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四章 友達 25

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望睦(のぞむ)、困ってる人がいたら、助けてあげてね」母はぼくに、よくそう言った。だから今、目の前の光景を見ているだけですごく嫌な気持ちになった。
「なんだ、あさひ、絵を描いてるのか?ダッセー」まさる君がノートを取り上げた。「みんな見ろよ。あさひのやつ、自分が主人公の絵を描いてるぜ」見せびらかすように教室を走り回る。
 持ち主のあさひ君は「まさる君、返してよ」と追いかける。まさる君がノートを天井に向けると、あさひ君がジャンプしてもギリギリ届かない。『前ならえ』をすると腰に手を当てるのがあさひ君で、一番後ろで堂々と両手を前に伸ばすのがまさる君だった。
 まさる君はいつも子分二人を引き連れている。彼らにノートをボールのように投げ渡し、あさひ君は三人の間を行ったり来たりする。このやりとりはいつものことだ。そしてぼくたちが間に割り込むのも、だ。
「まさる君、ノート返してあげなよ」ぼくは立ち上がる。
「そうよそうよ。返しなよ。いつもあさひ君をからかってさ、かっこ悪いよ」さゆりちゃんはぼくより強い言葉を付け足した。彼女は『えんりょ』を知らないのだ。
「う、うるさい」まさる君はタコのように顔を真っ赤にして怒っている。「あさひは二人がいないと何もできないくせに」
「あはは」あさひ君は困ったように笑う。まさる君の言う通り、彼は強く言い返したり、反抗することができない。だからぼくとさゆりちゃんが守ることがいつもの光景なのだ。
 ぼくたち三人は家が近くて登下校はいつも一緒だ。いつ仲良くなったのかは覚えていない。気がついたら、一緒にいたのだ。
「とにかく」ぼくはまさる君に近づいた。「あさひ君に返してあげて」
 まさる君はぼくとさゆりちゃんの顔を見渡した後で「仕方ないな」とあさひ君に返す。渋々といった様子だ。
「うん、ありがとう」あさひ君が何事もなかったように受け取るのでぼくは驚いた。「どうして怒らないの?」そしてまさる君に腹が立った。「まさる君は謝ってよ!」
「そうよそうよ」同じ事を思ったのか、さゆりちゃんも声を上げた。「悪いことしたら謝りなさいよ」
 ふん、とまさる君はそっぽを向く。「女子には関係ねえよ」
「何よ、男子も女子も関係ないでしょ」さゆりちゃんが掴み掛かりそうになるのでぼくは慌てて止めに入る。自分より怒っている人を見て、逆に落ち着くことができたのだ。
 さゆりちゃんとまさる君は猫の喧嘩のようにいがみあい、当のあさひ君は「ぼくは大丈夫だから」とぼくの服を掴んでいる。「みんなで仲良くしようよ」
「ちょっと、あさひ君は黙ってて」さゆりちゃんがぴしゃりと言い放つ。触れたら爆発しそうな雰囲気だった。そんな時に先生が教室に入ってきたのでぼくたちは慌てて席につく。まさる君が離れた席から睨んできたのでぼくは舌を出した。

 給食の後の休み時間、ぼくはあさひ君の手を掴んで校庭に向かっていた。また絵を描こうとしていたので、無理矢理にでも外に連れ出すことにしたのだ。
「ねえ望睦君、ぼく、絵を描きたいんだけど」あさひ君は立ち止まるので、腕が一本の棒のようにびーんと伸びてしまう。ぼくはぐっと前につんのめるかたちになる。他の生徒達が通り過ぎていく。
「どうして?外で遊ぼうよ。絵を描いてたら、またまさる君たちにからかわれちゃうよ?」ぼくは繋いだ手をぶんぶんと振り回す。
「そうだけど」あさひ君は唇を尖らせて俯いた。
「いいから行こうよ」ぐっとあさひ君の手を引っ張ると、リードを引っ張られた犬のように、ついてきた。
 ぼくはちょっとだけ、むっとした気分だった。ぼくが守ってあげているのに、と。
 
 あれこれ考えるよりも、とにかく身体を動かした方が気分は晴れる。校庭を走り回っていたら、自然と駆けっこになり、あさひ君も楽しそうな様子だった。
「次、何する?」息を整えながら、あさひ君に聞く。
「そうだなあ」あさひ君は考え込んだ後で「鉄棒やろうよ」と提案してくる。「今度、逆上がりのテストがあるじゃん。ぼくできないから、教えてよ」
「いいよ。やろうか」鉄棒の場所へ向かう。頼られたので、ぼくは嬉しい気持ちになる。
 あさひ君は逆上がりができないのだ。ぼくは「見ててね」と先生になった気分で説明をする。
「こうやって」と鉄棒を順手で掴みながら後ろに下がる。「ここから走る」助走をつけて地面を蹴った。ふわっと身体が飛んで、両足が鉄棒の(うえ)()がる。「そして、ぐるっと回る」両足のつま先におもりがついたようにぐるりと周り、着地した。「どう、簡単でしょ」
「全然、分かんない」あさひ君は頭を掻く。よいしょよいしょ、と練習するが、地面を蹴った時に、お腹と鉄棒が離れており、回れていないのだ。真上ではなく、前に飛んでいるようだった。
 手伝おうとして、真後ろに立っていたのがよくなかった。あさひ君の頭が、ぼくの顔に当たってしまう。
「ごめんね、のぞむ君。大丈夫?」
 あさひ君が心配そうな表情で、覗き込んでくる。慌てるその姿が可笑しくて、ぼくは鼻を抑えながら笑ってしまう。やっぱり、あさひ君は優しい。
「大丈夫だよ。もう一回やってみよう」
 今度は真横に立ったけれど、ぼくの力で支えることは難しかった。先生の真似をしても、上手くはいかないものだ。「難しいね」とぼくたちは顔を見合わせて笑い合った。 
 
 いっぱい身体を動かして疲れたので、休むことにした。校庭脇にはフェンスがあり、そこからは青空が。その下には町並みと、その先に広がる海が見渡せる。
「綺麗だね」そう話すあさひ君は嬉しそうだ。前にこの眺めを、絵に描いていたこともある。それくらいに、大好きらしい。太陽の光が海に反射して、きらきらと輝いていた。
 どうしようかな、聞こうかな、とぼくは考える。どうやらぼくは『コウキシンがいっぱい』らしい。何でもかんでも質問をして、お母さんとお父さんはよく、困った顔をしている。だってしょうがないじゃん、気になるんだもの。だから、「ねえあさひ君」とぼくは聞きたかったことを、聞くことにした。
「学校で絵、描かなければいいじゃん」ぼくはあさひ君の絵が好きだ。今テレビでやっているアニメのキャラクターを描いたりして、新しい武器やお話を考えたりしている。自由帳も、もう少しで一冊目を描き終わりそうだった。新しい絵を、いつも楽しみにしている。でも、絵のことでまさる君たちがからかってくるのも同じくらい嫌だった。だから、聞いてみた。「おうちで描けば、まさる君たちにからかわれないですむよ」
「うーん。そうなんだけどさ」あさひ君はいつも、困ったように笑う。「だって描きたい絵が、いっぱいあるんだもん」その目は海のキラキラよりも、輝いて見えた。
「そっかあ」ぼくは単純なその答えに、呆れた気持ちと、その真っ直ぐさに気持ち良さを覚えていた。「あさひ君は本当に、絵を描くのが好きなんだね」
「うん!」あさひ君は元気いっぱいの笑顔を浮かべるので、ぼくもつられて笑ってしまう。そろそろ休み時間が終わりそうなので、教室に戻ることにした。歩いているとあさひ君が嬉しそうに声を上げた。
「描きたい絵が、また浮かんできたよ」
「どんな絵なの?」
 あさひ君が答える前に、「下手くそー」と声が飛んできて、ぼくは振り返る。まさる君達だ。「逆上がり下手くそー」ともう一度声を上げ、ぼくたちを追い抜いていく。どうやら、逆上がりの練習を見ていたらしい。
「まさる君のバーカ」ぼくは遠ざかっていく背中に叫ぶ。頑張っている人を馬鹿にするなんて、サイテーだ。隣を見ると、あさひ君は弱々しく笑っている。そんなあさひ君と、威張り散らすまさる君に、そして守れないぼく自身に、腹が立った。


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「|望睦《のぞむ》、困ってる人がいたら、助けてあげてね」母はぼくに、よくそう言った。だから今、目の前の光景を見ているだけですごく嫌な気持ちになった。
「なんだ、あさひ、絵を描いてるのか?ダッセー」まさる君がノートを取り上げた。「みんな見ろよ。あさひのやつ、自分が主人公の絵を描いてるぜ」見せびらかすように教室を走り回る。
 持ち主のあさひ君は「まさる君、返してよ」と追いかける。まさる君がノートを天井に向けると、あさひ君がジャンプしてもギリギリ届かない。『前ならえ』をすると腰に手を当てるのがあさひ君で、一番後ろで堂々と両手を前に伸ばすのがまさる君だった。
 まさる君はいつも子分二人を引き連れている。彼らにノートをボールのように投げ渡し、あさひ君は三人の間を行ったり来たりする。このやりとりはいつものことだ。そしてぼくたちが間に割り込むのも、だ。
「まさる君、ノート返してあげなよ」ぼくは立ち上がる。
「そうよそうよ。返しなよ。いつもあさひ君をからかってさ、かっこ悪いよ」さゆりちゃんはぼくより強い言葉を付け足した。彼女は『えんりょ』を知らないのだ。
「う、うるさい」まさる君はタコのように顔を真っ赤にして怒っている。「あさひは二人がいないと何もできないくせに」
「あはは」あさひ君は困ったように笑う。まさる君の言う通り、彼は強く言い返したり、反抗することができない。だからぼくとさゆりちゃんが守ることがいつもの光景なのだ。
 ぼくたち三人は家が近くて登下校はいつも一緒だ。いつ仲良くなったのかは覚えていない。気がついたら、一緒にいたのだ。
「とにかく」ぼくはまさる君に近づいた。「あさひ君に返してあげて」
 まさる君はぼくとさゆりちゃんの顔を見渡した後で「仕方ないな」とあさひ君に返す。渋々といった様子だ。
「うん、ありがとう」あさひ君が何事もなかったように受け取るのでぼくは驚いた。「どうして怒らないの?」そしてまさる君に腹が立った。「まさる君は謝ってよ!」
「そうよそうよ」同じ事を思ったのか、さゆりちゃんも声を上げた。「悪いことしたら謝りなさいよ」
 ふん、とまさる君はそっぽを向く。「女子には関係ねえよ」
「何よ、男子も女子も関係ないでしょ」さゆりちゃんが掴み掛かりそうになるのでぼくは慌てて止めに入る。自分より怒っている人を見て、逆に落ち着くことができたのだ。
 さゆりちゃんとまさる君は猫の喧嘩のようにいがみあい、当のあさひ君は「ぼくは大丈夫だから」とぼくの服を掴んでいる。「みんなで仲良くしようよ」
「ちょっと、あさひ君は黙ってて」さゆりちゃんがぴしゃりと言い放つ。触れたら爆発しそうな雰囲気だった。そんな時に先生が教室に入ってきたのでぼくたちは慌てて席につく。まさる君が離れた席から睨んできたのでぼくは舌を出した。
 給食の後の休み時間、ぼくはあさひ君の手を掴んで校庭に向かっていた。また絵を描こうとしていたので、無理矢理にでも外に連れ出すことにしたのだ。
「ねえ望睦君、ぼく、絵を描きたいんだけど」あさひ君は立ち止まるので、腕が一本の棒のようにびーんと伸びてしまう。ぼくはぐっと前につんのめるかたちになる。他の生徒達が通り過ぎていく。
「どうして?外で遊ぼうよ。絵を描いてたら、またまさる君たちにからかわれちゃうよ?」ぼくは繋いだ手をぶんぶんと振り回す。
「そうだけど」あさひ君は唇を尖らせて俯いた。
「いいから行こうよ」ぐっとあさひ君の手を引っ張ると、リードを引っ張られた犬のように、ついてきた。
 ぼくはちょっとだけ、むっとした気分だった。ぼくが守ってあげているのに、と。
 あれこれ考えるよりも、とにかく身体を動かした方が気分は晴れる。校庭を走り回っていたら、自然と駆けっこになり、あさひ君も楽しそうな様子だった。
「次、何する?」息を整えながら、あさひ君に聞く。
「そうだなあ」あさひ君は考え込んだ後で「鉄棒やろうよ」と提案してくる。「今度、逆上がりのテストがあるじゃん。ぼくできないから、教えてよ」
「いいよ。やろうか」鉄棒の場所へ向かう。頼られたので、ぼくは嬉しい気持ちになる。
 あさひ君は逆上がりができないのだ。ぼくは「見ててね」と先生になった気分で説明をする。
「こうやって」と鉄棒を順手で掴みながら後ろに下がる。「ここから走る」助走をつけて地面を蹴った。ふわっと身体が飛んで、両足が鉄棒の上《うえ》に上《あ》がる。「そして、ぐるっと回る」両足のつま先におもりがついたようにぐるりと周り、着地した。「どう、簡単でしょ」
「全然、分かんない」あさひ君は頭を掻く。よいしょよいしょ、と練習するが、地面を蹴った時に、お腹と鉄棒が離れており、回れていないのだ。真上ではなく、前に飛んでいるようだった。
 手伝おうとして、真後ろに立っていたのがよくなかった。あさひ君の頭が、ぼくの顔に当たってしまう。
「ごめんね、のぞむ君。大丈夫?」
 あさひ君が心配そうな表情で、覗き込んでくる。慌てるその姿が可笑しくて、ぼくは鼻を抑えながら笑ってしまう。やっぱり、あさひ君は優しい。
「大丈夫だよ。もう一回やってみよう」
 今度は真横に立ったけれど、ぼくの力で支えることは難しかった。先生の真似をしても、上手くはいかないものだ。「難しいね」とぼくたちは顔を見合わせて笑い合った。 
 いっぱい身体を動かして疲れたので、休むことにした。校庭脇にはフェンスがあり、そこからは青空が。その下には町並みと、その先に広がる海が見渡せる。
「綺麗だね」そう話すあさひ君は嬉しそうだ。前にこの眺めを、絵に描いていたこともある。それくらいに、大好きらしい。太陽の光が海に反射して、きらきらと輝いていた。
 どうしようかな、聞こうかな、とぼくは考える。どうやらぼくは『コウキシンがいっぱい』らしい。何でもかんでも質問をして、お母さんとお父さんはよく、困った顔をしている。だってしょうがないじゃん、気になるんだもの。だから、「ねえあさひ君」とぼくは聞きたかったことを、聞くことにした。
「学校で絵、描かなければいいじゃん」ぼくはあさひ君の絵が好きだ。今テレビでやっているアニメのキャラクターを描いたりして、新しい武器やお話を考えたりしている。自由帳も、もう少しで一冊目を描き終わりそうだった。新しい絵を、いつも楽しみにしている。でも、絵のことでまさる君たちがからかってくるのも同じくらい嫌だった。だから、聞いてみた。「おうちで描けば、まさる君たちにからかわれないですむよ」
「うーん。そうなんだけどさ」あさひ君はいつも、困ったように笑う。「だって描きたい絵が、いっぱいあるんだもん」その目は海のキラキラよりも、輝いて見えた。
「そっかあ」ぼくは単純なその答えに、呆れた気持ちと、その真っ直ぐさに気持ち良さを覚えていた。「あさひ君は本当に、絵を描くのが好きなんだね」
「うん!」あさひ君は元気いっぱいの笑顔を浮かべるので、ぼくもつられて笑ってしまう。そろそろ休み時間が終わりそうなので、教室に戻ることにした。歩いているとあさひ君が嬉しそうに声を上げた。
「描きたい絵が、また浮かんできたよ」
「どんな絵なの?」
 あさひ君が答える前に、「下手くそー」と声が飛んできて、ぼくは振り返る。まさる君達だ。「逆上がり下手くそー」ともう一度声を上げ、ぼくたちを追い抜いていく。どうやら、逆上がりの練習を見ていたらしい。
「まさる君のバーカ」ぼくは遠ざかっていく背中に叫ぶ。頑張っている人を馬鹿にするなんて、サイテーだ。隣を見ると、あさひ君は弱々しく笑っている。そんなあさひ君と、威張り散らすまさる君に、そして守れないぼく自身に、腹が立った。