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三章 山岸豊 31

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涼しい風が山岸の身を包む。(せい)の実感を全身に受け止めていた。山岸は無事生存した。矢吹も同様である。彼の強運さに、山岸は末恐ろしさを感じた。
 山岸は依頼で受けた報酬の殆どに手をつけていなかった。世捨て人のように生きてから、物欲が急になくなったのだ。お陰で今、山岸は全国で情報を集めるために放浪ができるようになっている。
「能力者の組織がある、と聞いたことがある。眉唾ものではあるがな」部屋から出る時、矢吹がそう言った。「荒唐無稽だ、と信じていなかったが山岸に出会ってから本当なのではないか、と思うようになった」
「組織、ですか?」そうか、と山岸は納得した。初めて声をかけられた日に、超能力のことを疑わずに接触してきたことがずっと不思議だったのだ。
「ああ、そうだ」矢吹は思い出したかのように答えた。「全国に廃墟を改造した拠点がある。好きに使いな」
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」自分が出て行くことをわかっていたのか。
「なあに。お前らみたいな人間の行先が見てみたいだけさ。老い先短い、老いぼれの楽しみだよ」矢吹は笑った。
 そのような経緯で、全国を渡り歩いていた。山岸が組織で仕事をしていた一年の間に事件性はなし、と判断され捜査は打ち切られていた。そのため、表社会に戻ろうと決めたのだ。
 情報を集めるために足を使って全国を回った。「超能力」という言葉は使わずに「不可解な現象を目撃したことはないか」と居酒屋や、街頭などで調査をしたが目ぼしい情報は手に入らず、山岸は途方にくれていた。山岸はファミレスに入り、ドリンクバーで長居しながら客の話し声に耳を傾ける。どこから情報が手に入るかわからない。ひたすら人のいる場所を回り、地道に情報収集を行っていた。
 しかし、半年が経過しても情報は得られず、空虚さや虚しさを感じていたところだった。
「いや、本当なんだって」背後の席から少年の話し声が聞こえてくる。切羽詰まった様子で「信じてくれよ」と訴えかけていた。「ボールが当たんなかったんだって」
 山岸は思わず身を乗り出していた。「君、その話詳しく聞かせてくれない?」周囲にいた少年の友人たちが不審そうに山岸を見ていた。反対に少年は目を輝かせていた。
 
「ボールが、当たらなかったんです」少年が力説した。丸刈りで爽やかそうな印象を受ける。山岸と窓際のテーブルで、向かい合わせに座っている。
 中学二年生くらいだろうか。高校生になれば好青年になるだろうな、と山岸は思う。『超常現象研究会』という名刺を渡すと、少年はあっさりと信じた。友人たちは怪訝そうに山岸を見て、露骨に怪しそうな表情をした。「おい、やばい人だって」と少年に促したが話を聞いてくれる人がいることに興奮し、聞く耳を持たなかった。彼らは苦笑しながらファミレスを後にした。
「大丈夫なのか?友達に呆れられていたけど」山岸が心配する素振りを見せたが「いいんですよ。どうせ信じてもらえてなかったし」と少年は飄々と答えた。
「なら、いいんだけど」山岸は苦笑し、「で、何を見たんだい?」質問をした。すると「ボールが、当たらなかった」と答えが返ってきたのだ。
「どうしてそう思ったんだい?」
「俺が投げたボールが打たれて、河川敷の歩道?に飛んでいったんです。落ちる前に俺は坂を登って走ったんです。二人の女子高校生達に当たりそうだったから。俺が登り切る頃にはボールは地面を転がってた。『当たりませんでした?』と聞いたら二人は当たってないと答えながらも、どこか取り繕っているような表情でした」
 少年は苺パフェを美味しそうに食べながら答える。奢ると言えば素直に喜ぶ少年の危機意識の薄さに、山岸は心配を覚える。
 入り口から、高校生くらいの男二人が店内に入ってきた。片方の男は帽子をかぶっている。目の前の少年と比べると顔つきや体格が大きく成長していた。未来ある若者と道を踏み外した大人、という構図を山岸は思い浮かべる。
 高校生達は山岸の右手、通路を挟んでの席に座った。メニューを広げ和気藹々としている。
「なるほど。怪しかったけど現象が起こった瞬間は目撃していないんだね」山岸は再度確認をとる。
「はい、そうです」少年は頷く。聞き分けの良い生徒のようだった。
 山岸は落胆し、舌打ちしそうになるのを堪えた。その瞬間を目撃していないのであれば意味がなかった。パフェを奢ったことを軽く後悔しそうになる。
「でも、それだけじゃなくて」少年は話を続ける。「『今のって』『状況が状況だし仕方ない』という二人の会話が聞こえてきたんです。慌ててるし、何か変なことが起きたんじゃないでしょうか?」 
 山岸は身を乗り出しそうになる。「本当か!他にわかることはあるかい?」
「たしか」と少年は思案し腕を組む。目線が天井を向いている。「ああ、そう。ナツキとアキナって呼びあっていたと思います」制服から判断し、高校名も教えてくれた。
 ガタッ、と机が動く音が聞こえた。音の方向に目を向けると帽子を被った男子高校生と視線が、かち合った。「おい、どうした?」友人に声をかけられると男は「なんでもない」と取り繕い、会話へと戻っていった。山岸も特段、気にすることはなく、視線を戻す。「ナツキ、アキナ」と呟く。
「あと、お揃いのクマのキーホルダーをつけてました」
「どんどん出てくるじゃないか」と山岸は笑う。
「それで、あなたはこの情報を得て、どうするつもりなんですか?」
「インタビューをするよ。調査は自分の足でしないとね」小さな街だ。謎の男が怪しい調査をしている、と少年が周囲に話せば接触することが困難になる。悠長に手をこまねいている時間はなさそうだ、と山岸は思う。
「ふーん」少年はあまり関心がなさそうだ。「あ、クリームソーダも頼んでいいですか?」
「ああ、いいよ」と山岸は苦笑する。最近の若者は遠慮を知らないのか。


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涼しい風が山岸の身を包む。|生《せい》の実感を全身に受け止めていた。山岸は無事生存した。矢吹も同様である。彼の強運さに、山岸は末恐ろしさを感じた。
 山岸は依頼で受けた報酬の殆どに手をつけていなかった。世捨て人のように生きてから、物欲が急になくなったのだ。お陰で今、山岸は全国で情報を集めるために放浪ができるようになっている。
「能力者の組織がある、と聞いたことがある。眉唾ものではあるがな」部屋から出る時、矢吹がそう言った。「荒唐無稽だ、と信じていなかったが山岸に出会ってから本当なのではないか、と思うようになった」
「組織、ですか?」そうか、と山岸は納得した。初めて声をかけられた日に、超能力のことを疑わずに接触してきたことがずっと不思議だったのだ。
「ああ、そうだ」矢吹は思い出したかのように答えた。「全国に廃墟を改造した拠点がある。好きに使いな」
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」自分が出て行くことをわかっていたのか。
「なあに。お前らみたいな人間の行先が見てみたいだけさ。老い先短い、老いぼれの楽しみだよ」矢吹は笑った。
 そのような経緯で、全国を渡り歩いていた。山岸が組織で仕事をしていた一年の間に事件性はなし、と判断され捜査は打ち切られていた。そのため、表社会に戻ろうと決めたのだ。
 情報を集めるために足を使って全国を回った。「超能力」という言葉は使わずに「不可解な現象を目撃したことはないか」と居酒屋や、街頭などで調査をしたが目ぼしい情報は手に入らず、山岸は途方にくれていた。山岸はファミレスに入り、ドリンクバーで長居しながら客の話し声に耳を傾ける。どこから情報が手に入るかわからない。ひたすら人のいる場所を回り、地道に情報収集を行っていた。
 しかし、半年が経過しても情報は得られず、空虚さや虚しさを感じていたところだった。
「いや、本当なんだって」背後の席から少年の話し声が聞こえてくる。切羽詰まった様子で「信じてくれよ」と訴えかけていた。「ボールが当たんなかったんだって」
 山岸は思わず身を乗り出していた。「君、その話詳しく聞かせてくれない?」周囲にいた少年の友人たちが不審そうに山岸を見ていた。反対に少年は目を輝かせていた。
「ボールが、当たらなかったんです」少年が力説した。丸刈りで爽やかそうな印象を受ける。山岸と窓際のテーブルで、向かい合わせに座っている。
 中学二年生くらいだろうか。高校生になれば好青年になるだろうな、と山岸は思う。『超常現象研究会』という名刺を渡すと、少年はあっさりと信じた。友人たちは怪訝そうに山岸を見て、露骨に怪しそうな表情をした。「おい、やばい人だって」と少年に促したが話を聞いてくれる人がいることに興奮し、聞く耳を持たなかった。彼らは苦笑しながらファミレスを後にした。
「大丈夫なのか?友達に呆れられていたけど」山岸が心配する素振りを見せたが「いいんですよ。どうせ信じてもらえてなかったし」と少年は飄々と答えた。
「なら、いいんだけど」山岸は苦笑し、「で、何を見たんだい?」質問をした。すると「ボールが、当たらなかった」と答えが返ってきたのだ。
「どうしてそう思ったんだい?」
「俺が投げたボールが打たれて、河川敷の歩道?に飛んでいったんです。落ちる前に俺は坂を登って走ったんです。二人の女子高校生達に当たりそうだったから。俺が登り切る頃にはボールは地面を転がってた。『当たりませんでした?』と聞いたら二人は当たってないと答えながらも、どこか取り繕っているような表情でした」
 少年は苺パフェを美味しそうに食べながら答える。奢ると言えば素直に喜ぶ少年の危機意識の薄さに、山岸は心配を覚える。
 入り口から、高校生くらいの男二人が店内に入ってきた。片方の男は帽子をかぶっている。目の前の少年と比べると顔つきや体格が大きく成長していた。未来ある若者と道を踏み外した大人、という構図を山岸は思い浮かべる。
 高校生達は山岸の右手、通路を挟んでの席に座った。メニューを広げ和気藹々としている。
「なるほど。怪しかったけど現象が起こった瞬間は目撃していないんだね」山岸は再度確認をとる。
「はい、そうです」少年は頷く。聞き分けの良い生徒のようだった。
 山岸は落胆し、舌打ちしそうになるのを堪えた。その瞬間を目撃していないのであれば意味がなかった。パフェを奢ったことを軽く後悔しそうになる。
「でも、それだけじゃなくて」少年は話を続ける。「『今のって』『状況が状況だし仕方ない』という二人の会話が聞こえてきたんです。慌ててるし、何か変なことが起きたんじゃないでしょうか?」 
 山岸は身を乗り出しそうになる。「本当か!他にわかることはあるかい?」
「たしか」と少年は思案し腕を組む。目線が天井を向いている。「ああ、そう。ナツキとアキナって呼びあっていたと思います」制服から判断し、高校名も教えてくれた。
 ガタッ、と机が動く音が聞こえた。音の方向に目を向けると帽子を被った男子高校生と視線が、かち合った。「おい、どうした?」友人に声をかけられると男は「なんでもない」と取り繕い、会話へと戻っていった。山岸も特段、気にすることはなく、視線を戻す。「ナツキ、アキナ」と呟く。
「あと、お揃いのクマのキーホルダーをつけてました」
「どんどん出てくるじゃないか」と山岸は笑う。
「それで、あなたはこの情報を得て、どうするつもりなんですか?」
「インタビューをするよ。調査は自分の足でしないとね」小さな街だ。謎の男が怪しい調査をしている、と少年が周囲に話せば接触することが困難になる。悠長に手をこまねいている時間はなさそうだ、と山岸は思う。
「ふーん」少年はあまり関心がなさそうだ。「あ、クリームソーダも頼んでいいですか?」
「ああ、いいよ」と山岸は苦笑する。最近の若者は遠慮を知らないのか。