三章 熱意 17
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「亮佑、目の隈が酷いぞ、しっかり眠れてるか?」凛が心配そうに顔を覗き込んでくる。
チェーン店のカフェで凛と向き合っていた。互いに就職してから二年が経ち、亮佑は社長との例の面談が終わった頃だった。彼は保険会社の営業社員として就職し、最近の成績は好調とのことだ。
「うーん、寝ようとするけど中々寝付けなくて」亮佑は頭を掻く。作業効率も上がり、終電間際まで仕事をすることは減ったが、寝付くのに時間がかかるようになっていた。
「色々と、大変なんだな。無理はするなよ」
凛は身につけるものが変わり、持ち前の爽やかさに更に磨きがかかっている。仕事をスマートにこなしている姿を、容易に想像することができた。実は、と亮佑は口を開く。
「実は俺、仕事、辞めようと思ってるんだ」
「え?そうなの?」凛は驚いて目を見開いた後で、納得するように頷いた。「でも、それほど過酷な環境なら、仕方ないよな」
凛とは三ヶ月に一度の頻度で会っていたため、互いの状況は共有されているのだ。亮佑は凛の顔の直視ができず、テーブルに目を落とす。カップには溢れんばかりのクリームが盛り込まれている。フラペチーノが、話の内容に明らかにそぐわず、浮いていた。
「もちろん環境もなんだけど、それ以上に会社の方針についていけなくなったんだ」亮佑はクリームを凝視する。「社長のさ、一つ一つの記事に対しての想いに共感して、入社したんだけど、もう、変わってしまったんだ」
「そうか」ギシッと軋む音がし、反射的に顔を上げる。凛は背もたれに背中を預けていた。「忙しいながらも一生懸命執筆をしている姿を見てたからさ、正直、残念だよ。でもそれ以上に亮佑が、日に日にやつれていく姿を見るほうが辛い」
凛の言葉に、胸の奥がギュッと掴まれる感じがして、亮佑は目を背けた。込み上げるものを必死に抑え込んだ。
「なあ、嫌味になっちゃうかもしれないけど、僕は仕事ができる人間だ。でもな、そんな俺にもできないことがある」
堂々とした物言いに、亮佑は顔の力が抜けてしまう。笑いながら、目尻を拭う。「なんだよ。凛にできないことって」
「熱意を込めて、物事に打ち込むことだ」
「何言ってんだ」亮佑は鼻で笑う。「できてるじゃないか。これまでの学生生活や、社会人になってからも、結果を出しているじゃないか」
「ある程度はできるけど、それだけだ。器用貧乏なんだよ」
「ああ」と亮佑は思い出す。大学時代も、そのようなことを話していた。「いいよ、お世辞なんて。凛は俺を、買い被りすぎだよ」
「お世辞じゃない」凛の目は、真っ直ぐに亮佑を見つめていた。「島に戻ってからも、きっと亮佑はまた何かを見つけるはずだよ」
「そんな都合良く、見つからないと思うけど」亮佑は頭を掻く。島でのんびりと過ごす、自分の姿を思い浮かべていた。そのような日常を過ごしていては、見つかるものも見つからないだろう。「『何もない島』だって、揶揄されてるくらいだし」
「僕は島に行って、そんなことは思わなかったぞ」凛が力強く断言し、頷いた。「きっと、大志も、僕と同じ気持ちだろうね」
あの時の言葉は、本当だったんだな、と亮佑は思う。それなのに、そっけない反応をとってしまった。凛の話を受け入れるならば、熱意を持って打ち込めるものが見つかるとのことだが、とてもそのようには思えなかった。由梨は海を眺めている。ふと、特定の誰かを思い浮かべたかのように呟いた。
「自分の長所って認めづらいし、言われないとわからないですよね」
「俺はあいつの、器用な姿に憧れてたんだけどな」
「私はお姉ちゃんの、子供に好かれている姿に憧れてました」由梨は照れくさそうに頭を掻く。「お互い、ないものねだりってやつですね」
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チェーン店のカフェで凛と向き合っていた。互いに就職してから二年が経ち、亮佑は社長との例の面談が終わった頃だった。彼は保険会社の営業社員として就職し、最近の成績は好調とのことだ。
「うーん、寝ようとするけど中々寝付けなくて」亮佑は頭を掻く。作業効率も上がり、終電間際まで仕事をすることは減ったが、寝付くのに時間がかかるようになっていた。
「色々と、大変なんだな。無理はするなよ」
凛は身につけるものが変わり、持ち前の爽やかさに更に磨きがかかっている。仕事をスマートにこなしている姿を、容易に想像することができた。実は、と亮佑は口を開く。
「実は俺、仕事、辞めようと思ってるんだ」
「え?そうなの?」凛は驚いて目を見開いた後で、納得するように頷いた。「でも、それほど過酷な環境なら、仕方ないよな」
凛とは三ヶ月に一度の頻度で会っていたため、互いの状況は共有されているのだ。亮佑は凛の顔の直視ができず、テーブルに目を落とす。カップには溢れんばかりのクリームが盛り込まれている。フラペチーノが、話の内容に明らかにそぐわず、浮いていた。
「もちろん環境もなんだけど、それ以上に会社の方針についていけなくなったんだ」亮佑はクリームを凝視する。「社長のさ、一つ一つの記事に対しての想いに共感して、入社したんだけど、もう、変わってしまったんだ」
「そうか」ギシッと軋む音がし、反射的に顔を上げる。凛は背もたれに背中を預けていた。「忙しいながらも一生懸命執筆をしている姿を見てたからさ、正直、残念だよ。でもそれ以上に亮佑が、日に日にやつれていく姿を見るほうが辛い」
凛の言葉に、胸の奥がギュッと掴まれる感じがして、亮佑は目を背けた。込み上げるものを必死に抑え込んだ。
「なあ、嫌味になっちゃうかもしれないけど、僕は仕事ができる人間だ。でもな、そんな俺にもできないことがある」
堂々とした物言いに、亮佑は顔の力が抜けてしまう。笑いながら、目尻を拭う。「なんだよ。凛にできないことって」
「熱意を込めて、物事に打ち込むことだ」
「何言ってんだ」亮佑は鼻で笑う。「できてるじゃないか。これまでの学生生活や、社会人になってからも、結果を出しているじゃないか」
「ある程度はできるけど、それだけだ。器用貧乏なんだよ」
「ああ」と亮佑は思い出す。大学時代も、そのようなことを話していた。「いいよ、お世辞なんて。凛は俺を、買い被りすぎだよ」
「お世辞じゃない」凛の目は、真っ直ぐに亮佑を見つめていた。「島に戻ってからも、きっと亮佑はまた何かを見つけるはずだよ」
「そんな都合良く、見つからないと思うけど」亮佑は頭を掻く。島でのんびりと過ごす、自分の姿を思い浮かべていた。そのような日常を過ごしていては、見つかるものも見つからないだろう。「『何もない島』だって、揶揄されてるくらいだし」
「僕は島に行って、そんなことは思わなかったぞ」凛が力強く断言し、頷いた。「きっと、大志も、僕と同じ気持ちだろうね」
あの時の言葉は、本当だったんだな、と亮佑は思う。それなのに、そっけない反応をとってしまった。凛の話を受け入れるならば、熱意を持って打ち込めるものが見つかるとのことだが、とてもそのようには思えなかった。由梨は海を眺めている。ふと、特定の誰かを思い浮かべたかのように呟いた。
「自分の長所って認めづらいし、言われないとわからないですよね」
「俺はあいつの、器用な姿に憧れてたんだけどな」
「私はお姉ちゃんの、子供に好かれている姿に憧れてました」由梨は照れくさそうに頭を掻く。「お互い、ないものねだりってやつですね」