二章 未来 10
ー/ー
「小岩夫妻から大福をいただきました。食べる方、いらっしゃいますか?」
会社に戻るなり、颯太は声をかける。「お、ちょうど甘いもの食べたかったんだ」と同僚が受け取った。「サンキュー」
「じゃあ、俺もいいかな」と小野田。
「どうぞどうそ」
「うまっ」早速、小野田は頬張る。「今日は忙しくて、お昼食べてなかったからさ、助かるよ」
「お昼はしっかり食べてくださいって」颯太はため息をつく。小野田のことは尊敬しているが、お昼を抜くことを美徳と思っている節がある。「いつも言ってるじゃないですか」
小野田は曖昧に笑って聞き流す。「そうだ、他にいないんだったら、嫁さんにひとつもらってもいいかな?」
「いいですよ」
「あいつも、仕事大変みたいでさ、ストレスなのか甘いものをよく食べるようになったんだよ」小野田が笑う。「ありがとう。喜ぶよ」
颯太は給湯室に向かい、大福をラップに包む。小野田の妻はヘルパーの仕事をしていたはずだ。会社でもシニアツアーを打ち出すほどなのだから、高齢者の多さは身をもって感じている。『未来』という言葉が頭に浮かび、卓人を見送る時を思い出す。
「颯太、本当に残るのか?」幼馴染の神木卓人を見送る日だった。彼は説得するように問いかけてきた。
三十分後にはフェリーが出発する。待合室で二人は向き合っていた。卓人は既に生活用品などはアパートに送っており、荷物はそれほど多くはない。修学旅行でも使っていた黒のキャリーバックが彼の隣に置かれていた。「うん、そうするよ。というかもう出発する寸前だろ?今更過ぎるって」
「だからこそだよ」卓人は訴えかけるように身振り手振りを交えて伝えてくる。「颯太には悪いけど、観光関係の仕事に就職するんだろ。この島に魅力なんてないんだって。未来はないんだよ」
颯太は顔を顰めるが強くは言い返せない。魅力に関しては卓人の主観が大いに含まれているが、未来に関しては同意しそうになってしまう。とはいえ、流石にデリカシーがない。不愉快な気分を抑えられなかった。
「『未来はない』だなんて言い過ぎだ。見送るために来たのにその言い草はないだろう?」
卓人はハッとした表情を浮かべ「ご、ごめん。言い過ぎた」と素直に頭を下げる。
「そんなんだから見送りに来る人が僕しかいないんだよ」颯太は更に付け加える。釘を刺すような気持ちだった。卓人はよく言えば裏表のない性格で、悪く言えば平気で人が不愉快なことを口にするのだ。幼馴染だからこそ颯太は受け入れているが、初対面の人には癖の強い人間として捉えられるに違いない。それが心配だった。「大学で気をつけろよ」
卓人は明らかに気落ちした様子だったので、颯太も溜飲が下がる。「まあ、素直なところが卓人のいいところなんだからさ、そこを出していけばすぐに仲良くなれるって」
「そ、そうかな」子供のような表情を卓人は浮かべた。颯太はつられて笑ってしまう。彼は良くも悪くも素直過ぎるのだ。
「お、来たみたいだ」フェリーの到着を知らせるアナウンスが流れ、卓人は立ち上がる。「さっきはごめん。俺も頑張るからさ、颯太も仕事、頑張れよ」
「もういいって。『未来がない』ってのも、悪気はなかったんだろ?」
卓人は引き攣った笑顔を浮かべる。「そ、颯太って割と根に持つタイプだよな」
「悪い悪い。卓人も、頑張れよ」颯太は笑う。「いつでも、連絡してくれ」
「おう、いつでも連絡するよ」
じゃあ、と互いに言い合い、卓人は待合室を出ていった。
勤めてから五年、わかったことがある。それは観光に関しては定期的に遊びにくる人がいるということだ。自然に囲まれた離島という非日常な空間は一定の需要があるようで、観光客の数は横ばいよりやや下を推移している。緩やかに下降傾向というわけだ。それ以上に懸念されるのは人口減少だった。卓人のように外へ出ていく人が大半なのだ。戻って来る人もそこまで多くはない。
颯太も外へ出ることは簡単だが、それをしてしまったら容易には戻ってこれないような恐ろしさを感じたのだ。残るからこそ自分にできることがあるのでは、と考え、観光案内所の仕事に勤めることにしたのだ。
「今日は飲み会だっけ?」
日報などの軽い事務作業を終え、帰り支度をしていると小野田から声をかけられた。デスクを見る限り、もう一仕事してから帰るようだ。
「そうなんです」
「飲み過ぎには気をつけろよ。冷酒と親の小言は後から効くんだからな」小野田はよく諺を口にする。初めのうちは感心して聞いていたが、頻度の多さに辟易とするようになった。しかし日常の様々な場面で諺が浮かんでくるようになった時には思わず笑ってしまった。どうやら、移ってしまったらしい。今では慣れ、すんなりと受け入れるようになった。流石に、引き出しの中に、『諺辞典』なるものが入っていた時は見なかったことにしたが。
「はい。飲み過ぎないように気をつけます」颯太は会社で服装を着替え、会場の民宿『彩』へ向かった。
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会社に戻るなり、颯太は声をかける。「お、ちょうど甘いもの食べたかったんだ」と同僚が受け取った。「サンキュー」
「じゃあ、俺もいいかな」と小野田。
「どうぞどうそ」
「うまっ」早速、小野田は頬張る。「今日は忙しくて、お昼食べてなかったからさ、助かるよ」
「お昼はしっかり食べてくださいって」颯太はため息をつく。小野田のことは尊敬しているが、お昼を抜くことを美徳と思っている|節《ふし》がある。「いつも言ってるじゃないですか」
小野田は曖昧に笑って聞き流す。「そうだ、他にいないんだったら、嫁さんにひとつもらってもいいかな?」
「いいですよ」
「あいつも、仕事大変みたいでさ、ストレスなのか甘いものをよく食べるようになったんだよ」小野田が笑う。「ありがとう。喜ぶよ」
颯太は給湯室に向かい、大福をラップに包む。小野田の妻はヘルパーの仕事をしていたはずだ。会社でもシニアツアーを打ち出すほどなのだから、高齢者の多さは身をもって感じている。『未来』という言葉が頭に浮かび、卓人を見送る時を思い出す。
「颯太、本当に残るのか?」幼馴染の|神木卓人《かみきたくと》を見送る日だった。彼は説得するように問いかけてきた。
三十分後にはフェリーが出発する。待合室で二人は向き合っていた。卓人は既に生活用品などはアパートに送っており、荷物はそれほど多くはない。修学旅行でも使っていた黒のキャリーバックが彼の隣に置かれていた。「うん、そうするよ。というかもう出発する寸前だろ?今更過ぎるって」
「だからこそだよ」卓人は訴えかけるように身振り手振りを交えて伝えてくる。「颯太には悪いけど、観光関係の仕事に就職するんだろ。この島に魅力なんてないんだって。未来はないんだよ」
颯太は顔を顰《しか》めるが強くは言い返せない。魅力に関しては卓人の主観が大いに含まれているが、未来に関しては同意しそうになってしまう。とはいえ、流石にデリカシーがない。不愉快な気分を抑えられなかった。
「『未来はない』だなんて言い過ぎだ。見送るために来たのにその言い草はないだろう?」
卓人はハッとした表情を浮かべ「ご、ごめん。言い過ぎた」と素直に頭を下げる。
「そんなんだから見送りに来る人が僕しかいないんだよ」颯太は更に付け加える。釘を刺すような気持ちだった。卓人はよく言えば裏表のない性格で、悪く言えば平気で人が不愉快なことを口にするのだ。幼馴染だからこそ颯太は受け入れているが、初対面の人には癖の強い人間として捉えられるに違いない。それが心配だった。「大学で気をつけろよ」
卓人は明らかに気落ちした様子だったので、颯太も溜飲が下がる。「まあ、素直なところが卓人のいいところなんだからさ、そこを出していけばすぐに仲良くなれるって」
「そ、そうかな」子供のような表情を卓人は浮かべた。颯太はつられて笑ってしまう。彼は良くも悪くも素直過ぎるのだ。
「お、来たみたいだ」フェリーの到着を知らせるアナウンスが流れ、卓人は立ち上がる。「さっきはごめん。俺も頑張るからさ、颯太も仕事、頑張れよ」
「もういいって。『未来がない』ってのも、悪気はなかったんだろ?」
卓人は引き攣った笑顔を浮かべる。「そ、颯太って割と根に持つタイプだよな」
「悪い悪い。卓人も、頑張れよ」颯太は笑う。「いつでも、連絡してくれ」
「おう、いつでも連絡するよ」
じゃあ、と互いに言い合い、卓人は待合室を出ていった。
勤めてから五年、わかったことがある。それは観光に関しては定期的に遊びにくる人がいるということだ。自然に囲まれた離島という非日常な空間は一定の需要があるようで、観光客の数は横ばいよりやや下を推移している。緩やかに下降傾向というわけだ。それ以上に懸念されるのは人口減少だった。卓人のように外へ出ていく人が大半なのだ。戻って来る人もそこまで多くはない。
颯太も外へ出ることは簡単だが、それをしてしまったら容易には戻ってこれないような恐ろしさを感じたのだ。残るからこそ自分にできることがあるのでは、と考え、観光案内所の仕事に勤めることにしたのだ。
「今日は飲み会だっけ?」
日報などの軽い事務作業を終え、帰り支度をしていると小野田から声をかけられた。デスクを見る限り、もう一仕事してから帰るようだ。
「そうなんです」
「飲み過ぎには気をつけろよ。冷酒と親の小言は後から効くんだからな」小野田はよく諺を口にする。初めのうちは感心して聞いていたが、頻度の多さに辟易《へきえき》とするようになった。しかし日常の様々な場面で諺が浮かんでくるようになった時には思わず笑ってしまった。どうやら、移ってしまったらしい。今では慣れ、すんなりと受け入れるようになった。流石に、引き出しの中に、『諺辞典』なるものが入っていた時は見なかったことにしたが。
「はい。飲み過ぎないように気をつけます」颯太は会社で服装を着替え、会場の民宿『彩』へ向かった。