四章 超能力者達(夏生視点)37
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スクーターは進み、山道に差し掛かる。草木が生い茂り、歩道が隠れる程に荒れていた。普段は人が通らない場所なのだろう。スクーターを路肩に止め、西田と歩くことにした。
スクーターのライトが消え、辺りが闇に包まれる。山奥のため、当然街灯はない。草木が揺れる音とカラスの鳴き声が響き渡る。西田は背負ったリュックから、ライトを取り出した。
「よし、行くか」西田がライトをつける。
「ねえ西田。そのリュックには何が入っているの?」夏生は背負っている緑色のリュックを指す。部活で使っているのか、とても大容量だった。
「救急セットやロープ、使えそうなものは何でも入れてきたぞ」西田がリュックから物を取り出している。
「何でも入ってるね」夏生は笑う。「私はこのままできちゃったからどうしようかと思ってた。助かる」山岸の電話に居ても立ってもいられなくなった夏生は、制服のまま、走り出してしまった。準備した物など何もなかったのだ。
「そりゃよかった」西田はリュックを背負い歩き出す。「ここを登りきれば秋菜がいるところに着くのか」肩にはバットケースがかけられていた。戦闘準備も万全なのだろう。
「うん。もう少しで着くはず。でも何があるか分からないから油断しないで。身の危険を感じたらすぐに逃げること。いいね」西田に念を押す。
「ああ」西田は神妙に頷いた。衣類が草木に擦れる音や、ぱきぱき小枝や砂利を踏む音が鳴り響く。
突然、銃声が鳴った。木々が揺れる音が聞こえる。カラスが驚き、飛んで行ったのだ。「伏せて!私の後ろへ」と西田へ叫ぶ。
銃弾は、夏生の目と鼻の先で静止した。周囲は暗くて見えないが、方向は特定した。夏生は、足元の砂利を浮遊させる。霧のように分散させ、暗闇に向けて放った。当たった手応えを感じる。夏生は一瞬で生い茂る木々を掻き分け、身を潜める男の目の前に辿り着いた。山道を走るのは、普段の裏山で慣れている。
男は「ひいっ」と情けない声上げ、尻餅をついた。「銃が効かないって、何なんだよ。お前達は。化け物め!」男の声が裏返る。戦意喪失、といったところだ。目は得体の知れないものを見るようで、胸に冷たいものが走る。過去の西田を思い出した。
夏生は男から銃を取り上げた。無抵抗だった。西田が恐る恐る茂みをかき分けて歩いてくる。「何なんだよ、一体」と弱音を吐いている。無理もない。ただの高校生なのだ。銃を持つ相手に堂々としていることを求める方がが酷だった。
「西田。ロープある?」西田の方へ聞く。
「あ、ああ」西田はリュックからロープを取り出し、夏生へ放り投げる。
夏生はキャッチをせず、浮かせた状態で男にロープを巻き、結んだ。これで拘束は大丈夫だろう。「ごめんね。こんなことをして」
男はぶつぶつと何かを呟いている。「ああ、これで俺の人生は終わりだ……ごめん」男が嘆いている。夏生ではなく別な存在を恐れているようだった。「大丈夫。命を奪ったりはしないよ。何をそんなに恐れて——」夏生は言葉を止め、立ち上がる。
茂みが激しく揺れ、三人の男達が飛び出してきた。その手にはナイフが握られている。必死の形相で、夏生の命を奪おうとしているのが伝わってきた。気圧され、後退りをしてしまう。背中が壁にぶつかった。振り向くと、壁ではなく西田だった。身体の震えが、夏生にも伝わってくる。しかし彼の目には意志が宿っていた。
西田が一歩踏み出すのと同時に、背の低い男が声を上げ、西田へと突進する。夏生は慌てて、男のナイフを超能力で取り上げた。浮き上がったナイフは、両足の太ももを切り裂いた。「ごめん」と夏生は呟き、顔を伏せる。
男は悲鳴を上げ、呆気なく崩れ落ちた。超能力を使って人を傷つけるのは初めてだった。超能力越しでも肉を抉る感覚が、頭から離れなかった。
「あ、安藤、ありがとうと言っていいのか?とにかく、助かった」西田には返り血が付着し、声が震えていた。
残る二人の男も怯えている。ロープでの拘束を考えたが彼らはナイフを構えていた。取り上げたとしても抵抗する男達をロープで結び、拘束する繊細な操作は現実的ではなかった。その間に反撃を受けてしまう。夏生は精神的に限界だった。銃を持った男のように戦意喪失してくれ、と夏生は祈り、血の付着したナイフを浮遊させた。「これでも立ち向かうの?」挑発をした。
「う、うあああ」恐怖とも違う、得体のものに衝き動かされるように男達は走ってきた。目が血走っている。夏生は目を閉じ、ナイフに意識を集中させた。
夏生は目を開ける。一人の男はロープで拘束され、残る三人の男は両足から血を流し、倒れていた。秋菜を助けるためとはいえ、夏生は自分の意思で相手を傷つけた。腱などを切断しているわけではないため、今後の生活に支障がでたり、命の危険というほどではない。しかし傷つけた事実は思っていた以上に夏生の胸に重く、のし掛かる。
立ち止まっている暇はない。「行かないと」夏生は一歩踏み出すが、右足を、掴まれた。その手は濡れており、全身に怖気が、鳥肌が走る。
目を向けると、背の低い男だった。這いつくばってでも、夏生を止めようとする執念深さが理解できなかった。何をそこまで駆り立てるのだろうか。夏生は反射的に足を引く、男の手は力なく離れた。
「お願いだ。あいつを倒してくれ」背の低い男が懇願するように言った。
「こいつらも脅されてたんだ」西田が夏生の方に手を置いた。「なあ、あんたもだろう?」ロープで縛られた男に言う。
「ああ、あいつ、山岸はお袋や親父を人質にした。何の偶然か娘まで……俺はどうすることもできなかった」銃の男は力なく呟いてから、夏生を見た。「なあ、頼む、俺も連れて行ってくれ」
夏生は逡巡した。この暗闇の中、男は正確に夏生の頭を狙うその腕は確かだった。超能力がなければ確実に命を失っていただろう。味方であれば頼れる存在だが裏切られた時のリスクは大きかった。
「ごめんなさい。あなたを連れて行くことはできない」夏生は断った。
「そうか」男は悔しそうに唇を噛む。
「あなたの名前は?」
「黒田だ」
「黒田さん、私が山岸を倒します」夏生は他の男達にも目を向けた。「大切な人たちのために戦ったあなたたちは立派です。だから、ここで休んでてください」
「男達が揃いも揃って情けないな。あんた、頼む」背の低い男が懇願する。足の傷が痛々しい。
夏生は頷いた。「じゃあ、行くか」と西田が進もうと歩き出す。「待って」夏生は声をかける。「どうして?」と西田は振り返った。
夏生は拳銃と一本のナイフを差し出した。「西田。あなたは彼らの治療と動かないように見張ってくれる?拘束しているとはいえ、油断はできない。山岸と戦うには集中できる環境が必要なの。ここに留まるのも立派な仕事、貢献だよ」西田を巻き込みたくない、という思いも強かったが、今話したことも嘘ではない。
西田を連れ、夏生が戦っている場面を想像する。男達が拘束を解き、乱入してきてもおかしくはなかった。敵として寝返ることも十分に有り得る。加えて西田も守りながら戦うとなればあっという間に不利になるだろう。不意を突かれれば、その一瞬で命を失う。その上で西田をここに残すことが最善だと、夏生は判断する。
西田は拳銃とナイフを受け取りながらも、不満そうな表情を浮かべた。男達を見て夏生に振り返る。「わかった。ただし、絶対帰ってこいよ。約束だ」西田が拳を突き出した。
「うん。絶対帰る」夏生は拳を突き合わせた。
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スクーターのライトが消え、辺りが闇に包まれる。山奥のため、当然街灯はない。草木が揺れる音とカラスの鳴き声が響き渡る。西田は背負ったリュックから、ライトを取り出した。
「よし、行くか」西田がライトをつける。
「ねえ西田。そのリュックには何が入っているの?」夏生は背負っている緑色のリュックを指す。部活で使っているのか、とても大容量だった。
「救急セットやロープ、使えそうなものは何でも入れてきたぞ」西田がリュックから物を取り出している。
「何でも入ってるね」夏生は笑う。「私はこのままできちゃったからどうしようかと思ってた。助かる」山岸の電話に居ても立ってもいられなくなった夏生は、制服のまま、走り出してしまった。準備した物など何もなかったのだ。
「そりゃよかった」西田はリュックを背負い歩き出す。「ここを登りきれば秋菜がいるところに着くのか」肩にはバットケースがかけられていた。戦闘準備も万全なのだろう。
「うん。もう少しで着くはず。でも何があるか分からないから油断しないで。身の危険を感じたらすぐに逃げること。いいね」西田に念を押す。
「ああ」西田は神妙に頷いた。衣類が草木に擦れる音や、ぱきぱき小枝や砂利を踏む音が鳴り響く。
突然、銃声が鳴った。木々が揺れる音が聞こえる。カラスが驚き、飛んで行ったのだ。「伏せて!私の後ろへ」と西田へ叫ぶ。
銃弾は、夏生の目と鼻の先で静止した。周囲は暗くて見えないが、方向は特定した。夏生は、足元の砂利を浮遊させる。霧のように分散させ、暗闇に向けて放った。当たった手応えを感じる。夏生は一瞬で生い茂る木々を掻き分け、身を潜める男の目の前に辿り着いた。山道を走るのは、普段の裏山で慣れている。
男は「ひいっ」と情けない声上げ、尻餅をついた。「銃が効かないって、何なんだよ。お前達は。化け物め!」男の声が裏返る。戦意喪失、といったところだ。目は得体の知れないものを見るようで、胸に冷たいものが走る。過去の西田を思い出した。
夏生は男から銃を取り上げた。無抵抗だった。西田が恐る恐る茂みをかき分けて歩いてくる。「何なんだよ、一体」と弱音を吐いている。無理もない。ただの高校生なのだ。銃を持つ相手に堂々としていることを求める方がが酷だった。
「西田。ロープある?」西田の方へ聞く。
「あ、ああ」西田はリュックからロープを取り出し、夏生へ放り投げる。
夏生はキャッチをせず、浮かせた状態で男にロープを巻き、結んだ。これで拘束は大丈夫だろう。「ごめんね。こんなことをして」
男はぶつぶつと何かを呟いている。「ああ、これで俺の人生は終わりだ……ごめん」男が嘆いている。夏生ではなく別な存在を恐れているようだった。「大丈夫。命を奪ったりはしないよ。何をそんなに恐れて——」夏生は言葉を止め、立ち上がる。
茂みが激しく揺れ、三人の男達が飛び出してきた。その手にはナイフが握られている。必死の形相で、夏生の命を奪おうとしているのが伝わってきた。|気圧《けお》され、後退りをしてしまう。背中が壁にぶつかった。振り向くと、壁ではなく西田だった。身体の震えが、夏生にも伝わってくる。しかし彼の目には意志が宿っていた。
西田が一歩踏み出すのと同時に、背の低い男が声を上げ、西田へと突進する。夏生は慌てて、男のナイフを超能力で取り上げた。浮き上がったナイフは、両足の太ももを切り裂いた。「ごめん」と夏生は呟き、顔を伏せる。
男は悲鳴を上げ、呆気なく崩れ落ちた。超能力を使って人を傷つけるのは初めてだった。超能力越しでも肉を抉る感覚が、頭から離れなかった。
「あ、安藤、ありがとうと言っていいのか?とにかく、助かった」西田には返り血が付着し、声が震えていた。
残る二人の男も怯えている。ロープでの拘束を考えたが彼らはナイフを構えていた。取り上げたとしても抵抗する男達をロープで結び、拘束する繊細な操作は現実的ではなかった。その間に反撃を受けてしまう。夏生は精神的に限界だった。銃を持った男のように戦意喪失してくれ、と夏生は祈り、血の付着したナイフを浮遊させた。「これでも立ち向かうの?」挑発をした。
「う、うあああ」恐怖とも違う、得体のものに衝き動かされるように男達は走ってきた。目が血走っている。夏生は目を閉じ、ナイフに意識を集中させた。
夏生は目を開ける。一人の男はロープで拘束され、残る三人の男は両足から血を流し、倒れていた。秋菜を助けるためとはいえ、夏生は自分の意思で相手を傷つけた。腱などを切断しているわけではないため、今後の生活に支障がでたり、命の危険というほどではない。しかし傷つけた事実は思っていた以上に夏生の胸に重く、のし掛かる。
立ち止まっている暇はない。「行かないと」夏生は一歩踏み出すが、右足を、掴まれた。その手は濡れており、全身に怖気が、鳥肌が走る。
目を向けると、背の低い男だった。這いつくばってでも、夏生を止めようとする執念深さが理解できなかった。何をそこまで駆り立てるのだろうか。夏生は反射的に足を引く、男の手は力なく離れた。
「お願いだ。あいつを倒してくれ」背の低い男が懇願するように言った。
「こいつらも脅されてたんだ」西田が夏生の方に手を置いた。「なあ、あんたもだろう?」ロープで縛られた男に言う。
「ああ、あいつ、山岸はお袋や親父を人質にした。何の偶然か娘まで……俺はどうすることもできなかった」銃の男は力なく呟いてから、夏生を見た。「なあ、頼む、俺も連れて行ってくれ」
夏生は|逡巡《しゅんじゅん》した。この暗闇の中、男は正確に夏生の頭を狙うその腕は確かだった。超能力がなければ確実に命を失っていただろう。味方であれば頼れる存在だが裏切られた時のリスクは大きかった。
「ごめんなさい。あなたを連れて行くことはできない」夏生は断った。
「そうか」男は悔しそうに唇を噛む。
「あなたの名前は?」
「黒田だ」
「黒田さん、私が山岸を倒します」夏生は他の男達にも目を向けた。「大切な人たちのために戦ったあなたたちは立派です。だから、ここで休んでてください」
「男達が揃いも揃って情けないな。あんた、頼む」背の低い男が懇願する。足の傷が痛々しい。
夏生は頷いた。「じゃあ、行くか」と西田が進もうと歩き出す。「待って」夏生は声をかける。「どうして?」と西田は振り返った。
夏生は拳銃と一本のナイフを差し出した。「西田。あなたは彼らの治療と動かないように見張ってくれる?拘束しているとはいえ、油断はできない。山岸と戦うには集中できる環境が必要なの。ここに留まるのも立派な仕事、貢献だよ」西田を巻き込みたくない、という思いも強かったが、今話したことも嘘ではない。
西田を連れ、夏生が戦っている場面を想像する。男達が拘束を解き、乱入してきてもおかしくはなかった。敵として寝返ることも|十分《じゅうぶん》に有り得る。加えて西田も守りながら戦うとなればあっという間に不利になるだろう。不意を突かれれば、その一瞬で命を失う。その上で西田をここに残すことが最善だと、夏生は判断する。
西田は拳銃とナイフを受け取りながらも、不満そうな表情を浮かべた。男達を見て夏生に振り返る。「わかった。ただし、絶対帰ってこいよ。約束だ」西田が拳を突き出した。
「うん。絶対帰る」夏生は拳を突き合わせた。