四章 友達 29
ー/ー
ぼくたちは夕方になると、オレンジ色に包まれる。夕日が、海の中へと沈んでいく。
「またな、望睦。奈々姉、今日はご馳走様でした」カフェから出ると、ハルト兄ちゃんは頭を下げて、去っていく。「またねー」とぼくは手を振った。帰り道は別方向だ。
「じゃあ私たちも帰ろっか」
「うん」
海を見ながら歩いていると、どこからか、ぼくの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。自転車のベルの音も鳴っている。振り向くと自転車に乗ったお父さんが、こちらに向かってくるところだった。
「パパ!」ぼくは声を上げた。「おかえり!」
お父さんは追いつき、辺りに急ブレーキ音を響かせた。
「おう、ただいま」
「あれえ?望睦君、お父さんお母さんって呼ぶんじゃなかったの?」奈々姉ちゃんは笑いながら、お父さんに軽く頭を下げる。
ぼくは恥ずかしくなって下を向く。「い、今はいいの」
「妻から聞きました。望睦の面倒を見てくださったそうで」お父さんも同じように頭を下げた。
「いえいえ、とんでもないです。私も散歩中だったので、大丈夫ですよ」奈々姉ちゃんは首を振って、またまた頭を下げている。大人は大変だな、とぼくは見ていると、肩に手を置かれた。「望睦は今日、大人になったんだもんね」
ぼくはハルト兄ちゃんを思い出して、胸を張る。「そうだよ。ぼく今日、大人になったんだから」
お父さんは嬉しそうに顔をくしゃっとさせた。「そうかあ。帰ったらいっぱい、話を聞かせてくれな」
ぼくは元気いっぱいの返事をする前に、お父さんの電話が鳴った。「お、ママだ」と電話に出る。「もしもし、ママ?今、望睦達と合流したところだよ」
「マ……お母さん!」ぼくはびっくりして声を上げる。
お父さんは話した後で、電話を切る。「お母さん、怒ってた?」ぼくは不安で聞いてしまう。
「怒ってないよ」お父さんはぼくに安心させるように言い、奈々姉ちゃんを見た。「妻が、奈々さんもご飯食べにきてくださいって。望睦が世話になったからと、どうですか?」
「えっ、いいんですか」奈々姉ちゃん驚き、ぼくを見た。「じゃあ、お言葉に甘えて、お世話になります」
「やったー」ぼくは嬉しくて飛び上がった。
「望睦!」
玄関に入ると母は駆け寄ってきた。「ごめんね。望睦ばかりに我慢させちゃって」
ギュッと優しく抱きつかれたのでぼくは恥ずかしくなる。奈々姉ちゃんもいるのに。「ううん。ぼくこそ急に出て行っちゃってごめんね」
ぼくは母の肩を押して袋を見せた。「これ、幸登の分のマフィンだよ」
「私が促したんじゃないよ。望睦君が自分で提案したんだから」奈々姉ちゃんがぼくの頭を撫でる。父は嬉しそうに声を上げた。
「幸登のこともしっかり考えて、望睦はいいお兄ちゃんだな」
「本当!」ぼくは嬉しい気持ちになる。奈々姉ちゃんとお母さんは顔を見合わせて笑っていた。
「にいちゃん」壁から顔を出し、覗き込むように幸登がこちらを見ていた。怯えているような様子だ。ぼくは靴を脱ぎ、幸登に駆け寄る。「大丈夫、怒ってないよ」というぼくの言葉が、お母さんの悲鳴と重なった。
「ちょっと望睦!足、砂だらけじゃない。お風呂入ってきなさい」ぼくは呆気に取られていると母に抱えられ、風呂場に連れて行かれてしまう。「ついでに幸登も入っちゃいなさい」幸登がとてとてと歩いてくる。ぽかんとした表情で、ぼくたちは顔を見合わせて笑い合う。奈々姉ちゃんの「あちゃー」という声が聞こえてきた。
「ねえにいちゃん」幸登が話しかけてきたのは、ぼくがシャンプーの泡で目をつぶっている時だった。幸登を先に頭と身体を洗わせたので、既に浴槽に入っている。
「なに?」と返事をするぼくの声が、お風呂の中で響く。
「今日はごめんなさい」
思わず目を開けてしまい、ぼくは慌ててシャワーで洗い流す。目が痛い。
「別に、気にしてないよ」ぼくは余裕のある様子を見せたが、心の中では驚いていた。先ほどはタイミングを逃してしまい、何となく、寝る前にでも謝ろうと思っていたのだ。幸登に先を越されてしまった。「ぼくの方こそごめん。急に怒って、びっくりしたよな。幸登におやつ、少しでも分けてあげればよかったよ」
「へへ、にいちゃん優しいね。ありがとう」
「幸登にマフィン買ってきたぞ。それに……ポテトチップスもあるし、後で一緒に食べよう」
「そうなの?」幸登は嬉しそうな表情だ。「にいちゃん、ありがとう!」
「ぼくはいいお兄ちゃんだからな」得意げに胸を張る。そして身体を洗い終え、勢いよく湯船に飛び込んだ。水飛沫が飛び散り、幸登が楽しそうに声を上げた。
そういえば、お母さんが追いかけてこないことが気になっていたけれど、奈々姉ちゃんが連絡をしていたらしい。海岸で会った時に写真を撮られていたので、きっとその時だろう。
夜ご飯はぼくの大好きなハンバーグだった。皿の端に、にんじんもあったけれど、奈々姉ちゃんがいたので頑張って食べた。幸登もぼくの真似をして一口かじり、嫌そうな顔を浮かべていた。
お母さんが奈々姉ちゃんと楽しそうに話をしていて、何だかぼくも嬉しい気持ちになる。
「ねえお母さん。お母さんは奈々姉ちゃんと昔から友達だったの?」
「むかし」お母さんと奈々姉ちゃんはそう呟き、苦い顔を見合わせて、笑った。「そうだよ。奈々とはずっと昔から友達だったんだから」
「江梨先生も?」
「もちろん」
元気いっぱいに返すお母さんはとても嬉しそうで、本当にぼくが生まれる前より、ずっと昔から友達なんだな、と思った。
「ぼくもあさひ君と、ずっと友達だといいな」
「大丈夫。望睦君なら、大丈夫よ」迷いなく答えてくれる奈々姉ちゃんの言葉が、とても心強かった。
「あさひ君、ごめんなさい」翌朝、ぼくはおはよう、を言う前にあさひ君に頭を下げた。「え?なんのこと?」あさひ君は目を丸くしている。
「あさひ君が嫌な気持ちになること、いっぱいしてたから」
まさる君のいじわると偉そうなところに腹が立っていたけれど、ぼくもあさひ君を嫌な気持ちにさせていることに、気づいたのだ。『守る、守らない』じゃなくて、『一緒にいること、考えること』が大事なんだ、と。
「なんだ、そんなことー」あさひ君は心配そうな表情を和らげた。「望睦君は真面目だなあ。ぼく、全然気にしてないよ」
「でも、昨日、校庭に連れて行った時、嫌そうな顔してたじゃん」
「ああ」あさひ君はあっけらかんと答える。「あの時は絵を描きたかったから。外で遊ぶのも楽しかったし、気にしてないよ」
それに、とあさひ君は続ける。「それに、ぼくの方こそ、嫌そうな顔をしてごめんね。絵を描くのと同じくらい、望睦君と遊ぶのも好きだよ!」
「同じくらいなの?」あまりの正直さに、ぼくは噴き出してしまう。あさひ君はやっぱり、あさひ君だ。
「あさひ君、今日こそガツンといわせるんだよ」さゆりちゃんはおはよう、を言う前に一気にまくしたてる。あさひ君は勢いに押され、困ったように笑う。
「男なんだから、シャキッとしなさい!」さゆりちゃんはあさひ君の背中を叩く。「大丈夫、何かあっても私たちが守るんだから。ねっ、望睦!」
「う、うん」なぜだろう。さゆりちゃんから目をそらしてしまう。心臓が、跳ねている。「ぼ、ぼくたちが守るんだから」声が、裏返ってしまう。
「望睦、なんか変だよ?」さゆりちゃんが不思議そうに顔を覗き込んでくるので、心臓が、また跳ねた。
「また絵を描いてるのか」まさる君は相変わらずだし、あさひ君は懲りずに絵を描いている。でも今日のあさひ君は何だか、堂々としているようでかっこよく見えた。
まさる君は子分二人を引き連れて、大股でずんずんと近づいていく。ノートを奪い取ろうと手を伸ばしたところで、ぼくはさゆりちゃんとしっかり目を合わせ、立ち上がる。当の本人であるあさひ君は「できたー」と呑気な声を上げた。
「なにがだよ」調子を崩されたまさる君は眉をひそめた。「また自分が主人公の絵でも描いてたんだろ」
「見てよこれ!」あさひ君はいつも以上に目をきらきらさせて、机にノートを広げた。ぼくとさゆりちゃんも近づき、ノートを覗き込む。
それは、最後の一ページだった。その絵は、ぼくとあさひ君、さゆりちゃんの他に、まさる君と子分二人も一緒だ。ぼくたちは砂浜に寝転んでいた。みんな、にこにこと笑っている。
いや、子分二人、ではなく、ふみや君と、かなと君だ。三人は呆気にとられ、ポカンとしている。口を開いたのはまさる君だった。「何だよ、これ」
「ぼくはみんなと、仲良くしたいんだ」あさひ君の目のきらきらは、止まらなかった。「駆けっこやお絵描き勝負、一緒にしようよ。みんなと遊んだ方が、もっと楽しいよ」
「いい絵だね」口からこぼれ出るように、ぼくは呟いていた。写真が楽しい瞬間を切り取るのであれば、絵はその人が願う幸せを、カタチにする魔法だった。なるほど、これがあさひ君の戦い方で、描きたい絵だったのか。
「へえ、やるじゃない」さゆりちゃんは目を丸くしている。「こりゃ、ガツンと一発、いわせたわね」
ハルト兄ちゃんと奈々お姉ちゃんの言葉が頭に浮かぶ。やっぱりあさひ君が、一番強いのかもしれない。
「教えてやるよ」まさる君が小さく呟いた。
「え?」あさひ君が聞き返す。
「だから」まさる君は声を大きくした。「あさひは逆上がりできないんだろ?休み時間に、教えてやるよ」
「うん!教えて」あさひ君は身を乗り出す。
その様子を見ているだけで、ぼくは嬉しい気持ちになる。まさる君は鼻で笑い、ぼくを見た。「望睦は教えるの下手くそで、力もへなちょこだからな。俺なら支えられるよ」
「なんだと」ぼくはまさる君に掴みかかろうとすると、さゆりちゃんが慌てて止めに入る。あさひ君はにこにこと笑っていた。
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「またな、望睦。奈々姉、今日はご馳走様でした」カフェから出ると、ハルト兄ちゃんは頭を下げて、去っていく。「またねー」とぼくは手を振った。帰り道は別方向だ。
「じゃあ私たちも帰ろっか」
「うん」
海を見ながら歩いていると、どこからか、ぼくの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。自転車のベルの音も鳴っている。振り向くと自転車に乗ったお父さんが、こちらに向かってくるところだった。
「パパ!」ぼくは声を上げた。「おかえり!」
お父さんは追いつき、辺りに急ブレーキ音を響かせた。
「おう、ただいま」
「あれえ?望睦君、お父さんお母さんって呼ぶんじゃなかったの?」奈々姉ちゃんは笑いながら、お父さんに軽く頭を下げる。
ぼくは恥ずかしくなって下を向く。「い、今はいいの」
「妻から聞きました。望睦の面倒を見てくださったそうで」お父さんも同じように頭を下げた。
「いえいえ、とんでもないです。私も散歩中だったので、大丈夫ですよ」奈々姉ちゃんは首を振って、またまた頭を下げている。大人は大変だな、とぼくは見ていると、肩に手を置かれた。「望睦は今日、大人になったんだもんね」
ぼくはハルト兄ちゃんを思い出して、胸を張る。「そうだよ。ぼく今日、大人になったんだから」
お父さんは嬉しそうに顔をくしゃっとさせた。「そうかあ。帰ったらいっぱい、話を聞かせてくれな」
ぼくは元気いっぱいの返事をする前に、お父さんの電話が鳴った。「お、ママだ」と電話に出る。「もしもし、ママ?今、望睦達と合流したところだよ」
「マ……お母さん!」ぼくはびっくりして声を上げる。
お父さんは話した後で、電話を切る。「お母さん、怒ってた?」ぼくは不安で聞いてしまう。
「怒ってないよ」お父さんはぼくに安心させるように言い、奈々姉ちゃんを見た。「妻が、奈々さんもご飯食べにきてくださいって。望睦が世話になったからと、どうですか?」
「えっ、いいんですか」奈々姉ちゃん驚き、ぼくを見た。「じゃあ、お言葉に甘えて、お世話になります」
「やったー」ぼくは嬉しくて飛び上がった。
「望睦!」
玄関に入ると母は駆け寄ってきた。「ごめんね。望睦ばかりに我慢させちゃって」
ギュッと優しく抱きつかれたのでぼくは恥ずかしくなる。奈々姉ちゃんもいるのに。「ううん。ぼくこそ急に出て行っちゃってごめんね」
ぼくは母の肩を押して袋を見せた。「これ、幸登の分のマフィンだよ」
「私が促したんじゃないよ。望睦君が自分で提案したんだから」奈々姉ちゃんがぼくの頭を撫でる。父は嬉しそうに声を上げた。
「幸登のこともしっかり考えて、望睦はいいお兄ちゃんだな」
「本当!」ぼくは嬉しい気持ちになる。奈々姉ちゃんとお母さんは顔を見合わせて笑っていた。
「にいちゃん」壁から顔を出し、覗き込むように幸登がこちらを見ていた。怯えているような様子だ。ぼくは靴を脱ぎ、幸登に駆け寄る。「大丈夫、怒ってないよ」というぼくの言葉が、お母さんの悲鳴と重なった。
「ちょっと望睦!足、砂だらけじゃない。お風呂入ってきなさい」ぼくは呆気に取られていると母に抱えられ、風呂場に連れて行かれてしまう。「ついでに幸登も入っちゃいなさい」幸登がとてとてと歩いてくる。ぽかんとした表情で、ぼくたちは顔を見合わせて笑い合う。奈々姉ちゃんの「あちゃー」という声が聞こえてきた。
「ねえにいちゃん」幸登が話しかけてきたのは、ぼくがシャンプーの泡で目をつぶっている時だった。幸登を先に頭と身体を洗わせたので、既に浴槽に入っている。
「なに?」と返事をするぼくの声が、お風呂の中で響く。
「今日はごめんなさい」
思わず目を開けてしまい、ぼくは慌ててシャワーで洗い流す。目が痛い。
「別に、気にしてないよ」ぼくは余裕のある様子を見せたが、心の中では驚いていた。先ほどはタイミングを逃してしまい、何となく、寝る前にでも謝ろうと思っていたのだ。幸登に先を越されてしまった。「ぼくの方こそごめん。急に怒って、びっくりしたよな。幸登におやつ、少しでも分けてあげればよかったよ」
「へへ、にいちゃん優しいね。ありがとう」
「幸登にマフィン買ってきたぞ。それに……ポテトチップスもあるし、後で一緒に食べよう」
「そうなの?」幸登は嬉しそうな表情だ。「にいちゃん、ありがとう!」
「ぼくはいいお兄ちゃんだからな」得意げに胸を張る。そして身体を洗い終え、勢いよく湯船に飛び込んだ。水飛沫が飛び散り、幸登が楽しそうに声を上げた。
そういえば、お母さんが追いかけてこないことが気になっていたけれど、奈々姉ちゃんが連絡をしていたらしい。海岸で会った時に写真を撮られていたので、きっとその時だろう。
夜ご飯はぼくの大好きなハンバーグだった。皿の端に、にんじんもあったけれど、奈々姉ちゃんがいたので頑張って食べた。幸登もぼくの真似をして一口かじり、嫌そうな顔を浮かべていた。
お母さんが奈々姉ちゃんと楽しそうに話をしていて、何だかぼくも嬉しい気持ちになる。
「ねえお母さん。お母さんは奈々姉ちゃんと昔から友達だったの?」
「むかし」お母さんと奈々姉ちゃんはそう呟き、苦い顔を見合わせて、笑った。「そうだよ。奈々とはずっと昔から友達だったんだから」
「江梨先生も?」
「もちろん」
元気いっぱいに返すお母さんはとても嬉しそうで、本当にぼくが生まれる前より、ずっと昔から友達なんだな、と思った。
「ぼくもあさひ君と、ずっと友達だといいな」
「大丈夫。望睦君なら、大丈夫よ」迷いなく答えてくれる奈々姉ちゃんの言葉が、とても心強かった。
「あさひ君、ごめんなさい」翌朝、ぼくはおはよう、を言う前にあさひ君に頭を下げた。「え?なんのこと?」あさひ君は目を丸くしている。
「あさひ君が嫌な気持ちになること、いっぱいしてたから」
まさる君のいじわると偉そうなところに腹が立っていたけれど、ぼくもあさひ君を嫌な気持ちにさせていることに、気づいたのだ。『守る、守らない』じゃなくて、『一緒にいること、考えること』が大事なんだ、と。
「なんだ、そんなことー」あさひ君は心配そうな表情を和らげた。「望睦君は真面目だなあ。ぼく、全然気にしてないよ」
「でも、昨日、校庭に連れて行った時、嫌そうな顔してたじゃん」
「ああ」あさひ君はあっけらかんと答える。「あの時は絵を描きたかったから。外で遊ぶのも楽しかったし、気にしてないよ」
それに、とあさひ君は続ける。「それに、ぼくの方こそ、嫌そうな顔をしてごめんね。絵を描くのと同じくらい、望睦君と遊ぶのも好きだよ!」
「同じくらいなの?」あまりの正直さに、ぼくは噴き出してしまう。あさひ君はやっぱり、あさひ君だ。
「あさひ君、今日こそガツンといわせるんだよ」さゆりちゃんはおはよう、を言う前に一気にまくしたてる。あさひ君は勢いに押され、困ったように笑う。
「男なんだから、シャキッとしなさい!」さゆりちゃんはあさひ君の背中を叩く。「大丈夫、何かあっても私たちが守るんだから。ねっ、望睦!」
「う、うん」なぜだろう。さゆりちゃんから目をそらしてしまう。心臓が、跳ねている。「ぼ、ぼくたちが守るんだから」声が、裏返ってしまう。
「望睦、なんか変だよ?」さゆりちゃんが不思議そうに顔を覗き込んでくるので、心臓が、また跳ねた。
「また絵を描いてるのか」まさる君は相変わらずだし、あさひ君は懲りずに絵を描いている。でも今日のあさひ君は何だか、堂々としているようでかっこよく見えた。
まさる君は子分二人を引き連れて、大股でずんずんと近づいていく。ノートを奪い取ろうと手を伸ばしたところで、ぼくはさゆりちゃんとしっかり目を合わせ、立ち上がる。当の本人であるあさひ君は「できたー」と呑気な声を上げた。
「なにがだよ」調子を崩されたまさる君は眉をひそめた。「また自分が主人公の絵でも描いてたんだろ」
「見てよこれ!」あさひ君はいつも以上に目をきらきらさせて、机にノートを広げた。ぼくとさゆりちゃんも近づき、ノートを覗き込む。
それは、最後の一ページだった。その絵は、ぼくとあさひ君、さゆりちゃんの他に、まさる君と子分二人も一緒だ。ぼくたちは砂浜に寝転んでいた。みんな、にこにこと笑っている。
いや、子分二人、ではなく、ふみや君と、かなと君だ。三人は呆気にとられ、ポカンとしている。口を開いたのはまさる君だった。「何だよ、これ」
「ぼくはみんなと、仲良くしたいんだ」あさひ君の目のきらきらは、止まらなかった。「駆けっこやお絵描き勝負、一緒にしようよ。みんなと遊んだ方が、もっと楽しいよ」
「いい絵だね」口からこぼれ出るように、ぼくは呟いていた。写真が楽しい瞬間を切り取るのであれば、絵はその人が願う幸せを、カタチにする魔法だった。なるほど、これがあさひ君の戦い方で、描きたい絵だったのか。
「へえ、やるじゃない」さゆりちゃんは目を丸くしている。「こりゃ、ガツンと一発、いわせたわね」
ハルト兄ちゃんと奈々お姉ちゃんの言葉が頭に浮かぶ。やっぱりあさひ君が、一番強いのかもしれない。
「教えてやるよ」まさる君が小さく呟いた。
「え?」あさひ君が聞き返す。
「だから」まさる君は声を大きくした。「あさひは逆上がりできないんだろ?休み時間に、教えてやるよ」
「うん!教えて」あさひ君は身を乗り出す。
その様子を見ているだけで、ぼくは嬉しい気持ちになる。まさる君は鼻で笑い、ぼくを見た。「望睦は教えるの下手くそで、力もへなちょこだからな。俺なら支えられるよ」
「なんだと」ぼくはまさる君に掴みかかろうとすると、さゆりちゃんが慌てて止めに入る。あさひ君はにこにこと笑っていた。