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五章 回顧 31

ー/ー



「あれ?奈々ちゃんも一緒でどうしたの?」
 次に会いに来た時には、亮ちゃんの隣に奈々ちゃんがいた。前回の別れ際の出来事がよぎったのだろう。彼は気まずそうな表情で、知り合った理由を話す。歩美ちゃんが紹介したそうだ。そして話は、二人の活動内容に移る。
「悦子おばちゃん、俺が帰ってきて半年が経つけどさ、この島はちょっとずつ変わってきたんだ」
「半年で?」私は思わず、聞き返してしまう。そんな短期間で都合良く変わるとは思えなかったからだ。
「俺が書いた記事に、奈々さんの写真を載せて、SNS……じゃなくてインターネットに公開したら反応があったんだ。少しずつだけど、広がってきているんだ」
「私が今まで、撮った写真があったでしょう」奈々ちゃんが居間の写真を見渡す。「それをね、亮佑さんの記事と合わせてみたの。例えば、駄菓子屋だね。珍しいみたいで、わざわざ外から来てくれた人もいるんだよ」
「あらそうなの」素直に、喜ばしいことだった。いんたあねっと、を覚えたと思ったら今度はえすえぬえす。よく分からなくてついていけなかったが、二人が島のために動いていることは伝わってきた。「二人とも、頑張ったのね」
 先日、田辺さんのお見舞いに行った際に、『客足が伸びたのよ』と喜んで話していたことを思い出していた。その要因は、亮ちゃん達のお陰だったのか。彼女とはシニアツアーに参加する仲だったが、ここ数年で身体が思うように動かなくなっていた。寝込む事が増え、『年齢には勝てないねえ』と笑っていた。
「おばちゃんのお陰なの」奈々ちゃんが身を乗り出す。「私の写真を見て、喜んでくれたから。『次の写真はまだなの?』って楽しみにしてくれたから、続けることができたんだよ。それが今に、繋がってるの」
「そう、なの」私は縁側に目を向ける。いつだったが、奈々ちゃんは唐辛子で、目を掻いてしまったことがあった。そんな無邪気な少女と今の姿を見比べる。「大きく、なったねえ」
 察したのか、奈々ちゃんは懐かしそうに目を細めた。
「私が小さい頃にさ、江梨と一緒に、唐辛子で目を掻いた時があったよね。あの日、昔の写真について、無邪気に質問したことを今でも覚えてる。子供の頃だから、仕方ないんだけど、無神経なことを聞いてしまったなって。でも、今は知りたいんだ。私の写真と、亮佑さんの文章を通じて、世の中の人に、伝えたいの」
「お願いします」亮ちゃんが頭を下げる。「それと、この間はごめんなさい。感情が先走って、悦子おばちゃんの気持ちを全く考えられていなかった。だからまずは動いて、俺が何をしようとしているのか直接、伝えようと思ったんだ」
 私は困惑していると、亮ちゃんは顔を上げた。「この島の良さを、もっと色んな人に知ってもらいたいんだ」
 それでも、答えは決まっていた。「ごめんなさい」
「どうして?」納得できない、と言わんばかりに、奈々ちゃんが声を上げる。彼女が感情を露わにすることは珍しい。私は胸が痛むのを感じる。
「あなた達が島のために頑張っていることはよく伝わってきたわ。生半可な気持ちじゃないってこともね」
「それなら」と亮ちゃん。
「でもそれって、集客のために私の話を、利用するってことよね」
 いんたあねっと、がどういうものか分かってきたからこそ、そう安易には公開されたくはなかったのだ。「私のわがままだというのはわかってる。ごめんなさい」
「利用、か」奈々ちゃんが悲しそうに眉を下げ、立ち上がる。「おばちゃんには、そう見えちゃうんだね」亮ちゃんに目を向ける。「亮佑さん、今日は帰ろうか」
「え、でも」亮ちゃんは困ったように私を見た。
「いいから」
「わかった」彼は頭を下げる。「また来ます。悦子おばちゃん。俺たちは利用するつもりじゃないよ。そのことだけは、伝えておきます」
 私はハッとする。今度は自分が、二人の気持ちを踏み躙ってしまった。申し訳なくなり、頭を下げる。「利用は言い過ぎたわ。ごめんなさい」
 亮ちゃんがこの半年をどのように過ごし、再び顔を出すまでに、どれほどの勇気を振り絞ったことだろう。彼と今日初めて会った時の表情が、それを物語っていた。その事実が重くのしかかり、私は二人が去って行く後ろ姿を、黙って見送ることしかできなかった。
 
「ええ?おばあちゃん、二人にそこまでされたんなら、話せばいいのに」煎餅を食べながら、照美は声を上げる。
「でもねえ、知らない人たちに見られたりするのは、ちょっと怖いわ」私も煎餅を食べる。その頃は、足腰が悪くなってきたとはいえ、食べ物の制限はなく、介護が必要な状態ではなかったはずだ。
「そのことなんだけどさ」照美は薄い板を見せてくる。どうやらこれが電話機の代わりになるらしい。老眼鏡をかけると、画面には小さい四角の写真がいくつも写っていた。彼女が小さな写真を指で触ると、拡大した状態で表示される。これはね、と説明をし始めた。
「これはね、その亮ちゃん達が発信……広報活動をしている内容なんだよね」砂浜の背景に『オススメの観光スポット三選』と書かれ、照美が指を動かすと写真が切り替わっていく。まるで、紙芝居のようだった。
 海や山からの景色、旅館などの写真が流れていく。一枚一枚に魅力などの説明がされていた。「こんな感じで、誰もがこの島の観光スポットについて知る事ができるの。職場や私の周りでも、話題になってるのよ。文字も少ないし、写真だから直感的でわかりやすいって」
「照美は使いこなして、すごいねえ」私は画面を目で追うので精一杯だった。『やってみて』と渡されたところで、珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)になってしまうのは想像に難くない。
「いや、私も娘に色々教えてもらって、やっと使い勝手がわかってきたところなの」照美は苦笑する。
「これで亮ちゃん達が、この島の広報活動をしているんだねえ。大したものだ」
「さっきのが広報用で、別なアカウント……じゃなくて別な内容で活動しているのもあるの。見てよ、これ」
 嬉しそうな表情で照美が画面を見せてくる。例によって小さな四角の写真だ。私はあら、と声を上げた。「猫じゃない」
 画面には白黒や、茶トラなど、色々な模様の猫達が写っていた。「可愛いわねえ」
「そうなの。可愛いでしょ。奈々ちゃん、昔から色んな写真を撮ってたでしょ。その中の猫の写真が流行ったみたいで、猫目当てに観光する人も増えたのよ」
「確か、駄菓子屋も」
「そうね。駄菓子屋も古き良きってことで、懐かしんで来る人もいるみたい」
「そうなのね」半年で変わり始めたことに実感が湧かなかったが、こうして説明を受けると腑に落ちる。時代の、技術の進歩に私は感銘を受けていた。「亮ちゃんも奈々ちゃんも、本当にこの島が好きなのね」
 照美は神妙な表情で頷いた。「あの子達も、考えなしでやってるわけじゃ、ないんだよ」
「ええ」自然と俯き、湯呑みに目を落とす。
「奈々ちゃんの写真で直感的に人を引き込んで、もっと知りたい人はこちらへ、と別なサイトに誘導するの。そこからは亮ちゃんの文章ってわけ。しっかりと流れができているのよ」
「よく分からないけど、二人とも役割を分担しながら活動をしてるのね」
 亮ちゃんが『ふらふらしてていいのかな』と呟いた時を思い出す。表情は暗く、言葉は無意識にこぼれ出たような様子だった。そんな彼が今では目的を見つけて、奮闘をしている。
 奈々ちゃんも同様だ。私の写真を撮ることに始まり、島の広報誌の写真を担当するようになった。そして何の縁なのか、今は亮ちゃんと島の外への広報活動を行なっている。私が彼らの歩みを止めていることは、明白だった。「私は酷いことを、言ってしまったわ」
「大丈夫でしょ」照美はあっけらかんとした様子で答えた。「そりゃ、上手くいかなくて、あの子達も嫌な気分になったでしょうけど、それだけでばあちゃんのことは嫌いにならないよ」
「そ、そうかねえ」
「また来るんでしょ?その時に謝ることね」
 娘から励まされ、どちらが親なのかわかったものではない。「ありがとう。次来た時に、話すわね」
「頑張って。応援してる。それにね、今はこの島の認知が増えているから、きっとばあちゃんの話も、興味を持ってくれる人は多いと思うよ」


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 次に会いに来た時には、亮ちゃんの隣に奈々ちゃんがいた。前回の別れ際の出来事がよぎったのだろう。彼は気まずそうな表情で、知り合った理由を話す。歩美ちゃんが紹介したそうだ。そして話は、二人の活動内容に移る。
「悦子おばちゃん、俺が帰ってきて半年が経つけどさ、この島はちょっとずつ変わってきたんだ」
「半年で?」私は思わず、聞き返してしまう。そんな短期間で都合良く変わるとは思えなかったからだ。
「俺が書いた記事に、奈々さんの写真を載せて、SNS……じゃなくてインターネットに公開したら反応があったんだ。少しずつだけど、広がってきているんだ」
「私が今まで、撮った写真があったでしょう」奈々ちゃんが居間の写真を見渡す。「それをね、亮佑さんの記事と合わせてみたの。例えば、駄菓子屋だね。珍しいみたいで、わざわざ外から来てくれた人もいるんだよ」
「あらそうなの」素直に、喜ばしいことだった。いんたあねっと、を覚えたと思ったら今度はえすえぬえす。よく分からなくてついていけなかったが、二人が島のために動いていることは伝わってきた。「二人とも、頑張ったのね」
 先日、田辺さんのお見舞いに行った際に、『客足が伸びたのよ』と喜んで話していたことを思い出していた。その要因は、亮ちゃん達のお陰だったのか。彼女とはシニアツアーに参加する仲だったが、ここ数年で身体が思うように動かなくなっていた。寝込む事が増え、『年齢には勝てないねえ』と笑っていた。
「おばちゃんのお陰なの」奈々ちゃんが身を乗り出す。「私の写真を見て、喜んでくれたから。『次の写真はまだなの?』って楽しみにしてくれたから、続けることができたんだよ。それが今に、繋がってるの」
「そう、なの」私は縁側に目を向ける。いつだったが、奈々ちゃんは唐辛子で、目を掻いてしまったことがあった。そんな無邪気な少女と今の姿を見比べる。「大きく、なったねえ」
 察したのか、奈々ちゃんは懐かしそうに目を細めた。
「私が小さい頃にさ、江梨と一緒に、唐辛子で目を掻いた時があったよね。あの日、昔の写真について、無邪気に質問したことを今でも覚えてる。子供の頃だから、仕方ないんだけど、無神経なことを聞いてしまったなって。でも、今は知りたいんだ。私の写真と、亮佑さんの文章を通じて、世の中の人に、伝えたいの」
「お願いします」亮ちゃんが頭を下げる。「それと、この間はごめんなさい。感情が先走って、悦子おばちゃんの気持ちを全く考えられていなかった。だからまずは動いて、俺が何をしようとしているのか直接、伝えようと思ったんだ」
 私は困惑していると、亮ちゃんは顔を上げた。「この島の良さを、もっと色んな人に知ってもらいたいんだ」
 それでも、答えは決まっていた。「ごめんなさい」
「どうして?」納得できない、と言わんばかりに、奈々ちゃんが声を上げる。彼女が感情を露わにすることは珍しい。私は胸が痛むのを感じる。
「あなた達が島のために頑張っていることはよく伝わってきたわ。生半可な気持ちじゃないってこともね」
「それなら」と亮ちゃん。
「でもそれって、集客のために私の話を、利用するってことよね」
 いんたあねっと、がどういうものか分かってきたからこそ、そう安易には公開されたくはなかったのだ。「私のわがままだというのはわかってる。ごめんなさい」
「利用、か」奈々ちゃんが悲しそうに眉を下げ、立ち上がる。「おばちゃんには、そう見えちゃうんだね」亮ちゃんに目を向ける。「亮佑さん、今日は帰ろうか」
「え、でも」亮ちゃんは困ったように私を見た。
「いいから」
「わかった」彼は頭を下げる。「また来ます。悦子おばちゃん。俺たちは利用するつもりじゃないよ。そのことだけは、伝えておきます」
 私はハッとする。今度は自分が、二人の気持ちを踏み躙ってしまった。申し訳なくなり、頭を下げる。「利用は言い過ぎたわ。ごめんなさい」
 亮ちゃんがこの半年をどのように過ごし、再び顔を出すまでに、どれほどの勇気を振り絞ったことだろう。彼と今日初めて会った時の表情が、それを物語っていた。その事実が重くのしかかり、私は二人が去って行く後ろ姿を、黙って見送ることしかできなかった。
「ええ?おばあちゃん、二人にそこまでされたんなら、話せばいいのに」煎餅を食べながら、照美は声を上げる。
「でもねえ、知らない人たちに見られたりするのは、ちょっと怖いわ」私も煎餅を食べる。その頃は、足腰が悪くなってきたとはいえ、食べ物の制限はなく、介護が必要な状態ではなかったはずだ。
「そのことなんだけどさ」照美は薄い板を見せてくる。どうやらこれが電話機の代わりになるらしい。老眼鏡をかけると、画面には小さい四角の写真がいくつも写っていた。彼女が小さな写真を指で触ると、拡大した状態で表示される。これはね、と説明をし始めた。
「これはね、その亮ちゃん達が発信……広報活動をしている内容なんだよね」砂浜の背景に『オススメの観光スポット三選』と書かれ、照美が指を動かすと写真が切り替わっていく。まるで、紙芝居のようだった。
 海や山からの景色、旅館などの写真が流れていく。一枚一枚に魅力などの説明がされていた。「こんな感じで、誰もがこの島の観光スポットについて知る事ができるの。職場や私の周りでも、話題になってるのよ。文字も少ないし、写真だから直感的でわかりやすいって」
「照美は使いこなして、すごいねえ」私は画面を目で追うので精一杯だった。『やってみて』と渡されたところで、珍紛漢紛《ちんぷんかんぷん》になってしまうのは想像に難くない。
「いや、私も娘に色々教えてもらって、やっと使い勝手がわかってきたところなの」照美は苦笑する。
「これで亮ちゃん達が、この島の広報活動をしているんだねえ。大したものだ」
「さっきのが広報用で、別なアカウント……じゃなくて別な内容で活動しているのもあるの。見てよ、これ」
 嬉しそうな表情で照美が画面を見せてくる。例によって小さな四角の写真だ。私はあら、と声を上げた。「猫じゃない」
 画面には白黒や、茶トラなど、色々な模様の猫達が写っていた。「可愛いわねえ」
「そうなの。可愛いでしょ。奈々ちゃん、昔から色んな写真を撮ってたでしょ。その中の猫の写真が流行ったみたいで、猫目当てに観光する人も増えたのよ」
「確か、駄菓子屋も」
「そうね。駄菓子屋も古き良きってことで、懐かしんで来る人もいるみたい」
「そうなのね」半年で変わり始めたことに実感が湧かなかったが、こうして説明を受けると腑に落ちる。時代の、技術の進歩に私は感銘を受けていた。「亮ちゃんも奈々ちゃんも、本当にこの島が好きなのね」
 照美は神妙な表情で頷いた。「あの子達も、考えなしでやってるわけじゃ、ないんだよ」
「ええ」自然と俯き、湯呑みに目を落とす。
「奈々ちゃんの写真で直感的に人を引き込んで、もっと知りたい人はこちらへ、と別なサイトに誘導するの。そこからは亮ちゃんの文章ってわけ。しっかりと流れができているのよ」
「よく分からないけど、二人とも役割を分担しながら活動をしてるのね」
 亮ちゃんが『ふらふらしてていいのかな』と呟いた時を思い出す。表情は暗く、言葉は無意識にこぼれ出たような様子だった。そんな彼が今では目的を見つけて、奮闘をしている。
 奈々ちゃんも同様だ。私の写真を撮ることに始まり、島の広報誌の写真を担当するようになった。そして何の縁なのか、今は亮ちゃんと島の外への広報活動を行なっている。私が彼らの歩みを止めていることは、明白だった。「私は酷いことを、言ってしまったわ」
「大丈夫でしょ」照美はあっけらかんとした様子で答えた。「そりゃ、上手くいかなくて、あの子達も嫌な気分になったでしょうけど、それだけでばあちゃんのことは嫌いにならないよ」
「そ、そうかねえ」
「また来るんでしょ?その時に謝ることね」
 娘から励まされ、どちらが親なのかわかったものではない。「ありがとう。次来た時に、話すわね」
「頑張って。応援してる。それにね、今はこの島の認知が増えているから、きっとばあちゃんの話も、興味を持ってくれる人は多いと思うよ」