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三章 熱意 18

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その後、亮佑がいない間の島の近況について軽く話をし、別れた。再び自転車を走らせ、商店街へ向かうことにする。
 商店街は、亮佑が大学へ進学した六年前より明らかに寂れていた。シャッターを下ろしたお店が増えているのだ。駄菓子屋はまだ潰れていなかったので一安心する。子供の頃に何度も通っていたのだ。懐かしい気持ちになり、入ってみることにした。
 軒先にはガチャガチャが設置されており、横開きの扉を開けるとお菓子の入った棚が目に入る。十円チョコやうまい棒、スナック菓子など、当時の記憶が蘇る。あの頃は高い棚にあるものを椅子を使わなければ取れなかったが、今は届くことに小さな寂しさを感じてしまう。店の奥にはレジがあるのだが、見かけない男性で亮佑は内心で驚く。駄菓子屋のおばちゃんじゃないのか、と。子供の頃、田辺という店主が店番をしていたのだ。大志と文字通り『駄菓子屋のおばちゃん』と呼んでいた。
 男性店主は亮佑の姿に気づくと軽く会釈をする。「いらっしゃいませ」
「ああ、どうも」迷ったのち、亮佑は聞いてみることにした。「子供の頃に女性の店主にお世話になったんですけど、変わったんですか?駄菓子屋のおばちゃんって呼んでたんですよ」
 亮佑は名前も伝えると、店主は考え込むように腕を組んだ後で顔をくしゃっとさせた。「ああ、亮ちゃんね」
「え、知ってるんですか?」
「そりゃもちろん。おばあちゃんがいつも楽しそうに話していたからねえ」男性店主は懐かしそうに目を細める。「ああ、僕はおばあちゃんの息子で今は店番が変わったんだ」ちょっと待っててね、と彼は店の奥に入っていく。ドタドタという足音と、おばあちゃーんという大声が聞こえてくる。
「あら、亮ちゃんじゃない。帰ってきてたの?」
 お菓子の棚を見ていた亮佑は名前を呼ばれ振り返る。田辺だった。レジの前に立っていると、小学生の頃に戻ったのだと一瞬錯覚してしまいそうになる。
「どうも。お久しぶりです」亮佑は会釈する。「覚えてくれてたんですね」
 由梨の時もだが、人に覚えられているというだけで温かい気持ちが胸に広がった。
「何言ってるのよう」田辺は手を叩いて顔をくしゃっとさせた。豪快な笑い声に、懐かしさを覚える。「いつも(たい)ちゃんと遊びに来てたじゃない。忘れるわけないわよ」
 田辺は亮佑を『亮ちゃん』大志を『大ちゃん』と愛称をつけて呼んでいた。それもまた、懐かしい。どうやら、亮佑達は島の小さな有名人だったようだ。
 下校後、玄関にランドセルを放り投げ、小銭を握りしめ、大志と駄菓子屋で集合した。そのような小学生時代だったのだ。頻繁に通っているとお小遣いがあっという間になくなってしまうので、うまい棒やチロルチョコを買って、食べながら過ごした。奮発する時はアイスやポテトチップスだ。田辺も見かねたのだろう。一時間も二時間も話し込んでいたのでベンチを用意してくれたほどである。それほどの時間をかけて何を話していたのだろう、と亮佑は振り返るが思い出せない。きっとゲームや漫画、週末の遊ぶ予定など、毒にも薬にもならない他愛のない話をしていたはずだ。
 当時の田辺と現在を無意識にも比べてしまう。気さくさは変わらないが、顔全体に皺のようなものが目立っており、腰も曲がっている。父の老眼鏡と同じく、時間の経過を感じさせた。しかし亮佑も同じだろう。うまい棒で無邪気に喜び、輝いていた瞳はもう、光を失っているはずだ。
「あんた達は来る度に、そこで何時間も居座ってたよねえ」田辺は懐かしそうに目を細め、軒先に指を向ける。「いい広告塔になっていたみたいで、客足が伸びたんだから」
「そういえば、そうでしたね」亮佑は素直に認める。軒先で話しているだけで、クラスメイトや他学年の生徒達が吸い寄せられるように集まってきたのだ。時々、お菓子の差し入れをされたこともあっった。五人程で軒先で談笑していた時だ。「どうぞ。みんなで食べて」と大容量のポテトチップスを差し出されたのだ。
「え?いいんですか?」戸惑う亮佑達と、喜ぶ大志の声が重なった。「いいの。やったー」
 その人は笑顔で「いつも楽しそうだからね。君たちを見ていると、僕も元気が貰えるんだ。だからこれはそのお礼だよ」と渡してきた。亮佑達は「ありがとう!」と素直にお礼を伝える。去り際に、「少年よ、大志を(いだ)け」と言い残したのが印象に残っていた。他の三人は不思議そうに首を傾げ、大志は名前を呼ばれた事に困惑していた。亮佑にはその大人の背中が輝いて見えたものだ。その後、父に言葉の意味を尋ねると有名な諺であることが判明し、文章や言葉に興味を持つきっかけとなった。


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その後、亮佑がいない間の島の近況について軽く話をし、別れた。再び自転車を走らせ、商店街へ向かうことにする。
 商店街は、亮佑が大学へ進学した六年前より明らかに寂れていた。シャッターを下ろしたお店が増えているのだ。駄菓子屋はまだ潰れていなかったので一安心する。子供の頃に何度も通っていたのだ。懐かしい気持ちになり、入ってみることにした。
 軒先にはガチャガチャが設置されており、横開きの扉を開けるとお菓子の入った棚が目に入る。十円チョコやうまい棒、スナック菓子など、当時の記憶が蘇る。あの頃は高い棚にあるものを椅子を使わなければ取れなかったが、今は届くことに小さな寂しさを感じてしまう。店の奥にはレジがあるのだが、見かけない男性で亮佑は内心で驚く。駄菓子屋のおばちゃんじゃないのか、と。子供の頃、田辺という店主が店番をしていたのだ。大志と文字通り『駄菓子屋のおばちゃん』と呼んでいた。
 男性店主は亮佑の姿に気づくと軽く会釈をする。「いらっしゃいませ」
「ああ、どうも」迷ったのち、亮佑は聞いてみることにした。「子供の頃に女性の店主にお世話になったんですけど、変わったんですか?駄菓子屋のおばちゃんって呼んでたんですよ」
 亮佑は名前も伝えると、店主は考え込むように腕を組んだ後で顔をくしゃっとさせた。「ああ、亮ちゃんね」
「え、知ってるんですか?」
「そりゃもちろん。おばあちゃんがいつも楽しそうに話していたからねえ」男性店主は懐かしそうに目を細める。「ああ、僕はおばあちゃんの息子で今は店番が変わったんだ」ちょっと待っててね、と彼は店の奥に入っていく。ドタドタという足音と、おばあちゃーんという大声が聞こえてくる。
「あら、亮ちゃんじゃない。帰ってきてたの?」
 お菓子の棚を見ていた亮佑は名前を呼ばれ振り返る。田辺だった。レジの前に立っていると、小学生の頃に戻ったのだと一瞬錯覚してしまいそうになる。
「どうも。お久しぶりです」亮佑は会釈する。「覚えてくれてたんですね」
 由梨の時もだが、人に覚えられているというだけで温かい気持ちが胸に広がった。
「何言ってるのよう」田辺は手を叩いて顔をくしゃっとさせた。豪快な笑い声に、懐かしさを覚える。「いつも大《たい》ちゃんと遊びに来てたじゃない。忘れるわけないわよ」
 田辺は亮佑を『亮ちゃん』大志を『大ちゃん』と愛称をつけて呼んでいた。それもまた、懐かしい。どうやら、亮佑達は島の小さな有名人だったようだ。
 下校後、玄関にランドセルを放り投げ、小銭を握りしめ、大志と駄菓子屋で集合した。そのような小学生時代だったのだ。頻繁に通っているとお小遣いがあっという間になくなってしまうので、うまい棒やチロルチョコを買って、食べながら過ごした。奮発する時はアイスやポテトチップスだ。田辺も見かねたのだろう。一時間も二時間も話し込んでいたのでベンチを用意してくれたほどである。それほどの時間をかけて何を話していたのだろう、と亮佑は振り返るが思い出せない。きっとゲームや漫画、週末の遊ぶ予定など、毒にも薬にもならない他愛のない話をしていたはずだ。
 当時の田辺と現在を無意識にも比べてしまう。気さくさは変わらないが、顔全体に皺のようなものが目立っており、腰も曲がっている。父の老眼鏡と同じく、時間の経過を感じさせた。しかし亮佑も同じだろう。うまい棒で無邪気に喜び、輝いていた瞳はもう、光を失っているはずだ。
「あんた達は来る度に、そこで何時間も居座ってたよねえ」田辺は懐かしそうに目を細め、軒先に指を向ける。「いい広告塔になっていたみたいで、客足が伸びたんだから」
「そういえば、そうでしたね」亮佑は素直に認める。軒先で話しているだけで、クラスメイトや他学年の生徒達が吸い寄せられるように集まってきたのだ。時々、お菓子の差し入れをされたこともあっった。五人程で軒先で談笑していた時だ。「どうぞ。みんなで食べて」と大容量のポテトチップスを差し出されたのだ。
「え?いいんですか?」戸惑う亮佑達と、喜ぶ大志の声が重なった。「いいの。やったー」
 その人は笑顔で「いつも楽しそうだからね。君たちを見ていると、僕も元気が貰えるんだ。だからこれはそのお礼だよ」と渡してきた。亮佑達は「ありがとう!」と素直にお礼を伝える。去り際に、「少年よ、大志を|抱《いだ》け」と言い残したのが印象に残っていた。他の三人は不思議そうに首を傾げ、大志は名前を呼ばれた事に困惑していた。亮佑にはその大人の背中が輝いて見えたものだ。その後、父に言葉の意味を尋ねると有名な諺であることが判明し、文章や言葉に興味を持つきっかけとなった。