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1話目 水平線の襲撃者

ー/ー



「作戦空域到達まで20分。方位250を維持」

 マイクにそう告げたユウジ・サガミは自身を包み込む透明なガラスの向こうに目を向ける。
 家の窓と違って、ユウジを囲うようなキャノピーから見る空はどこまでも青く澄んでいて、水平線の彼方、地球の曲線もよく見える。

 その手に握る操縦桿を少し傾ければ世界はその上下を入れ替えて、頭上を青空の代わりに青い海原が覆う。
 戦闘機に乗って地上から足を離したユウジは、きっと誰よりも自由なのだろう。

 誰もが憧れた空へ手を伸ばし続けたからこそ得られた翼を、右手に握る操縦桿が操る。

 そして今日も、空を舞う。

「方位を維持って言いながらエルロンロールかよ。贅沢なご身分だことで」

 ヘッドセットからノイズ混じりに聞こえてくるのは、ユウジの右隣を飛ぶ僚機のパイロット、アレッサンドロ・ラッツァリーニの文句。
 彼も自由に飛ぶことが好きな傭兵パイロットであるがゆえに、堅苦しい編隊飛行よりも1人でアクロバットをやる方が好きな人間だ。
 
 だからこそ、俺にもやらせろと文句を言い出したのだ。

「お前もやればどうだ。方位をズラさなければな」

「後での楽しみにとっておくか」

「なら墜ちるなよ。今日でラサン皇国との契約も終わりなんだ」

 ユウジとアレッサンドロが身を置く傭兵団"ゾディアック"は極東の島国であるラサン皇国と契約を結び、シーレーンの哨戒を請け負っていた。
 その契約も今日が最終日であり、領海内で海賊行為に手を出していた傭兵団の拠点を叩くのがラサンで最後の任務になる。

「次のクライアントが見つからねえ、ってイリンスキーがずっとカリカリしてたな」

「ラサンの報酬はしょぼくせえ、って言ってたのはイリンスキーだろう。代わりに最新鋭機を斡旋してくれたからいいじゃねえか」

 ユウジとアレッサンドロが乗る戦闘機、FP-89"蓮龍"はラサンの旭光重工が開発した最新鋭レシプロ戦闘機であり、高い機動性と高速性を誇る傑作機だ。
 機体後部にエンジンを搭載し、機首には先尾翼という小さな翼を、主翼は左右それぞれ中程に垂直尾翼を立てた独特のシルエットの機体であり、その先進性は航空機に重きを置くラサンならではの技術と言える。

 ラサン軍でもまだ充足率が高くないこの機体を融通してもらえたのも、戦果がクライアントを満足させるに足るものだったからといえよう。

「そんなことより敵機視認。12時の方角、同高度、哨戒の戦闘機2機」

「見えたぜ、まだ気づいてねえな」

 従来通り機首にエンジンを配置し、寸詰まりな胴体からなるずんぐりむっくりな見た目が特徴の戦闘機は、コンメト連邦のヤロスラフ設計局にて開発されたYa-16"モスカ"だろう。
 小型軽量で整備性が高く、何より速度は出ないが機動性が高くてすばしっこい。まさに"ハエ"だ。

「一気に詰めて仕留める。右はサンドロがやれ」

「あいよ、そっち外すなよ」

 スロットルレバーを押し込んで出力を上げると、身体がシートへ押し付けられるような感覚がした。
 チラリと目を速度計へ向ければ、機体が加速していることをユウジへと伝える。

 操縦桿から伝わる振動で風の流れを感じ、照準器へ捉えた敵機を見続ける。
 少しずつ大きくなっていく敵機のパイロットもそろそろユウジたちに気付いた頃だろう。

 もう遅い、旧式機の速度性能で蓮龍から逃げきれるわけがない。
 空で龍に襲われたことを不運だと思ってくれ。

『なんだ、不明機2機……離れていく』

『違う、こっちに来てるぞ!プロペラが逆についてやがる!』

 慌てて回避機動を取る敵機だが、その機動は甘い。
 不意討ちを受けて咄嗟に反応出来なかったのが命取りになった。生き残ることが出来たならば、それを糧にしてもらうしかない。

 敵機の進行方向、未来位置へ照準を合わせた。

 この右手がトリガーを引く。
 きっとこれで命を奪う。

 いつの日か、誰かに奪われるその時まで。

「捉えた、墜ちろ!」

 アレッサンドロが叫び、ユウジは何も言わずにトリガーを引く。
 機首に搭載された4門の20mm機関砲が一瞬火を噴いて、寸詰まりな機体へ無数の砲弾を浴びせかける。

 ユウジが撃った敵機は翼が折れてバランスを崩し、錐揉みに陥りながら海へと墜ちていく。
 アレッサンドロに撃たれた敵機はコックピットへ砲弾が飛び込んだのだろう。すれ違いざまに透明であるはずのキャノピーか赤く染まって見えた。

 砲弾には敵機に大ダメージを与えるため、炸薬を仕込んだ榴弾や着火剤を内蔵する焼夷弾などの弾種が混ぜ込まれている。
 あの敵は運悪く榴弾がコックピットに飛び込んだのであろう。8グラム程度の炸薬とはいえ、生身の人間には致命傷だ。

「キル」

「こっちもキル。パイロットやったのが見えた」

「空でのことだ。成仏してもらおう」

「夢枕に立たれたら堪らねえぜ」

 哨戒機を撃墜、敵拠点の外縁部を食い破った。
 あとは一気に拠点がある小島へ侵攻し、味方攻撃機部隊のために露払いだ。

 今頃慌てて迎撃部隊を離陸させている頃なのだろうが、いくら来ようとも相手にならない。
 それだけの力量差と、機体の性能さがある事を知っているから。

 それでもあの中に楽しませてくれるだけの力量を持つパイロットがいるのかも知れない。

 空で生きて空に死ぬ。

 パイロットとしての誇りであり、ユウジにとって何にも変え難いもの。青空に憧れ、空に生きると決めた男の究極の目標。

 それを叶えてくれるパイロットがいると信じている。

 だから相手が何者であっても、翼を持って立ち向かってくる以上侮るような真似はしない。
 常に己の全力をもって戦い、それを全て撃ち落としてきた。

 いつ最期を迎えても、決して後悔などしない。そう誓って戦い続けてきた若きエースパイロットこそ、ユウジなのだ。

「そのまま本島に攻撃を開始。可能な限り攻撃隊の障害を排除」

 敵基地には間違いなく対空砲が設置されているはずであり、鈍足の攻撃機部隊には厄介な相手となる。
 それを高速の戦闘機で叩き潰すことで、間接的に味方をサポートするのだ。

「あいよ、突っ込むぜ!」

 敵拠点のある小島へと接近していけば、小規模ながら戦闘艦数隻が停泊する港湾施設や補給、修理施設の他に滑走路が見えてきた。
 予想通り、滑走路は緊急発進の戦闘機でごった返しており、何とか空へ上がった機は必死に高度を稼ごうと足掻いている最中に見える。

 対空砲も射撃を開始したようだが、その精度は低い。敵戦闘機が迫ってくるまでの間にいくつか破壊しておけば空戦が楽になるし、後続の攻撃機部隊を呼び込む突破口になる。

「サンドロ、まず対空砲を潰せ。侵入路だけ作れればいい」

「行きがけの駄賃だ、俺のボーナスになりやがれ!」

 ユウジとアレッサンドロは低空、それも海面スレスレを飛ぶ。
 対空砲は海岸より少し内陸、丘の上に設置されているという情報を信じ、その俯角より下へもぐりこんで対空射撃を躱すという荒業で距離を詰めていく。

 くしゃみでもして操縦桿を押してしまえば、たちまち海面へ突っ込む。少し揺れただけでもプロペラが海面を叩いてしまいそうだ。
 対空砲は空を狙うようにできているから、水平より下を狙う事が難しい。その弱点を突いての攻撃とはいえ、パイロットに要求される操縦技術があまりにも高い。

 それをやってのける、それが第118戦術飛行隊"ブラッドムーン"の実力だ。

 さあ、踊ろうじゃないか。

 青空と海の狭間で、重力さえ振り切って。


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次のエピソードへ進む 2話目 狩りの時間


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 マイクにそう告げたユウジ・サガミは自身を包み込む透明なガラスの向こうに目を向ける。
 家の窓と違って、ユウジを囲うようなキャノピーから見る空はどこまでも青く澄んでいて、水平線の彼方、地球の曲線もよく見える。
 その手に握る操縦桿を少し傾ければ世界はその上下を入れ替えて、頭上を青空の代わりに青い海原が覆う。
 戦闘機に乗って地上から足を離したユウジは、きっと誰よりも自由なのだろう。
 誰もが憧れた空へ手を伸ばし続けたからこそ得られた翼を、右手に握る操縦桿が操る。
 そして今日も、空を舞う。
「方位を維持って言いながらエルロンロールかよ。贅沢なご身分だことで」
 ヘッドセットからノイズ混じりに聞こえてくるのは、ユウジの右隣を飛ぶ僚機のパイロット、アレッサンドロ・ラッツァリーニの文句。
 彼も自由に飛ぶことが好きな傭兵パイロットであるがゆえに、堅苦しい編隊飛行よりも1人でアクロバットをやる方が好きな人間だ。
 だからこそ、俺にもやらせろと文句を言い出したのだ。
「お前もやればどうだ。方位をズラさなければな」
「後での楽しみにとっておくか」
「なら墜ちるなよ。今日でラサン皇国との契約も終わりなんだ」
 ユウジとアレッサンドロが身を置く傭兵団"ゾディアック"は極東の島国であるラサン皇国と契約を結び、シーレーンの哨戒を請け負っていた。
 その契約も今日が最終日であり、領海内で海賊行為に手を出していた傭兵団の拠点を叩くのがラサンで最後の任務になる。
「次のクライアントが見つからねえ、ってイリンスキーがずっとカリカリしてたな」
「ラサンの報酬はしょぼくせえ、って言ってたのはイリンスキーだろう。代わりに最新鋭機を斡旋してくれたからいいじゃねえか」
 ユウジとアレッサンドロが乗る戦闘機、FP-89"蓮龍"はラサンの旭光重工が開発した最新鋭レシプロ戦闘機であり、高い機動性と高速性を誇る傑作機だ。
 機体後部にエンジンを搭載し、機首には先尾翼という小さな翼を、主翼は左右それぞれ中程に垂直尾翼を立てた独特のシルエットの機体であり、その先進性は航空機に重きを置くラサンならではの技術と言える。
 ラサン軍でもまだ充足率が高くないこの機体を融通してもらえたのも、戦果がクライアントを満足させるに足るものだったからといえよう。
「そんなことより敵機視認。12時の方角、同高度、哨戒の戦闘機2機」
「見えたぜ、まだ気づいてねえな」
 従来通り機首にエンジンを配置し、寸詰まりな胴体からなるずんぐりむっくりな見た目が特徴の戦闘機は、コンメト連邦のヤロスラフ設計局にて開発されたYa-16"モスカ"だろう。
 小型軽量で整備性が高く、何より速度は出ないが機動性が高くてすばしっこい。まさに"ハエ"だ。
「一気に詰めて仕留める。右はサンドロがやれ」
「あいよ、そっち外すなよ」
 スロットルレバーを押し込んで出力を上げると、身体がシートへ押し付けられるような感覚がした。
 チラリと目を速度計へ向ければ、機体が加速していることをユウジへと伝える。
 操縦桿から伝わる振動で風の流れを感じ、照準器へ捉えた敵機を見続ける。
 少しずつ大きくなっていく敵機のパイロットもそろそろユウジたちに気付いた頃だろう。
 もう遅い、旧式機の速度性能で蓮龍から逃げきれるわけがない。
 空で龍に襲われたことを不運だと思ってくれ。
『なんだ、不明機2機……離れていく』
『違う、こっちに来てるぞ!プロペラが逆についてやがる!』
 慌てて回避機動を取る敵機だが、その機動は甘い。
 不意討ちを受けて咄嗟に反応出来なかったのが命取りになった。生き残ることが出来たならば、それを糧にしてもらうしかない。
 敵機の進行方向、未来位置へ照準を合わせた。
 この右手がトリガーを引く。
 きっとこれで命を奪う。
 いつの日か、誰かに奪われるその時まで。
「捉えた、墜ちろ!」
 アレッサンドロが叫び、ユウジは何も言わずにトリガーを引く。
 機首に搭載された4門の20mm機関砲が一瞬火を噴いて、寸詰まりな機体へ無数の砲弾を浴びせかける。
 ユウジが撃った敵機は翼が折れてバランスを崩し、錐揉みに陥りながら海へと墜ちていく。
 アレッサンドロに撃たれた敵機はコックピットへ砲弾が飛び込んだのだろう。すれ違いざまに透明であるはずのキャノピーか赤く染まって見えた。
 砲弾には敵機に大ダメージを与えるため、炸薬を仕込んだ榴弾や着火剤を内蔵する焼夷弾などの弾種が混ぜ込まれている。
 あの敵は運悪く榴弾がコックピットに飛び込んだのであろう。8グラム程度の炸薬とはいえ、生身の人間には致命傷だ。
「キル」
「こっちもキル。パイロットやったのが見えた」
「空でのことだ。成仏してもらおう」
「夢枕に立たれたら堪らねえぜ」
 哨戒機を撃墜、敵拠点の外縁部を食い破った。
 あとは一気に拠点がある小島へ侵攻し、味方攻撃機部隊のために露払いだ。
 今頃慌てて迎撃部隊を離陸させている頃なのだろうが、いくら来ようとも相手にならない。
 それだけの力量差と、機体の性能さがある事を知っているから。
 それでもあの中に楽しませてくれるだけの力量を持つパイロットがいるのかも知れない。
 空で生きて空に死ぬ。
 パイロットとしての誇りであり、ユウジにとって何にも変え難いもの。青空に憧れ、空に生きると決めた男の究極の目標。
 それを叶えてくれるパイロットがいると信じている。
 だから相手が何者であっても、翼を持って立ち向かってくる以上侮るような真似はしない。
 常に己の全力をもって戦い、それを全て撃ち落としてきた。
 いつ最期を迎えても、決して後悔などしない。そう誓って戦い続けてきた若きエースパイロットこそ、ユウジなのだ。
「そのまま本島に攻撃を開始。可能な限り攻撃隊の障害を排除」
 敵基地には間違いなく対空砲が設置されているはずであり、鈍足の攻撃機部隊には厄介な相手となる。
 それを高速の戦闘機で叩き潰すことで、間接的に味方をサポートするのだ。
「あいよ、突っ込むぜ!」
 敵拠点のある小島へと接近していけば、小規模ながら戦闘艦数隻が停泊する港湾施設や補給、修理施設の他に滑走路が見えてきた。
 予想通り、滑走路は緊急発進の戦闘機でごった返しており、何とか空へ上がった機は必死に高度を稼ごうと足掻いている最中に見える。
 対空砲も射撃を開始したようだが、その精度は低い。敵戦闘機が迫ってくるまでの間にいくつか破壊しておけば空戦が楽になるし、後続の攻撃機部隊を呼び込む突破口になる。
「サンドロ、まず対空砲を潰せ。侵入路だけ作れればいい」
「行きがけの駄賃だ、俺のボーナスになりやがれ!」
 ユウジとアレッサンドロは低空、それも海面スレスレを飛ぶ。
 対空砲は海岸より少し内陸、丘の上に設置されているという情報を信じ、その俯角より下へもぐりこんで対空射撃を躱すという荒業で距離を詰めていく。
 くしゃみでもして操縦桿を押してしまえば、たちまち海面へ突っ込む。少し揺れただけでもプロペラが海面を叩いてしまいそうだ。
 対空砲は空を狙うようにできているから、水平より下を狙う事が難しい。その弱点を突いての攻撃とはいえ、パイロットに要求される操縦技術があまりにも高い。
 それをやってのける、それが第118戦術飛行隊"ブラッドムーン"の実力だ。
 さあ、踊ろうじゃないか。
 青空と海の狭間で、重力さえ振り切って。