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0話目 焼け落ちた空

ー/ー



 月と星だけが照らす夜空を飛んでいた。
 白銀の翼を持つ戦略爆撃機を引き連れて、北極星の代わりにコンパスの針に従いながら。

 攻撃目標は工業都市"ヴェルゴグラード"工場地帯。
 ここの製鉄所をはじめとした各生産施設を破壊すれば、敵の工業力を大幅に削って戦局を優位に傾けられるとブリーフィングで言っていたのは誰だっただろうか。

 そんな戦略なんて、参謀本部が考えればいい。
 自分はこの広い空を、自分だけの銀翼で舞うために飛ぶのだから。
 
 己の技量を尽くしたドッグファイトの末に相手を撃ち落とすか、自身が撃ち落とされる。

 そう信じていた。

 それを願っていた。

 それが誇りだった。

 きっと、あの不幸が重なり合ったりしなければ、愛した空と誇りが焼け落ちることはなかったのかもしれない。

「こちら編隊長"ライノ1"!被弾により退避する!」

 爆撃機編隊の先頭を飛ぶ編隊長機には最も腕の良い爆撃手が乗り、編隊長の爆弾投下に合わせて続く数百機の戦略爆撃機がたんまりと詰め込んだ爆弾を落とす。

 その役を担う編隊長機が対空砲火を受けて退避を宣言する事など、よくあることだ。
 搭載した爆弾を投棄して、速やかに戦域を離脱して帰還することも、戦場ではよくあることのはずだった。

「編隊長機の投下を確認、ライノ2、爆弾投下!」

 恐らく、被弾で無線も損傷していたのだろう。
 退避の宣言は他機に伝わることはなく、爆弾の投棄を爆弾投下と勘違いした爆撃機編隊は工場地帯数キロ手前、人口密集地の真上で死の雨を降らせ出した。

「待て、そこは人口密集地だ!投下をやめろ!」

 必死に叫ぶ声は届かない。
 一度広まった混乱は、たった1人の戦闘機パイロットに沈められるような代物ではないのだ。

 降り注ぐ100kg爆弾の豪雨は地面を叩き、雨音の代わりに爆音を轟かせる。
 その数は実に1機当たり12発。それが数百なのだから、どれほど恐ろしい事になるか、空の上からでも想像に難くない。

 たちまち市街地を業火が覆い、夜空は燃え、爛れた。
 紅蓮の炎は星空さえ焼き尽くし、目印にしていた星は燃え尽き、漆黒を紅蓮が染め上げる。

「あいつら、市街地を焼きやがった!」

「ふざけてんのか、工業地帯の精密爆撃じゃなかったのかよ!?」

 僚機から上がる困惑と非難の声。
 そんな中でも声を上げられなかった。

 操縦桿を握る手が震えているのか、爆風の余波で機体が揺れているのかわからない。
 これは爆音か、それとも慟哭か。
 愛した空が目の前で焼け落ちていく。
 こんなものを、望んでなどいなかったというのに。

 望んだ空は、こんなものではなかったはずなのに。

 無数の死を包み込む紅蓮の炎、その中でどれだけの命が焼き払われたのかもわからない。
 恐らく歴史に刻まれるであろう悪業、それに敵部隊が怒り狂わないわけもなく、紅蓮の中に白銀の星がいくつも瞬いては降り注ぐ。

『祖国を、故郷を焼き捨てた報いを受けろ』

『生かして帰すな。殺された数だけ殺せ。それを手向としよう』

 空を焼いた戦略爆撃機へと、降り注いだ流星たちが火を灯す。
 主翼付け根の燃料タンクを的確に撃ち抜き、編隊から離れた囮が銃座の集中砲火を浴びる間に残りの戦闘機が次々に爆撃機を食い荒らす。

「ライノ4、墜ちる……!」

「護衛はどこに行った、傭兵どもめ仕事をしやがれ!」

 空はたちまち混乱に包み込まれた。
 赤い空に散った爆撃機は隣を飛んでいた僚機を巻き込み、もうひとつの流れ星が生まれる。

 本来は護衛機として彼らを守らなければならない。
 それでも、操縦桿を握る右手はそれを躊躇った。

 この空を焼き払い、無辜の市民を葬り去った爆撃機部隊など、皆墜とされてしまえばいいとまで思っていた。
 守る価値もない。報いを受けて当然の所業をしたのだ。

 その罪過は、間違いなく自分たちも背負うべきものであるけれど。

「くそったれ、来るぞ!」

「指示をくれ!」

 僚機が叫ぶ中でも、喉が震えて動かない。
 操縦桿を握る手が震えている。

 この喉から慟哭も悲鳴も出ることはなかった。

「エコーが、墜ちた!」

 代わりになってくれた僚機が墜ちても、遂に声を上げることはできなかった。


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次のエピソードへ進む 1話目 水平線の襲撃者


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 月と星だけが照らす夜空を飛んでいた。
 白銀の翼を持つ戦略爆撃機を引き連れて、北極星の代わりにコンパスの針に従いながら。
 攻撃目標は工業都市"ヴェルゴグラード"工場地帯。
 ここの製鉄所をはじめとした各生産施設を破壊すれば、敵の工業力を大幅に削って戦局を優位に傾けられるとブリーフィングで言っていたのは誰だっただろうか。
 そんな戦略なんて、参謀本部が考えればいい。
 自分はこの広い空を、自分だけの銀翼で舞うために飛ぶのだから。
 己の技量を尽くしたドッグファイトの末に相手を撃ち落とすか、自身が撃ち落とされる。
 そう信じていた。
 それを願っていた。
 それが誇りだった。
 きっと、あの不幸が重なり合ったりしなければ、愛した空と誇りが焼け落ちることはなかったのかもしれない。
「こちら編隊長"ライノ1"!被弾により退避する!」
 爆撃機編隊の先頭を飛ぶ編隊長機には最も腕の良い爆撃手が乗り、編隊長の爆弾投下に合わせて続く数百機の戦略爆撃機がたんまりと詰め込んだ爆弾を落とす。
 その役を担う編隊長機が対空砲火を受けて退避を宣言する事など、よくあることだ。
 搭載した爆弾を投棄して、速やかに戦域を離脱して帰還することも、戦場ではよくあることのはずだった。
「編隊長機の投下を確認、ライノ2、爆弾投下!」
 恐らく、被弾で無線も損傷していたのだろう。
 退避の宣言は他機に伝わることはなく、爆弾の投棄を爆弾投下と勘違いした爆撃機編隊は工場地帯数キロ手前、人口密集地の真上で死の雨を降らせ出した。
「待て、そこは人口密集地だ!投下をやめろ!」
 必死に叫ぶ声は届かない。
 一度広まった混乱は、たった1人の戦闘機パイロットに沈められるような代物ではないのだ。
 降り注ぐ100kg爆弾の豪雨は地面を叩き、雨音の代わりに爆音を轟かせる。
 その数は実に1機当たり12発。それが数百なのだから、どれほど恐ろしい事になるか、空の上からでも想像に難くない。
 たちまち市街地を業火が覆い、夜空は燃え、爛れた。
 紅蓮の炎は星空さえ焼き尽くし、目印にしていた星は燃え尽き、漆黒を紅蓮が染め上げる。
「あいつら、市街地を焼きやがった!」
「ふざけてんのか、工業地帯の精密爆撃じゃなかったのかよ!?」
 僚機から上がる困惑と非難の声。
 そんな中でも声を上げられなかった。
 操縦桿を握る手が震えているのか、爆風の余波で機体が揺れているのかわからない。
 これは爆音か、それとも慟哭か。
 愛した空が目の前で焼け落ちていく。
 こんなものを、望んでなどいなかったというのに。
 望んだ空は、こんなものではなかったはずなのに。
 無数の死を包み込む紅蓮の炎、その中でどれだけの命が焼き払われたのかもわからない。
 恐らく歴史に刻まれるであろう悪業、それに敵部隊が怒り狂わないわけもなく、紅蓮の中に白銀の星がいくつも瞬いては降り注ぐ。
『祖国を、故郷を焼き捨てた報いを受けろ』
『生かして帰すな。殺された数だけ殺せ。それを手向としよう』
 空を焼いた戦略爆撃機へと、降り注いだ流星たちが火を灯す。
 主翼付け根の燃料タンクを的確に撃ち抜き、編隊から離れた囮が銃座の集中砲火を浴びる間に残りの戦闘機が次々に爆撃機を食い荒らす。
「ライノ4、墜ちる……!」
「護衛はどこに行った、傭兵どもめ仕事をしやがれ!」
 空はたちまち混乱に包み込まれた。
 赤い空に散った爆撃機は隣を飛んでいた僚機を巻き込み、もうひとつの流れ星が生まれる。
 本来は護衛機として彼らを守らなければならない。
 それでも、操縦桿を握る右手はそれを躊躇った。
 この空を焼き払い、無辜の市民を葬り去った爆撃機部隊など、皆墜とされてしまえばいいとまで思っていた。
 守る価値もない。報いを受けて当然の所業をしたのだ。
 その罪過は、間違いなく自分たちも背負うべきものであるけれど。
「くそったれ、来るぞ!」
「指示をくれ!」
 僚機が叫ぶ中でも、喉が震えて動かない。
 操縦桿を握る手が震えている。
 この喉から慟哭も悲鳴も出ることはなかった。
「エコーが、墜ちた!」
 代わりになってくれた僚機が墜ちても、遂に声を上げることはできなかった。