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三章 山岸豊 27

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翌日、山岸は出社せず、自宅で超能力の練習を試みた。引火しても消せるように狭い風呂場で練習をした。どうやら熱や炎を操ることができるらしい。触れていなくとも、対象物を燃やす事ができる。
 それから山岸は、三日間の有給をとった。超能力のためだ。月曜日の朝に急遽会社に連絡をしたため、村岡の小言が止まらなかったが「労働者の権利なんで」と言って電話を切った。今までの山岸には考えられない行動だった。
 その期間は練習に励み、木曜日に出社した。感情が昂り、超能力を暴発させてしまわないよう気を遣った結果、ミスがいつもより少なかった。
 超能力をある程度使いこなした山岸は、田川との接触を考えていた。住所は再会した時に、彼自身が話していたため知っている。来週、実行に移そう、と意気込み山岸は会社を出る。時間は夜九時を回っていた。
「おう、山岸、この間ぶりだな」
 動きが止まる。歩道の植え込みの(ふち)に田川が腰掛けていたからだ。その手には缶チューハイが握られている。山岸は息を呑んだ。
「田川、どうしてここに?」
「仕事帰りにこの辺で飲んでたんだよ。そしたら山岸の会社のことを思い出してな。待ってれば会えるかと思って待ってたんだ」
「待つと言ったって、いつから?」
「早めに解散して八時過ぎくらいだな」
「どうして、そこまで」計画がばれているのではないか、と山岸は焦る。
「まあまあ、歩きながらゆっくり話そうや」田川の顔が、下品に歪んでいた。
 
 山岸は駅前から離れた公園のトイレに連れられていた。田川が待ち伏せていたことには面食らったが、好都合だった。
 田川は酒臭く、足取りもおぼつかない様子だ。向き合う形になる。
「最近さ、仕事も増えてきてストレス溜まってんだよね。なあ、山岸、わかるよな?」田川が山岸の肩に手を置いてくる。全身に怖気が走り、反射的にその手を払いのけていた。「やめてくれ」
「おー、怖い怖い」田川がけらけらと笑う。その表情を見て、山岸は憎悪が身体中に駆け巡るのを感じる。同時に恐怖感もだ。自然と俯いてしまう。恐怖が憎悪を上回る前に動かなくてはならない。
 山岸は自身を奮い立たせ、顔を上げて田川の目を見た。そして、トイレの天井が見えた。視界がちかちかする。鼻が痛い、涙が出る。手で押さえると湿り気を感じた。見ると手の平が赤く染まっている。鼻血だった。山岸は顔面を殴られたのだと遅れて気づく。
「その態度だよ」間髪を入れずに田川のつま先が腹部にめり込む。蹴られた箇所を両手で抑える。咳き込んでしまう。超能力は、意識を集中させなければ使えない。痛みに耐えているようでは到底使えない。ただの人間と同じである。トイレの床に尻餅をつく。学生時代と同じだった。情けなさを感じる。
 攻撃が止まった。見ると、頭を抑えて壁に寄りかかっていた。酔いが、大分回っているようだった。学生時代は『見える場所に痣を作らせるな』と言っていたが、今の田川はそんなことはお構いなしだ。体格も成熟し、お酒でタガが外れているため余計にタチが悪かった。命の危険を感じる。だからこそ、この瞬間が形成逆転のチャンスだった。
「おい、田川、これを見ろ」山岸はよろよろと立ち上がり、手提げバッグから一枚の写真を取り出した。田川の自宅と幼稚園バスに乗る男の子の姿が映されていた。前日に撮った写真だった。田川との会話を思い出し、最寄駅周辺を歩いていた。その時にバスに乗る田川の息子の姿を発見したのだ。山岸は散歩を装いながら撮影した。
「なんで翔太の写真を持ってんだ?おい!どういうことだ」田川が掴みかかる。必死の形相に気圧されながらも山岸は、自分のペースに引き込もうとする。
「この間、最寄駅を教えてくれただろ」声が震える。慣れないことをするものではない、と山岸は思ったがここが正念場だ。お腹に力を入れた。
「ほら」山岸は写真を手渡した。田川は怪訝そうに受け取った。「見てろ」と山岸は写真に意識を集中させる。そして写真は火種もない状態で突然、燃え始めた。
「うわっ。なんだ」田川が慌てて写真を手放す。驚きで目を見開いていた。床に落ちる頃には燃え尽きていた。 
「見ての通りさ、燃やしたんだよ」その姿を見て愉快な気分になる。これで筋書き通り、田川を脅すことができそうだ。「見ての通り俺は、物への熱を上昇させて燃やすことができる。お前の家に適当なチラシを投函している。それをここから燃やしたらどうなるか、分かるよな?」
 計画では田川を呼び出し、家族を人質にとり、金を巻き上げることだった。殺すことは流石に抵抗があった。ならば現実的な復讐は彼に頭を下げさせ、奪われたお金と時間を弁償してもらうことだった。チラシを燃やすことについてはハッタリだったが脅しには十分だ。
 予想に反して田川は高笑いを上げる。「ははっ。久しぶりに笑った」と田川は目尻の涙を拭い、鼻で笑う。「分かったよ。そういうことか」
「何がおかしい」
「高校時代の鬱憤(うっぷん)を今晴らそうってか。大方、今の俺を見て、嫉妬で復讐したくなったってとこだろ。違うか?」ひっく、としゃくりあげる。「なんで写真を持ってるのかは知らないが、その写真が燃えたのは驚いた。手品ごっこか?俺も舐められたもんだな。それで出し抜けると思ってたのか?」
 山岸は悔しさを感じ、唇を噛む。気弱さが顔を出しそうになったが必死に自分を抑えた。
「大したもんだなあ。家を燃やす?そんなことしたら、山岸、お前が捕まるぞ」
「男が手品で放火をした、なんて供述を誰が信じるんだ?」雲行きが怪しくなり、山岸は焦りを感じていた。
「はっ、どうせ本気じゃないだろ。三年間お前を見てきたんだ。お前には無理だ」
 田川はどうやら、手品の類だと思っているらしい。信じる様子は全くなかった。想定とは違う展開に山岸は肩透かしと、苛立ちを覚える。
「おい、何らよ。その目は」田川の目は据わり、呂律が回っていない。「なあ、いい加減にしろよ」
 田川の手が動くのが見えた。避けようとした頃には首を掴まれていた。「うっ」と山岸は呻き声を上げる。
「俺が、お前にビビるとでも思ってたのか?なあ」田川の手に力が入る。
 意識が、遠のいていく。必死に打開策を見出そうとするが思い出されるのは、いじめられていた場面だけだった。手足がだらん、と垂れ、力が入らなくなる。
 超能力に目覚めた時と同じように、田川への憎悪が山岸の意識を保たせていた。楽しそうに笑う、田川の顔が見える。気がつくと、田川の腕に、山岸は手を添えていた。
 人体に試すのは初めてだが、なぜかできるという確信があった。こいつに殺されてはいけない、生きねばならない、そのことだけが頭に浮かんでいた。次の瞬間、田川の腕が発火し、チリチリと燃え始める。伝達していくように、全身が一気に燃えていった。田川は驚き、悲鳴を上げる暇もなかった。
 山岸は尻餅をつく。咳き込み、必死で呼吸をし、全身に酸素を送る。床に何かが崩れ落ちる音が聞こえた。見ると、全身が丸こげになった黒い物体が床に転がっていた。山岸は腰が抜けた。壁を掴み、なんとか立ち上がり、痛みに顔を顰めながらもその場を後にした。


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 それから山岸は、三日間の有給をとった。超能力のためだ。月曜日の朝に急遽会社に連絡をしたため、村岡の小言が止まらなかったが「労働者の権利なんで」と言って電話を切った。今までの山岸には考えられない行動だった。
 その期間は練習に励み、木曜日に出社した。感情が昂り、超能力を暴発させてしまわないよう気を遣った結果、ミスがいつもより少なかった。
 超能力をある程度使いこなした山岸は、田川との接触を考えていた。住所は再会した時に、彼自身が話していたため知っている。来週、実行に移そう、と意気込み山岸は会社を出る。時間は夜九時を回っていた。
「おう、山岸、この間ぶりだな」
 動きが止まる。歩道の植え込みの|縁《ふち》に田川が腰掛けていたからだ。その手には缶チューハイが握られている。山岸は息を呑んだ。
「田川、どうしてここに?」
「仕事帰りにこの辺で飲んでたんだよ。そしたら山岸の会社のことを思い出してな。待ってれば会えるかと思って待ってたんだ」
「待つと言ったって、いつから?」
「早めに解散して八時過ぎくらいだな」
「どうして、そこまで」計画がばれているのではないか、と山岸は焦る。
「まあまあ、歩きながらゆっくり話そうや」田川の顔が、下品に歪んでいた。
 山岸は駅前から離れた公園のトイレに連れられていた。田川が待ち伏せていたことには面食らったが、好都合だった。
 田川は酒臭く、足取りもおぼつかない様子だ。向き合う形になる。
「最近さ、仕事も増えてきてストレス溜まってんだよね。なあ、山岸、わかるよな?」田川が山岸の肩に手を置いてくる。全身に怖気が走り、反射的にその手を払いのけていた。「やめてくれ」
「おー、怖い怖い」田川がけらけらと笑う。その表情を見て、山岸は憎悪が身体中に駆け巡るのを感じる。同時に恐怖感もだ。自然と俯いてしまう。恐怖が憎悪を上回る前に動かなくてはならない。
 山岸は自身を奮い立たせ、顔を上げて田川の目を見た。そして、トイレの天井が見えた。視界がちかちかする。鼻が痛い、涙が出る。手で押さえると湿り気を感じた。見ると手の平が赤く染まっている。鼻血だった。山岸は顔面を殴られたのだと遅れて気づく。
「その態度だよ」間髪を入れずに田川のつま先が腹部にめり込む。蹴られた箇所を両手で抑える。咳き込んでしまう。超能力は、意識を集中させなければ使えない。痛みに耐えているようでは到底使えない。ただの人間と同じである。トイレの床に尻餅をつく。学生時代と同じだった。情けなさを感じる。
 攻撃が止まった。見ると、頭を抑えて壁に寄りかかっていた。酔いが、大分回っているようだった。学生時代は『見える場所に痣を作らせるな』と言っていたが、今の田川はそんなことはお構いなしだ。体格も成熟し、お酒でタガが外れているため余計にタチが悪かった。命の危険を感じる。だからこそ、この瞬間が形成逆転のチャンスだった。
「おい、田川、これを見ろ」山岸はよろよろと立ち上がり、手提げバッグから一枚の写真を取り出した。田川の自宅と幼稚園バスに乗る男の子の姿が映されていた。前日に撮った写真だった。田川との会話を思い出し、最寄駅周辺を歩いていた。その時にバスに乗る田川の息子の姿を発見したのだ。山岸は散歩を装いながら撮影した。
「なんで翔太の写真を持ってんだ?おい!どういうことだ」田川が掴みかかる。必死の形相に気圧されながらも山岸は、自分のペースに引き込もうとする。
「この間、最寄駅を教えてくれただろ」声が震える。慣れないことをするものではない、と山岸は思ったがここが正念場だ。お腹に力を入れた。
「ほら」山岸は写真を手渡した。田川は怪訝そうに受け取った。「見てろ」と山岸は写真に意識を集中させる。そして写真は火種もない状態で突然、燃え始めた。
「うわっ。なんだ」田川が慌てて写真を手放す。驚きで目を見開いていた。床に落ちる頃には燃え尽きていた。 
「見ての通りさ、燃やしたんだよ」その姿を見て愉快な気分になる。これで筋書き通り、田川を脅すことができそうだ。「見ての通り俺は、物への熱を上昇させて燃やすことができる。お前の家に適当なチラシを投函している。それをここから燃やしたらどうなるか、分かるよな?」
 計画では田川を呼び出し、家族を人質にとり、金を巻き上げることだった。殺すことは流石に抵抗があった。ならば現実的な復讐は彼に頭を下げさせ、奪われたお金と時間を弁償してもらうことだった。チラシを燃やすことについてはハッタリだったが脅しには十分だ。
 予想に反して田川は高笑いを上げる。「ははっ。久しぶりに笑った」と田川は目尻の涙を拭い、鼻で笑う。「分かったよ。そういうことか」
「何がおかしい」
「高校時代の|鬱憤《うっぷん》を今晴らそうってか。大方、今の俺を見て、嫉妬で復讐したくなったってとこだろ。違うか?」ひっく、としゃくりあげる。「なんで写真を持ってるのかは知らないが、その写真が燃えたのは驚いた。手品ごっこか?俺も舐められたもんだな。それで出し抜けると思ってたのか?」
 山岸は悔しさを感じ、唇を噛む。気弱さが顔を出しそうになったが必死に自分を抑えた。
「大したもんだなあ。家を燃やす?そんなことしたら、山岸、お前が捕まるぞ」
「男が手品で放火をした、なんて供述を誰が信じるんだ?」雲行きが怪しくなり、山岸は焦りを感じていた。
「はっ、どうせ本気じゃないだろ。三年間お前を見てきたんだ。お前には無理だ」
 田川はどうやら、手品の類だと思っているらしい。信じる様子は全くなかった。想定とは違う展開に山岸は肩透かしと、苛立ちを覚える。
「おい、何らよ。その目は」田川の目は据わり、呂律が回っていない。「なあ、いい加減にしろよ」
 田川の手が動くのが見えた。避けようとした頃には首を掴まれていた。「うっ」と山岸は呻き声を上げる。
「俺が、お前にビビるとでも思ってたのか?なあ」田川の手に力が入る。
 意識が、遠のいていく。必死に打開策を見出そうとするが思い出されるのは、いじめられていた場面だけだった。手足がだらん、と垂れ、力が入らなくなる。
 超能力に目覚めた時と同じように、田川への憎悪が山岸の意識を保たせていた。楽しそうに笑う、田川の顔が見える。気がつくと、田川の腕に、山岸は手を添えていた。
 人体に試すのは初めてだが、なぜかできるという確信があった。こいつに殺されてはいけない、生きねばならない、そのことだけが頭に浮かんでいた。次の瞬間、田川の腕が発火し、チリチリと燃え始める。伝達していくように、全身が一気に燃えていった。田川は驚き、悲鳴を上げる暇もなかった。
 山岸は尻餅をつく。咳き込み、必死で呼吸をし、全身に酸素を送る。床に何かが崩れ落ちる音が聞こえた。見ると、全身が丸こげになった黒い物体が床に転がっていた。山岸は腰が抜けた。壁を掴み、なんとか立ち上がり、痛みに顔を顰めながらもその場を後にした。