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シークエンス1「本当に最悪だわ」

ー/ー



 夕方。学校からの帰り道のこと。通りでは、様々な芸をやっている人たちがいた。ギターを弾き鳴らすストリートミュージシャンに、楽しそうなジャグリングをしているピエロ、はたまた魔動力を使った見事なガジェットを紹介している人々が街を賑やかにしている。
 この賑やかさは、あたしの故郷を思い出す。あたしの故郷はいわゆる観光地だったから、賑やかさの違いはあるけれど、やっぱり楽しいものは楽しい。
 ひときわ賑やかなのは、演劇を行っている劇団だった。
 内容はこの世ができた伝説だ。古めかしくて、普通は誰も見やしない古典的な内容なのに、演出が最先端の魔導術を駆使した豪華な演出だったものだから、あたしも釘付けになった。
 ま、ストーリーはありきたりなんだけどね。
 この世界が出来る前、光源の人々と常闇の人々がいた。そのため、この世界には光の力と闇の力が存在している。
 そして、世界が出来たあと、その二つの人々は、人間たちに世界を任せ、世界の裏側へと消えていった……という筋書きだ。
 本当にマジで昔話のまんまなのだけど、ふわふわと浮く暗闇やキラキラと星屑のように、あたりを光らせる技術はどうやっているのだろうと、魔導術師の学校に通っている身分、どのような技能を使っているか気になる。これは職業病か。
 久々に穏やかな気分に浸っていたのに、突然、大きな爆発音がした。ガラスが割れる音も同時に起きる。緊張感で身体は強ばった。
 振り返ると、ガラの悪い人相に悪趣味な金縁の黒いローブを着た、見るからに「オレは悪い闇使いだぞ」と自己主張が激しい筋肉マッチョな大男が、ひっくり返った大きなトラックの上にふんぞり返っていた。トラックのガラスは粉々に割れ、トラックも歪んでいる。
 さっきまで大道芸をやっていた人々も観客も一目散に逃げはじめた。とにかく、その場にいる人々は悲鳴を上げながら、走り出す。
 あたしも逃げなきゃと走りはじめた。しかし、あたしは後ろから逃げてきた男性がぶつかってきた。思い切り転ける。男性はこけたあたしを気にもとめず、逃げていった。
 手が出たおかげで、顔面をぶつけずに済んだのだけど、そこが運の尽きだったのだろうか。
 立ち上がった瞬間、後ろから首を絞められた。急なことで息をするのがつらい。
「なあ、かわいいサイドテールの銀髪の嬢ちゃん。その制服じゃ、嬢ちゃんはサルビア魔導術学校の学生だろ? つーことは、光使いだよな? 運が悪いなあ、闇使いのオレに捕まるなんて。なあ、人質になってくれないか? 呼び出してぇヤツがいてよぉ」
 なんでこうなるのよ! 誰かを人質にしないと呼び出せない相手ってわけ? その人質にあたしが選ばれるって、この大男が言うとおり、あたしはあまりに運がなさすぎる!
 悪態をつきたいのはやまやまだが、後ろを少しだけ見て、大男を睨み付けることしかできない。
 そら、あたしだって、魔導術師の端くれなのだから、護衛術のまじない文句の一つや二つは知っている。しかし、首を締め上げられているから、唱えることは難しい。
 まじない文句を唱えなくても、魔導術は使えるのは使えるのだけど、学生の身分で、そんなハイレベルなことが出来るのがバレたら、だいぶややこしいことになる。飛び級にさせられる可能性はあるし、もしかしたら「あたしの正体」もバレるかもしれない。そうなれば、あたしがこの学校に入学した理由が泡と消える。
 とどのつまり、あたしは目立ちたくないのだ。
「なあ、サルビア校のドクター・レイモンドを呼び出せ!」
 闇使いの大男は大きな声で叫ぶ。ああ、耳が痛い。
 息が苦しい。意識がもうろうとしてくる。
 どうしようか。意識はハッキリさせないと。出来る範囲で大きく深呼吸する。意識ははっきりしてきた。さて、これからどうしようか。魔導力を筋力に割り振って、背負い投げでもやればいいのだけど、そんなことをしたら、なおさら目立つ。
 目立たない方法で、この場から逃げる方法を必死に考える。
 使命のため、この街にひっそり潜入しているのに、こんな目立つ状況に陥ってしまうなんて! 最悪!
「おい、このガキが死んでもいいのか? さっさとレイモンドを呼べ!」
 大男は怒鳴り散らす。気がつけば、周りには警察官が集まってきた。ピストルを持っている警官もいれば、魔導術師の警官もいる。その周りには、野次馬の山。ああ、あたしは見世物じゃないわよ!
 警察官たちは盾を構えたまま、じっと動かない。ただ、人質を解放しろとしか言わない。
 そんなんで解放したら、あたしが人質になった意味がないわよ。なんか行動したらどうなのよ。
「レイモンドを呼べといっているだろうが! お前らみたいな雑魚を相手にしている暇なんてないんだぞ!」
 ただでさえ、ガラが悪いのに、ますます不機嫌な声になっていく闇使いの大男に、あたしは少しだけ背筋が凍った。
 大きな男の人って、こんなに怖いのね。
 とりあえず、あたしが人質になっているせいで、警察が身動きとれないのであれば、あたしは逃げるしかない。
 思いついた方法はただ一つ。
 魔導力を筋力にこめた右足を思い切りあげ、大男の足を力一杯踏みつけた。
「ぎぃやあ!」
 大男は、あまりに悲惨な悲鳴をあげ、あたしを離した。倒れているトラックに足を引かれるぐらいのパワーで踏んだのだ。そら、痛いだろう。かわいそうに感じるけど、許せ。あたしを襲ったあんたが悪い。
 あたしは大男から無事離れることができた。
 駆け寄ってきた魔導術師の警官に、
「大丈夫かい?」
 と、毛布にくるまれ、保護される。
 あんたらがふがいないせいで、こんな目に遭ったのよ、と、悪態の一つもつきたいが、そこは笑顔で、大丈夫です、と答える。
「取り押さえろ!」
 バッジから、この場で一番偉いだろう警官が怒鳴った。警官は一斉に大男に飛びかかる。
 しかし……。
「しゃらくさい!」
 大男はそう言うと、同心円状に闇の力で喚ばれた炎の渦が舞い上がった。警官は巻き込まれる直前だったから、怪我人は軽い火傷程度だろうけど、ややこしいことになりやがったわね。まじない文句なしでこんな大技、結構な実力者だわ。
「オレぐらいの魔導術師だと、こんなのお茶の子さいさいなんだよ。さっさとレイモンドを呼べ。でないと、この街をこの炎で燃え尽くしてしまうぞ」
 一瞬で炎を消した大男は、ゲラゲラと笑う。
 警察官たちは動揺からか、ざわめきが起きる。
「冷静になれ! 私の指示に従え!」
 一番偉そうな警察官が、再び怒鳴った。いや、あんたが指示したせいでこうなったんだろ、とツッコミをいれたいのはやまやまだけど、あたしは「可哀想な人質」を演じなければいけない。一緒にいる女性魔導術師の隣で震えることに徹する。
「レイモンド先生は来ないよ。ボクが引き留めているから」
 聞き慣れたテナーボイスの少年の声が空から聞こえた。いわゆる東洋の黒子という服装をしたその声の主は、どこからともなく現れ、華奢な身体を舞うようにトンと軽く着地する。手だけ黒子にはまったく似合わない革の手袋をはめている。顔こそ見えないが、この声は紛れもなくあいつだ。まったく、来るのが遅いのよ。
「なんだ、お前? 何者だ? レイモンドは来ない? どういうことだ?」
 黒子は大きくため息をつくと、腕を組み、
「レイモンド先生をひきとめているんだ。あんたから守るためにね。ボクも闇使いだけど、キミみたいに力を悪用している人間をボクは見過ごせないな」
 黒子はそう言うと、詠唱なしに、闇の魔導術で作られた鎖を一瞬で作り出した。その鎖はふわりと宙を舞ったかと思うと、一瞬で大男の全身をしばりつけた。大男は顔しか出てない。
 大男は苦しそうな声を出す。
 相変わらず、こいつは悪人には容赦ないわね……。
 かかれー! という警察官の怒鳴り声が通り中をひびきわたった。
 そして、無事、闇使いの大男は捕まった。
 黒子のあいつは、毛布にくるまれたあたしを一瞬見ると、くすりと笑い、そのまま走り去った。
 何か、一言ぐらいフォローしなさいよ。自分の妹がこんな目に遭っていたというのに笑うって、一体どういう神経をしているんだか。

 翌日のこと。
 昨日のことで眠れないかと思ったけど、案外眠ることができた。そして、無事に登校した。
「ウィズ、大変だったな。あんな目に遭って、よく学校に来られるよ。その鋼のメンタル、すごすぎ」
 入学時から仲の良いクラスメイトで、ボーイッシュな髪型で、見た目通りボーイッシュな性格のミリアムが、登校してすぐのあたしに、あたしの席までやってきてからかってきた。
「だって、勉強が好きなんだもの。それに、学びは人生や未来への投資だって母さんが言っていてね。それに、投機や投資やギャンブルと違って、知識は一度得たら二度と失うことのない貴重な財産になるでしょ? だから、勉強をしているわけよ」
「その発想、すごいな……。ウィズのお母さんってなんていうお母さんなの……」
 ミリアムはあきれかえっていた。
「だから、兄妹全員、ヤバいわよ。あたしが一番マトモ」
 あたしはケラケラ笑う。
「それは絶対に違う。体育館を破壊しかねないほど、高度な魔術ガジェットを作る人間がマトモなはずがない」
 ミリアムは真顔で言った。
 マトモじゃないって失礼な。妹を見捨てて、どこかに行く兄貴よりはずいぶんとマシだわよ。
 とはいえ、あの体育館破壊未遂事件のときも冷や汗かいた。目立つつもりがないのに、あんなのを作り上げてしまった自分自身の能力を恨む。あれは二度と思い出したくないやらかしだ。
「実は野次馬してたんだが、ウィズを襲ったヤツ以外に闇使いが現れて、そいつが倒したんだよな。闇使いなのに人助けって不思議だ。一体どんなヤツなんだろうな」
 ミリアムの言葉に、
「多分、変なヤツよ」
 と、答えた。実際、変なヤツだから、ウソではない。
「ふうん」
 ミリアムは頷いた。

 放課後、廊下を歩いていると、あたしは明るい茶髪をポニーテールにし、ひげもじゃのレイモンド先生に捕まった。捕まったって言い方は、厳密には正しくないのだろうけど、人と関わりたくないあたしにとって、捕まったとしか言えないぐらい強引に引き留められた。そして、あたしはレイモンド先生は自身の研究室に連れてこられた。安っぽい丸椅子に座らされる。
「ごめんね。おれのせいであんな目に遭わせちゃって」
 野太い声でそう言われ、瓶の牛乳を渡される。まったくそうだわよ、と言いたいところだったが、
「あはは……。まあ、これも人生経験かと……」
 言葉をにごし、牛乳のフタを開け、飲む。独特の香りと冷たさがのどをつたう。
 レイモンド先生は研究室の自身の椅子に座り、背もたれると、
「話じゃ、ウィズ・ラピスラズリ。黒子の服を着た闇使いがあなたを助けてくれたんだよな。でも、不思議なんだ。おれも恐らく同一人物の闇使いに襲われてね。ヤツは犯人とおれを会わせないようにしていたのだろうけど、なぜそんなことをしたのか、ワケがわからない。そしてまさかあんな騒動になっているとは思わなかった。本当に申し訳ない。あんな幼い闇使いに襲われて、しかも教え子に何もできなかった自分にふがいなさを感じる。犯人に会えば良かったかもな」
 あの大男とレイモンド先生はどんな関係なのだ? そして、あいつはどんな風にレイモンド先生を襲ったんだ……? いくつも疑問は浮かぶも、
「まあ、別の国では、『人生万事塞翁が馬』って、何があっても、終わり良ければすべて良しって言葉ありますし。無傷でしたから、それでいいんですよ」
 あたしは先生をフォローする。
「ははっ。ウィズ。あなたは本当に面白い子だ。成績は中の上だけど、座学とは違う知識が深い」
 あたしは渇いた笑いしかできなかった。まさか、『観察対象』のファーストコンタクトがこんなものだとは思っていなかったから。

「よう。ウィズ! 今から本屋に行かないか?」
 レイモンド先生から解放されたと思ったら、次はミリアムに捕まった。
「今、疲れているのよ。明日じゃ、ダメ?」
「ダメだ。新刊がでるから」
「一人で行きなさいよ。あたし、誰かとつるむの苦手なの」
「そんなつれないことを言うなよ」
 ミリアムに腕を掴まれ、そのまま校門へ向かった。

 まったく、オタク気質のミリアムに強く誘われたのを、断り切れなかった自分に嫌気がさす。
 木々が風にさわさわと鳴る。秋口で日が沈むのが早い。ずいぶんと薄暗くなっていく。
「さっさと行かないと、闇使いに襲われちゃうなあ!」
「だったら、明日でいいでしょ……」
「新刊は大事! 初回特典は命!」
 あたしの意見はオタク気質にかき消された。
 昨日、あたしが襲われた通りに来た。昨日と違って、時刻も違うためか、ずいぶんと静かだ。
「昨日、ここで人質になったんでしょ。ここまでおおごとになっていたなんてびっくりだよな。ウィズはすぐに寝ちゃったから知らないだろうけど、ニュースはそれ一色だったよ」
 ミリアムは楽しげに笑う。
「笑い事じゃないわよ。生きた心地がしなかったわ」
 あたしは深くため息をつく。
「あんなに大きな事件になっているとはね。ボクだってびっくりだよ。でも、ひどいよね。事件を解決したヒーローたるこのボクが報道されていないんだから」
 ギョッと横を見る。街路樹にぶら下がっているあの黒子がいた。ミリアムは絶叫するが、あたしはいつも通り、
「ああ! びっくりさせないでよ。助けてくれたのは感謝するわ。ありがとう。でも、あたしがひどい目に遭ってたのに、笑うなんてひどいわよ」
 と、黒子にツッコむ。
 黒子は地面に降りると、
「笑ってなんかいないよ。安心してただけさ。さすが、ウィズ。誰にも悟られないように足の筋力に魔導力を込めるなんて、すごいよ」
 クスリと笑う。
「一応、ほめられているって思っておくわ」
「素直に受け取ってよ、そこは」
 気怠げなあたしに、黒子は明るい調子だ。
「ウィズ! そいつ、闇使いだ!」
 ミリアムは腰が抜けたのか、座り込んで、震える手で黒子を指さしている。
「ウィズ! だから、そいつは闇使いだ! 気がつかないのか? 危ない!」
 そうだったそうだった。この街では、闇使いに対してかなり偏見が強いのだった。
「大丈夫よ、多分。誰も食べやしないわ」
「多分って……。自分の兄貴をもう少し信じてくれよ」
 黒子の「兄貴」という言葉に、
「え、ウィズ! あなた、光使いじゃないの? ウィズの兄さん、闇使いなの?」
 ミリアムは小動物のように震える。
「ああ、めんどくさいことになったわね。どうしてくれるの? ジャス?」
「とりあえず、彼女を落ち着かせる」
 黒子――あたしの兄、ジャスは頭巾をはずした。後ろを三つ編みにした黒髪がはらりと落ちる。そしていつも見慣れた優しい女顔が現れた。左目はあたしと同じ水色だけど、右目は紅い。この紅い右目をキラリと光らせ、
「寝なさい」
 ミリアムに命令した。
 ミリアムは、
「はい」
 と、答えると、そのままスゥと眠りについた。
「ウィズ、この子の下宿先はどこ?」
 ジャスは何事もなかったかのように、あたしに尋ねる。
「あたしと相部屋よ。でも、男子禁制だから……。というか、別にミリアムと一緒の時に来なくったって良いじゃないの? ややこしいことをしやがって! まあ、ともかく。あたしとあんたが一緒にいるところをミリアムに見られたら、もう隠せないわ。すべて話すしかない。いつか話そうとは思っていたけど」
「なら、ボクの部屋まで行こう。そこで、誤解……じゃなくて、これはなんだ? 何になるんだろうか? とりあえず、ボクらの正体を明かそう」
「そうね」
 ジャスの提案にあたしはのった。

 ジャスの部屋は、本屋の二階だった。正確には屋根裏部屋。
 彼曰く、本屋の店主である魔導術師が、あたしたちの上司から命を受け、ジャスを息子として扱っているとのこと。で、地元の一般の中学校に通っているらしい。
 今時の魔導術が学べるなんて、うらやましいと、お茶を持ってきながらぼやいていたので、今度、教科書とノートを貸すことにした。一応、あたしの片割れなのだし、すぐに覚えるだろう。ノートを取るのには自信あるしね。
 ミリアムをベッドに寝かせてから、一時間経った。外はもう真っ暗だ。下宿先では、あたしたちが帰ってきていないことで、何か騒ぎになっていないだろうか。少々不安だが、ミリアムが本屋で倒れて看病してました、って言えば、なんとかなるだろう。実際、そうだし。
「いいかげん、起きてくれてもいいのになあ」
 黒子の服を脱いだジャスは、ほつれた長い黒髪を後ろに三つ編みにし始めた。
「あんたの邪眼が効き過ぎたんじゃないの?」
 あたしはお茶を飲む。
「その効果が切れてていいはずなんだけど」
 いつの間にか、ジャスはワイシャツとスラックスをキッチリ着ていた。
「熱でもあるのかな」
 ジャスはミリアムのおでこに手を当てた。それにしても、革の手袋で体温などわかるのだろうか?
「きゃあああああああ!」
 目を開け、ジャスを突き飛ばしたミリアムの絶叫で、変なあたしの疑問は宙へ消えた。
「び……びっくりさせないでよ、ミリアム!」
「そうだよ、大丈夫かな、って熱を測っていただけなのに。人の心配をなんだと思っているの?」
 あたしたちはミリアムに文句を言う。
「い……いや……。ウィズ! あなた、何者なの? どうして、闇使いと仲がいいの? 光使いってウソをついてたの?」
 ミリアムはベッドの隅で子犬のように震え始めた。
 あたしは深くため息をつく。
「ウソをつくつもりはなかったわ。ただ言わなかっただけ。そもそも闇使いがすべて悪いだなんて、誰が言ったの? 光使いが全員善人のはずがないでしょ。それと同じで闇使いが全員悪人だなんて、それこそ極論だわ」
「そんな言い訳、通じると思う?」
「思うわよ。だって事実だし。魔導術を学んでいるあたしたちは、その力をどう使うかを最初に学ぶでしょ。それは光の力だって闇の力だって同じ。ただ『力の素』が違うだけよ。ようは、その力をどう使うかというだけ。悪いことに魔導術を使えば、それは光だろうと闇だろうと悪だし、良いことに使えば、善になるわ」
 反論するミリアムに、あたしは強くその反論をする。
「そして、これから話すことはすべて本当のコトよ。疑うなら、あたしとの縁はこれまでだと思いなさい」
 真剣にあたしはミリアムのビリジアンの目を見た。
「あたし、ウィズ・ラピスラズリは、こいつ、ジャスと双子の兄妹なの。そして、あたしたちは人間じゃないわ」
「え……? 人間じゃ……ない……?」
 ミリアムは大きく深呼吸する。
「ボクたち兄妹は、『常闇の人々』と呼ばれる存在。まあ、正確には末裔ってヤツかな? そんなのは今はどうでもいいのだけど」
 ジャスはまるでゴシップ記事を読み上げるような軽い調子だ。
「どうでも良いって……」
 ミリアムの顔は引きつる。
「続けるわよ」
 ミリアムの反応を無視し、
「あたしたちは、このサルビアシティで、ある人物の観察を行っているの。『観察』だから、本来は接触するつもりはなかった。でも、あんな風に事件に巻き込まれた結果、接触せざる得なくなったのよね。マジで最悪だわ!」
 あたしはあの大男への怒りに、思わず床を強く踏む。ぎしりと木の鈍い音がする。
「え……? 整理させて。そこにいる闇使いはウィズの双子の兄で、そして二人は人間じゃなくて、常闇人で……。で、世界の裏側から世界にやってきたのは……。もしかして、レイモンド先生の観察のため?」
「ああ、察しがいいね。観察といっても、監視じゃないから、そんなに大変じゃないんだけどね。ウィズ。良い子とルームシェアしているだけあるよ。大変運が良い」
 それは運が良いというのか……? 昨日の事件でプラマイゼロのような気がする。それはともかく、
「そうよ。実は入学当初から、ミリアムにはバラす予定だったの。巻き込む可能性があるから。でも、なかなか良い機会が見当たらなくて。今さらになっちゃって、ごめんなさい」
 頭を下げるあたしに、ミリアムは弱々しく頷くと、
「分かった。ウィズがウソを言う人じゃないのは分かっているから、信じる。でも、わからないのが、ウィズは光使いではないのか? 少なくても、授業では光の魔導術を習っているし、使っているよな。常闇の人々って、いうなれば、闇そのものだろう? どうして、光の力が使えるのか?」
 当然の質問をしてきた。ああ、それを聞くか。
「ウィズは『フリークス』なんだよ。常闇の存在の中でもただ一人、光を扱えるんだ」
「フリークスって言い方、本気でやめて。それでどれだけ嫌がらせを受けたと思っているの? ジャス、あなたなら知っているでしょ」
 あたしは自分がキライな属性を簡単に説明するジャスを強く睨み付ける。
 少し表情が穏やかになったミリアムは、
「もう一つ、疑問なんだけど、光源の人々とか、常闇の人々ってさ、伝説じゃ肉体はないはずよね? 光や闇そのものなのだから。でも、あなたたち兄妹にはどう見たって、身体があるようにしか見えないわ。それに、兄妹って概念はどこから来ているの? 常闇の人々にも血縁関係みたいなのがあるの?」
 こう質問してきた。当然の質問だ。
「簡単に説明すると、ボクたちは生まれついての常闇の人々ではないんだ。いわゆる『元・人間』ってヤツ。人間の時に兄妹だったんだ。だから、今もそんな関係なんだよ。なんか色々あって、常闇人にならざる得なかったんだ。んで、この身体……有機体は、上司から命令を受け、世界に来るときに貸与されるんだけど、この姿は生前を模したものでね。これ以上、詳しいことは聞かないでよ。ボクらだって知らないんだから」
 ジャスは結露した瓶のお茶をミリアムに渡すと、
「で、ボクらは常闇の長の命でドクター・レイモンドの観察にこの街にやってきた。光使いの学校にいるレイモンドを直接観察できるのは光が扱えるウィズがうってつけだったんだ。基本常闇人は二人一組で動くから、ついでにボクも来たってこと。片方に危機が起きたとき、昨日みたいなサポートもできるしね」
 ニッコリ笑った。
 瓶を受け取り、お茶を一口飲んだミリアムはだいぶ落ち着いたようで、
「急にこんなことを言われて、すべて理解できないが……。でも、わたしはとんでもないことに巻き込まれそうになっているのは理解した」
「ありがとう」
「褒めたつもりは毛頭ない」
 微笑むジャスにミリアムはジトッとした目で見る。
「ジャス。あたしたちは今日はもう帰るわね。下宿先はきっと大騒ぎになっているわ」
「あっ! もうこんな時間! 夕飯の時間も終わっちゃう!」
 時計は良い子供なら眠る時間をとうに過ぎている時刻をさしていた。ミリアムは慌てた様子でベッドから降りる。
「送るよ。今度こそ悪い闇使いに襲われるかも知れないけどね」
「ねえ、ジャス。あたし、光使いでもあるけど、闇使いでもあるの、忘れている?」
 あたしのツッコミに、ジャスは、
「ああ! そうだったそうだった! ウィズが一緒なら、逆に倒してしまうかもね!」
 大爆笑をした。
「へえ……。どっちも使えるんだ。ウィズって不思議だ」
 ミリアムの表情はどこかたおやかだ。
「不思議って?」
 あたしは首をかしげる。
「ん、とね。そのままの意味。どっちの属性にもいるって不思議だなって。大変じゃないか?」
「そうね、大変って言ったら大変ね。自分自身、まだ、受け入れられていないわ」
 ミリアムのやさしさに心を打たれていた瞬間だった。
 天井が突然、強く光った。
 まぶしい!
 常闇人たるあたしの存在が消えてしまうぐらい強い光だ。
「闇使いの気配がすると思ったら、ウィズ・ラピスラズリにたどり着くとは……。お前らは一体何者だ?」
 光はしゃべる。レイモンド先生は光源人ですって? 信じられない! しかも、まさか直々に来るなんて!
 あまりに強い光に、息が詰まる。有機体で身を守っているおかげで、直接的なダメージは受けないものの、冷や汗をかくほど、この光の力はつらい。
「光源人だって? そんなバカな!」
 ミリアムは驚いた様子で頬を手でおおう。強い光に当てられたためか、光使いであるはずのミリアムも息が荒い。
「ミリアム、落ち着いて!」
 あたしはミリアムの背をさする。
 その瞬間、バシィと闇の魔動力が込められた弾丸の音がした。同時に光は少し収まる。
「んな、よそ見はいけないよ」
 ジャスは魔動力で動くピストルを持っていた。
「もしかして、キミがドクター・レイモンド? はじめまして。ボクはジャス・ラピスラズリ。妹のウィズがお世話になっているよ」
 おいおいおいおい。今、そう言う状況じゃないでしょ!
 光のレイモンドも怒ったのか、
「てめえ、今、おれに襲われているって自覚はないのか? おれは光源人だぞ? ビビらないのか? たかが人間のくせに楯突きやがって!」
 と怒声を上げる。どうやら、あたしたちが常闇人のくだりは聞いていないようだ。
「ああ、非常に怯えている。襲われているって自覚している。だから、今からここから逃げる」
 ジャスは腰に拳銃をしまい、革の手袋をした手であたしとミリアムの腕を掴むと、
「えいやっ!」
 と、気合いを入れた。
 ぐるぐるとめまいが起きる。
 同時に、ジャスが何をしたのか、一瞬で理解した。
 テレポーテーションだ。
 あたしも一応使えるんだけど、酔うから、ぶっちゃけキライなのよね。この場から逃げる最適解はこれしかないから、仕方がない。
 着いた場所で吐こう。


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みんなのリアクション

 夕方。学校からの帰り道のこと。通りでは、様々な芸をやっている人たちがいた。ギターを弾き鳴らすストリートミュージシャンに、楽しそうなジャグリングをしているピエロ、はたまた魔動力を使った見事なガジェットを紹介している人々が街を賑やかにしている。
 この賑やかさは、あたしの故郷を思い出す。あたしの故郷はいわゆる観光地だったから、賑やかさの違いはあるけれど、やっぱり楽しいものは楽しい。
 ひときわ賑やかなのは、演劇を行っている劇団だった。
 内容はこの世ができた伝説だ。古めかしくて、普通は誰も見やしない古典的な内容なのに、演出が最先端の魔導術を駆使した豪華な演出だったものだから、あたしも釘付けになった。
 ま、ストーリーはありきたりなんだけどね。
 この世界が出来る前、光源の人々と常闇の人々がいた。そのため、この世界には光の力と闇の力が存在している。
 そして、世界が出来たあと、その二つの人々は、人間たちに世界を任せ、世界の裏側へと消えていった……という筋書きだ。
 本当にマジで昔話のまんまなのだけど、ふわふわと浮く暗闇やキラキラと星屑のように、あたりを光らせる技術はどうやっているのだろうと、魔導術師の学校に通っている身分、どのような技能を使っているか気になる。これは職業病か。
 久々に穏やかな気分に浸っていたのに、突然、大きな爆発音がした。ガラスが割れる音も同時に起きる。緊張感で身体は強ばった。
 振り返ると、ガラの悪い人相に悪趣味な金縁の黒いローブを着た、見るからに「オレは悪い闇使いだぞ」と自己主張が激しい筋肉マッチョな大男が、ひっくり返った大きなトラックの上にふんぞり返っていた。トラックのガラスは粉々に割れ、トラックも歪んでいる。
 さっきまで大道芸をやっていた人々も観客も一目散に逃げはじめた。とにかく、その場にいる人々は悲鳴を上げながら、走り出す。
 あたしも逃げなきゃと走りはじめた。しかし、あたしは後ろから逃げてきた男性がぶつかってきた。思い切り転ける。男性はこけたあたしを気にもとめず、逃げていった。
 手が出たおかげで、顔面をぶつけずに済んだのだけど、そこが運の尽きだったのだろうか。
 立ち上がった瞬間、後ろから首を絞められた。急なことで息をするのがつらい。
「なあ、かわいいサイドテールの銀髪の嬢ちゃん。その制服じゃ、嬢ちゃんはサルビア魔導術学校の学生だろ? つーことは、光使いだよな? 運が悪いなあ、闇使いのオレに捕まるなんて。なあ、人質になってくれないか? 呼び出してぇヤツがいてよぉ」
 なんでこうなるのよ! 誰かを人質にしないと呼び出せない相手ってわけ? その人質にあたしが選ばれるって、この大男が言うとおり、あたしはあまりに運がなさすぎる!
 悪態をつきたいのはやまやまだが、後ろを少しだけ見て、大男を睨み付けることしかできない。
 そら、あたしだって、魔導術師の端くれなのだから、護衛術のまじない文句の一つや二つは知っている。しかし、首を締め上げられているから、唱えることは難しい。
 まじない文句を唱えなくても、魔導術は使えるのは使えるのだけど、学生の身分で、そんなハイレベルなことが出来るのがバレたら、だいぶややこしいことになる。飛び級にさせられる可能性はあるし、もしかしたら「あたしの正体」もバレるかもしれない。そうなれば、あたしがこの学校に入学した理由が泡と消える。
 とどのつまり、あたしは目立ちたくないのだ。
「なあ、サルビア校のドクター・レイモンドを呼び出せ!」
 闇使いの大男は大きな声で叫ぶ。ああ、耳が痛い。
 息が苦しい。意識がもうろうとしてくる。
 どうしようか。意識はハッキリさせないと。出来る範囲で大きく深呼吸する。意識ははっきりしてきた。さて、これからどうしようか。魔導力を筋力に割り振って、背負い投げでもやればいいのだけど、そんなことをしたら、なおさら目立つ。
 目立たない方法で、この場から逃げる方法を必死に考える。
 使命のため、この街にひっそり潜入しているのに、こんな目立つ状況に陥ってしまうなんて! 最悪!
「おい、このガキが死んでもいいのか? さっさとレイモンドを呼べ!」
 大男は怒鳴り散らす。気がつけば、周りには警察官が集まってきた。ピストルを持っている警官もいれば、魔導術師の警官もいる。その周りには、野次馬の山。ああ、あたしは見世物じゃないわよ!
 警察官たちは盾を構えたまま、じっと動かない。ただ、人質を解放しろとしか言わない。
 そんなんで解放したら、あたしが人質になった意味がないわよ。なんか行動したらどうなのよ。
「レイモンドを呼べといっているだろうが! お前らみたいな雑魚を相手にしている暇なんてないんだぞ!」
 ただでさえ、ガラが悪いのに、ますます不機嫌な声になっていく闇使いの大男に、あたしは少しだけ背筋が凍った。
 大きな男の人って、こんなに怖いのね。
 とりあえず、あたしが人質になっているせいで、警察が身動きとれないのであれば、あたしは逃げるしかない。
 思いついた方法はただ一つ。
 魔導力を筋力にこめた右足を思い切りあげ、大男の足を力一杯踏みつけた。
「ぎぃやあ!」
 大男は、あまりに悲惨な悲鳴をあげ、あたしを離した。倒れているトラックに足を引かれるぐらいのパワーで踏んだのだ。そら、痛いだろう。かわいそうに感じるけど、許せ。あたしを襲ったあんたが悪い。
 あたしは大男から無事離れることができた。
 駆け寄ってきた魔導術師の警官に、
「大丈夫かい?」
 と、毛布にくるまれ、保護される。
 あんたらがふがいないせいで、こんな目に遭ったのよ、と、悪態の一つもつきたいが、そこは笑顔で、大丈夫です、と答える。
「取り押さえろ!」
 バッジから、この場で一番偉いだろう警官が怒鳴った。警官は一斉に大男に飛びかかる。
 しかし……。
「しゃらくさい!」
 大男はそう言うと、同心円状に闇の力で喚ばれた炎の渦が舞い上がった。警官は巻き込まれる直前だったから、怪我人は軽い火傷程度だろうけど、ややこしいことになりやがったわね。まじない文句なしでこんな大技、結構な実力者だわ。
「オレぐらいの魔導術師だと、こんなのお茶の子さいさいなんだよ。さっさとレイモンドを呼べ。でないと、この街をこの炎で燃え尽くしてしまうぞ」
 一瞬で炎を消した大男は、ゲラゲラと笑う。
 警察官たちは動揺からか、ざわめきが起きる。
「冷静になれ! 私の指示に従え!」
 一番偉そうな警察官が、再び怒鳴った。いや、あんたが指示したせいでこうなったんだろ、とツッコミをいれたいのはやまやまだけど、あたしは「可哀想な人質」を演じなければいけない。一緒にいる女性魔導術師の隣で震えることに徹する。
「レイモンド先生は来ないよ。ボクが引き留めているから」
 聞き慣れたテナーボイスの少年の声が空から聞こえた。いわゆる東洋の黒子という服装をしたその声の主は、どこからともなく現れ、華奢な身体を舞うようにトンと軽く着地する。手だけ黒子にはまったく似合わない革の手袋をはめている。顔こそ見えないが、この声は紛れもなくあいつだ。まったく、来るのが遅いのよ。
「なんだ、お前? 何者だ? レイモンドは来ない? どういうことだ?」
 黒子は大きくため息をつくと、腕を組み、
「レイモンド先生をひきとめているんだ。あんたから守るためにね。ボクも闇使いだけど、キミみたいに力を悪用している人間をボクは見過ごせないな」
 黒子はそう言うと、詠唱なしに、闇の魔導術で作られた鎖を一瞬で作り出した。その鎖はふわりと宙を舞ったかと思うと、一瞬で大男の全身をしばりつけた。大男は顔しか出てない。
 大男は苦しそうな声を出す。
 相変わらず、こいつは悪人には容赦ないわね……。
 かかれー! という警察官の怒鳴り声が通り中をひびきわたった。
 そして、無事、闇使いの大男は捕まった。
 黒子のあいつは、毛布にくるまれたあたしを一瞬見ると、くすりと笑い、そのまま走り去った。
 何か、一言ぐらいフォローしなさいよ。自分の妹がこんな目に遭っていたというのに笑うって、一体どういう神経をしているんだか。
 翌日のこと。
 昨日のことで眠れないかと思ったけど、案外眠ることができた。そして、無事に登校した。
「ウィズ、大変だったな。あんな目に遭って、よく学校に来られるよ。その鋼のメンタル、すごすぎ」
 入学時から仲の良いクラスメイトで、ボーイッシュな髪型で、見た目通りボーイッシュな性格のミリアムが、登校してすぐのあたしに、あたしの席までやってきてからかってきた。
「だって、勉強が好きなんだもの。それに、学びは人生や未来への投資だって母さんが言っていてね。それに、投機や投資やギャンブルと違って、知識は一度得たら二度と失うことのない貴重な財産になるでしょ? だから、勉強をしているわけよ」
「その発想、すごいな……。ウィズのお母さんってなんていうお母さんなの……」
 ミリアムはあきれかえっていた。
「だから、兄妹全員、ヤバいわよ。あたしが一番マトモ」
 あたしはケラケラ笑う。
「それは絶対に違う。体育館を破壊しかねないほど、高度な魔術ガジェットを作る人間がマトモなはずがない」
 ミリアムは真顔で言った。
 マトモじゃないって失礼な。妹を見捨てて、どこかに行く兄貴よりはずいぶんとマシだわよ。
 とはいえ、あの体育館破壊未遂事件のときも冷や汗かいた。目立つつもりがないのに、あんなのを作り上げてしまった自分自身の能力を恨む。あれは二度と思い出したくないやらかしだ。
「実は野次馬してたんだが、ウィズを襲ったヤツ以外に闇使いが現れて、そいつが倒したんだよな。闇使いなのに人助けって不思議だ。一体どんなヤツなんだろうな」
 ミリアムの言葉に、
「多分、変なヤツよ」
 と、答えた。実際、変なヤツだから、ウソではない。
「ふうん」
 ミリアムは頷いた。
 放課後、廊下を歩いていると、あたしは明るい茶髪をポニーテールにし、ひげもじゃのレイモンド先生に捕まった。捕まったって言い方は、厳密には正しくないのだろうけど、人と関わりたくないあたしにとって、捕まったとしか言えないぐらい強引に引き留められた。そして、あたしはレイモンド先生は自身の研究室に連れてこられた。安っぽい丸椅子に座らされる。
「ごめんね。おれのせいであんな目に遭わせちゃって」
 野太い声でそう言われ、瓶の牛乳を渡される。まったくそうだわよ、と言いたいところだったが、
「あはは……。まあ、これも人生経験かと……」
 言葉をにごし、牛乳のフタを開け、飲む。独特の香りと冷たさがのどをつたう。
 レイモンド先生は研究室の自身の椅子に座り、背もたれると、
「話じゃ、ウィズ・ラピスラズリ。黒子の服を着た闇使いがあなたを助けてくれたんだよな。でも、不思議なんだ。おれも恐らく同一人物の闇使いに襲われてね。ヤツは犯人とおれを会わせないようにしていたのだろうけど、なぜそんなことをしたのか、ワケがわからない。そしてまさかあんな騒動になっているとは思わなかった。本当に申し訳ない。あんな幼い闇使いに襲われて、しかも教え子に何もできなかった自分にふがいなさを感じる。犯人に会えば良かったかもな」
 あの大男とレイモンド先生はどんな関係なのだ? そして、あいつはどんな風にレイモンド先生を襲ったんだ……? いくつも疑問は浮かぶも、
「まあ、別の国では、『人生万事塞翁が馬』って、何があっても、終わり良ければすべて良しって言葉ありますし。無傷でしたから、それでいいんですよ」
 あたしは先生をフォローする。
「ははっ。ウィズ。あなたは本当に面白い子だ。成績は中の上だけど、座学とは違う知識が深い」
 あたしは渇いた笑いしかできなかった。まさか、『観察対象』のファーストコンタクトがこんなものだとは思っていなかったから。
「よう。ウィズ! 今から本屋に行かないか?」
 レイモンド先生から解放されたと思ったら、次はミリアムに捕まった。
「今、疲れているのよ。明日じゃ、ダメ?」
「ダメだ。新刊がでるから」
「一人で行きなさいよ。あたし、誰かとつるむの苦手なの」
「そんなつれないことを言うなよ」
 ミリアムに腕を掴まれ、そのまま校門へ向かった。
 まったく、オタク気質のミリアムに強く誘われたのを、断り切れなかった自分に嫌気がさす。
 木々が風にさわさわと鳴る。秋口で日が沈むのが早い。ずいぶんと薄暗くなっていく。
「さっさと行かないと、闇使いに襲われちゃうなあ!」
「だったら、明日でいいでしょ……」
「新刊は大事! 初回特典は命!」
 あたしの意見はオタク気質にかき消された。
 昨日、あたしが襲われた通りに来た。昨日と違って、時刻も違うためか、ずいぶんと静かだ。
「昨日、ここで人質になったんでしょ。ここまでおおごとになっていたなんてびっくりだよな。ウィズはすぐに寝ちゃったから知らないだろうけど、ニュースはそれ一色だったよ」
 ミリアムは楽しげに笑う。
「笑い事じゃないわよ。生きた心地がしなかったわ」
 あたしは深くため息をつく。
「あんなに大きな事件になっているとはね。ボクだってびっくりだよ。でも、ひどいよね。事件を解決したヒーローたるこのボクが報道されていないんだから」
 ギョッと横を見る。街路樹にぶら下がっているあの黒子がいた。ミリアムは絶叫するが、あたしはいつも通り、
「ああ! びっくりさせないでよ。助けてくれたのは感謝するわ。ありがとう。でも、あたしがひどい目に遭ってたのに、笑うなんてひどいわよ」
 と、黒子にツッコむ。
 黒子は地面に降りると、
「笑ってなんかいないよ。安心してただけさ。さすが、ウィズ。誰にも悟られないように足の筋力に魔導力を込めるなんて、すごいよ」
 クスリと笑う。
「一応、ほめられているって思っておくわ」
「素直に受け取ってよ、そこは」
 気怠げなあたしに、黒子は明るい調子だ。
「ウィズ! そいつ、闇使いだ!」
 ミリアムは腰が抜けたのか、座り込んで、震える手で黒子を指さしている。
「ウィズ! だから、そいつは闇使いだ! 気がつかないのか? 危ない!」
 そうだったそうだった。この街では、闇使いに対してかなり偏見が強いのだった。
「大丈夫よ、多分。誰も食べやしないわ」
「多分って……。自分の兄貴をもう少し信じてくれよ」
 黒子の「兄貴」という言葉に、
「え、ウィズ! あなた、光使いじゃないの? ウィズの兄さん、闇使いなの?」
 ミリアムは小動物のように震える。
「ああ、めんどくさいことになったわね。どうしてくれるの? ジャス?」
「とりあえず、彼女を落ち着かせる」
 黒子――あたしの兄、ジャスは頭巾をはずした。後ろを三つ編みにした黒髪がはらりと落ちる。そしていつも見慣れた優しい女顔が現れた。左目はあたしと同じ水色だけど、右目は紅い。この紅い右目をキラリと光らせ、
「寝なさい」
 ミリアムに命令した。
 ミリアムは、
「はい」
 と、答えると、そのままスゥと眠りについた。
「ウィズ、この子の下宿先はどこ?」
 ジャスは何事もなかったかのように、あたしに尋ねる。
「あたしと相部屋よ。でも、男子禁制だから……。というか、別にミリアムと一緒の時に来なくったって良いじゃないの? ややこしいことをしやがって! まあ、ともかく。あたしとあんたが一緒にいるところをミリアムに見られたら、もう隠せないわ。すべて話すしかない。いつか話そうとは思っていたけど」
「なら、ボクの部屋まで行こう。そこで、誤解……じゃなくて、これはなんだ? 何になるんだろうか? とりあえず、ボクらの正体を明かそう」
「そうね」
 ジャスの提案にあたしはのった。
 ジャスの部屋は、本屋の二階だった。正確には屋根裏部屋。
 彼曰く、本屋の店主である魔導術師が、あたしたちの上司から命を受け、ジャスを息子として扱っているとのこと。で、地元の一般の中学校に通っているらしい。
 今時の魔導術が学べるなんて、うらやましいと、お茶を持ってきながらぼやいていたので、今度、教科書とノートを貸すことにした。一応、あたしの片割れなのだし、すぐに覚えるだろう。ノートを取るのには自信あるしね。
 ミリアムをベッドに寝かせてから、一時間経った。外はもう真っ暗だ。下宿先では、あたしたちが帰ってきていないことで、何か騒ぎになっていないだろうか。少々不安だが、ミリアムが本屋で倒れて看病してました、って言えば、なんとかなるだろう。実際、そうだし。
「いいかげん、起きてくれてもいいのになあ」
 黒子の服を脱いだジャスは、ほつれた長い黒髪を後ろに三つ編みにし始めた。
「あんたの邪眼が効き過ぎたんじゃないの?」
 あたしはお茶を飲む。
「その効果が切れてていいはずなんだけど」
 いつの間にか、ジャスはワイシャツとスラックスをキッチリ着ていた。
「熱でもあるのかな」
 ジャスはミリアムのおでこに手を当てた。それにしても、革の手袋で体温などわかるのだろうか?
「きゃあああああああ!」
 目を開け、ジャスを突き飛ばしたミリアムの絶叫で、変なあたしの疑問は宙へ消えた。
「び……びっくりさせないでよ、ミリアム!」
「そうだよ、大丈夫かな、って熱を測っていただけなのに。人の心配をなんだと思っているの?」
 あたしたちはミリアムに文句を言う。
「い……いや……。ウィズ! あなた、何者なの? どうして、闇使いと仲がいいの? 光使いってウソをついてたの?」
 ミリアムはベッドの隅で子犬のように震え始めた。
 あたしは深くため息をつく。
「ウソをつくつもりはなかったわ。ただ言わなかっただけ。そもそも闇使いがすべて悪いだなんて、誰が言ったの? 光使いが全員善人のはずがないでしょ。それと同じで闇使いが全員悪人だなんて、それこそ極論だわ」
「そんな言い訳、通じると思う?」
「思うわよ。だって事実だし。魔導術を学んでいるあたしたちは、その力をどう使うかを最初に学ぶでしょ。それは光の力だって闇の力だって同じ。ただ『力の素』が違うだけよ。ようは、その力をどう使うかというだけ。悪いことに魔導術を使えば、それは光だろうと闇だろうと悪だし、良いことに使えば、善になるわ」
 反論するミリアムに、あたしは強くその反論をする。
「そして、これから話すことはすべて本当のコトよ。疑うなら、あたしとの縁はこれまでだと思いなさい」
 真剣にあたしはミリアムのビリジアンの目を見た。
「あたし、ウィズ・ラピスラズリは、こいつ、ジャスと双子の兄妹なの。そして、あたしたちは人間じゃないわ」
「え……? 人間じゃ……ない……?」
 ミリアムは大きく深呼吸する。
「ボクたち兄妹は、『常闇の人々』と呼ばれる存在。まあ、正確には末裔ってヤツかな? そんなのは今はどうでもいいのだけど」
 ジャスはまるでゴシップ記事を読み上げるような軽い調子だ。
「どうでも良いって……」
 ミリアムの顔は引きつる。
「続けるわよ」
 ミリアムの反応を無視し、
「あたしたちは、このサルビアシティで、ある人物の観察を行っているの。『観察』だから、本来は接触するつもりはなかった。でも、あんな風に事件に巻き込まれた結果、接触せざる得なくなったのよね。マジで最悪だわ!」
 あたしはあの大男への怒りに、思わず床を強く踏む。ぎしりと木の鈍い音がする。
「え……? 整理させて。そこにいる闇使いはウィズの双子の兄で、そして二人は人間じゃなくて、常闇人で……。で、世界の裏側から世界にやってきたのは……。もしかして、レイモンド先生の観察のため?」
「ああ、察しがいいね。観察といっても、監視じゃないから、そんなに大変じゃないんだけどね。ウィズ。良い子とルームシェアしているだけあるよ。大変運が良い」
 それは運が良いというのか……? 昨日の事件でプラマイゼロのような気がする。それはともかく、
「そうよ。実は入学当初から、ミリアムにはバラす予定だったの。巻き込む可能性があるから。でも、なかなか良い機会が見当たらなくて。今さらになっちゃって、ごめんなさい」
 頭を下げるあたしに、ミリアムは弱々しく頷くと、
「分かった。ウィズがウソを言う人じゃないのは分かっているから、信じる。でも、わからないのが、ウィズは光使いではないのか? 少なくても、授業では光の魔導術を習っているし、使っているよな。常闇の人々って、いうなれば、闇そのものだろう? どうして、光の力が使えるのか?」
 当然の質問をしてきた。ああ、それを聞くか。
「ウィズは『フリークス』なんだよ。常闇の存在の中でもただ一人、光を扱えるんだ」
「フリークスって言い方、本気でやめて。それでどれだけ嫌がらせを受けたと思っているの? ジャス、あなたなら知っているでしょ」
 あたしは自分がキライな属性を簡単に説明するジャスを強く睨み付ける。
 少し表情が穏やかになったミリアムは、
「もう一つ、疑問なんだけど、光源の人々とか、常闇の人々ってさ、伝説じゃ肉体はないはずよね? 光や闇そのものなのだから。でも、あなたたち兄妹にはどう見たって、身体があるようにしか見えないわ。それに、兄妹って概念はどこから来ているの? 常闇の人々にも血縁関係みたいなのがあるの?」
 こう質問してきた。当然の質問だ。
「簡単に説明すると、ボクたちは生まれついての常闇の人々ではないんだ。いわゆる『元・人間』ってヤツ。人間の時に兄妹だったんだ。だから、今もそんな関係なんだよ。なんか色々あって、常闇人にならざる得なかったんだ。んで、この身体……有機体は、上司から命令を受け、世界に来るときに貸与されるんだけど、この姿は生前を模したものでね。これ以上、詳しいことは聞かないでよ。ボクらだって知らないんだから」
 ジャスは結露した瓶のお茶をミリアムに渡すと、
「で、ボクらは常闇の長の命でドクター・レイモンドの観察にこの街にやってきた。光使いの学校にいるレイモンドを直接観察できるのは光が扱えるウィズがうってつけだったんだ。基本常闇人は二人一組で動くから、ついでにボクも来たってこと。片方に危機が起きたとき、昨日みたいなサポートもできるしね」
 ニッコリ笑った。
 瓶を受け取り、お茶を一口飲んだミリアムはだいぶ落ち着いたようで、
「急にこんなことを言われて、すべて理解できないが……。でも、わたしはとんでもないことに巻き込まれそうになっているのは理解した」
「ありがとう」
「褒めたつもりは毛頭ない」
 微笑むジャスにミリアムはジトッとした目で見る。
「ジャス。あたしたちは今日はもう帰るわね。下宿先はきっと大騒ぎになっているわ」
「あっ! もうこんな時間! 夕飯の時間も終わっちゃう!」
 時計は良い子供なら眠る時間をとうに過ぎている時刻をさしていた。ミリアムは慌てた様子でベッドから降りる。
「送るよ。今度こそ悪い闇使いに襲われるかも知れないけどね」
「ねえ、ジャス。あたし、光使いでもあるけど、闇使いでもあるの、忘れている?」
 あたしのツッコミに、ジャスは、
「ああ! そうだったそうだった! ウィズが一緒なら、逆に倒してしまうかもね!」
 大爆笑をした。
「へえ……。どっちも使えるんだ。ウィズって不思議だ」
 ミリアムの表情はどこかたおやかだ。
「不思議って?」
 あたしは首をかしげる。
「ん、とね。そのままの意味。どっちの属性にもいるって不思議だなって。大変じゃないか?」
「そうね、大変って言ったら大変ね。自分自身、まだ、受け入れられていないわ」
 ミリアムのやさしさに心を打たれていた瞬間だった。
 天井が突然、強く光った。
 まぶしい!
 常闇人たるあたしの存在が消えてしまうぐらい強い光だ。
「闇使いの気配がすると思ったら、ウィズ・ラピスラズリにたどり着くとは……。お前らは一体何者だ?」
 光はしゃべる。レイモンド先生は光源人ですって? 信じられない! しかも、まさか直々に来るなんて!
 あまりに強い光に、息が詰まる。有機体で身を守っているおかげで、直接的なダメージは受けないものの、冷や汗をかくほど、この光の力はつらい。
「光源人だって? そんなバカな!」
 ミリアムは驚いた様子で頬を手でおおう。強い光に当てられたためか、光使いであるはずのミリアムも息が荒い。
「ミリアム、落ち着いて!」
 あたしはミリアムの背をさする。
 その瞬間、バシィと闇の魔動力が込められた弾丸の音がした。同時に光は少し収まる。
「んな、よそ見はいけないよ」
 ジャスは魔動力で動くピストルを持っていた。
「もしかして、キミがドクター・レイモンド? はじめまして。ボクはジャス・ラピスラズリ。妹のウィズがお世話になっているよ」
 おいおいおいおい。今、そう言う状況じゃないでしょ!
 光のレイモンドも怒ったのか、
「てめえ、今、おれに襲われているって自覚はないのか? おれは光源人だぞ? ビビらないのか? たかが人間のくせに楯突きやがって!」
 と怒声を上げる。どうやら、あたしたちが常闇人のくだりは聞いていないようだ。
「ああ、非常に怯えている。襲われているって自覚している。だから、今からここから逃げる」
 ジャスは腰に拳銃をしまい、革の手袋をした手であたしとミリアムの腕を掴むと、
「えいやっ!」
 と、気合いを入れた。
 ぐるぐるとめまいが起きる。
 同時に、ジャスが何をしたのか、一瞬で理解した。
 テレポーテーションだ。
 あたしも一応使えるんだけど、酔うから、ぶっちゃけキライなのよね。この場から逃げる最適解はこれしかないから、仕方がない。
 着いた場所で吐こう。