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二章 未来 13

ー/ー



「京介先輩、大丈夫ですか?」
 ペースが落ちてきた頃、颯太は声をかけた。「じょうぶだよ」と答える彼の表情は真っ赤である。かなり、飲んだようだ。
「ちょっと、トイレに行ってきたら」愛菜は心配そうな表情を浮かべる。
「そうですね」行きましょうか、と京介の肩に手を回し、二人三脚のような格好でトイレへと連れていく。
「大丈夫ですか?」とドア越しに声をかけるが力ない返事が返ってくるだけだ。所謂(いわゆる)『トイレとお友達』の状態である。しばらく経ち、水が流される音と共に京介が姿を現した。げっそりとした青白い表情で、顔色が悪い。颯太は内心で、古賀に謝罪する。飲ませ過ぎてしまいました、と。
「スッキリしましたか?」
「ああ、少しは楽になったよ」京介は蛇口を捻り、両手で器を作る。溜まった水で、うがいをした。「途中で挟んだ日本酒が、一気に回ってきた感じだな」
 颯太は『親の小言と冷酒は後から効く』という諺を思い出す。座敷に戻ると愛菜の姿が見当たらない。すると武藤が声をかけてきた。「お、戻ってきたか。娘なら酔い覚ましに外に出たぞ」
 武藤に礼を言いながら、涙ぐんだ愛菜の表情を思い浮かべる。「僕は様子見てきますが、京介先輩はどうします?」
「俺はちょっと休むわ」と京介は座敷に寝転んだ。颯太はレジ袋を手に取り、彼を置いて外へ向かう。『彩』を出ると、砂浜と海が広がっていた。颯太には見慣れた光景だが、観光客には珍しく映るのだ。潮風が、頬を撫でていく。含まれた磯の香りが、体内のアルコールを排出してくれるように思えた。
 砂浜の手前にある石段で、愛菜は空を見上げて座っていた。颯太は自販機で、水の入ったペットボトルを購入する。彼女の背中はどこか寂しそうで、哀愁を漂わせていた。
「飲み過ぎましたか?」颯太は愛菜の隣に腰を下ろし、ペットボトルを渡す。
「え、いいの?」愛菜は驚いた表情を浮かべている。申し訳なさそうに眉を下げているので「どうぞどうぞ、お気になさらず」と颯太はおどけてみせた。
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」愛菜は受け取り、勢いよく飲み始めた。喉仏が上下し、吸い込まれるように水が減っていく。豪快な飲みっぷりに、広告のワンシーンのように思えてしまう。現在が昼間の快晴で、彼女の涙ぐんでいなければ、だ。
「生き返るー」愛菜は生気が(みなぎ)った表情で話し始める。「お酒を飲むとさ、水がめっちゃ美味しく感じるよね」
「分かります。あと味噌汁も美味しくなります」
「そうそう。ラーメンも別腹になるんだよね。あんなに食べて飲んだのに、どうしてかするりと入り込むんだよ」
 ラーメンの単語に、颯太は顔を(しか)めてしまう。「どうしたの?」と聞かれたので、頭を掻いて笑う。「僕は食べ過ぎて、痛い目を見たことがあるんですよ」
 会社の飲み会で颯太は、食べ過ぎてトイレに篭ってしまったことがある。小野田含め上司らに「若いんだからいっぱい食べろ」と促され、お酒で食欲が増していたのも手伝い、食べ続けた。その後、締めのラーメンを無理に詰め込んだのが良くなかった。なんとか食べ終え、お腹に手を添えてみると、はち切れんばかりになっていた。そしてトイレに駆け込んだというわけだ。今でも話題に上がり、颯太はその度に苦い顔を浮かべている。
「以来、締めのラーメンを食べる時は、お腹と相談しているようにしています」お腹に手を添え、颯太は一安心する。今日は、はち切れてないぞ、と。 
「何それー」けらけらと愛菜は笑う。「馬鹿だねえ」
 屈託のないその表情に、颯太の心は軽くなる。
「そういえば京介は?」
「『トイレとお友達』になった後で、横になってますよ」
「大分飲んだもんね」と愛菜は笑う。「京介も、歳の近い友達ができて、嬉しかったんだろうなあ」
「そうなんですか?」
「父さんが開くこの飲み会に、ほぼ毎回参加してくれるけどね、普段は泥酔するくらい飲まないのよ」
 颯太は照れ臭く、むず痒い気持ちになる。「僕も嬉しかったんですよね。『歳の近い若者がいることって、こんなに安心することなんだ』って」そこではたと気づく。「愛菜さんのご友人は?」
「みんな漏れなく、外に行ったよ」彼女はあっけらかんと話すため、余計に辛く聞こえてしまう。
 颯太は中途半端な相槌しか打てなかった。「ああ」と呻き声になってしまう。
「そんなに申し訳なさそうにしないでよ」愛菜は苦笑する。「颯太君は悪くないんだから」
 颯太が答えられないでいると、間を埋めるように、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。実家が代々続く酒蔵で、一人っ子の自分は継ぐことが決まっていたこと。顔を合わせる従業員は一回り以上の歳の離れた人ばかりであること。「重くならないように」と明るい声で話すその姿が、居た堪れなかった。
「高校卒業と同時に、外へ行く友達をどんな気持ちで見送ったと思う?従業員達は優しく接してくれるけど、気を遣ってるのがわかってしまうのよ」
 颯太は、彼女の揺れる瞳を見つめながら頷く。
「家に帰れば父親で社長でもある『あの人』と顔を合わせてご飯を食べる。仕事のことで小言を漏らすし、私も言い返しちゃう。息が詰まって心が、休まらないんだよ」
 仕事の愚痴を吐き出す相手がいないことは、それだけでストレスが溜まるものだ。颯太には、京介という身近に話せる相手がいる。愛菜には、いないのだ。加えて、家に帰宅しても心が休まらない。想像するだけで、胸が苦しい気持ちになる。
 島に残る人は往々にして、不安と、鬱屈(うっくつ)とした感情を抱えている。『この島にいてもいいのか』、『僕の、私の人生はこの島で終わっていいのか』と。外へ出た人からの心配や同情も、悪い意味での後押しになってしまうのだ。父親が幼少期に、熱中していたというアニメを見せてきたことがあった。その作品の、『残され島』という単語が頭によぎる。「その、京介先輩の友達も、みんな外に行っちゃったんですか?」
「そうね」愛菜は決まりが悪そうに目を伏せた。「由梨ちゃんへの言葉だけど、京介も卒業してから溜め込んできたものが、爆発しちゃったんだと思う」彼女の言葉は責めるのではなく共感し、寄り添うようであった。
「そうだったんですね」京介の『貴重な若者同士飲もうぜ』という言葉が重く響いていた。大半が外へ出て、自分らは取り残されていくのだ。颯太はふと、浮かんできた言葉を口にする。「『未来』って言葉は、死語なんですかね」
「どうしたの突然?」愛菜は不思議そうに眉を上げる。
「外に行く友達が言ってたんですよ」卓人の言葉を思い出していた。「『この島に未来はない』って。腹が立ったのですぐに言い返しましたけど、内心では頷いている自分に気づいたんです。以来、心の中でずっと引っかかっていて」考えすぎですかね?と颯太は頭を掻く。「愛菜さんは、どう思いますか?」
「少なくともこの島では、死語、なんだろうね。その言葉はあまりに青臭くて眩しくて、口にするのも(はばか)られてしまう」愛菜は力なく笑う。「でもね。間違っていたなあ、って気づかされたんだ」
「由梨さんですか?」颯太は先回りをする。
「そう」と愛菜は頷く。「『来てくれた人をもてなして、外に出た姉を驚かせる』そんな想いで家の手伝いをしている彼女を見ていたら、急に自分が情けなく、ちっぽけに見えちゃったのよ」
「僕もです」あの場では気丈に振る舞っていたが、内心では仕事や島の未来に対し、不安を抱いていた自分自身が酷く情けなく感じていた。年下の人がこんなにも健気に頑張っているのに、と。颯太も京介と同じように、頭を下げたかった。きっと、愛菜も同様だったのだろう。感情が込み上げ、ハンカチを濡らしてしまったのだ。
「由梨ちゃんは、どうしてあんなに強いんだろう」愛菜は沁み入るように呟いた。
「例えが適しているか分からないですが」と颯太は自身の目に指を向ける。「僕、左右の視力差が極端に大きいんですよ」
「急になんの話?」愛菜が訝しげに見てくるが、構わずに続ける。
「特に右目が酷くて、近づけてかろうじて文字が読めるくらいなんですよ」
「はあ」仕方なく、といった風に愛菜は相槌を打つ。
「どう思います?」
「え?」突然話を振られ、考え込むように腕を組む。「私は視力が悪くないから想像になるけど、大変そう、可哀想って思うかな」
「ですよね。でも僕にとってはその視力差が普通なので、悲観的に捉えていないんですよ」視力差について話すと、周りから同情を受けることは多い。しかしその苦労は、当人の捉え方によって変わるのだ。
「そっかあ」と愛菜は呟く。「勝手に周りが同情しているだけってことか。京介が質問した時に、私が率先して(とが)めちゃったけど、あれもいらぬ気遣いだったな」
「そうかもしれませんが、由梨さんにその優しさは伝わってるはずですよ」颯太は慌ててフォローを入れる。
「ありがと」と愛菜は笑うので、颯太は胸を撫で下ろした。
「由梨さんは島の未来どうかなんて、考えていないはず。ただ、現状を受け入れて、目の前のことに一生懸命、向き合っているだけです」
「きっと同情されても、飄々(ひょうひょう)と受け流すんだろうね」
「そうでしょうね」
 二人の間を埋めるように、さざなみが静かに響く。彼女の目線の先には、絵の具で塗りつぶしたように藍色で染まった空と、水平線が見えた。ぽつんと(そび)え立つ灯台が、赤色の明滅をゆっくりと繰り返している。 
「すいません。渡すタイミングが中々見つからなくて」颯太はレジ袋を差し出した。
「ええ?」中身を見た愛菜は噴き出した。「なんで、大福を持ってるの?」 
「お客様から、貰ったんです」
「なるほどねえ。じゃあ水に続き、お言葉に甘えて」愛菜は受け取った。「おいしー」と頬張る姿に、颯太も表情を緩めてしまう。


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「京介先輩、大丈夫ですか?」
 ペースが落ちてきた頃、颯太は声をかけた。「《《らい》》じょうぶだよ」と答える彼の表情は真っ赤である。かなり、飲んだようだ。
「ちょっと、トイレに行ってきたら」愛菜は心配そうな表情を浮かべる。
「そうですね」行きましょうか、と京介の肩に手を回し、二人三脚のような格好でトイレへと連れていく。
「大丈夫ですか?」とドア越しに声をかけるが力ない返事が返ってくるだけだ。|所謂《いわゆる》『トイレとお友達』の状態である。しばらく経ち、水が流される音と共に京介が姿を現した。げっそりとした青白い表情で、顔色が悪い。颯太は内心で、古賀に謝罪する。飲ませ過ぎてしまいました、と。
「スッキリしましたか?」
「ああ、少しは楽になったよ」京介は蛇口を捻り、両手で器を作る。溜まった水で、うがいをした。「途中で挟んだ日本酒が、一気に回ってきた感じだな」
 颯太は『親の小言と冷酒は後から効く』という諺を思い出す。座敷に戻ると愛菜の姿が見当たらない。すると武藤が声をかけてきた。「お、戻ってきたか。娘なら酔い覚ましに外に出たぞ」
 武藤に礼を言いながら、涙ぐんだ愛菜の表情を思い浮かべる。「僕は様子見てきますが、京介先輩はどうします?」
「俺はちょっと休むわ」と京介は座敷に寝転んだ。颯太はレジ袋を手に取り、彼を置いて外へ向かう。『彩』を出ると、砂浜と海が広がっていた。颯太には見慣れた光景だが、観光客には珍しく映るのだ。潮風が、頬を撫でていく。含まれた磯の香りが、体内のアルコールを排出してくれるように思えた。
 砂浜の手前にある石段で、愛菜は空を見上げて座っていた。颯太は自販機で、水の入ったペットボトルを購入する。彼女の背中はどこか寂しそうで、哀愁を漂わせていた。
「飲み過ぎましたか?」颯太は愛菜の隣に腰を下ろし、ペットボトルを渡す。
「え、いいの?」愛菜は驚いた表情を浮かべている。申し訳なさそうに眉を下げているので「どうぞどうぞ、お気になさらず」と颯太はおどけてみせた。
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」愛菜は受け取り、勢いよく飲み始めた。喉仏が上下し、吸い込まれるように水が減っていく。豪快な飲みっぷりに、広告のワンシーンのように思えてしまう。現在が昼間の快晴で、彼女の涙ぐんでいなければ、だ。
「生き返るー」愛菜は生気が|漲《みなぎ》った表情で話し始める。「お酒を飲むとさ、水がめっちゃ美味しく感じるよね」
「分かります。あと味噌汁も美味しくなります」
「そうそう。ラーメンも別腹になるんだよね。あんなに食べて飲んだのに、どうしてかするりと入り込むんだよ」
 ラーメンの単語に、颯太は顔を|顰《しか》めてしまう。「どうしたの?」と聞かれたので、頭を掻いて笑う。「僕は食べ過ぎて、痛い目を見たことがあるんですよ」
 会社の飲み会で颯太は、食べ過ぎてトイレに篭ってしまったことがある。小野田含め上司らに「若いんだからいっぱい食べろ」と促され、お酒で食欲が増していたのも手伝い、食べ続けた。その後、締めのラーメンを無理に詰め込んだのが良くなかった。なんとか食べ終え、お腹に手を添えてみると、はち切れんばかりになっていた。そしてトイレに駆け込んだというわけだ。今でも話題に上がり、颯太はその度に苦い顔を浮かべている。
「以来、締めのラーメンを食べる時は、お腹と相談しているようにしています」お腹に手を添え、颯太は一安心する。今日は、はち切れてないぞ、と。 
「何それー」けらけらと愛菜は笑う。「馬鹿だねえ」
 屈託のないその表情に、颯太の心は軽くなる。
「そういえば京介は?」
「『トイレとお友達』になった後で、横になってますよ」
「大分飲んだもんね」と愛菜は笑う。「京介も、歳の近い友達ができて、嬉しかったんだろうなあ」
「そうなんですか?」
「父さんが開くこの飲み会に、ほぼ毎回参加してくれるけどね、普段は泥酔するくらい飲まないのよ」
 颯太は照れ臭く、むず痒い気持ちになる。「僕も嬉しかったんですよね。『歳の近い若者がいることって、こんなに安心することなんだ』って」そこではたと気づく。「愛菜さんのご友人は?」
「みんな漏れなく、外に行ったよ」彼女はあっけらかんと話すため、余計に辛く聞こえてしまう。
 颯太は中途半端な相槌しか打てなかった。「ああ」と呻き声になってしまう。
「そんなに申し訳なさそうにしないでよ」愛菜は苦笑する。「颯太君は悪くないんだから」
 颯太が答えられないでいると、間を埋めるように、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。実家が代々続く酒蔵で、一人っ子の自分は継ぐことが決まっていたこと。顔を合わせる従業員は一回り以上の歳の離れた人ばかりであること。「重くならないように」と明るい声で話すその姿が、居た堪れなかった。
「高校卒業と同時に、外へ行く友達をどんな気持ちで見送ったと思う?従業員達は優しく接してくれるけど、気を遣ってるのがわかってしまうのよ」
 颯太は、彼女の揺れる瞳を見つめながら頷く。
「家に帰れば父親で社長でもある『あの人』と顔を合わせてご飯を食べる。仕事のことで小言を漏らすし、私も言い返しちゃう。息が詰まって心が、休まらないんだよ」
 仕事の愚痴を吐き出す相手がいないことは、それだけでストレスが溜まるものだ。颯太には、京介という身近に話せる相手がいる。愛菜には、いないのだ。加えて、家に帰宅しても心が休まらない。想像するだけで、胸が苦しい気持ちになる。
 島に残る人は往々にして、不安と、|鬱屈《うっくつ》とした感情を抱えている。『この島にいてもいいのか』、『僕の、私の人生はこの島で終わっていいのか』と。外へ出た人からの心配や同情も、悪い意味での後押しになってしまうのだ。父親が幼少期に、熱中していたというアニメを見せてきたことがあった。その作品の、『残され島』という単語が頭によぎる。「その、京介先輩の友達も、みんな外に行っちゃったんですか?」
「そうね」愛菜は決まりが悪そうに目を伏せた。「由梨ちゃんへの言葉だけど、京介も卒業してから溜め込んできたものが、爆発しちゃったんだと思う」彼女の言葉は責めるのではなく共感し、寄り添うようであった。
「そうだったんですね」京介の『貴重な若者同士飲もうぜ』という言葉が重く響いていた。大半が外へ出て、自分らは取り残されていくのだ。颯太はふと、浮かんできた言葉を口にする。「『未来』って言葉は、死語なんですかね」
「どうしたの突然?」愛菜は不思議そうに眉を上げる。
「外に行く友達が言ってたんですよ」卓人の言葉を思い出していた。「『この島に未来はない』って。腹が立ったのですぐに言い返しましたけど、内心では頷いている自分に気づいたんです。以来、心の中でずっと引っかかっていて」考えすぎですかね?と颯太は頭を掻く。「愛菜さんは、どう思いますか?」
「少なくともこの島では、死語、なんだろうね。その言葉はあまりに青臭くて眩しくて、口にするのも憚《はばか》られてしまう」愛菜は力なく笑う。「でもね。間違っていたなあ、って気づかされたんだ」
「由梨さんですか?」颯太は先回りをする。
「そう」と愛菜は頷く。「『来てくれた人をもてなして、外に出た姉を驚かせる』そんな想いで家の手伝いをしている彼女を見ていたら、急に自分が情けなく、ちっぽけに見えちゃったのよ」
「僕もです」あの場では気丈に振る舞っていたが、内心では仕事や島の未来に対し、不安を抱いていた自分自身が酷く情けなく感じていた。年下の人がこんなにも健気に頑張っているのに、と。颯太も京介と同じように、頭を下げたかった。きっと、愛菜も同様だったのだろう。感情が込み上げ、ハンカチを濡らしてしまったのだ。
「由梨ちゃんは、どうしてあんなに強いんだろう」愛菜は沁み入るように呟いた。
「例えが適しているか分からないですが」と颯太は自身の目に指を向ける。「僕、左右の視力差が極端に大きいんですよ」
「急になんの話?」愛菜が訝しげに見てくるが、構わずに続ける。
「特に右目が酷くて、近づけてかろうじて文字が読めるくらいなんですよ」
「はあ」仕方なく、といった風に愛菜は相槌を打つ。
「どう思います?」
「え?」突然話を振られ、考え込むように腕を組む。「私は視力が悪くないから想像になるけど、大変そう、可哀想って思うかな」
「ですよね。でも僕にとってはその視力差が普通なので、悲観的に捉えていないんですよ」視力差について話すと、周りから同情を受けることは多い。しかしその苦労は、当人の捉え方によって変わるのだ。
「そっかあ」と愛菜は呟く。「勝手に周りが同情しているだけってことか。京介が質問した時に、私が率先して咎《とが》めちゃったけど、あれもいらぬ気遣いだったな」
「そうかもしれませんが、由梨さんにその優しさは伝わってるはずですよ」颯太は慌ててフォローを入れる。
「ありがと」と愛菜は笑うので、颯太は胸を撫で下ろした。
「由梨さんは島の未来どうかなんて、考えていないはず。ただ、現状を受け入れて、目の前のことに一生懸命、向き合っているだけです」
「きっと同情されても、|飄々《ひょうひょう》と受け流すんだろうね」
「そうでしょうね」
 二人の間を埋めるように、さざなみが静かに響く。彼女の目線の先には、絵の具で塗りつぶしたように藍色で染まった空と、水平線が見えた。ぽつんと|聳《そび》え立つ灯台が、赤色の明滅をゆっくりと繰り返している。 
「すいません。渡すタイミングが中々見つからなくて」颯太はレジ袋を差し出した。
「ええ?」中身を見た愛菜は噴き出した。「なんで、大福を持ってるの?」 
「お客様から、貰ったんです」
「なるほどねえ。じゃあ水に続き、お言葉に甘えて」愛菜は受け取った。「おいしー」と頬張る姿に、颯太も表情を緩めてしまう。