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三章 熱意 20

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車のライトが黒く塗られた夜道を照らす。しかし、人の姿は見当たらない。お店は基本的に、閉まっているからだ。開いているのはコンビニくらいである。一度外に出てしまった亮佑は味を占めた獣のように、その不便さに対し、小さな苛立ちを感じるようになっていた。自身を、世界一幸せな国、ブータンと重ねてしまう。その国は通信技術の発展で、外の情報を得られるようになり、幸福度が下がってしまったのだ。全てを知ることが良いことは限らない。亮佑はそのことを実感した。しかし、観光客には好評らしい。その不便さが一周回って評価されているのだ。食事は宿泊施設で済ませれば事足り、お酒などは日中のうちに買っておけば良いので不満は少ないとのことだ。数日過ごすだけなら、不便さは魅力に変わるらしい。
「島に戻ってきてどうだ?」中身を確認しているのだろう。ガサガサと音が鳴る。
「島の人達の優しさが、身に沁みてるよ」
「この沢山のお菓子が、その証明だな」大志は取り出したお菓子を掲げた。「お、うまい棒のチーズ味じゃん」
 どうやら、大志もうまい棒で喜べる男らしい。亮佑は笑いながら指摘する。「ダメだ。それは俺が食べるんだ」
「えーいいじゃん。亮佑のケチ」大志は唇を尖らせる。
「好きな味なんだよ」
 このような中身のない会話を、駄菓子屋の前でしていたのだろう。あっという間に時間が経ち、気がつくと日が沈み始めていたのを覚えている。「じゃあ、また明日」と手を振り、互いに名残惜しさを抱えながら帰路に着く。そういった小学生時代を過ごしていたのだ。
 当時の気持ちが蘇ってくる。早く大人になりたいと思っていたはずなのに、いざそうなると子供に戻りたいと願ってしまう。由梨の言葉を思い出す。互いに、ないものねだりなのだ。
「なんて顔してんだよ」
「どんな顔だ」
「あの頃に戻りたい、って書いてあるぞ」
「よく分かるな。なあ、大志は戻りたいって思わないのか?」
「お前の考えていることは、手に取るように分かる」大志は得意げに腕を組む。少し間を空けて口を開いた。「思わないな。俺らは今を生きてるんだぞ」
「おぉ」と亮佑は感嘆の声を上げる。「大志は相変わらず、かっこいいな」過去を振り返らない彼の生き方が、羨ましかった。
「茶化すなよ。俺は真面目に言ってるんだぞ」大志は頭を掻き、ため息をつく。「なあ亮佑、もう文章は書かないのか?」
 その口調はからっとしており、世間話の延長のようだった。亮佑は黙っているので、車内に重たい空気が充満する。大志が「おい、どうした?」と心配の声を上げる。
「書かないというか、書けないんだよね」
「書けない?」大志は訝しった。「どうしてだ?」
「この先に、公園あったよな。そこに停めるから、歩きながら話そう」車内だと息が、詰まりそうだった。
 亮佑は車を公園の駐車場に停めた。公園といっても規模は小さい。遊具はブランコ、鉄棒、シーソーしかないのだ。加えてテニスコートを少し大きくしたような広さしかないため、走り回ることも難しい。他の遊具が邪魔になってしまうからだ。それでも小学生時代には何時間も潰すことができたのだから、子供の遊びを見出す力というのは素晴らしいものである。
 公園を離れ、亮佑達は夜道を歩く。街灯が、等間隔で設置されている。灯りの周りに、蛾や羽虫が飛び回っていた。
「で、書けないってどういうこと?」
「仕事の収入が不安でさ、会社に内緒で副業をしたことがあったんだ」
「へえ」大志は眉を上げた。「すごいじゃん。何やってたの?」
「広告収入で稼ぐブログやライターの仕事だよ」 
 今思い出しても憂鬱で、苦々しい顔を浮かべてしまう。本業の経験も活かし、スキルアップを狙えるので派遣タイプのサイトを利用した。決まったテーマの執筆の依頼があり、それをユーザーが取捨選択し引き受けるというものだった。初めのうちは文字単価が安いが、実績を積むことで単価が上がっていく仕組みである。
 当然、期限が決まっているため、帰宅後の時間を記事の執筆に充てることにした。休日は返上し図書館で下調べをした上で、執筆に取り組んだ。本業でライター業をしている以上、手を抜いたり、妥協することはできなかった。しかし、どうしても時間が取れないこともある。どこかで拾ってきたネット記事の貼り付けをし、難を逃れたが、その時に何かを失ってしまったのだろう。
 個人で始めたブログは、思うように捗らなかった。記事一つ一つに対してのアクセス数に一気一憂し、書きたいものがわからなくなってしまったのである。自身でもよくわからない記事を、当たり障りのない文面で体裁を整え、量産した。
 見通しが甘かった、お金を稼ぐのは楽ではない、そう結論づけることもできるが、亮佑はライター業だ。文章を生業にしている以上、安易に手を出すべきではなかったと、今は後悔をしている。興味関心のない依頼記事の執筆や、アクセス数を気にしたブログを量産する度に、亮佑は心がすり減っていくのを感じていた。熱意が消え、残ったのはお金のため、という義務感だった。
 亮佑は熱意を引き換えに、稼ぐ、という当初の目的を果たすことができたのである。その金額は、月一万円ほど。失ったものはあまりに大きく、書くことができなくなってしまった。
 その矢先に社長との面談で『熱意や想いは必要ない』と、告げられたのだ。亮佑は彼と同じことをしていると、間接的に突きつけられた。 
 副業で熱意を失い、本業では単純ミスが増えてしまう。退職の二文字が頭に浮かび、不安で苛まれ、眠れない日々が続いた。喫茶店で凛と会った時に自分の状態を改めて自覚し、退職を決意したのだ。文章と執筆者の精神は密接に関係している。颯太は仕事を辞めた後でパソコンの前に向かったが、故障した機械のように固まっていた。
「なんでだよ」
 誰もいない部屋の中で、亮佑は思わず呟いてしまう。文字数が増えず、催促するようにカーソルが点滅している。その画面をただ眺めることしかできなかった。


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「島に戻ってきてどうだ?」中身を確認しているのだろう。ガサガサと音が鳴る。
「島の人達の優しさが、身に沁みてるよ」
「この沢山のお菓子が、その証明だな」大志は取り出したお菓子を掲げた。「お、うまい棒のチーズ味じゃん」
 どうやら、大志もうまい棒で喜べる男らしい。亮佑は笑いながら指摘する。「ダメだ。それは俺が食べるんだ」
「えーいいじゃん。亮佑のケチ」大志は唇を尖らせる。
「好きな味なんだよ」
 このような中身のない会話を、駄菓子屋の前でしていたのだろう。あっという間に時間が経ち、気がつくと日が沈み始めていたのを覚えている。「じゃあ、また明日」と手を振り、互いに名残惜しさを抱えながら帰路に着く。そういった小学生時代を過ごしていたのだ。
 当時の気持ちが蘇ってくる。早く大人になりたいと思っていたはずなのに、いざそうなると子供に戻りたいと願ってしまう。由梨の言葉を思い出す。互いに、ないものねだりなのだ。
「なんて顔してんだよ」
「どんな顔だ」
「あの頃に戻りたい、って書いてあるぞ」
「よく分かるな。なあ、大志は戻りたいって思わないのか?」
「お前の考えていることは、手に取るように分かる」大志は得意げに腕を組む。少し間を空けて口を開いた。「思わないな。俺らは今を生きてるんだぞ」
「おぉ」と亮佑は感嘆の声を上げる。「大志は相変わらず、かっこいいな」過去を振り返らない彼の生き方が、羨ましかった。
「茶化すなよ。俺は真面目に言ってるんだぞ」大志は頭を掻き、ため息をつく。「なあ亮佑、もう文章は書かないのか?」
 その口調はからっとしており、世間話の延長のようだった。亮佑は黙っているので、車内に重たい空気が充満する。大志が「おい、どうした?」と心配の声を上げる。
「書かないというか、書けないんだよね」
「書けない?」大志は訝しった。「どうしてだ?」
「この先に、公園あったよな。そこに停めるから、歩きながら話そう」車内だと息が、詰まりそうだった。
 亮佑は車を公園の駐車場に停めた。公園といっても規模は小さい。遊具はブランコ、鉄棒、シーソーしかないのだ。加えてテニスコートを少し大きくしたような広さしかないため、走り回ることも難しい。他の遊具が邪魔になってしまうからだ。それでも小学生時代には何時間も潰すことができたのだから、子供の遊びを見出す力というのは素晴らしいものである。
 公園を離れ、亮佑達は夜道を歩く。街灯が、等間隔で設置されている。灯りの周りに、蛾や羽虫が飛び回っていた。
「で、書けないってどういうこと?」
「仕事の収入が不安でさ、会社に内緒で副業をしたことがあったんだ」
「へえ」大志は眉を上げた。「すごいじゃん。何やってたの?」
「広告収入で稼ぐブログやライターの仕事だよ」 
 今思い出しても憂鬱で、苦々しい顔を浮かべてしまう。本業の経験も活かし、スキルアップを狙えるので派遣タイプのサイトを利用した。決まったテーマの執筆の依頼があり、それをユーザーが取捨選択し引き受けるというものだった。初めのうちは文字単価が安いが、実績を積むことで単価が上がっていく仕組みである。
 当然、期限が決まっているため、帰宅後の時間を記事の執筆に充てることにした。休日は返上し図書館で下調べをした上で、執筆に取り組んだ。本業でライター業をしている以上、手を抜いたり、妥協することはできなかった。しかし、どうしても時間が取れないこともある。どこかで拾ってきたネット記事の貼り付けをし、難を逃れたが、その時に何かを失ってしまったのだろう。
 個人で始めたブログは、思うように捗らなかった。記事一つ一つに対してのアクセス数に一気一憂し、書きたいものがわからなくなってしまったのである。自身でもよくわからない記事を、当たり障りのない文面で体裁を整え、量産した。
 見通しが甘かった、お金を稼ぐのは楽ではない、そう結論づけることもできるが、亮佑はライター業だ。文章を生業にしている以上、安易に手を出すべきではなかったと、今は後悔をしている。興味関心のない依頼記事の執筆や、アクセス数を気にしたブログを量産する度に、亮佑は心がすり減っていくのを感じていた。熱意が消え、残ったのはお金のため、という義務感だった。
 亮佑は熱意を引き換えに、稼ぐ、という当初の目的を果たすことができたのである。その金額は、月一万円ほど。失ったものはあまりに大きく、書くことができなくなってしまった。
 その矢先に社長との面談で『熱意や想いは必要ない』と、告げられたのだ。亮佑は彼と同じことをしていると、間接的に突きつけられた。 
 副業で熱意を失い、本業では単純ミスが増えてしまう。退職の二文字が頭に浮かび、不安で苛まれ、眠れない日々が続いた。喫茶店で凛と会った時に自分の状態を改めて自覚し、退職を決意したのだ。文章と執筆者の精神は密接に関係している。颯太は仕事を辞めた後でパソコンの前に向かったが、故障した機械のように固まっていた。
「なんでだよ」
 誰もいない部屋の中で、亮佑は思わず呟いてしまう。文字数が増えず、催促するようにカーソルが点滅している。その画面をただ眺めることしかできなかった。