫌味に聞こえないくらい、美知も『大人』のいい女になったんだな。

「お似合い、だったらいいと思うよ」
『七歳も離れてたら意地の張り合いにもならないだろうし。それに有坂さんは、あなたに「命令」されても黙って従うタイプじゃなさそう。それ以前に、今の沖くんはしないか』
 怜那のこと、あの短時間でちゃんと捉えてるんだな。……俺のことも。

 別れてもう四年になる。
 互いに特別な想いは一切残ってなかった。それは今日三人で話してよくわかったんだ。今の美知の口調からも。
 完全に終わった関係だから、深く考えずに怜那(今の恋人)と同席させてしまった。でも、何も感じてなかったのは俺だけだった。
 美知も怜那もその不自然さにちゃんと気づいてた。でも俺は、三人が一堂に会して初めて彼女たちの反応でそれを知る始末。
 名前もそうだ。一貫して「沖くん」だった彼女に反して、俺は平気で「美知」って呼んでた。本人に指摘され、というか叱られるまでなんとも思ってなかった。

 どうして離れなきゃならなかったのか。何がいけなかったのか。
 まるで理解できなかった俺は、いろいろなものが足りない人間だった。あれから少しは成長できてるのか? 今日の醜態からは、正直まだ不安は拭えない。

 ──それでも。
 余計なお世話かもしれないけど、お前の幸せを心から願うよ。確かに愛し合った、キラキラした想い出の中の存在だから。

 ~END~



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『|沖《おき》くん、あの後大丈夫だった?』
 三年半振りに、偶然街中で顔を合わせた|元彼女《美知》からの電話。回線越しの声も懐かしい。
 デジタルで合成されたものだって知ってるけどさ。
 カフェで《《今の彼女》》を交えた三人で少しだけ話して、別れ際に連絡先を交換したんだ。|怜那《れいな》、……恋人にもちゃんと断って。
 俺は学生時代から番号もアドレスもそのままだったが、美知は卒業と就職を機に全部変えたらしい。
「心配ご無用。普通にデート続けたよ」
 何の含みもなく答える。
『ならよかった。あたしのせいで拗れたとか別れたとか面倒だもん』
「そんな簡単に壊れるようなもんじゃない。|島野《しまの》も言ってた通り、ヤバい関係だって承知の上で始めたんだ。覚悟が違う」
 何せ俺の相手は元教え子なんだから。
 高校の数学教師になって、二年と三年のときクラス担任と数学担当として受け持った元生徒。
 怜那が卒業して大学に入ったこの春から付き合い始めたから、疚しいことなんか何もない。
 とはいえ、こちらから堂々と披露できることでも全然なかった。「後ろめたいこと」が皆無だとは言えないんだ、残念ながら。
 交際自体は卒業後だけど、教師と生徒だった当時から想いは告げ合ってたからさ。
『沖くん、「大人」になったよね』
「ならいいんだけど、自分ではそうは思えないな。……でも努力はする。俺は完璧な機械なんかじゃない、ただのポンコツな人間だって当たり前のことがやっとわかったんだ」
『そうよね。以前のあなただったら生徒なんか絶対「恋愛対象」に入らなかった筈よ』
 美知の楽しそうな声。
 今なら純粋に「いい友人」だって思える。もう遅いか?
 いや、その前に。
「島野。本当にすまなかった。今こんなこと言われても困るだろうけど──」
『今だから意味あるんじゃない。何もわかってないのに上っ面だけで謝られたって逆に腹立つだけだし』
 まったくだ。
 あの頃の、間抜けな自分が恥ずかしくてならない。
「そうだな。あの頃の俺は何もわかってなかった。『わかってない』ことにも気づかなかった大バカだったんだ」
 最後に言葉を交わした瞬間まで、俺は本当にどうしようもない男だった。
『気づくのに遅すぎることなんてないでしょ? 時間は戻せないけど先には活かせるんだから。あたしで得た教訓で|有坂《ありさか》さんを幸せにするのよ』
「……ありがとう」
 この返しが相応しいのかも判断できない。俺はまだまた足りないものだらけの未熟者なんだ。
『あなたと彼女、お似合いだったわ。沖くんには、ああいう可愛いけどしっかりした年下の子が合ってるのかもね。あの子となら上手く行くんじゃないの?」
 その言葉が自虐や嫌味に聞こえないくらい、美知も『大人』のいい女になったんだな。
「お似合い、だったらいいと思うよ」
『七歳も離れてたら意地の張り合いにもならないだろうし。それに有坂さんは、あなたに「命令」されても黙って従うタイプじゃなさそう。それ以前に、今の沖くんはしないか』
 怜那のこと、あの短時間でちゃんと捉えてるんだな。……俺のことも。
 別れてもう四年になる。
 互いに特別な想いは一切残ってなかった。それは今日三人で話してよくわかったんだ。今の美知の口調からも。
 完全に終わった関係だから、深く考えずに|怜那《今の恋人》と同席させてしまった。でも、何も感じてなかったのは俺だけだった。
 美知も怜那もその不自然さにちゃんと気づいてた。でも俺は、三人が一堂に会して初めて彼女たちの反応でそれを知る始末。
 名前もそうだ。一貫して「沖くん」だった彼女に反して、俺は平気で「美知」って呼んでた。本人に指摘され、というか叱られるまでなんとも思ってなかった。
 どうして離れなきゃならなかったのか。何がいけなかったのか。
 まるで理解できなかった俺は、いろいろなものが足りない人間だった。あれから少しは成長できてるのか? 今日の醜態からは、正直まだ不安は拭えない。
 ──それでも。
 余計なお世話かもしれないけど、お前の幸せを心から願うよ。確かに愛し合った、キラキラした想い出の中の存在だから。
 ~END~