四章 超能力者達(秋菜視点)39
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爆風の中から夏生が姿を現す。助けに来てくれた、という安心感と、来てしまった、という気持ちがせめぎ合う。秋菜の胸には後悔が渦巻いていた。じゃら、と音が鳴る。今すぐにでも夏生の元へ駆けつけたいが、手足が背中側に拘束されているのだ。捕まった当初は手足は体の前側で拘束されていたな、と思い出す。
「よお、俺は山岸豊」
後ろのドアが開けられた。月明かりに照らされた男、それが山岸だった。空けられた広いスペースに山岸はジャンプをして乗ってくる。車が揺れた。「教えてくれよ。安藤夏生について」人差し指から蝋燭のような小さな火が揺らめき、山岸の表情の印影を明らかにした。
髪色は茶髪でパーマがかかっている。爽やかそうな印象を感じるが、その目は据わり、窪み、隈ができていた。それだけで普通ではない異質さを物語っていた。悪意に満ちた表情だ
塾帰りに誘拐されたあの日、秋菜は山岸から尋問を受けていた。内容は夏生の超能力についてだ。「ひっ」と擦れた声を出すことしかできず、秋菜は恐怖で震えていた。状況を整理することで精一杯で、質問をされても上手く話すことなど到底、できなかった。
突然、スタンガンで気絶をさせられ、山奥へ連れてこられたのだ。落ち着いていられるはずがない。
「そんなに怯えるなよ」山岸はけたけたと笑う。
「こ、この状況で冷静でいられるわけないでしょ」秋菜は虚勢を張る。気を抜けば泣き叫びそうだった。
「にしても俺の能力を見てもそんなに驚かないな。やっぱり超能力者が普段から近くにいるからか」
秋菜は深呼吸をし、乱れた心を落ち着かせようとする。しかし息が乱れ、過呼吸のようになる。山岸はその様子を見て笑っていた。何がおかしいのか、なぜ笑えるのか、秋菜は心の底から理解ができなかった。彼の話す通り、超能力は普段から見ているため、ある程度の耐性がついていた。ひとまず、恐怖に抗って出た言葉は「あなたは何者なの?」という質問だった。口を開くたびに声が震え、泣き出しそうになる。
「俺は超能力者だ。夏生を見ればわかるだろう?不思議なことじゃない」
夏生が他の超能力者について存在を仄めかしていたのを思い出す。正直、秋菜は半信半疑で受け止めていた。反対に夏生は、本気で危惧していた。だからこそ秋菜を遠ざけ、クラスメイトとも距離をおいた。超能力者特有の胸騒ぎのようなものだろうか。こうして他の超能力者と対面して初めて、秋菜は後悔に襲われた。夏生の話を、言うことを聞いておけばよかった、と。
「あ、そうそう」山岸が思い出したように手を叩く。「スマホを貸してくれ。親に連絡を入れる」遠慮することなく、秋菜の鞄を開け、中身を物色し始めた。
「やめて」秋菜は懇願するが、山岸は手を止めない。むしろ嬉しそうな表情を浮かべている。火に油だった。中身を物色されるのは良い気分ではない。それに、見られたくはないものが入っているのだ。
「あったあった」山岸はスマートフォンを掲げた。「パスワードを教えろ」
秋菜は躊躇う。山岸の人差し指が腰に添えられる。まるで、銃口を突きつけられているような気分に陥った。先程の火が勢いを増して燃え上がったら、と想像するだけで全身が粟立った。気がつけば暗証番号を口にしていた。
山岸はメッセージアプリを探し、起動させた。何度か操作をした後で、これが母親か?と画面を見せてきた。名前が『お母さん』と登録された画面が表示されている。陽子が、友人と旅行に行った時の写真がアイコンに映っていた。陽子の顔を見て、堪えていた涙が溢れ出しそうになる。
「おいおい、泣くなよ」山岸がうんざりとした表情を浮かべ、指を強く、押し付けてきた。秋菜はこくんこくん、と頷いた。
「じゃあ今からメッセージを送れ。友達の家に泊まるでもなんでもいい。怪しまれないようにしろ」
秋菜は一時的に手錠の拘束を鍵で解いてもらい、震える指先で文章を作成し、夏生の家に泊まる旨のメッセージを送信した。
真横で画面を凝視し、指を突きつけられていればメッセージへの細工や、助けを呼ぶことなど到底できなかった。
「これでよし」と山岸は笑う。
これからどうなるのだろう、と秋菜は不安になった。気がつくと、手錠が音を鳴らし、再び秋菜の手足を拘束していた。ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「そんなに怯えるな」山岸が優しい声で言う。
「え」
「あんたには危害は加えないさ」声色が芝居じみていた。山岸が笑いを堪えて身体を揺する。「夏生や周りの奴には危害を加えるけどなあ」
得体の知れなさに秋菜はぞっとした。山岸は終始、愉快そうだった。
山岸は目尻の涙を拭う。「なあ、それが嫌だったら教えてくれよ」縋るような声に秋菜は全身が怖気立つのを感じた。話してはいけない。夏生に危険が及ぶ。危害を加えるとは言っても、今すぐに秋菜を置いて出かけることはできないはずだ。秋菜は口を開かなかった。
山岸はため息を吐く。「なんかねえかなあ」再び鞄を物色し始めた。ノートを広げ始め、秋菜は動悸が止まらなくなる。「おっ、これなんだ?『超能力について』だって」見つかってしまった。
秋菜はこれまでの修行の内容についてを、ノートに書き留めていた。約四年間で四冊になっていた。その内の一冊を山岸に見つかってしまったのだ。見られた場合には「創作の構想だ」と誤魔化そうと考えていたが、こと超能力者相手には悪手だった。秋菜は唇を噛む。
「何?『物を浮遊させることができるが、炎や水、人には使うことができない』か。なるほど。いいことが書いてあるじゃん。俺は熱や炎を操るから天敵だな」山岸は喜んでいる。
「夏生を、どうするつもりなの?」秋菜はたまりかねて口を開く。
「決まってるだろ。超能力者同士、戦うんだよ。一般人をいたぶったり殺すのにはもう飽きたんだ。誰が強いのか戦って決めるんだよ」
秋菜は唖然とする。夏生は私利私欲のためには使わないと決めているが、山岸は対照的だった。全て自分の思うがままに、超能力を使ってきたのだろう。
「そんなことを決めたって何にもならないでしょう」
「はっ、女にはわからねぇよな。ましてや超能力を使えない凡人にはなあ」
「夏生は、あなたとは違う。超能力を自分の欲を満たすためになんて使わない」
山岸は鼻で笑う。「どうだかな。きっと我慢して溜め込んでると思うぜ。超能力者はその力を持て余しているんだからな」
夏生が以前、超能力を制御することの大変さについて、弱音を吐いていたことを思い出す。やはり、超能力者は山岸の言う通り、力を持て余しているのだろうか。
「夏生はいつ目覚めたんだ?」と山岸が聞いてくる。
秋菜は答えるか逡巡した。「し、小学五年生くらいからよ」
「四年以上か……」山岸が驚く。「俺だったら気が狂ってるな」
「あなたはいつから」
「俺は、一年前だ」
超能力が発現する条件はなんなのだろうか、と秋菜は考える。山岸は見たところ二十代半ほどに見える。発現の年代に、ばらつきがあるのが不思議だった。
「何人、殺したの」恐る恐る尋ねる。
「知らねえよ。気がついたら数えきれなくなってた」
「最低ね」と秋菜は言い捨て、山岸から目を背けた。耐えられず、吐き気を催しそうだった。
「おい、言葉に気をつけろ」山岸が手の平を向けてくる。数秒経った後、秋菜は身体の体温が高くなったのを感じた。意識が朦朧とし、その場に倒れ込みそうになる。「四十二度だ」山岸が呟いた。
「え?」
「細胞が死滅する体温だ。そこまで体温を上昇させたらどうなるんだろうなあ」山岸の目は、澱んでいる。殺すことを躊躇することなく行なってきたのだろう。
山岸は、秋菜に向けた手を下ろす。体温が少しずつ、正常に戻っていくのを感じるが、身体の震えが止まらなかった。夏生と対峙した瞬間を想像して恐ろしくなる。
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「よお、俺は山岸豊」
後ろのドアが開けられた。月明かりに照らされた男、それが山岸だった。空けられた広いスペースに山岸はジャンプをして乗ってくる。車が揺れた。「教えてくれよ。安藤夏生について」人差し指から蝋燭のような小さな火が揺らめき、山岸の表情の印影を明らかにした。
髪色は茶髪でパーマがかかっている。爽やかそうな印象を感じるが、その目は据わり、窪み、隈ができていた。それだけで普通ではない異質さを物語っていた。悪意に満ちた表情だ
塾帰りに誘拐されたあの日、秋菜は山岸から尋問を受けていた。内容は夏生の超能力についてだ。「ひっ」と擦れた声を出すことしかできず、秋菜は恐怖で震えていた。状況を整理することで精一杯で、質問をされても上手く話すことなど到底、できなかった。
突然、スタンガンで気絶をさせられ、山奥へ連れてこられたのだ。落ち着いていられるはずがない。
「そんなに怯えるなよ」山岸はけたけたと笑う。
「こ、この状況で冷静でいられるわけないでしょ」秋菜は虚勢を張る。気を抜けば泣き叫びそうだった。
「にしても俺の能力を見てもそんなに驚かないな。やっぱり超能力者が普段から近くにいるからか」
秋菜は深呼吸をし、乱れた心を落ち着かせようとする。しかし息が乱れ、過呼吸のようになる。山岸はその様子を見て笑っていた。何がおかしいのか、なぜ笑えるのか、秋菜は心の底から理解ができなかった。彼の話す通り、超能力は普段から見ているため、ある程度の耐性がついていた。ひとまず、恐怖に抗って出た言葉は「あなたは何者なの?」という質問だった。口を開くたびに声が震え、泣き出しそうになる。
「俺は超能力者だ。夏生を見ればわかるだろう?不思議なことじゃない」
夏生が他の超能力者について存在を|仄《ほの》めかしていたのを思い出す。正直、秋菜は半信半疑で受け止めていた。反対に夏生は、本気で|危惧《きぐ》していた。だからこそ秋菜を遠ざけ、クラスメイトとも距離をおいた。超能力者特有の胸騒ぎのようなものだろうか。こうして他の超能力者と対面して初めて、秋菜は後悔に襲われた。夏生の話を、言うことを聞いておけばよかった、と。
「あ、そうそう」山岸が思い出したように手を叩く。「スマホを貸してくれ。親に連絡を入れる」遠慮することなく、秋菜の鞄を開け、中身を物色し始めた。
「やめて」秋菜は懇願するが、山岸は手を止めない。むしろ嬉しそうな表情を浮かべている。火に油だった。中身を物色されるのは良い気分ではない。それに、見られたくはないものが入っているのだ。
「あったあった」山岸はスマートフォンを掲げた。「パスワードを教えろ」
秋菜は|躊躇《ためら》う。山岸の人差し指が腰に添えられる。まるで、銃口を突きつけられているような気分に陥った。先程の火が勢いを増して燃え上がったら、と想像するだけで全身が粟立った。気がつけば暗証番号を口にしていた。
山岸はメッセージアプリを探し、起動させた。何度か操作をした後で、これが母親か?と画面を見せてきた。名前が『お母さん』と登録された画面が表示されている。陽子が、友人と旅行に行った時の写真がアイコンに映っていた。陽子の顔を見て、堪えていた涙が溢れ出しそうになる。
「おいおい、泣くなよ」山岸がうんざりとした表情を浮かべ、指を強く、押し付けてきた。秋菜はこくんこくん、と頷いた。
「じゃあ今からメッセージを送れ。友達の家に泊まるでもなんでもいい。怪しまれないようにしろ」
秋菜は一時的に手錠の拘束を鍵で解いてもらい、震える指先で文章を作成し、夏生の家に泊まる旨のメッセージを送信した。
真横で画面を凝視し、指を突きつけられていればメッセージへの細工や、助けを呼ぶことなど到底できなかった。
「これでよし」と山岸は笑う。
これからどうなるのだろう、と秋菜は不安になった。気がつくと、手錠が音を鳴らし、再び秋菜の手足を拘束していた。ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「そんなに怯えるな」山岸が優しい声で言う。
「え」
「あんたには危害は加えないさ」声色が芝居じみていた。山岸が笑いを堪えて身体を揺する。「夏生や周りの奴には危害を加えるけどなあ」
得体の知れなさに秋菜はぞっとした。山岸は終始、愉快そうだった。
山岸は目尻の涙を拭う。「なあ、それが嫌だったら教えてくれよ」縋るような声に秋菜は全身が怖気立つのを感じた。話してはいけない。夏生に危険が及ぶ。危害を加えるとは言っても、今すぐに秋菜を置いて出かけることはできないはずだ。秋菜は口を開かなかった。
山岸はため息を吐く。「なんかねえかなあ」再び鞄を物色し始めた。ノートを広げ始め、秋菜は動悸が止まらなくなる。「おっ、これなんだ?『超能力について』だって」見つかってしまった。
秋菜はこれまでの修行の内容についてを、ノートに書き留めていた。約四年間で四冊になっていた。その内の一冊を山岸に見つかってしまったのだ。見られた場合には「創作の構想だ」と誤魔化そうと考えていたが、こと超能力者相手には悪手だった。秋菜は唇を噛む。
「何?『物を浮遊させることができるが、炎や水、人には使うことができない』か。なるほど。いいことが書いてあるじゃん。俺は熱や炎を操るから天敵だな」山岸は喜んでいる。
「夏生を、どうするつもりなの?」秋菜はたまりかねて口を開く。
「決まってるだろ。超能力者同士、戦うんだよ。一般人をいたぶったり殺すのにはもう飽きたんだ。誰が強いのか戦って決めるんだよ」
秋菜は唖然とする。夏生は私利私欲のためには使わないと決めているが、山岸は対照的だった。全て自分の思うがままに、超能力を使ってきたのだろう。
「そんなことを決めたって何にもならないでしょう」
「はっ、女にはわからねぇよな。ましてや超能力を使えない凡人にはなあ」
「夏生は、あなたとは違う。超能力を自分の欲を満たすためになんて使わない」
山岸は鼻で笑う。「どうだかな。きっと我慢して溜め込んでると思うぜ。超能力者はその力を持て余しているんだからな」
夏生が以前、超能力を制御することの大変さについて、弱音を吐いていたことを思い出す。やはり、超能力者は山岸の言う通り、力を持て余しているのだろうか。
「夏生はいつ目覚めたんだ?」と山岸が聞いてくる。
秋菜は答えるか逡巡した。「し、小学五年生くらいからよ」
「四年以上か……」山岸が驚く。「俺だったら気が狂ってるな」
「あなたはいつから」
「俺は、一年前だ」
超能力が発現する条件はなんなのだろうか、と秋菜は考える。山岸は見たところ二十代半ほどに見える。発現の年代に、ばらつきがあるのが不思議だった。
「何人、殺したの」恐る恐る尋ねる。
「知らねえよ。気がついたら数えきれなくなってた」
「最低ね」と秋菜は言い捨て、山岸から目を背けた。耐えられず、吐き気を催しそうだった。
「おい、言葉に気をつけろ」山岸が手の平を向けてくる。数秒経った後、秋菜は身体の体温が高くなったのを感じた。意識が朦朧とし、その場に倒れ込みそうになる。「四十二度だ」山岸が呟いた。
「え?」
「細胞が死滅する体温だ。そこまで体温を上昇させたらどうなるんだろうなあ」山岸の目は、澱んでいる。殺すことを躊躇することなく行なってきたのだろう。
山岸は、秋菜に向けた手を下ろす。体温が少しずつ、正常に戻っていくのを感じるが、身体の震えが止まらなかった。夏生と対峙した瞬間を想像して恐ろしくなる。