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二章 未来 8

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「宇津木先生、この海は今日もいい眺めですねえ」田辺が窓から見える眺めを見て感嘆の声を上げた。 
 和気藹々(わきあいあい)と談笑するマダムもとい、ご婦人方を乗せたハイエースは海岸線沿いを走っている。宇津木(うつき)颯太(そうた)は運転席から一瞬、外へ目を向けると、青空と太陽の光が反射する海が見えた。きらきらと輝いている。前を向きながらも、彼女らに聞こえるように声を張り上げた。「今日も綺麗ですねえ。さて皆さん、道の駅にもう少しで着きますよ」
「次で最後、早いわねえ」楽しい時間はあっという間、としみじみと呟いたのは古賀だ。現在では殆どを息子夫婦とアルバイトに店を任せている。島内の高校へ、出張販売に行くことが最近の楽しみらしい。
「鶴子ちゃん、何言ってるの。また参加すればいいじゃない。ねえ」悦子が隣に座る武雄に声をかける。二人は夫婦で、颯太は内心で『小岩夫妻』と呼んでいた。ちなみに『鶴子ちゃん』とは古賀の下の名前である。
「大丈夫だあ。だって古賀さんはまだ若いんですから」武雄は豪快に笑いながら答える。
「そんな、武雄さんだってまだお若いですよう」古賀は謙遜(けんそん)した。颯太からは見えないが叩くように手を振っているのだろう。
「あら、じゃあ私が一番早くにお迎えが来ちゃうわね」その掛け合いに割り込んだのは田辺だった。彼女は商店街で駄菓子屋を経営している。「今はもう、売れないから」と売れ残ったお菓子を差し入れることがある。「悪いですよ」と颯太が断ると「ちゃんとレジ通したから大丈夫よ」と悪びれもなく答えるため、受け取るしかなかった。今日の参加者の中では最年長で、率先して会話に加わっている。
 どっ、と後ろの席で笑い声が上がった。その様子を見て颯太は胸を撫で下ろす。今回の参加者は四人。普段より少ないため盛り上がるかどうか心配していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
  
 颯太は高校卒業後に現在の会社に就職し、今年で五年目となる。島の人や観光客に向けて案内をするのが主な仕事だ。初めは上司の小野田の元で指導を受け、現在では運転から案内まで一人で受け持つようなっている。
 当時はお客様を前にした時点で緊張によって目が泳ぎ、冷や汗をかいていた。働き初めの自分がこの場にいたら、と颯太は想像する。驚きで目を丸くしていることだろう。
 このハイエースは座席数を増やしたもので、最大十四人が乗れる仕様だ。ボディには会社名と電話番号が書かれている。以前は大型バスを運転していたが、人口と観光者数の減少により、ハイエースに切り替わったのだ。
 免許を取得するために、颯太は島の外にある自動車学校へ通った。(しん)視力という遠近感を測る検査に苦労させられたのを覚えている。左右の視力差が大きいため、遠近感が掴めなかったのだ。普段は視力の良い左目で見ることが多く、右目はぼんやりとした輪郭の把握のみにしか使っていない。もし、左目の視力を失ってしまったら文字は読めないだろうな、と颯太は思っている。それほどの視力差があるのだ。
 今回は島内に住む高齢者を対象にした『シニアツアー』で、通常の費用より半額で参加することができるのだ。かつ平日の料金価格のため、更にお得である。各々の都合によるが、参加者は四人から十人の間を推移しており、顔ぶれは基本的に変わらない。そのため、今回の人数は少なめというわけだ。
 観光ツアーというよりは公民館で行う体操教室や、集会所の寄り合いのような(おもむき)があった。それぞれがお菓子などを持ち寄って談笑をしている。その光景を見るたびに颯太は目を細め、和やかな気分になった。


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「宇津木先生、この海は今日もいい眺めですねえ」田辺が窓から見える眺めを見て感嘆の声を上げた。 
 |和気藹々《わきあいあい》と談笑するマダムもとい、ご婦人方を乗せたハイエースは海岸線沿いを走っている。|宇津木《うつき》|颯太《そうた》は運転席から一瞬、外へ目を向けると、青空と太陽の光が反射する海が見えた。きらきらと輝いている。前を向きながらも、彼女らに聞こえるように声を張り上げた。「今日も綺麗ですねえ。さて皆さん、道の駅にもう少しで着きますよ」
「次で最後、早いわねえ」楽しい時間はあっという間、としみじみと呟いたのは古賀だ。現在では殆どを息子夫婦とアルバイトに店を任せている。島内の高校へ、出張販売に行くことが最近の楽しみらしい。
「鶴子ちゃん、何言ってるの。また参加すればいいじゃない。ねえ」悦子が隣に座る武雄に声をかける。二人は夫婦で、颯太は内心で『小岩夫妻』と呼んでいた。ちなみに『鶴子ちゃん』とは古賀の下の名前である。
「大丈夫だあ。だって古賀さんはまだ若いんですから」武雄は豪快に笑いながら答える。
「そんな、武雄さんだってまだお若いですよう」古賀は|謙遜《けんそん》した。颯太からは見えないが叩くように手を振っているのだろう。
「あら、じゃあ私が一番早くにお迎えが来ちゃうわね」その掛け合いに割り込んだのは田辺だった。彼女は商店街で駄菓子屋を経営している。「今はもう、売れないから」と売れ残ったお菓子を差し入れることがある。「悪いですよ」と颯太が断ると「ちゃんとレジ通したから大丈夫よ」と悪びれもなく答えるため、受け取るしかなかった。今日の参加者の中では最年長で、率先して会話に加わっている。
 どっ、と後ろの席で笑い声が上がった。その様子を見て颯太は胸を撫で下ろす。今回の参加者は四人。普段より少ないため盛り上がるかどうか心配していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
 颯太は高校卒業後に現在の会社に就職し、今年で五年目となる。島の人や観光客に向けて案内をするのが主な仕事だ。初めは上司の小野田の元で指導を受け、現在では運転から案内まで一人で受け持つようなっている。
 当時はお客様を前にした時点で緊張によって目が泳ぎ、冷や汗をかいていた。働き初めの自分がこの場にいたら、と颯太は想像する。驚きで目を丸くしていることだろう。
 このハイエースは座席数を増やしたもので、最大十四人が乗れる仕様だ。ボディには会社名と電話番号が書かれている。以前は大型バスを運転していたが、人口と観光者数の減少により、ハイエースに切り替わったのだ。
 免許を取得するために、颯太は島の外にある自動車学校へ通った。|深《しん》視力という遠近感を測る検査に苦労させられたのを覚えている。左右の視力差が大きいため、遠近感が掴めなかったのだ。普段は視力の良い左目で見ることが多く、右目はぼんやりとした輪郭の把握のみにしか使っていない。もし、左目の視力を失ってしまったら文字は読めないだろうな、と颯太は思っている。それほどの視力差があるのだ。
 今回は島内に住む高齢者を対象にした『シニアツアー』で、通常の費用より半額で参加することができるのだ。かつ平日の料金価格のため、更にお得である。各々の都合によるが、参加者は四人から十人の間を推移しており、顔ぶれは基本的に変わらない。そのため、今回の人数は少なめというわけだ。
 観光ツアーというよりは公民館で行う体操教室や、集会所の寄り合いのような|趣《おもむき》があった。それぞれがお菓子などを持ち寄って談笑をしている。その光景を見るたびに颯太は目を細め、和やかな気分になった。