【2】
ー/ー
「しろちび猫~。どこ行っ──」
翌朝。
大学も午後からなんでゆっくり起きて来た俺は、姿の見えない仔猫を探してる。
昨日のうちに急遽用意した、何とかをダメにするクッションにいらないタオルを敷いただけのベッドはもぬけの殻だった。
どうでもいいけど名前はまだ決まってないから、そのまま定着しないようにわざと言いにくくてダサい名で呼んでるんだ。
シンプルな、例えば「しろ」でも「ちび」でも、絶対慣れてそのままになるのは目に見えてるからな。別にどっちも悪い名前じゃないけど、せっかくならもっとセンスのいい可愛い名前つけてやりたいじゃん?
……茶色で栗みたいだからマロン、てのがハイセンスかは置いといて。
白い仔猫はすぐに見つかった。
パっと見じゃわかりにくい、ダイニングテーブルの脚元。うちのテーブルは普通の棒四本じゃなくて、頑丈な太い板状の脚が交差してるんだ。
長方形の短辺には座りにくいタイプのテーブル、って言ったら伝わるかな。
……ここはマロンの『定位置』だった。
家族が集まるこのLDKで、テーブルの脚に身を寄せるようにして休んでてさ。時々頭上げて俺たちの様子を窺ってたな。
俺が無意識に、マロンがいそうなとこを探してたんだ、って気づいたのもそのときだったんだ。
そういえば、昨日も玄関先に下ろした途端、ぽてぽてと覚束ない足取りでこの仔猫が向かったのは勝手口だったっけ。
まるで、そこへ行けば餌と水をもらえるって知ってたみたいに。
俺もお母さんも真世も、みんな普通の状態じゃなかったからそのときは何とも思わなかった。「ご飯何食べるの? まだミルク? 水はあげてもいいよね!?」なんて大騒ぎしててそれどころじゃなかったんだ。
慌ててスマホで検索して、駅前のペットショップ行って要りそうなもんいろいろ買って来たりしてたし。
だけど改めて考えてみたら変だよな。
──なんでわかったんだ?
「真世、ちょっといいか?」
「いいよ~、どうぞ。どしたの?」
思い切って妹の部屋の部屋のドアをノックした俺に、中から応える声。
「あのさ、おかしいと思うけど、……俺おかしくないからな?」
口火を切る前に予防線を張る俺に、真世はなんとも微妙な顔になった。
「何言ってんだか全然わかんないんだけど。とりあえず聞くよ、何?」
「えーと、その。あの猫、な。あー」
「ちょっと、なんなのよ! 話す気ないんなら、心決まってからまた来てくれる!?」
歯切れの悪い俺に、妹が怒りを露わにした。しょーがない。逆の立場なら絶対俺も苛立つわ。
「ゴメン。わかった、言う! あの猫、マロンの生まれ変わりじゃないかな、って、……なんとなく、その」
「お兄ちゃん、大丈夫!? なんかマロンのことで思い詰め過ぎてんじゃない?」
だんだんと小さくなる声に、妹は呆れを隠そうともしなかった。当然だよな。わかるよ。
でも、俺も冗談で言ってんじゃないんだ。
「今さ、猫どこにいんのかなって探してたらテーブルの下にいたんだよ。脚にくっついて、丸くなって」
俺の言わんとすることを理解したらしく、妹の纏う雰囲気が瞬時に変わる。
「……テーブルの脚、って。あの、いつもの?」
「いつもの」
マロンの安息場所。以前は専用の小さなマットを敷いてたんだ。もちろん今は取り払ってる。
「あと昨日だけど。お前、あの猫が真っ直ぐ餌場に行ったの変だと思わなかったか?」
「……あ」
真っ直ぐつってもホントによたよたで、見守る方が「頑張れ!」って息呑んで応援しそうになっちまうような状況だったしさ。
余計なこと考える暇なんかなかったからなぁ。
「でもそんなことってある?」
訝しげに話し出す真世。
「いや、これが人ならまだわかるよ。よくさ、マンガとかで『ペットが人間になって会いに~』とかはあるじゃん? でも『犬が猫に』ってナナメ過ぎない?」
わかる、って。
転生自体はあっさり受け入れんのかよ! 柔軟だな、嫌味じゃなくて。
「そうだな、フィクションでも聞いた事ないよな。でも人間だろうと猫だろうと、『あり得ない度』はたいして変わんねえ気もする」
「そりゃそうだ~」
深刻さの欠片もない妹の笑顔に、俺はうだうだ悩んでるのがバカらしくなった。
そうだよ。悩んでどうなるっていうんだ。
もしあの猫がマロンの生まれ変わりだったら、世界が終わんのか? 俺の人生が劇的に変わんのか?
否、だ。
「なあ、真世。名前どうする?」
生まれ変わりかも!? って考えたその瞬間は、コイツの名は『マロン』だと思った。でも、それは違うんだろう、きっと。
「ん~。真っ白だからミルク、……ミルキーとか? 女の子だし可愛いでしょ?」
「いいな、ミルキー。呼びやすいし、確かに可愛い」
へえ、なかなかいいじゃないか。センスは知らんが悪くはない気がする。
「それとも、もしお兄ちゃんが『マロン』に拘りたいならだけど。マシュマロでマロちゃんとか?」
「いや、それはやめとこう。うん、ミルキーいいじゃん。決まり!」
真世の部屋を後にした俺はキッチンに向かう。
冷蔵庫のドアには、家族の連絡用のホワイトボードが取り付けてあるんだ。マーカーを手にしてデカデカと書く。
『命名 ミルキー』
名前を付けたら、ミルキーはもう俺たちの家族だ。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
「しろちび猫~。どこ行っ──」
翌朝。
大学も午後からなんでゆっくり起きて来た俺は、姿の見えない仔猫を探してる。
昨日のうちに急遽用意した、何とかをダメにするクッションにいらないタオルを敷いただけのベッドはもぬけの殻だった。
どうでもいいけど名前はまだ決まってないから、そのまま定着しないようにわざと言いにくくてダサい名で呼んでるんだ。
シンプルな、例えば「しろ」でも「ちび」でも、絶対慣れてそのままになるのは目に見えてるからな。別にどっちも悪い名前じゃないけど、せっかくならもっとセンスのいい可愛い名前つけてやりたいじゃん?
……茶色で栗みたいだからマロン、てのがハイセンスかは置いといて。
白い仔猫はすぐに見つかった。
パっと見じゃわかりにくい、ダイニングテーブルの脚元。うちのテーブルは普通の棒四本じゃなくて、頑丈な太い板状の脚が交差してるんだ。
長方形の短辺には座りにくいタイプのテーブル、って言ったら伝わるかな。
……ここはマロンの『定位置』だった。
家族が集まるこのLDKで、テーブルの脚に身を寄せるようにして休んでてさ。時々頭上げて俺たちの様子を窺ってたな。
俺が無意識に、マロンがいそうなとこを探してたんだ、って気づいたのもそのときだったんだ。
そういえば、昨日も玄関先に下ろした途端、ぽてぽてと覚束ない足取りでこの仔猫が向かったのは勝手口だったっけ。
まるで、そこへ行けば餌と水をもらえるって知ってたみたいに。
俺もお母さんも真世も、みんな普通の状態じゃなかったからそのときは何とも思わなかった。「ご飯何食べるの? まだミルク? 水はあげてもいいよね!?」なんて大騒ぎしててそれどころじゃなかったんだ。
慌ててスマホで検索して、駅前のペットショップ行って要りそうなもんいろいろ買って来たりしてたし。
だけど改めて考えてみたら変だよな。
──なんでわかったんだ?
「真世、ちょっといいか?」
「いいよ~、どうぞ。どしたの?」
思い切って妹の部屋の部屋のドアをノックした俺に、中から応える声。
「あのさ、おかしいと思うけど、……俺おかしくないからな?」
口火を切る前に予防線を張る俺に、真世はなんとも微妙な顔になった。
「何言ってんだか全然わかんないんだけど。とりあえず聞くよ、何?」
「えーと、その。あの猫、な。あー」
「ちょっと、なんなのよ! 話す気ないんなら、心決まってからまた来てくれる!?」
歯切れの悪い俺に、妹が怒りを露わにした。しょーがない。逆の立場なら絶対俺も苛立つわ。
「ゴメン。わかった、言う! あの猫、マロンの生まれ変わりじゃないかな、って、……なんとなく、その」
「お兄ちゃん、大丈夫!? なんかマロンのことで思い詰め過ぎてんじゃない?」
だんだんと小さくなる声に、妹は呆れを隠そうともしなかった。当然だよな。わかるよ。
でも、俺も冗談で言ってんじゃないんだ。
「今さ、猫どこにいんのかなって探してたらテーブルの下にいたんだよ。脚にくっついて、丸くなって」
俺の言わんとすることを理解したらしく、妹の纏う雰囲気が瞬時に変わる。
「……テーブルの脚、って。あの、《《いつも》》の?」
「いつもの」
マロンの安息場所。以前は専用の小さなマットを敷いてたんだ。もちろん今は取り払ってる。
「あと昨日だけど。お前、あの猫が真っ直ぐ餌場に行ったの変だと思わなかったか?」
「……あ」
真っ直ぐつってもホントによたよたで、見守る方が「頑張れ!」って息呑んで応援しそうになっちまうような状況だったしさ。
余計なこと考える暇なんかなかったからなぁ。
「でもそんなことってある?」
訝しげに話し出す真世。
「いや、これが人ならまだわかるよ。よくさ、マンガとかで『ペットが人間になって会いに~』とかはあるじゃん? でも『犬が猫に』ってナナメ過ぎない?」
わかる、って。
|転生《生まれ変わり》自体はあっさり受け入れんのかよ! 柔軟だな、嫌味じゃなくて。
「そうだな、フィクションでも聞いた事ないよな。でも人間だろうと猫だろうと、『あり得ない度』はたいして変わんねえ気もする」
「そりゃそうだ~」
深刻さの欠片もない妹の笑顔に、俺はうだうだ悩んでるのがバカらしくなった。
そうだよ。悩んでどうなるっていうんだ。
もしあの猫がマロンの生まれ変わりだったら、世界が終わんのか? 俺の人生が劇的に変わんのか?
|否《NO》、だ。
「なあ、真世。名前どうする?」
生まれ変わりかも!? って考えたその瞬間は、コイツの名は『マロン』だと思った。でも、それは違うんだろう、きっと。
「ん~。真っ白だからミルク、……ミルキーとか? 女の子だし可愛いでしょ?」
「いいな、ミルキー。呼びやすいし、確かに可愛い」
へえ、なかなかいいじゃないか。センスは知らんが悪くはない気がする。
「それとも、もしお兄ちゃんが『マロン』に拘りたいならだけど。マシュマロでマロちゃんとか?」
「いや、それはやめとこう。うん、ミルキーいいじゃん。決まり!」
真世の部屋を後にした俺はキッチンに向かう。
冷蔵庫のドアには、家族の連絡用のホワイトボードが取り付けてあるんだ。マーカーを手にしてデカデカと書く。
『命名 ミルキー』
名前を付けたら、ミルキーはもう俺たちの家族だ。