「おじいちゃん!」
孫息子の声が玄関から聞こえ、妻と共に台所に立っていた私は慌てて玄関へと向かう。
遠方に住む息子家族が、年末年始の連休で帰省しに来たのだ。
「よう来たよう来た、さあ上がんね」
と、孫息子を促して、居間へ案内した。
8歳になる孫息子は、どことなく幼き日の息子に重なる面影がある。母親譲りなのか、息子はどちらかと言えば小柄だった。そんな息子も自ら料理をしながら、嫁に胃袋をつかまれたのだろう、今やすっかり肥えてしまった。かく言う私も、今や医者をする知人から食生活の改善を促されている。
「しばらく世話になる」
「お義父さん、お義母さん、ご無沙汰しております」
しばらくすると、旅行用鞄を持った息子と嫁もやってきて、5人の家族が集まった。
元日を2日後に控え、私も妻も大掃除やらおせち料理の仕込み、鏡餅の準備等に追われていたが、息子や嫁も手伝ってくれたので、少し気が楽になった。
年が明け、私は元日の午前から妻と共に、年季の入った餅つき機を使いながら雑煮の支度をしていた。昆布だしを使ったあっさりした味付けは、亡くなった母から継いだものである。結婚当初は味に慣れなかった妻も、40年も経てばすっかり舌が慣れてきている。
『男子厨房に入るべからず』という言葉がかつてあったが、かねがね私はこの言葉に疑問を呈していた。何故なら板前やシェフは男性だからである。亡き父は、まさにこの言葉を体現したかのように、包丁一本すら握ったことがない人間だった。
集団就職で一人暮らしが長かった私は、必然的に自炊をしなければならず、結婚後も妻と共に台所に立っていた。
「おじいちゃん、僕も手伝いたい」
孫息子が台所に顔を出した。思わず私は妻と顔を見合わせた。
「包丁は危ないから、おばあちゃんと一緒に餅の支度しなさい」
私がそう言うと、孫息子は嬉しそうに妻の手伝いを始めた。
「もう少し小さい方が良いね」
「分かった」
といった、妻と孫息子のやり取りを背中で聞きながら、私は雑煮に使う野菜を切っていた。
今や男も女もない時代だが、孫息子が自主的に台所にやってきたのは、やはり私や息子の血を継いでいるからであろう。
翌日は更に賑やかなもので、隣町に住む娘家族も集まった。娘、婿、10歳になる孫娘が集まり、普段妻との2人暮らしの居間には、総勢8人の親戚一同が雁首を揃えた。
毎年正月2日はこの8人家族が揃うのが恒例で、昼は前日に余ったおせち料理を食べ、夜は寄せ鍋をするのも、今や定番となっていた。
それぞれアルコールやジュースを片手に、鍋をつついている。毎年盆と正月に、私はこの家族一同が顔を揃えて賑やかな時間を共に過ごすことが楽しみである。
翌々日、息子家族と娘家族はそれぞれ帰っていった。娘家族は隣町のため、時折遊びに来てくれるが、遠方在住の息子家族は盆や年末年始しか戻ってこない。
明るい声が響き渡っていた居間は物音一つしない静かなものになった。私は台所で妻と共に後片付けをしていた。蛇口から出る水は、今にも指が凍りそうな冷たさだった。