四章 超能力者達(山岸視点)44
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銃弾が掠った。頬を拭うと、指に血が付着していた。全身の震えが止まらない。ふざけんじゃねえ、と山岸は怒りを抑えきれなかった。
夏生に致命傷を負わせ、あと一歩のところで野球男、西田の乱入。超能力の弱点を突かれながらも止めを刺せる寸前で銃撃を受けてしまう。銃声の方向、二階通路へ目を向けると、黒田だった。幸い、弾丸は直撃しなかった。黒田の銃撃の腕は確かだったはずだ。二階には熱と煙が充満しているため、狙いが定まらなかったのだろう。
山岸が灯油を使って炎上させるのが遅れていたら、確実に頭を撃ち抜かれていたはずだ。死への恐怖より、出し抜かれたことによる屈辱が勝った。
酒癖が悪く妻子に逃げられたどうしようもない男の癖に。野球男といい、どいつもこいつも俺に盾付きやがって、と内心での罵詈雑言が止まらなかった。
「ぶっ殺す」山岸は叫ぶと、野球ボール程の火球を生成し、黒田へ手を伸ばす。全身に激痛が走る。「うっ」と山岸は叫んでいた。いや、股間から全身へと痛みが広がっていく。超能力の副作用か、と山岸は思ったが確実に何かが直撃していた。拘束されていたはずだ。そこには秋菜がいた。足が振り上げられている。「どういうことだ……」痛みに耐えかね、山岸は股間を抑え、膝から崩れ落ちた。「卑怯だぞ、お前……」
秋菜は勝ち誇った笑みを浮かべ、「卑怯?大の大人が女子高生相手に超能力を使う方が卑怯でしょうが」と吐き捨てた。
山岸は羞恥心と情けなさでいっぱいになる。
「ふふっ」と夏生が堪えきれなくなったように吹き出した。「ありがとう秋菜。あなた最高だよ」涙を拭い、立ち上がっている。
地面が、微かに揺れている。地響きが聞こえる。床に突っ伏していた山岸だけが気づいていた。夏生に目を向けると、得意げな表情をしている。
すると、轟音と共に、水が噴き出した。発生源は壁沿いにある剥き出しの配管からだ。まるで、壊れて勢いが止まらない噴水のようだった。左右の壁と入り口、三つの配管から大雨のように水が降り注いでいく。
灯油が飛び散り、更に炎が燃え上がる。しかし、上回る水量で炎の勢いが徐々に弱まり、鎮火した。
「なぜだ……」山岸が呆然とした表情で呟く。
「水道、止められてたでしょ。簡単な話、大元の配水管?をぶっ壊して強制的に水を流したの」夏生が事もなさげに答えた。彼女の顔の横に、拳大の瓦礫が浮いている。それを配管内に通したのだろうか。水は降り続けている。
「そんなバカな……」ここは山奥で、配水管の距離は相当あるはずだ。そこで山岸は理解する。夏生は疲労で超能力が使えなくなっていたと思っていたが、あれは意識を集中させていたという事なのだ、と。
「山岸、あんたは強い」夏生が近づいてくる。「炎を封じなきゃ勝てなかったよ。そこに西田が来てくれた」山岸は西田に目を向ける。当人は照れくさそうに頭を掻いている。
「だから実行ができた。賭けだったよ。正直、うまくいくかどうかは一か八かだった」色のビー玉が、山岸の前にあった。夏生が手の平を向ける。
抵抗しようと山岸も手を向け、火球を生成した。しかし、絶え間なく降り注ぐ水により、呆気なく消火されてしまう。それは意地だった。気がつくと、右手で夏生の手を掴んでいた。炎は出せなくても、熱で全身を燃やすことは可能だ。山岸は夏生の全身へ意識を集中し、目を閉じる。
瞬間、閃光が走った。頭が弾けるような、ずきずきとした痛みと共に何かが流れ込んでくる。車の中で楽しそうにはしゃぐ少女、夏生だった。夏生が冗談を言い、両親が楽しそうに微笑んでいる。交差点に差し掛かった時、トラックが飛び込んできた。再び、閃光が走る。
葬儀場だろうか。夏生が泣き叫び、祖母に罵詈雑言を浴びせていた。場面が変わる度に閃光が走っていく。突然超能力に目覚め、戸惑う夏生。身を挺して助ける秋菜の姿。場面が変わり制服を着た夏生が、中年男性と向き合っていた。二人の間には透明の仕切りが取り付けられている。夏生は何かに取り憑かれたような表情で、男に手を伸ばす——
頭に激痛が走る。弾かれるように目を開けると、夏生が憐れんだ表情で山岸を見ていた。
「山岸、あなたはどうして」
山岸は全身に、怖気が走った。掴んだ手を、離してしまう。見られたということだ、記憶が。
「やめろ。その目を向けるな」山岸は、全力で叫ぶ。もう忘れていた過去だった。超能力に目覚め、田川に復讐を遂げたあの日から、山岸の人生は変わった。変わったと、思いたかった。本当は、罪悪感に押し潰されそうで堪らなかったのだ。
山岸にとって超能力は、弱い自分を変えてくれるための手段に過ぎなかった。田川によって傷つけられた自尊心を取り戻すために、人より優位に立つために、超能力を利用した。他人を恐喝し、金品を巻き上げ、優越感に浸るのは気分が良かった。「罪悪感で辛そうな表情を見るのが堪らない」と話す田川の気持ちが、当時は理解できなかったが、今なら共感ができる。人は本能的に、暴力性を持って生きているのだ。それを表に出すか出さないか、それだけの違いでしかない。超能力はその枷を外してくれた。けれど心に空いた喪失感は塞がるどころかどんどん広がっていった。「俺は」山岸は声を振り絞る。「俺は一人で生きていくんだ。仲間なんていらねぇ。利用されるくらいなら、俺が利用すればいい。歯向かう奴は殺してやる。記憶を見たぞ。安藤夏生。お前も分かるだろう?超能力で苦労してきたんだろ?選ばれた俺たちが、世界を変えるんだよ」
夏生は変わらず、憐れんだ表情を崩さない。全てを見透かし、その上で同情をしているように山岸は思えた。
秋菜が、夏生の元へ駆け寄った。夏生は目を向けた後で、山岸に首を振る。「私は、違う。人を自分のために利用することはできない。人は、助け合うものなんだ。だって私一人じゃ、あなたに勝てなかった」一度、言葉を切り、隣の西田に目を向けた。再び、息を吸う。「あなたは一人だよ」
山岸は、全身の力が抜けるのを感じた。心のどこかで、超能力者同士わかってくれる、通じ合っているものがあると思っていた。はっきりと拒絶をされて理解する。本当に自分は一人ぼっちなのだ、と。山岸は縋り付くように、夏生の腕を再び掴んだ。もう、道連れだ。
手の平を、向けられる。「ごめん」と夏生は呟いた。全身への衝撃と共に、山岸は吹き飛ばされる。朦朧とする意識の中、悲しそうな表情を浮かべる夏生の姿が見えた。
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銃弾が|掠《かす》った。頬を拭うと、指に血が付着していた。全身の震えが止まらない。ふざけんじゃねえ、と山岸は怒りを抑えきれなかった。
夏生に致命傷を負わせ、あと一歩のところで野球男、西田の乱入。超能力の弱点を突かれながらも止めを刺せる寸前で銃撃を受けてしまう。銃声の方向、二階通路へ目を向けると、黒田だった。幸い、弾丸は直撃しなかった。黒田の銃撃の腕は確かだったはずだ。二階には熱と煙が充満しているため、狙いが定まらなかったのだろう。
山岸が灯油を使って炎上させるのが遅れていたら、確実に頭を撃ち抜かれていたはずだ。死への恐怖より、出し抜かれたことによる屈辱が|勝《まさ》った。
酒癖が悪く妻子に逃げられたどうしようもない男の癖に。野球男といい、どいつもこいつも俺に盾付きやがって、と内心での罵詈雑言が止まらなかった。
「ぶっ殺す」山岸は叫ぶと、野球ボール程の火球を生成し、黒田へ手を伸ばす。全身に激痛が走る。「うっ」と山岸は叫んでいた。いや、股間から全身へと痛みが広がっていく。超能力の副作用か、と山岸は思ったが確実に何かが直撃していた。拘束されていたはずだ。そこには秋菜がいた。足が振り上げられている。「どういうことだ……」痛みに耐えかね、山岸は股間を抑え、膝から崩れ落ちた。「卑怯だぞ、お前……」
秋菜は勝ち誇った笑みを浮かべ、「卑怯?大の大人が女子高生相手に超能力を使う方が卑怯でしょうが」と吐き捨てた。
山岸は羞恥心と情けなさでいっぱいになる。
「ふふっ」と夏生が堪えきれなくなったように吹き出した。「ありがとう秋菜。あなた最高だよ」涙を拭い、立ち上がっている。
地面が、微かに揺れている。地響きが聞こえる。床に突っ伏していた山岸だけが気づいていた。夏生に目を向けると、得意げな表情をしている。
すると、轟音と共に、水が噴き出した。発生源は壁沿いにある剥き出しの配管からだ。まるで、壊れて勢いが止まらない噴水のようだった。左右の壁と入り口、三つの配管から大雨のように水が降り注いでいく。
灯油が飛び散り、更に炎が燃え上がる。しかし、上回る水量で炎の勢いが徐々に弱まり、鎮火した。
「なぜだ……」山岸が呆然とした表情で呟く。
「水道、止められてたでしょ。簡単な話、大元の配水管?をぶっ壊して強制的に水を流したの」夏生が事もなさげに答えた。彼女の顔の横に、拳大の瓦礫が浮いている。それを配管内に通したのだろうか。水は降り続けている。
「そんなバカな……」ここは山奥で、配水管の距離は相当あるはずだ。そこで山岸は理解する。夏生は疲労で超能力が使えなくなっていたと思っていたが、あれは意識を集中させていたという事なのだ、と。
「山岸、あんたは強い」夏生が近づいてくる。「炎を封じなきゃ勝てなかったよ。そこに西田が来てくれた」山岸は西田に目を向ける。当人は照れくさそうに頭を掻いている。
「だから実行ができた。賭けだったよ。正直、うまくいくかどうかは一か八かだった」色のビー玉が、山岸の前にあった。夏生が手の平を向ける。
抵抗しようと山岸も手を向け、火球を生成した。しかし、絶え間なく降り注ぐ水により、呆気なく消火されてしまう。それは意地だった。気がつくと、右手で夏生の手を掴んでいた。炎は出せなくても、熱で全身を燃やすことは可能だ。山岸は夏生の全身へ意識を集中し、目を閉じる。
瞬間、閃光が走った。頭が弾けるような、ずきずきとした痛みと共に何かが流れ込んでくる。車の中で楽しそうにはしゃぐ少女、夏生だった。夏生が冗談を言い、両親が楽しそうに微笑んでいる。交差点に差し掛かった時、トラックが飛び込んできた。再び、閃光が走る。
葬儀場だろうか。夏生が泣き叫び、祖母に罵詈雑言を浴びせていた。場面が変わる度に閃光が走っていく。突然超能力に目覚め、戸惑う夏生。身を挺して助ける秋菜の姿。場面が変わり制服を着た夏生が、中年男性と向き合っていた。二人の間には透明の仕切りが取り付けられている。夏生は何かに取り憑かれたような表情で、男に手を伸ばす——
頭に激痛が走る。弾かれるように目を開けると、夏生が憐れんだ表情で山岸を見ていた。
「山岸、あなたはどうして」
山岸は全身に、怖気が走った。掴んだ手を、離してしまう。見られたということだ、記憶が。
「やめろ。その目を向けるな」山岸は、全力で叫ぶ。もう忘れていた過去だった。超能力に目覚め、田川に復讐を遂げたあの日から、山岸の人生は変わった。変わったと、思いたかった。本当は、罪悪感に押し潰されそうで堪らなかったのだ。
山岸にとって超能力は、弱い自分を変えてくれるための手段に過ぎなかった。田川によって傷つけられた自尊心を取り戻すために、人より優位に立つために、超能力を利用した。他人を恐喝し、金品を巻き上げ、優越感に浸るのは気分が良かった。「罪悪感で辛そうな表情を見るのが堪らない」と話す田川の気持ちが、当時は理解できなかったが、今なら共感ができる。人は本能的に、暴力性を持って生きているのだ。それを表に出すか出さないか、それだけの違いでしかない。超能力はその枷を外してくれた。けれど心に空いた喪失感は塞がるどころかどんどん広がっていった。「俺は」山岸は声を振り絞る。「俺は一人で生きていくんだ。仲間なんていらねぇ。利用されるくらいなら、俺が利用すればいい。歯向かう奴は殺してやる。記憶を見たぞ。安藤夏生。お前も分かるだろう?超能力で苦労してきたんだろ?選ばれた俺たちが、世界を変えるんだよ」
夏生は変わらず、憐れんだ表情を崩さない。全てを見透かし、その上で同情をしているように山岸は思えた。
秋菜が、夏生の元へ駆け寄った。夏生は目を向けた後で、山岸に首を振る。「私は、違う。人を自分のために利用することはできない。人は、助け合うものなんだ。だって私一人じゃ、あなたに勝てなかった」一度、言葉を切り、隣の西田に目を向けた。再び、息を吸う。「あなたは一人だよ」
山岸は、全身の力が抜けるのを感じた。心のどこかで、超能力者同士わかってくれる、通じ合っているものがあると思っていた。はっきりと拒絶をされて理解する。本当に自分は一人ぼっちなのだ、と。山岸は縋り付くように、夏生の腕を再び掴んだ。もう、道連れだ。
手の平を、向けられる。「ごめん」と夏生は呟いた。全身への衝撃と共に、山岸は吹き飛ばされる。朦朧とする意識の中、悲しそうな表情を浮かべる夏生の姿が見えた。