表示設定
表示設定
目次 目次




三章 熱意 15

ー/ー



島を出る時は豆粒になっていた島が、今では目の前に迫ってくる。産まれてから十八年を過ごした離島。その輪郭がはっきりしてくるほど、様々な記憶が(よみがえ)ってくる。「戻ってきたんだなあ」と海崎(かいざき)亮佑(りょうすけ)は自身に言い聞かせるように呟いた。
「おかえりなさい」フェリーを降りると、待合室で母親が待っていた。安堵感と照れ臭さに包まれながらも、「ただいま」と亮佑は返す。
「少し、痩せたんじゃない?」母が眉を下げる。心配と安堵が入り混じった表情を浮かべていた。
「そんなことないって。ちゃんと食べてたし、元気だよ」亮佑は笑顔を見せる。「母さんも元気そうでよかった。父さんは?」
「そう?ならいいんだけど。まずはゆっくり、休みなさいね」母は表情を緩めた。「父さんなら、車で待ってるわよ」 
 駐車場に向かうと車はすぐに判別がついた。軽自動車が多いが、父の車は大型のため目立つのだ。黒色で大きな鉄の塊は、動く要塞に見える。父は大の車好きで、ローンを組んでこの車を購入した。自家用車を持つ人はこの島では珍しい。公共交通機関が整っているからだ。初めは反対していた母も、実物を見るとうっとりし、はしゃいでいたのを覚えている。家族三人で島をドライブするのが、亮佑は好きだった。
 父は運転席で座席を倒し、眠っている。亮佑は後ろのドアを開けるのに逡巡(しゅんじゅん)したが「何やってるの」と母はあっさり開けた。
「あなた、亮佑が来たわよ」
「ん?おお」と父は目を覚ます。「亮佑、おかえり」亮佑を一瞥した後で座席を元の角度に戻す。どうやら調整が上手くいかないらしく、がちゃがちゃと動かしていた。母が助手席に乗り込む。
「ただいま」息子が帰ってきたというのにそっけないものだ、と亮佑は思いながらも荷物を後部座席に置き、座る。「父さんも元気だった?」
「ああ、元気だったよ」父はサイドミラーの角度を調整したり、CDアルバムを整理するなど慌ただしく動いている。 
 亮佑はその様子を見て、笑いを堪えていた。父は無愛想な態度を崩さなかったが、見てしまったのだ。待合室から出た際に慌てて座席を倒した瞬間を。
「じゃあ帰ろうか」と父が言い、車のエンジンがかかる。
 
 亮佑は大学進学を機に島を出た。それが六年前だ。卒業後、ネット記事を執筆するウェブライター関係の会社に就職した。規模が小さく、人手が足りていなかったのもあるだろう。試用期間の三ヶ月が過ぎる頃には一人で記事を執筆するようになった。情報を仕入れるために街中を奔走し、記事には赤ペンで修正箇所をいくつも入れられた。完成する頃には終電間近で、会社で夜を明かす。それが当たり前だった。過酷だが、自分の作成した記事が公開された瞬間はやりがいを感じたものだ。「俺が社会を動かしている」そんな自負が亮佑にはあった。
 しかし入社から半年が経過する頃には状況が変わっていた。携帯電話がスマートフォンに移り変わる時期だったのだ。間違いなく、時代の転換点といえるだろう。二つ折りの携帯電話は、時代に取り残された機械として扱われるようになった。『ガラパゴスケータイ』が略され『ガラケー』と呼ばれている。語源であるガラパゴス諸島を自身が生まれ育った島と重ねてしまい、複雑な気持ちになった。
 それまでは携帯電話でネット環境に接続をし、情報を得るのが当たり前だったが、スマートフォン普及後はいつでもどこでも、パソコンを持ち歩いているのと同じ状況となった。情報は『得るもの』ではなく、『お手軽に摂取できるジャンクフード』に変わってしまったのだ。会社の方針も記事の質より量を重視するようになった。取材の回数が減り、情報源が曖昧な記事の量産。アクセス数を伸ばすための扇動的なタイトルをつけることが増えていったのだ。
 その頃から『社会を動かしている』という自負が『社会を悪い方向へ煽動しているのではないか』と罪悪感のようなものが亮佑には芽生え始めていた。それでも続けられたのは文章を書くことが好きだったからだ。後めたさを振り払うように、目の前の記事に向き合い、量産した。 
「熱意?想い?そんなもの必要ないよ」あしらうように社長がそう言い放ったのは今でも忘れられない。その日は、二年を終える頃の面談だった。「何か不安な点はないか?」と月並みな質問をされた時に亮佑は伝えたのだ。「量産するのではなく、一つの記事に対して熱量や想いを込めるべきではないか」と。それに対しての返答だった。
「情報の価値は変わったんだ。とにかく、気軽に知れれば良い。世の中はそういう記事を求めているんだよ。昨日の記事はもう過去のもの。誰も読まない。そもそも長い記事自体、読める人が減ってきているんだ。海崎君はまだ若いんだから、価値観をアップデートした方がいいよ」
 受け売りの、覚えたばかりの単語を並べた社長の言葉は薄っぺらく、亮佑には何も響かなかった。それ以上に、自身がやっていたことが社長と同様であると間接的に突きつけられ、何も言い返すことができなかった。そのような状態で仕事を続けることは難しいと判断し、島へと戻ることにしたのだ。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 三章 熱意 16


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



島を出る時は豆粒になっていた島が、今では目の前に迫ってくる。産まれてから十八年を過ごした離島。その輪郭がはっきりしてくるほど、様々な記憶が|甦《よみがえ》ってくる。「戻ってきたんだなあ」と|海崎《かいざき》|亮佑《りょうすけ》は自身に言い聞かせるように呟いた。
「おかえりなさい」フェリーを降りると、待合室で母親が待っていた。安堵感と照れ臭さに包まれながらも、「ただいま」と亮佑は返す。
「少し、痩せたんじゃない?」母が眉を下げる。心配と安堵が入り混じった表情を浮かべていた。
「そんなことないって。ちゃんと食べてたし、元気だよ」亮佑は笑顔を見せる。「母さんも元気そうでよかった。父さんは?」
「そう?ならいいんだけど。まずはゆっくり、休みなさいね」母は表情を緩めた。「父さんなら、車で待ってるわよ」 
 駐車場に向かうと車はすぐに判別がついた。軽自動車が多いが、父の車は大型のため目立つのだ。黒色で大きな鉄の塊は、動く要塞に見える。父は大の車好きで、ローンを組んでこの車を購入した。自家用車を持つ人はこの島では珍しい。公共交通機関が整っているからだ。初めは反対していた母も、実物を見るとうっとりし、はしゃいでいたのを覚えている。家族三人で島をドライブするのが、亮佑は好きだった。
 父は運転席で座席を倒し、眠っている。亮佑は後ろのドアを開けるのに|逡巡《しゅんじゅん》したが「何やってるの」と母はあっさり開けた。
「あなた、亮佑が来たわよ」
「ん?おお」と父は目を覚ます。「亮佑、おかえり」亮佑を一瞥した後で座席を元の角度に戻す。どうやら調整が上手くいかないらしく、がちゃがちゃと動かしていた。母が助手席に乗り込む。
「ただいま」息子が帰ってきたというのにそっけないものだ、と亮佑は思いながらも荷物を後部座席に置き、座る。「父さんも元気だった?」
「ああ、元気だったよ」父はサイドミラーの角度を調整したり、CDアルバムを整理するなど慌ただしく動いている。 
 亮佑はその様子を見て、笑いを堪えていた。父は無愛想な態度を崩さなかったが、見てしまったのだ。待合室から出た際に慌てて座席を倒した瞬間を。
「じゃあ帰ろうか」と父が言い、車のエンジンがかかる。
 亮佑は大学進学を機に島を出た。それが六年前だ。卒業後、ネット記事を執筆するウェブライター関係の会社に就職した。規模が小さく、人手が足りていなかったのもあるだろう。試用期間の三ヶ月が過ぎる頃には一人で記事を執筆するようになった。情報を仕入れるために街中を奔走し、記事には赤ペンで修正箇所をいくつも入れられた。完成する頃には終電間近で、会社で夜を明かす。それが当たり前だった。過酷だが、自分の作成した記事が公開された瞬間はやりがいを感じたものだ。「俺が社会を動かしている」そんな自負が亮佑にはあった。
 しかし入社から半年が経過する頃には状況が変わっていた。携帯電話がスマートフォンに移り変わる時期だったのだ。間違いなく、時代の転換点といえるだろう。二つ折りの携帯電話は、時代に取り残された機械として扱われるようになった。『ガラパゴスケータイ』が略され『ガラケー』と呼ばれている。語源であるガラパゴス諸島を自身が生まれ育った島と重ねてしまい、複雑な気持ちになった。
 それまでは携帯電話でネット環境に接続をし、情報を得るのが当たり前だったが、スマートフォン普及後はいつでもどこでも、パソコンを持ち歩いているのと同じ状況となった。情報は『得るもの』ではなく、『お手軽に摂取できるジャンクフード』に変わってしまったのだ。会社の方針も記事の質より量を重視するようになった。取材の回数が減り、情報源が曖昧な記事の量産。アクセス数を伸ばすための扇動的なタイトルをつけることが増えていったのだ。
 その頃から『社会を動かしている』という自負が『社会を悪い方向へ煽動しているのではないか』と罪悪感のようなものが亮佑には芽生え始めていた。それでも続けられたのは文章を書くことが好きだったからだ。後めたさを振り払うように、目の前の記事に向き合い、量産した。 
「熱意?想い?そんなもの必要ないよ」あしらうように社長がそう言い放ったのは今でも忘れられない。その日は、二年を終える頃の面談だった。「何か不安な点はないか?」と月並みな質問をされた時に亮佑は伝えたのだ。「量産するのではなく、一つの記事に対して熱量や想いを込めるべきではないか」と。それに対しての返答だった。
「情報の価値は変わったんだ。とにかく、気軽に知れれば良い。世の中はそういう記事を求めているんだよ。昨日の記事はもう過去のもの。誰も読まない。そもそも長い記事自体、読める人が減ってきているんだ。海崎君はまだ若いんだから、価値観をアップデートした方がいいよ」
 受け売りの、覚えたばかりの単語を並べた社長の言葉は薄っぺらく、亮佑には何も響かなかった。それ以上に、自身がやっていたことが社長と同様であると間接的に突きつけられ、何も言い返すことができなかった。そのような状態で仕事を続けることは難しいと判断し、島へと戻ることにしたのだ。