二章 未来 9
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道の駅で参加者を降ろし、集合時間を告げる。小岩夫妻は店内へ、田辺は古賀を連れてお手洗いへ行った。
颯太はその姿を見送ると、携帯電話を取り出し、会社へと発信する。2コール目で小野田が電話に出た。「お電話ありがとうございます」の後に会社名と自身の名前を告げている。威勢のいい声で、聞き取りやすかった。
「あっ、私、宇津木と申しますー」と颯太はおどけると「なんだあ。宇津木先生か」と小野田は声を上げた。
観光客は『宇津木さん』や『ガイドさん』などと呼んでくれるが、シニアツアーでは『宇津木先生』と呼ばれていた。悦子が「先生って呼ぶのは久しぶりね」と懐かしそうに目を細めるため、受け入れていたら他の参加者も同じように呼び始めたのだ。
「すいません。ふざけました。お疲れ様です」電話越しにも関わらず頭を下げてしまう。
「定期報告か?」電話の向こうでは他社員が忙しく働いているのだろう。キーボードを叩く音が聞こえてくる。
「はい。今は道の駅で休憩をとっております」颯太は今回の経路や参加者の様子を手短に伝えた。その間に田辺達がトイレから出て店内へと入っていく。
観光客の減少だけでなく、社員の人手不足も深刻だった。ツアーは基本的に、二人の案内人がつくことが原則だ。しかし現体制では単独で回している状況である。安全上、参加者には一人での行動は避けるように、と伝えており、皆、律儀に守ってくれている。
「ということは残り一時間ほど走れば着くわけだな。遅れてもかまわないから、安全運転で帰ってきてな」
「はい。かしこまりました」と電話を切る。三時間ほどあれば一周できる小さな島だ。九時頃に出発し、その中で名所を回りつつ昼食を取る。小休憩も挟めば夕方十五時から十七時の間には会社に戻るタイムスケジュールが組まれているのだ。
駐車場を見渡す。三十台ほど停められそうだが、半分も埋まっていない。平日とはいえ、少なすぎるのではないだろうか。駐輪場のママチャリの方が多いの有様だ。カゴに野菜をつめ、帰宅するのだろう。颯太を含め、島に住む人は車を所有している人が少ない。基本的にはバスや電車で事足りるからだ。
車に興味があるかどうかは両極端だ。この島では貴重だからこそのめり込む人もいれば、全く、という人もいる。颯太は後者で軽自動車とコンパクトカー、トラック程度の違いしか分からなかった。そのため、バスからハイエースに切り替わった際も「ハイエースとは?」と首を傾げるあほどだった。
駐車場で待っていると、レジ袋を手に下げた田辺と古賀が戻ってきた。古賀のレジ袋からは長ネギが飛び出している。つん、とした匂いが鼻につく。
「あまり新鮮なお野菜が売ってなかったわあ」
「もう夕方ですからねえ」颯太は相槌を打つ。道の駅は地元で採られた野菜が並べられているが午前のうちには大半が売り切れてしまうのだ。夕方ともなれば尚更である。
「そうなのよお」と田辺が声を上げる。「ねえ宇津木先生、たまには順路を変えて、最初に道の駅を回りませんか?」
それだと観光ツアーというよりもスーパーへの送迎車じゃないですか、と颯太は思ったがぐっと言葉を飲み込んだ。「そうですねえ。上に相談してみますよ」
「ごめんねえ、ワガママばかり言ってー」田辺が頭を下げる。
何言ってるの、と古賀が間に入る。「田辺さんから太々しさをとったら何が残るのよお」
「あら、それもそうね」と田辺は眉を上げる。二人は笑い合って車内へと戻っていく。提案書作成しないとな、と颯太は苦笑した。
歩道をママチャリが通過した。後ろの座席には幼稚園児が母親の背中にしがみついている。そのような時間帯だった。
小岩夫妻もレジ袋を下げて戻ってくる。悦子は「はいどうぞ」とプラスチック製の容器を手渡してきた。中身は大福の詰め合わせだった。
参加者からの頂き物は受け取らないこと、と表向きには決まっている。しかしこの『シニアツアー』では島内の顔見知りというのもあり、他社員含め、受け取る人は少なくなかった。加えて悦子のにこにこと幸せそうな表情を見た時点で、受け取らない選択肢はないようなものだ。
「悦子さん、悪いですよ」体裁上、颯太は一度断るが「いいのいいの。ほら」と彼女は突き出してくる。その姿を見て、親の目を盗んで孫にお小遣いを渡してくる親戚の構図を思い出した。
「では、お言葉に甘えて」颯太は頭を下げ、受け取った。
悦子は満足げな表情だ。「宇津木先生にはいつもお世話になってるから。みんなで食べてね」
「はい。分かりました」ふと、颯太はもう一つの袋に気付き、訊ねる。「そちらはお土産ですか?」
「ああ、これ」悦子は袋の中を見せる。中には粉末の緑茶パックが入っていた。「よくわかったわね。今日は来れなかった幸江ちゃんへのお土産よ」
「やはり、そうでしたか」悦子の話す『幸江ちゃん』とは昔からの友人のことだ。時々、古賀含めての三人で参加することもあった。後日、このお土産を、古賀と二人で渡しに行くのだろう。
「今度は幸江ちゃんも一緒で、参加するわね」悦子は微笑み、武雄に目を向けた。「先生方はいつも楽しく案内してくれて、ほんとに助かってます。ほら、この人、若い頃から仕事一筋で、旅行なんてまともに行くことはなかったから」
「家内の言う通りです。今では長い距離が歩けないものですから」武雄は苦笑し、自身の右足を叩く。彼は数年前に足腰を悪くし、右足は人工関節になっているらしい。普通に歩く分には、違いが分からなかった。
武雄は悦子の肩に手を添えて、車内へと戻っていく。その後ろ姿を見ていると、颯太は体の内側がぽかぽかと満たされ、穏やかな気持ちになるのだった。
大福は六個入っており、一人で食べ切れる量ではなかった。会社に戻ったら、小野田達に何個かあげよう、と颯太は思う。
「宇津木先生は明日お休みなの?」後方から古賀の朗らかな声が飛んでくる。帰りの車内だ。学生の修学旅行であれば疲れて何人か寝てしまう生徒がいるだろう。しかし彼女らは黙っていれば損だ、と言わんばかりに出発した時以上に喋っていた。
「休みですよ」翌日は土曜日だった。土日は掻き入れ時だが、シフトによっては休みをもらえることがある。今回はそれに該当したというわけだ。
「デートかしら」古賀が笑う。
「あらあ、若いっていいわねえ」悦子が間に入る。
「悦子さん何言ってるの。七十代はまだ若いじゃないの」と田辺が指摘する。「私なんて八十代なんだから」
「田辺さん、全然そうは見えませんよ。私だってもうすぐ八十になりますから、立派なおばちゃまですよ」
「あら、だったら私は山姥かしら」田辺がすかさず切り返し、車内は笑い声に包まれる。年配の方特有の『あなたまだ若いでしょう』トークを聞いていると、颯太はまだまだ若いのだな、と実感する。彼女らからみれば若造どころか孫のようなものなのだ。
「で、誰とデートに行くんだっけ?」古賀さんが話題を戻す。
「誰もデートだなんて言ってないですって」颯太は乾いた笑いを返す。「今日は飲み会があるので、明日は家で倒れてると思います」
「あら、楽しそうね」
「それこそ、京介さんも一緒ですよ」京介というのは古賀の孫に当たる男で、颯太の一つ年上である。
「あら、京ちゃんも一緒なの。飲み過ぎないよう、見ておいてあげてね」それと、と古賀は付け加える。「いい子がいたら、グイグイ行くのよ」
その後、旦那への愚痴に話題が移る。それぞれが口々に不満をぶつけ合っており、「うちなんてもっと酷いのよ」と悦子も一緒になって話しているのが可笑しかった。武雄は「どうしてこんな人を嫁にしたんだが」と唇を突き出し、颯太に助けを求める。肩身が狭そうな姿に噴き出してしまう。
「武雄さん、愛されてますねえ」
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道の駅で参加者を降ろし、集合時間を告げる。小岩夫妻は店内へ、田辺は古賀を連れてお手洗いへ行った。
颯太はその姿を見送ると、携帯電話を取り出し、会社へと発信する。2コール目で小野田が電話に出た。「お電話ありがとうございます」の後に会社名と自身の名前を告げている。威勢のいい声で、聞き取りやすかった。
「あっ、|私《わたくし》、宇津木と申しますー」と颯太はおどけると「なんだあ。宇津木《《先生》》か」と小野田は声を上げた。
観光客は『宇津木さん』や『ガイドさん』などと呼んでくれるが、シニアツアーでは『宇津木先生』と呼ばれていた。悦子が「先生って呼ぶのは久しぶりね」と懐かしそうに目を細めるため、受け入れていたら他の参加者も同じように呼び始めたのだ。
「すいません。ふざけました。お疲れ様です」電話越しにも関わらず頭を下げてしまう。
「定期報告か?」電話の向こうでは他社員が忙しく働いているのだろう。キーボードを叩く音が聞こえてくる。
「はい。今は道の駅で休憩をとっております」颯太は今回の経路や参加者の様子を手短に伝えた。その間に田辺達がトイレから出て店内へと入っていく。
観光客の減少だけでなく、社員の人手不足も深刻だった。ツアーは基本的に、二人の案内人がつくことが原則だ。しかし現体制では単独で回している状況である。安全上、参加者には一人での行動は避けるように、と伝えており、皆、律儀に守ってくれている。
「ということは残り一時間ほど走れば着くわけだな。遅れてもかまわないから、安全運転で帰ってきてな」
「はい。かしこまりました」と電話を切る。三時間ほどあれば一周できる小さな島だ。九時頃に出発し、その中で名所を回りつつ昼食を取る。小休憩も挟めば夕方十五時から十七時の間には会社に戻るタイムスケジュールが組まれているのだ。
駐車場を見渡す。三十台ほど停められそうだが、半分も埋まっていない。平日とはいえ、少なすぎるのではないだろうか。駐輪場のママチャリの方が多いの有様だ。カゴに野菜をつめ、帰宅するのだろう。颯太を含め、島に住む人は車を所有している人が少ない。基本的にはバスや電車で事足りるからだ。
車に興味があるかどうかは両極端だ。この島では貴重だからこそのめり込む人もいれば、全く、という人もいる。颯太は後者で軽自動車とコンパクトカー、トラック程度の違いしか分からなかった。そのため、バスからハイエースに切り替わった際も「ハイエースとは?」と首を傾げるあほどだった。
駐車場で待っていると、レジ袋を手に下げた田辺と古賀が戻ってきた。古賀のレジ袋からは長ネギが飛び出している。つん、とした匂いが鼻につく。
「あまり新鮮なお野菜が売ってなかったわあ」
「もう夕方ですからねえ」颯太は相槌を打つ。道の駅は地元で採られた野菜が並べられているが午前のうちには大半が売り切れてしまうのだ。夕方ともなれば尚更である。
「そうなのよお」と田辺が声を上げる。「ねえ宇津木先生、たまには順路を変えて、最初に道の駅を回りませんか?」
それだと観光ツアーというよりもスーパーへの送迎車じゃないですか、と颯太は思ったがぐっと言葉を飲み込んだ。「そうですねえ。上に相談してみますよ」
「ごめんねえ、ワガママばかり言ってー」田辺が頭を下げる。
何言ってるの、と古賀が間に入る。「田辺さんから|太々《ふてぶて》しさをとったら何が残るのよお」
「あら、それもそうね」と田辺は眉を上げる。二人は笑い合って車内へと戻っていく。提案書作成しないとな、と颯太は苦笑した。
歩道をママチャリが通過した。後ろの座席には幼稚園児が母親の背中にしがみついている。そのような時間帯だった。
小岩夫妻もレジ袋を下げて戻ってくる。悦子は「はいどうぞ」とプラスチック製の容器を手渡してきた。中身は大福の詰め合わせだった。
参加者からの頂き物は受け取らないこと、と表向きには決まっている。しかしこの『シニアツアー』では島内の顔見知りというのもあり、|他《ほか》社員含め、受け取る人は少なくなかった。加えて悦子のにこにこと幸せそうな表情を見た時点で、受け取らない選択肢はないようなものだ。
「悦子さん、悪いですよ」|体裁《ていさい》上、颯太は一度断るが「いいのいいの。ほら」と彼女は突き出してくる。その姿を見て、親の目を盗んで孫にお小遣いを渡してくる親戚の構図を思い出した。
「では、お言葉に甘えて」颯太は頭を下げ、受け取った。
悦子は満足げな表情だ。「宇津木先生にはいつもお世話になってるから。みんなで食べてね」
「はい。分かりました」ふと、颯太はもう一つの袋に気付き、訊ねる。「そちらはお土産ですか?」
「ああ、これ」悦子は袋の中を見せる。中には粉末の緑茶パックが入っていた。「よくわかったわね。今日は来れなかった|幸江《さちえ》ちゃんへのお土産よ」
「やはり、そうでしたか」悦子の話す『幸江ちゃん』とは昔からの友人のことだ。時々、古賀含めての三人で参加することもあった。後日、このお土産を、古賀と二人で渡しに行くのだろう。
「今度は幸江ちゃんも一緒で、参加するわね」悦子は微笑み、武雄に目を向けた。「先生方はいつも楽しく案内してくれて、ほんとに助かってます。ほら、この人、若い頃から仕事一筋で、旅行なんてまともに行くことはなかったから」
「家内の言う通りです。今では長い距離が歩けないものですから」武雄は苦笑し、自身の右足を叩く。彼は数年前に足腰を悪くし、右足は人工関節になっているらしい。普通に歩く分には、違いが分からなかった。
武雄は悦子の肩に手を添えて、車内へと戻っていく。その後ろ姿を見ていると、颯太は体の内側がぽかぽかと満たされ、穏やかな気持ちになるのだった。
大福は六個入っており、一人で食べ切れる量ではなかった。会社に戻ったら、小野田達に何個かあげよう、と颯太は思う。
「宇津木先生は明日お休みなの?」後方から古賀の朗らかな声が飛んでくる。帰りの車内だ。学生の修学旅行であれば疲れて何人か寝てしまう生徒がいるだろう。しかし彼女らは黙っていれば損だ、と言わんばかりに出発した時以上に喋っていた。
「休みですよ」翌日は土曜日だった。土日は掻き入れ時だが、シフトによっては休みをもらえることがある。今回はそれに該当したというわけだ。
「デートかしら」古賀が笑う。
「あらあ、若いっていいわねえ」悦子が間に入る。
「悦子さん何言ってるの。七十代はまだ若いじゃないの」と田辺が指摘する。「私なんて八十代なんだから」
「田辺さん、全然そうは見えませんよ。私だってもうすぐ八十になりますから、立派なおばちゃまですよ」
「あら、だったら私は|山姥《やまんば》かしら」田辺がすかさず切り返し、車内は笑い声に包まれる。年配の方特有の『あなたまだ若いでしょう』トークを聞いていると、颯太はまだまだ若いのだな、と実感する。彼女らからみれば若造どころか孫のようなものなのだ。
「で、誰とデートに行くんだっけ?」古賀さんが話題を戻す。
「誰もデートだなんて言ってないですって」颯太は乾いた笑いを返す。「今日は飲み会があるので、明日は家で倒れてると思います」
「あら、楽しそうね」
「それこそ、京介さんも一緒ですよ」京介というのは古賀の孫に当たる男で、颯太の一つ年上である。
「あら、京ちゃんも一緒なの。飲み過ぎないよう、見ておいてあげてね」それと、と古賀は付け加える。「いい子がいたら、グイグイ行くのよ」
その後、旦那への愚痴に話題が移る。それぞれが口々に不満をぶつけ合っており、「うちなんてもっと酷いのよ」と悦子も一緒になって話しているのが可笑しかった。武雄は「どうしてこんな人を嫁にしたんだが」と唇を突き出し、颯太に助けを求める。肩身が狭そうな姿に噴き出してしまう。
「武雄さん、愛されてますねえ」