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シークエンス2「頭が痛い」

ー/ー



「ウィズ、大丈夫?」
「一応、オーケー。吐けるものはすべて吐いた」
 セントラル駅の構内の女子トイレの洗面台でうがいをしていた。とても清潔感あるトイレだったので、吐いたあとの嫌悪感は少なくて済んだのはよかった。
 ミリアムは心配そうにあたしの背中をさする。
 あの場から逃げるため、ジャスがテレポーテーションを使ったのは分かる。3人ともやられては、オシマイだ。だからといって、突然使わなくなって良いでしょうに! あのヤロー、一発小突かないと気が済まないわ。
 何度目かうがいをしているとき、
「ジャスのあれ、テレポーテーションだよね。バスやら列車やら、これだけ交通網が発達しているのに、あんなワザ、普通は使わないだろうし、無詠唱で飛んだよね。そんなこと、イマドキ可能な人間は……。あ、あんたら人間じゃないのか」
「独り合点しているんじゃないわよ……。はあ、落ち着いた。トイレから出ましょ。ジャスが待っているわ」
「そうだな」
 ハンカチで口元を拭くあたしにミリアムはうなずいた。

「何を食べているの?」
 ジャスはトイレより少し離れたベンチで生クリームたっぷりのクレープを食べていた。普通のクレープと違って、生地で中身が包まれている。
 人の往来が少なくなってきたとはいえ、夜のセントラル駅だ。人の往来は学校近辺より多いし、酔っ払いも多い。そして、サルビア魔導術学校の制服を着ているあたしとミリアムは補導をうけかねない。というか、そもそも子供の出歩く時間ではない。
 そんな中、のんびりいられるコイツの神経、ものの見事にアッパレだわ。
「ウィズ、大丈夫? これはね、手を汚さずに食べられるクレープ。二人の分もあるよ」
 すっかり食べ終わったジャスは、ビニル袋を持ち上げる。
「あのさ、さっきまで吐いていたあたしに甘いものは無理よ」
 あたしは手を横に振り、ノーセンキューの意思表示をする。
「ああ、そうだったね。んじゃ、そこの……えっと、ミリアムはどう? チョコバナナとぶどうがあるよ」
 ジャスはミリアムに袋を掲げる。
「あ……悪いんだが、わたしは甘い物を食べると胸焼けしちゃうタイプでね。すまない」
「ああ、そう」
 ジャスの顔が少しほころんだ。絶対、あとで食べるに違いない……と思っていたら、その場でもう一つ、クレープを包んでいるセロファンを開けた。
「まだ食べるのか?」
 ミリアムは驚いた。
「ボクにとって甘いものは心の栄養だからね。二人とも、ベンチに座りなよ。ちょっとこれから、ボクがたてた計画を話そうと思うから」
 そういえば、ジャスの甘党を止めるのは、常闇の長でも無理だったのだ。こればかりはあきらめるしかない。

 ジャスが話した計画……。それはアルトを頼ることだった。
 三人分の夜行列車のチケットを買ったという。そんなお金、どこにあったのと聞くと、ジャスの養父役を買って出てくれた本屋店主のクレジットカードを使ったそうだ。
 犯罪じゃないのか? と思いながらも、ツッコむのは我慢した。多少の犯罪行為よりも今はレイモンドから逃げるのが先だ。
 繰り返し伝えておくけど、大人のものを勝手に使うのは犯罪だからね。みんなは真似してはいけないからね。絶対によ。あたしとの約束だわよ。
「アルトって誰だ? 知り合いか? 頼りになるのか?」
 ミリアムは当然の疑問を尋ねる。
「そうね。知り合いっていうか、親友ね。持ちつ持たれつ。頼り頼られってヤツ。先生をやっているのよ」
 少し吐き気が戻ってきたあたしはハンカチで口を押さえる。
「そのアルトやらはどこにいるんだ?」
「セファ大学」
 ジャスはミリアムの質問にさらりと答える。すっかり三つ目のクレープも食べ終わったようで、すべてのセロファンをビニル袋に戻していた。
「セファ大学だと? この国じゃ最高峰の魔導術の大学じゃないか! そこの先生をやっているのか? まさか! 大神殿から神官も来るぐらいだぞ!」
「え、そうなの?」
 あたしは驚く。確かに大きなキャンパスではあったけど、まさか世界的に偉い身分の神官まで学びに来るほどのところでで、アルトが教鞭を握っているとは思ってなかった。
「あの、大神殿の話を聞かせてくれないかな……。ちょっと気になる」
「そんなの、今は関係ないだろ。そのアルト先生に聞けよ。とにかく! 列車の時間はあとどれぐらいだ?」
 ジャスのお願いはミリアムの睨みにかき消された。その睨みに一向に気にしないジャスは、
「あと三十分。でも列車はそろそろホームに来ててもおかしくないから、待ってようか。中で食べる何かを買うぐらいの時間はあるから、買ってあげるよ。ボクのカードで」
 お前のカードじゃないだろ。率先して犯罪行為をするな、このバカ。

 未だ吐き気が完全に良くならないあたしは無塩トマトジュース、ミリアムはたまごサンドとペットボトルのカフェオレを持ち込んだ。ジャスはミネラルウォーターを選んでいた。あれだけ甘い物を食べたら、のどのひとつやふたつ、確かに乾くわよね。
 コンパートメントは残り一つだったようだ。結構な人数が乗り込んでいる。出張者が多いんじゃないかな、とジャスは笑う。
 なんとか座席を二段ベッドに変えたあと、
「時間になったら、起こしてね」
 あたしは一目散に下段のベッドに滑り込んだ。
 すぐに意識は遠のいた。
 ★
 レイモンドが自身の研究室で万歳三唱している。
「やった! このまじない文句を唱えれば、この世は良くなる!」
 レイモンドは、まじない文句をよどみなく唱えはじめた。
 しかし、魔導術は発動する様子はない。
「なんでだ? 何か不純物があるのか? そんなバカな! この学校には光使いしかいないはずなのに……!」
 よこしまな表情で考え込むレイモンドは……。
 ★
「ウィズ、もうそろそろだ。起きろ」
 ミリアムにほっぺたをぺちぺち叩かれていた。
「ずいぶんとうなされていたようだけど、まだ吐き気がするのかい?」
 ジャスはミネラルウォーターを飲んでいた。
「ううん……。そういうのじゃなくって……。言語化できない夢を見たの。なんだったかな……」
 首をひねるあたしに、
「とりあえず、起きな。準備しなきゃいけないだろ?」
 ミリアムの言うのがもっともだ。あたしは、起き上がると、昨晩買ったトマトジュースの缶を開けた。

「よう、兄妹! 待ってたぜ」
 気怠そうにアルトが改札口で待っていた。以前と違って、ボサボサの長い茶髪は一本結びにしている。ここにいるって、いつの間にかジャスが連絡を取っていたのだろうか。
 また痩せたんじゃないかしら。ずいぶんと痩せているせいか、丸眼鏡がずれ落ちている。前から痩せていたし、ちゃんと食べているのか不安になる。
「ああ、アルト。久しゅう。どうしてた?」
 ジャスとアルトはハイタッチする。
「どうしてたも何も! やっと査読が終わってホッとしていたっていうのに! そこにオマエらがまたトラブルを持ち込みやがって!」
 トラブル……そうね。トラブルには間違いない。
「ウィズも……疲れているっぽいが、大丈夫か? こんなアホの面倒を見るのは大変だろう?」
「ええ。今回、トラブルを持ち込んだのはあたしの方なんだけどね。なんか光源人に追っかけられているの」
「ほう……。光源人か。そりゃ、面白い。詳しく聞かせてくれ」
 アルトは興味を持ったようで、目を少し光らせた。
「そこの奥の嬢ちゃんも一緒においで。このラピスラズリのアホ兄妹に付き合わされているから、ここにいるんだろうし。お茶の一杯でもおごるよ」
 アルトは光源人の話に興味津々のようだ。その前に、不満は言っておこう。
「アルト、一つ言っておくわ」
「なんだ」
「アホはジャスで十分よ」

 アルトは大学のサンドウィッチ屋に連れて行ってくれた。目の前でサンドウィッチを作ってくれるのお店らしく、野菜やお肉、エビなどがカウンターに色とりどり並んでいる。
 俺のおごりだというアルトの言葉に甘えて、トマト多めのサンドウィッチを作ってもらった。ミリアムはエビとアボカドのサンドウィッチにしていた。フルーツサンドがないことに不満を言っていたジャスに、身体に良い物を食えと、強制的に野菜サンドを注文させられていた。アルトは「いつもの」とだけ答えていた。普通のサンドウィッチにしか見えないが、アルトの「いつもの」はこれなのだろう。
 そして、おのおのドリンクを注文した。
「光源人はどんなヤツだ?」
 テーブルに座るなり、アルトは単刀直入に聞いてきた。
「周りはまばらとはいえ、こんなセンシティブな内容、堂々と話せるはずないでしょ。アルト、あんたの研究室で話した方が良いんじゃなくって?」
「大丈夫だ。俺の専門は闇と光の力のバランスの研究だから。また変なヤツらに絡まれているんだろうなって思われるだけだ」
 あたしの言葉にアルトはケラケラと笑いながら、サンドウィッチにかぶりつく。
「んじゃ、アルト。話を進めるね。長から、『サルビア魔導術学校のドクターレイモンドの観察』の命を受けたんだ。ウィズが学生として潜入しているんだよ。ミリアムもサルビア魔導術学校の学生さん。でもね、光源人だとボクらは知らされなかったんだよ。ひどいと思わないかい?」
 いつの間にか野菜サンドを食べ終わっていたジャスに、サンドウィッチを飲み込んだアルトは、
「あのお方は、あんたらを守るために言わなかったんだろよ。適役があんたらしかいなかったとはいえ、長の秘蔵っ子を直々に送り込むんだ。自分が可愛がっているヤツを光源人と会わせるような危険なことをさせるなんて、長としては断腸の思いだっただろうし、それを伝えたら、あんたらも気構えるだろ」
「はあ……。まあ、そうだね」
 緑色のジュースを飲み干すアルトにあたしたちは納得する。
「ちょっと待て。わたしを置いてけぼりにしないでくれ。一体どういうことだ? ウィズ、説明しておくれよ」
 ミリアムが汚れた手をナプキンで拭いていた。
「ああ。嬢ちゃん。こいつらの正体を知っているかどうかは分からないが、俺はこいつらの仲間だ。このアホ二人からどこまで聞いているか分からないが、世界の裏側から来た存在だとは伝えておこう。俺は人間のフリをして、光と闇の力を見張っている。この兄妹とは、肉体年齢ではこう年が離れているように見えていても、実際は同じぐらい下っ端なんだよ。そのためか仲が良くてね。こいつらがこっちの世界に来るたびに、こうやって厄介ごとを持ち込んでくるんだ。まあ、俺も厄介ごとを押しつけたりするから、お互い様ってヤツだから」
 アルトは緑のジュースを飲み干した。ズズズ……とストローから音が鳴る。
「つまり、アルトさんも常闇人だと」
「お、聞いていたか。なら、話が早い。理解した?」
「ま……まあ。それなりに」
 ミリアムは小さくうなずいた。
「あのフィールドワークは二度としないからね! 崖からファイト一発するなんて、思いもしなかったわよ」
 あたしのぼやきにアルトは、
「あれは悪かったよ……。まあとにかく。まとめると、長の命で光源人の見張りをさせられていたところ、襲われたってことか。はあ。あのドクターレイモンドが光源人とは。あまり良いウワサは聞かないし、最近見かけなかったから、研究職辞めたのかと思ったけど、まさか、サルビア校の教師になっていたとは……」
「アルトはレイモンドが光源人って気がついていた?」
 空になったドリンクの氷をガリガリ噛むジャスは、アルトに尋ねる。
「いいや。向こうも俺が常闇人だとは気がつかなかっただろうな。まあ、気がつかれないようにお互い気をつけていただけだろう。して、俺にどうしてほしい?」
 ジャスは申し訳なさそうに、
「まず、一つ。ウィズとミリアムをドクターアルトのところで勉強しに行ったと、サルビア校に伝えてほしい。でないと、捜索騒ぎになる」
 まあ、そうね。多分、学校では大騒ぎになっているだろう。とは、言っても……。
「それじゃ、あたしの居場所がレイモンドにバレるわよ?」
「バレたっていいじゃないか。ここは人が多い。しかも大学。専門家がたくさんいる。そんな場所で向こうがボクらを襲うなんて、そんなおバカなことしないでしょ」
 ジャスの言うことはもっともだ。あたしは納得する。
「今、現時点での光と闇の力のバランスを教えてあげよう。学校への連絡ついでに、俺の研究室へおいで。多少、バタバタしているが、まあ我慢してくれ」

 我慢レベルを超えたペーパーや本だらけの部屋だった。隅にあるコンピューターは未だブラウン管。物持ちが良いのにもほどがあるわね。ジィージィーと嫌な音を響かせている。データを保存するための磁気ディスクが壊れかけているのでは? と不安になる音だ。
「コレを見てくれ」
 うちの学校への電話を無事終えたらしい、アルトは書類が大量に積まれたデスクの引き出しから、ピカピカにみがかれた赤い球をあたしたちに見せてくれた。土台にはスイッチがいくつかある。
 とてもキレイだ。ここまでキレイな赤は初めて見たかもしれない。
「これは一体何だ?」
 ミリアムは不思議そうにキレイな赤い球を見る。
「名前なんてないよ。ただ光と闇の力の比率を見るための魔動力ガジェットだ。そろそろお披露目してもいいんだろうけど……。名前が思いつかないからな……」
 ため息をつくアルトに、
「そんなこと、今はどうでも良いでしょ、アルト。で、このキレイな赤い球は何を指しているの?」
 ジャスは説明をせっつく。
 アルトは豪快に笑うと、
「この赤色はこの大学では光と闇が一対一の割合で混ざっていることを指している。頑張って混ぜたんだよ。学生のためにさ。ほめてくれ」
「おつかれ」
 ジャスはアルトの肩を叩く。
「んじゃ、座標点を変えてみるぞ……。例えば、ウィズとミリアムが通っているサルビア魔導術学校……」
 アルトはブツブツと赤い球を台座の上に載せ、カチャカチャスイッチを押し始めた。
 ビープ音が鳴る。同時に、溢れんばかりの光が部屋中を包んだ。あまりの光の強さに目がくらむ。
 数秒後、その光が消えたかと思うと、
「うっぷ……。気持ち悪……。なんだ、この光の強さは」
 青ざめたアルトは雪崩のように椅子に座り込む。
「ああ、びっくりした。驚かさないでよ、アルト。今のは一体何?」
 背もたれに寄りかかったままのアルトにジャスはケラケラ笑う。
「サルビア魔導術学校の光の強さだよ。あまりに強すぎてびっくりした。何だあれ。サルビアシティは闇に排他的とは聞くが、ここまで光が強いと世界のバランスが崩れるぞ。レイモンドのヤツ、何を考えているんだ?」
 アルトは奥にあったらしい冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出すと、小さなペットボトルを一気に飲み干した。相当、気分が悪かったようだ。
「ジャス、ウィズ。オマエらは当てられなかったか?」
 あたしたち兄妹はお互いの顔を見る。
「あの程度では」
「レイモンドの攻撃に比べれば、全然大丈夫よ」
「あんたら、やっぱ強いぜ」
 アルトは、あたしたちの返答にあきれかえった様子でデスクに放置してあったタオルでおでこを拭く。
「はあ……。見るだけであれだけの光の力が集まっているんだよな。レイモンドは何を考えているんだろう。そもそも、あいつの研究は光の魔動力研究だったはず。つーか、何しにこちら側へ来たんだ?」
 ブツブツ、アルトはつぶやきはじめた。こうなると、あたしたちは何もできない。考え始めたアルトは止まらない。
「どうすればいい?」
 ミリアムはそっとあたしに耳打ちをする。
「少し待ちましょ。そんなに考え込むタイプじゃないから」
 あたしの言うとおり、五分もしない間に、
「ちょっとオマエら、三人手伝え。レイモンドの論文を片っ端から読むぞ」
 アルトは無茶苦茶なことを要求してきた。
「そんなご無体な!」
 あたしは悲痛に叫ぶ。
「読めって言ったって! そんな高度なことをわたしは学んでないです、アルト先生」
 ミリアムの言うことはもっともだ。一応、今の姿は花もうらやむ十四歳の学生の身分。普通はミリアムの言うとおり、論文を読む年齢ではない。そもそも魔導術の論文なんて読む機会こと自体久しぶりだ。
「ミリアム、どうせオマエは大学進学希望だろ? 少しは予習しとけ」
 アルトは鍵を持つ。
「ウィズとジャスは、読んだことありませんとか、うそぶくなよ。オマエらが書いた論文は今も残っているんだからな!」
「は? それって一体どういうこと?」
 あたしのはてなマークは、
「代筆ありがとなってヤツだ! 今から図書館へ行くぞ。さっさと出てった出てった!」
 アルトの面倒くさそうな声でかき消された。




みんなのリアクション

「ウィズ、大丈夫?」
「一応、オーケー。吐けるものはすべて吐いた」
 セントラル駅の構内の女子トイレの洗面台でうがいをしていた。とても清潔感あるトイレだったので、吐いたあとの嫌悪感は少なくて済んだのはよかった。
 ミリアムは心配そうにあたしの背中をさする。
 あの場から逃げるため、ジャスがテレポーテーションを使ったのは分かる。3人ともやられては、オシマイだ。だからといって、突然使わなくなって良いでしょうに! あのヤロー、一発小突かないと気が済まないわ。
 何度目かうがいをしているとき、
「ジャスのあれ、テレポーテーションだよね。バスやら列車やら、これだけ交通網が発達しているのに、あんなワザ、普通は使わないだろうし、無詠唱で飛んだよね。そんなこと、イマドキ可能な人間は……。あ、あんたら人間じゃないのか」
「独り合点しているんじゃないわよ……。はあ、落ち着いた。トイレから出ましょ。ジャスが待っているわ」
「そうだな」
 ハンカチで口元を拭くあたしにミリアムはうなずいた。
「何を食べているの?」
 ジャスはトイレより少し離れたベンチで生クリームたっぷりのクレープを食べていた。普通のクレープと違って、生地で中身が包まれている。
 人の往来が少なくなってきたとはいえ、夜のセントラル駅だ。人の往来は学校近辺より多いし、酔っ払いも多い。そして、サルビア魔導術学校の制服を着ているあたしとミリアムは補導をうけかねない。というか、そもそも子供の出歩く時間ではない。
 そんな中、のんびりいられるコイツの神経、ものの見事にアッパレだわ。
「ウィズ、大丈夫? これはね、手を汚さずに食べられるクレープ。二人の分もあるよ」
 すっかり食べ終わったジャスは、ビニル袋を持ち上げる。
「あのさ、さっきまで吐いていたあたしに甘いものは無理よ」
 あたしは手を横に振り、ノーセンキューの意思表示をする。
「ああ、そうだったね。んじゃ、そこの……えっと、ミリアムはどう? チョコバナナとぶどうがあるよ」
 ジャスはミリアムに袋を掲げる。
「あ……悪いんだが、わたしは甘い物を食べると胸焼けしちゃうタイプでね。すまない」
「ああ、そう」
 ジャスの顔が少しほころんだ。絶対、あとで食べるに違いない……と思っていたら、その場でもう一つ、クレープを包んでいるセロファンを開けた。
「まだ食べるのか?」
 ミリアムは驚いた。
「ボクにとって甘いものは心の栄養だからね。二人とも、ベンチに座りなよ。ちょっとこれから、ボクがたてた計画を話そうと思うから」
 そういえば、ジャスの甘党を止めるのは、常闇の長でも無理だったのだ。こればかりはあきらめるしかない。
 ジャスが話した計画……。それはアルトを頼ることだった。
 三人分の夜行列車のチケットを買ったという。そんなお金、どこにあったのと聞くと、ジャスの養父役を買って出てくれた本屋店主のクレジットカードを使ったそうだ。
 犯罪じゃないのか? と思いながらも、ツッコむのは我慢した。多少の犯罪行為よりも今はレイモンドから逃げるのが先だ。
 繰り返し伝えておくけど、大人のものを勝手に使うのは犯罪だからね。みんなは真似してはいけないからね。絶対によ。あたしとの約束だわよ。
「アルトって誰だ? 知り合いか? 頼りになるのか?」
 ミリアムは当然の疑問を尋ねる。
「そうね。知り合いっていうか、親友ね。持ちつ持たれつ。頼り頼られってヤツ。先生をやっているのよ」
 少し吐き気が戻ってきたあたしはハンカチで口を押さえる。
「そのアルトやらはどこにいるんだ?」
「セファ大学」
 ジャスはミリアムの質問にさらりと答える。すっかり三つ目のクレープも食べ終わったようで、すべてのセロファンをビニル袋に戻していた。
「セファ大学だと? この国じゃ最高峰の魔導術の大学じゃないか! そこの先生をやっているのか? まさか! 大神殿から神官も来るぐらいだぞ!」
「え、そうなの?」
 あたしは驚く。確かに大きなキャンパスではあったけど、まさか世界的に偉い身分の神官まで学びに来るほどのところでで、アルトが教鞭を握っているとは思ってなかった。
「あの、大神殿の話を聞かせてくれないかな……。ちょっと気になる」
「そんなの、今は関係ないだろ。そのアルト先生に聞けよ。とにかく! 列車の時間はあとどれぐらいだ?」
 ジャスのお願いはミリアムの睨みにかき消された。その睨みに一向に気にしないジャスは、
「あと三十分。でも列車はそろそろホームに来ててもおかしくないから、待ってようか。中で食べる何かを買うぐらいの時間はあるから、買ってあげるよ。ボクのカードで」
 お前のカードじゃないだろ。率先して犯罪行為をするな、このバカ。
 未だ吐き気が完全に良くならないあたしは無塩トマトジュース、ミリアムはたまごサンドとペットボトルのカフェオレを持ち込んだ。ジャスはミネラルウォーターを選んでいた。あれだけ甘い物を食べたら、のどのひとつやふたつ、確かに乾くわよね。
 コンパートメントは残り一つだったようだ。結構な人数が乗り込んでいる。出張者が多いんじゃないかな、とジャスは笑う。
 なんとか座席を二段ベッドに変えたあと、
「時間になったら、起こしてね」
 あたしは一目散に下段のベッドに滑り込んだ。
 すぐに意識は遠のいた。
 ★
 レイモンドが自身の研究室で万歳三唱している。
「やった! このまじない文句を唱えれば、この世は良くなる!」
 レイモンドは、まじない文句をよどみなく唱えはじめた。
 しかし、魔導術は発動する様子はない。
「なんでだ? 何か不純物があるのか? そんなバカな! この学校には光使いしかいないはずなのに……!」
 よこしまな表情で考え込むレイモンドは……。
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「ウィズ、もうそろそろだ。起きろ」
 ミリアムにほっぺたをぺちぺち叩かれていた。
「ずいぶんとうなされていたようだけど、まだ吐き気がするのかい?」
 ジャスはミネラルウォーターを飲んでいた。
「ううん……。そういうのじゃなくって……。言語化できない夢を見たの。なんだったかな……」
 首をひねるあたしに、
「とりあえず、起きな。準備しなきゃいけないだろ?」
 ミリアムの言うのがもっともだ。あたしは、起き上がると、昨晩買ったトマトジュースの缶を開けた。
「よう、兄妹! 待ってたぜ」
 気怠そうにアルトが改札口で待っていた。以前と違って、ボサボサの長い茶髪は一本結びにしている。ここにいるって、いつの間にかジャスが連絡を取っていたのだろうか。
 また痩せたんじゃないかしら。ずいぶんと痩せているせいか、丸眼鏡がずれ落ちている。前から痩せていたし、ちゃんと食べているのか不安になる。
「ああ、アルト。久しゅう。どうしてた?」
 ジャスとアルトはハイタッチする。
「どうしてたも何も! やっと査読が終わってホッとしていたっていうのに! そこにオマエらがまたトラブルを持ち込みやがって!」
 トラブル……そうね。トラブルには間違いない。
「ウィズも……疲れているっぽいが、大丈夫か? こんなアホの面倒を見るのは大変だろう?」
「ええ。今回、トラブルを持ち込んだのはあたしの方なんだけどね。なんか光源人に追っかけられているの」
「ほう……。光源人か。そりゃ、面白い。詳しく聞かせてくれ」
 アルトは興味を持ったようで、目を少し光らせた。
「そこの奥の嬢ちゃんも一緒においで。このラピスラズリのアホ兄妹に付き合わされているから、ここにいるんだろうし。お茶の一杯でもおごるよ」
 アルトは光源人の話に興味津々のようだ。その前に、不満は言っておこう。
「アルト、一つ言っておくわ」
「なんだ」
「アホはジャスで十分よ」
 アルトは大学のサンドウィッチ屋に連れて行ってくれた。目の前でサンドウィッチを作ってくれるのお店らしく、野菜やお肉、エビなどがカウンターに色とりどり並んでいる。
 俺のおごりだというアルトの言葉に甘えて、トマト多めのサンドウィッチを作ってもらった。ミリアムはエビとアボカドのサンドウィッチにしていた。フルーツサンドがないことに不満を言っていたジャスに、身体に良い物を食えと、強制的に野菜サンドを注文させられていた。アルトは「いつもの」とだけ答えていた。普通のサンドウィッチにしか見えないが、アルトの「いつもの」はこれなのだろう。
 そして、おのおのドリンクを注文した。
「光源人はどんなヤツだ?」
 テーブルに座るなり、アルトは単刀直入に聞いてきた。
「周りはまばらとはいえ、こんなセンシティブな内容、堂々と話せるはずないでしょ。アルト、あんたの研究室で話した方が良いんじゃなくって?」
「大丈夫だ。俺の専門は闇と光の力のバランスの研究だから。また変なヤツらに絡まれているんだろうなって思われるだけだ」
 あたしの言葉にアルトはケラケラと笑いながら、サンドウィッチにかぶりつく。
「んじゃ、アルト。話を進めるね。長から、『サルビア魔導術学校のドクターレイモンドの観察』の命を受けたんだ。ウィズが学生として潜入しているんだよ。ミリアムもサルビア魔導術学校の学生さん。でもね、光源人だとボクらは知らされなかったんだよ。ひどいと思わないかい?」
 いつの間にか野菜サンドを食べ終わっていたジャスに、サンドウィッチを飲み込んだアルトは、
「あのお方は、あんたらを守るために言わなかったんだろよ。適役があんたらしかいなかったとはいえ、長の秘蔵っ子を直々に送り込むんだ。自分が可愛がっているヤツを光源人と会わせるような危険なことをさせるなんて、長としては断腸の思いだっただろうし、それを伝えたら、あんたらも気構えるだろ」
「はあ……。まあ、そうだね」
 緑色のジュースを飲み干すアルトにあたしたちは納得する。
「ちょっと待て。わたしを置いてけぼりにしないでくれ。一体どういうことだ? ウィズ、説明しておくれよ」
 ミリアムが汚れた手をナプキンで拭いていた。
「ああ。嬢ちゃん。こいつらの正体を知っているかどうかは分からないが、俺はこいつらの仲間だ。このアホ二人からどこまで聞いているか分からないが、世界の裏側から来た存在だとは伝えておこう。俺は人間のフリをして、光と闇の力を見張っている。この兄妹とは、肉体年齢ではこう年が離れているように見えていても、実際は同じぐらい下っ端なんだよ。そのためか仲が良くてね。こいつらがこっちの世界に来るたびに、こうやって厄介ごとを持ち込んでくるんだ。まあ、俺も厄介ごとを押しつけたりするから、お互い様ってヤツだから」
 アルトは緑のジュースを飲み干した。ズズズ……とストローから音が鳴る。
「つまり、アルトさんも常闇人だと」
「お、聞いていたか。なら、話が早い。理解した?」
「ま……まあ。それなりに」
 ミリアムは小さくうなずいた。
「あのフィールドワークは二度としないからね! 崖からファイト一発するなんて、思いもしなかったわよ」
 あたしのぼやきにアルトは、
「あれは悪かったよ……。まあとにかく。まとめると、長の命で光源人の見張りをさせられていたところ、襲われたってことか。はあ。あのドクターレイモンドが光源人とは。あまり良いウワサは聞かないし、最近見かけなかったから、研究職辞めたのかと思ったけど、まさか、サルビア校の教師になっていたとは……」
「アルトはレイモンドが光源人って気がついていた?」
 空になったドリンクの氷をガリガリ噛むジャスは、アルトに尋ねる。
「いいや。向こうも俺が常闇人だとは気がつかなかっただろうな。まあ、気がつかれないようにお互い気をつけていただけだろう。して、俺にどうしてほしい?」
 ジャスは申し訳なさそうに、
「まず、一つ。ウィズとミリアムをドクターアルトのところで勉強しに行ったと、サルビア校に伝えてほしい。でないと、捜索騒ぎになる」
 まあ、そうね。多分、学校では大騒ぎになっているだろう。とは、言っても……。
「それじゃ、あたしの居場所がレイモンドにバレるわよ?」
「バレたっていいじゃないか。ここは人が多い。しかも大学。専門家がたくさんいる。そんな場所で向こうがボクらを襲うなんて、そんなおバカなことしないでしょ」
 ジャスの言うことはもっともだ。あたしは納得する。
「今、現時点での光と闇の力のバランスを教えてあげよう。学校への連絡ついでに、俺の研究室へおいで。多少、バタバタしているが、まあ我慢してくれ」
 我慢レベルを超えたペーパーや本だらけの部屋だった。隅にあるコンピューターは未だブラウン管。物持ちが良いのにもほどがあるわね。ジィージィーと嫌な音を響かせている。データを保存するための磁気ディスクが壊れかけているのでは? と不安になる音だ。
「コレを見てくれ」
 うちの学校への電話を無事終えたらしい、アルトは書類が大量に積まれたデスクの引き出しから、ピカピカにみがかれた赤い球をあたしたちに見せてくれた。土台にはスイッチがいくつかある。
 とてもキレイだ。ここまでキレイな赤は初めて見たかもしれない。
「これは一体何だ?」
 ミリアムは不思議そうにキレイな赤い球を見る。
「名前なんてないよ。ただ光と闇の力の比率を見るための魔動力ガジェットだ。そろそろお披露目してもいいんだろうけど……。名前が思いつかないからな……」
 ため息をつくアルトに、
「そんなこと、今はどうでも良いでしょ、アルト。で、このキレイな赤い球は何を指しているの?」
 ジャスは説明をせっつく。
 アルトは豪快に笑うと、
「この赤色はこの大学では光と闇が一対一の割合で混ざっていることを指している。頑張って混ぜたんだよ。学生のためにさ。ほめてくれ」
「おつかれ」
 ジャスはアルトの肩を叩く。
「んじゃ、座標点を変えてみるぞ……。例えば、ウィズとミリアムが通っているサルビア魔導術学校……」
 アルトはブツブツと赤い球を台座の上に載せ、カチャカチャスイッチを押し始めた。
 ビープ音が鳴る。同時に、溢れんばかりの光が部屋中を包んだ。あまりの光の強さに目がくらむ。
 数秒後、その光が消えたかと思うと、
「うっぷ……。気持ち悪……。なんだ、この光の強さは」
 青ざめたアルトは雪崩のように椅子に座り込む。
「ああ、びっくりした。驚かさないでよ、アルト。今のは一体何?」
 背もたれに寄りかかったままのアルトにジャスはケラケラ笑う。
「サルビア魔導術学校の光の強さだよ。あまりに強すぎてびっくりした。何だあれ。サルビアシティは闇に排他的とは聞くが、ここまで光が強いと世界のバランスが崩れるぞ。レイモンドのヤツ、何を考えているんだ?」
 アルトは奥にあったらしい冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出すと、小さなペットボトルを一気に飲み干した。相当、気分が悪かったようだ。
「ジャス、ウィズ。オマエらは当てられなかったか?」
 あたしたち兄妹はお互いの顔を見る。
「あの程度では」
「レイモンドの攻撃に比べれば、全然大丈夫よ」
「あんたら、やっぱ強いぜ」
 アルトは、あたしたちの返答にあきれかえった様子でデスクに放置してあったタオルでおでこを拭く。
「はあ……。見るだけであれだけの光の力が集まっているんだよな。レイモンドは何を考えているんだろう。そもそも、あいつの研究は光の魔動力研究だったはず。つーか、何しにこちら側へ来たんだ?」
 ブツブツ、アルトはつぶやきはじめた。こうなると、あたしたちは何もできない。考え始めたアルトは止まらない。
「どうすればいい?」
 ミリアムはそっとあたしに耳打ちをする。
「少し待ちましょ。そんなに考え込むタイプじゃないから」
 あたしの言うとおり、五分もしない間に、
「ちょっとオマエら、三人手伝え。レイモンドの論文を片っ端から読むぞ」
 アルトは無茶苦茶なことを要求してきた。
「そんなご無体な!」
 あたしは悲痛に叫ぶ。
「読めって言ったって! そんな高度なことをわたしは学んでないです、アルト先生」
 ミリアムの言うことはもっともだ。一応、今の姿は花もうらやむ十四歳の学生の身分。普通はミリアムの言うとおり、論文を読む年齢ではない。そもそも魔導術の論文なんて読む機会こと自体久しぶりだ。
「ミリアム、どうせオマエは大学進学希望だろ? 少しは予習しとけ」
 アルトは鍵を持つ。
「ウィズとジャスは、読んだことありませんとか、うそぶくなよ。オマエらが書いた論文は今も残っているんだからな!」
「は? それって一体どういうこと?」
 あたしのはてなマークは、
「代筆ありがとなってヤツだ! 今から図書館へ行くぞ。さっさと出てった出てった!」
 アルトの面倒くさそうな声でかき消された。


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