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五章 回顧 38

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話し終えると、亮ちゃん達は詰まらせていた息を吐いた。緊張の糸が途切れたように、私も同じように息を吐く。
 私が話している間に、ハルト君は質問を挟み、その様子を亮ちゃんがメモを取っていた。テーブルには録音機が置かれている。奈々ちゃんは様々な角度から写真を撮影していた。三人とも口を開かない。神妙な面持ちで、下を向いていた。沈黙の後、口を開いたのは亮ちゃんだった。彼は深々と頭を下げる。
「悦子おばちゃん、話をしてくれてありがとうございました。その、何を話せばいいのか分からなくて……。とにかく、記事が完成したら、見せに来ますので」
 ハルト君も奈々ちゃんも同じように頭を下げ、部屋を後にした。静寂が居間を包み、柱時計がチクタクと時間を刻む。私はたっちゃんとの写真に目を向け、無言で問いかけた。これでよかったのかな、と。彼はぎゅっと目を閉じて答えない。その姿は困っているようにも見えた。
 
「悦子おばちゃん、完成したよ!」それから二ヶ月後に亮ちゃんと奈々ちゃんが顔を出した。内容を確認してもらいたいとのことだ。嬉しそうな表情で、達成感が全身から発散されている。私は安堵した。どうやら、心配は杞憂だったようだ。
 私は老眼鏡をかけ、ぱそこんを覗き込む。画面には様々な構図の写真と文章が羅列されていた。
「奈々ちゃんの写真は流石だねえ」一枚目は引きの構図で私とハルト君、亮ちゃんが収まっていた。彼のこれまでの経験が活かされているのだろう。補足するように部屋の様子や話している仕草、表情が文章で記され、臨場感を感じさせる仕上がりとなっている。
 途中、私が説明した場所の風景写真も差し込まれ、伝えるための工夫の跡が見受けられた。また、ハルト君が途中で質問を挟んでくれていたので、読んでいる人も、疑問を解消しながら読み進めることができるだろう。三人がそれぞれの役割を全うし、一つの作品として昇華されていた。
「よく、完成させたねえ」
「悦子おばちゃんが話してくれたお陰だよ。ありがとう」亮ちゃんが頭を下げる。「これを何回かに分割して、公開するよ」
「一気に読むには時間もかかっちゃうからねえ」奈々ちゃんが苦笑する。「おばあちゃん、どこか、気になるところはない?」
「ないよ」私は首を振る。それ程に素晴らしい作品となっていた。亮ちゃんは嬉しそうに表情をほころばせる。
「じゃあまずは一回目、公開するね」
 彼は画面の右上にある緑色の『公開』ボタンを押した。その後、『公開しました』と表示されるだけで、何も特別なことは起こらない。
「これで、誰でも見れるようになったの?」呆気なさを感じ、そこで私は何か大きなことが起こるのではないかと、期待していたことに気づく。亮ちゃんは一仕事終えたような様子で頷いた。
「うん。これで公開されたから終わりだよ。あとは反応、返事を待つだけだね」
「そうだなあ」と奈々ちゃんが腕を組む。「誰でも見れる手紙のようなもので、今、ポストに入れたところだよ」
「あら、それなら分かりやすいわ。お返事が楽しみね」
「そうそう。そんな感じだよ」奈々ちゃんは息を吐き、両腕を天井に、ぐぐっと伸ばす。「終わってみて思ったけど、すっごい、楽しかったんだよね。私の写真に文章がつくと、伝わり方が、こんなに変わるんだなって。感動しちゃった」
「俺もだよ。奈々さんの写真があったから、これ程までにいいものを、完成させることができたんだ」
「二人とも、よかったわねえ」二人の表情はとても晴れやかで、微笑ましかった。「ところで、私はいんたあねっとにはさっぱりなんだけど、この内容は、ずっと残るのかい?」
「残るよ」亮ちゃんが首肯する。「この島や、語り部について調べた人はきっとこの記事を読むだろうね。過去に何が起こったのか、知るきっかけになると思うよ」
「そう」私は白黒写真に目を向け、たっちゃんに伝える。私達の生き様は、誰かに引き継がれるよ、と。「それじゃあ、いつぽっくり逝っても、悔いはないねえ」
「おばあちゃん」奈々ちゃんが声を上げる。「冗談でもそんなこと言わないでよ」
「ごめんねえ。でも本当よ。必死でこれまで生きてきて、最期にはあなた達に経験を語ることができた」私は言葉を切り、老眼鏡を外し、涙を拭う。「それが世界中の人に伝わるなんて、考えられないことなのよ。話してよかったわ。私はね、幸せ者ですよ」
  
 話終えてから、役目を終えたと言わんばかりに、身体にガタがき始めた。足腰が思うように動かなくなり、布団で横になることが増えていった。不思議なもので外出の機会が減った途端、顔を出しに来る人が増えたのだ。どうやら、記事の感想らしい。思わぬ副産物だった。
「小岩さん、お久しぶりです。記事読みましたよ。すごい時代を生き抜いてきたんですね」
「あら宇津木先生、久しぶりねえ」宇津木先生はシニアツアーでお世話になっていたが、ここ数年は会っていなかった。鶴子ちゃんと幸江ちゃんと参加したのは、いい思い出である。
「お陰で、島を観光しに来る人が増えてきました。本当に、感謝してます」
「あら、そうなの。それは先生の案内が上手だからよ」『先生』、そう呼ぶだけで懐かしい気持ちになる。
「小岩さん達に鍛えられて、一人前になりました」宇津木先生はおどけて頭を下げる。「それと、空き家を改装したことで、移住者も増えてきたんです。あの場所、眺めが良いので、好評みたいですよ」
「随分上手いこと、進んでいるわね」
「それもこれも、亮佑さん達や、小岩さんのお陰です。僕一人では、何もできなかったので」宇津木先生は苦笑する。
「そんなことないわ。主人も、先生のこと、感謝していたわ」
 シニアツアーに最初誘った当初、武雄はあまり乗る気ではなかったのだ。しかし一度参加したところ、楽しかったらしく、向こうから『次はいつ行こうか』と提案してくるようになった。
「それに、いいことばかりではないんですよ」
「あら、何かあったの?」
「話題になった反面、観光客のマナーや、これまで島の人達が楽しんでいたスポットが占有されるのが、問題になってるんです」
「全部が全部、上手くいく訳ではないのね」
「亮佑さん達が人を呼び込んでくれたので、ここからは僕の仕事です。少しでもリピーターを増やせるよう、頑張りますよ」
「宇津木先生なら大丈夫よ。頑張って」
「ありがとうございます」宇津木先生は相変わらず元気そうで、私は一安心する。きっと今でもお客さんとの気さくに話しているのだろう。 
「そういえば、奥さんは元気?」
「はい、元気ですよ。そうそう、酒蔵への見学ツアーも組み込んでみたら好評でして。小岩さんのお陰です」
「それに関しては、私は何もしてないわよ」
「大福がきっかけなんですよ」宇津木先生は声を上げるが、私は覚えていなかった。


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話し終えると、亮ちゃん達は詰まらせていた息を吐いた。緊張の糸が途切れたように、私も同じように息を吐く。
 私が話している間に、ハルト君は質問を挟み、その様子を亮ちゃんがメモを取っていた。テーブルには録音機が置かれている。奈々ちゃんは様々な角度から写真を撮影していた。三人とも口を開かない。神妙な面持ちで、下を向いていた。沈黙の後、口を開いたのは亮ちゃんだった。彼は深々と頭を下げる。
「悦子おばちゃん、話をしてくれてありがとうございました。その、何を話せばいいのか分からなくて……。とにかく、記事が完成したら、見せに来ますので」
 ハルト君も奈々ちゃんも同じように頭を下げ、部屋を後にした。静寂が居間を包み、柱時計がチクタクと時間を刻む。私はたっちゃんとの写真に目を向け、無言で問いかけた。これでよかったのかな、と。彼はぎゅっと目を閉じて答えない。その姿は困っているようにも見えた。
「悦子おばちゃん、完成したよ!」それから二ヶ月後に亮ちゃんと奈々ちゃんが顔を出した。内容を確認してもらいたいとのことだ。嬉しそうな表情で、達成感が全身から発散されている。私は安堵した。どうやら、心配は杞憂だったようだ。
 私は老眼鏡をかけ、ぱそこんを覗き込む。画面には様々な構図の写真と文章が羅列されていた。
「奈々ちゃんの写真は流石だねえ」一枚目は引きの構図で私とハルト君、亮ちゃんが収まっていた。彼のこれまでの経験が活かされているのだろう。補足するように部屋の様子や話している仕草、表情が文章で記され、臨場感を感じさせる仕上がりとなっている。
 途中、私が説明した場所の風景写真も差し込まれ、伝えるための工夫の跡が見受けられた。また、ハルト君が途中で質問を挟んでくれていたので、読んでいる人も、疑問を解消しながら読み進めることができるだろう。三人がそれぞれの役割を全うし、一つの作品として昇華されていた。
「よく、完成させたねえ」
「悦子おばちゃんが話してくれたお陰だよ。ありがとう」亮ちゃんが頭を下げる。「これを何回かに分割して、公開するよ」
「一気に読むには時間もかかっちゃうからねえ」奈々ちゃんが苦笑する。「おばあちゃん、どこか、気になるところはない?」
「ないよ」私は首を振る。それ程に素晴らしい作品となっていた。亮ちゃんは嬉しそうに表情をほころばせる。
「じゃあまずは一回目、公開するね」
 彼は画面の右上にある緑色の『公開』ボタンを押した。その後、『公開しました』と表示されるだけで、何も特別なことは起こらない。
「これで、誰でも見れるようになったの?」呆気なさを感じ、そこで私は何か大きなことが起こるのではないかと、期待していたことに気づく。亮ちゃんは一仕事終えたような様子で頷いた。
「うん。これで公開されたから終わりだよ。あとは反応、返事を待つだけだね」
「そうだなあ」と奈々ちゃんが腕を組む。「誰でも見れる手紙のようなもので、今、ポストに入れたところだよ」
「あら、それなら分かりやすいわ。お返事が楽しみね」
「そうそう。そんな感じだよ」奈々ちゃんは息を吐き、両腕を天井に、ぐぐっと伸ばす。「終わってみて思ったけど、すっごい、楽しかったんだよね。私の写真に文章がつくと、伝わり方が、こんなに変わるんだなって。感動しちゃった」
「俺もだよ。奈々さんの写真があったから、これ程までにいいものを、完成させることができたんだ」
「二人とも、よかったわねえ」二人の表情はとても晴れやかで、微笑ましかった。「ところで、私はいんたあねっとにはさっぱりなんだけど、この内容は、ずっと残るのかい?」
「残るよ」亮ちゃんが首肯する。「この島や、語り部について調べた人はきっとこの記事を読むだろうね。過去に何が起こったのか、知るきっかけになると思うよ」
「そう」私は白黒写真に目を向け、たっちゃんに伝える。私達の生き様は、誰かに引き継がれるよ、と。「それじゃあ、いつぽっくり逝っても、悔いはないねえ」
「おばあちゃん」奈々ちゃんが声を上げる。「冗談でもそんなこと言わないでよ」
「ごめんねえ。でも本当よ。必死でこれまで生きてきて、最期にはあなた達に経験を語ることができた」私は言葉を切り、老眼鏡を外し、涙を拭う。「それが世界中の人に伝わるなんて、考えられないことなのよ。話してよかったわ。私はね、幸せ者ですよ」
 話終えてから、役目を終えたと言わんばかりに、身体にガタがき始めた。足腰が思うように動かなくなり、布団で横になることが増えていった。不思議なもので外出の機会が減った途端、顔を出しに来る人が増えたのだ。どうやら、記事の感想らしい。思わぬ副産物だった。
「小岩さん、お久しぶりです。記事読みましたよ。すごい時代を生き抜いてきたんですね」
「あら宇津木先生、久しぶりねえ」宇津木先生はシニアツアーでお世話になっていたが、ここ数年は会っていなかった。鶴子ちゃんと幸江ちゃんと参加したのは、いい思い出である。
「お陰で、島を観光しに来る人が増えてきました。本当に、感謝してます」
「あら、そうなの。それは先生の案内が上手だからよ」『先生』、そう呼ぶだけで懐かしい気持ちになる。
「小岩さん達に鍛えられて、一人前になりました」宇津木先生はおどけて頭を下げる。「それと、空き家を改装したことで、移住者も増えてきたんです。あの場所、眺めが良いので、好評みたいですよ」
「随分上手いこと、進んでいるわね」
「それもこれも、亮佑さん達や、小岩さんのお陰です。僕一人では、何もできなかったので」宇津木先生は苦笑する。
「そんなことないわ。主人も、先生のこと、感謝していたわ」
 シニアツアーに最初誘った当初、武雄はあまり乗る気ではなかったのだ。しかし一度参加したところ、楽しかったらしく、向こうから『次はいつ行こうか』と提案してくるようになった。
「それに、いいことばかりではないんですよ」
「あら、何かあったの?」
「話題になった反面、観光客のマナーや、これまで島の人達が楽しんでいたスポットが占有されるのが、問題になってるんです」
「全部が全部、上手くいく訳ではないのね」
「亮佑さん達が人を呼び込んでくれたので、ここからは僕の仕事です。少しでもリピーターを増やせるよう、頑張りますよ」
「宇津木先生なら大丈夫よ。頑張って」
「ありがとうございます」宇津木先生は相変わらず元気そうで、私は一安心する。きっと今でもお客さんとの気さくに話しているのだろう。 
「そういえば、奥さんは元気?」
「はい、元気ですよ。そうそう、酒蔵への見学ツアーも組み込んでみたら好評でして。小岩さんのお陰です」
「それに関しては、私は何もしてないわよ」
「大福がきっかけなんですよ」宇津木先生は声を上げるが、私は覚えていなかった。