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二章 松原秋菜 15

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「遊園地に行きたいだなんて、どうしたの急に?」陽子はキッチンで晩御飯の支度をしていたと思う。秋菜は手伝いをしていた。
「最近、夏生の元気がないから」ピーラーで人参の皮を剥く。その日はカレーで秋菜は野菜を切る係だった。
「だから夏生ちゃんと一緒に行きたいのね」
「でもね、車で行っちゃダメだよ。多分、怖いと思うから」秋菜の家ではお金を貯めて小旅行に行くことがよくあった。
 移動手段は車。決して裕福とは言えないが、陽子と行く旅行が秋菜にとっては年に一度の楽しみだった。
 陽子は辛そうに眉を下げる。「そうね。じゃあ、新幹線で行きましょうか」
「お母さん、ありがとう。ちょっと待ってて」と秋菜は軽く手を洗って部屋へと戻る。
 貯金箱を手にし、陽子へ差し出した。じゃらじゃらとご銭がぶつかり合う音が鳴る。「でも、お金がかかるから私も出すよ」中には祖父母、親戚からもらったお年玉が入っていた。
 秋菜は散財せず、コツコツと貯金していた。アクセサリーや好きな本、欲しいものは沢山あったがそれ以上に夏生の笑顔を見ることが大切だった。
「秋菜……」陽子の目は潤んでいた。首を振り、貯金箱を秋菜に戻す。
「お金のことは気にしなくていいのよ。小学生だけで東京を歩かせられないから私も同伴するわ。でも遊園地の中には入らない。二人で思いっきり遊んでらっしゃい」
「うん、ありがとう」秋菜は元気よく返事をした。
「そうと決まれば夏生ちゃんに相談ね。今日はウチに呼んで一緒に晩御飯を食べましょうか」
 その夜、夏生を呼んで一緒にカレーを食べた。秋菜の話題に「うん、そうなんだ、面白いね」と相槌を打っていたが声のトーンは低く、薄い反応だった。
 けれど遊園地の話を相談した途端、夏生は何かを思い出したかのように顔を上げた。秋菜と目が合った。夏生の顔がくしゃっと歪み、ポロポロと涙が溢れ始めたのだ。
 予想外の反応に戸惑っていた秋菜だったが、隣で様子を見ていた陽子が静かに近づき、夏生を、無言で抱きしめた。
 すると堰を切ったように声を上げ、夏生は更に泣き始めた。気がつくと、秋菜も一緒に泣いていた。
 夏生との遊園地は楽しかった。人生で一番楽しかったのではないだろうか、と秋菜は思った。お城から打ち上げられた花火を夏生と二人で見ていた。
 周りではカップルや家族連れが感嘆の声を上げる。携帯やカメラで写真を撮影している人もいる。
「あのね、私も、秋菜と一緒にここに来たかったの」夏生がぽつりぽつりと話し始める。
「誘ってくれた日、いきなり泣き出しちゃってごめんね。びっくりしたでしょ。お母さんとも話をしてたんだ。『いいじゃない。誘いましょう』って。あの日からずっとお父さんとお母さんを忘れよう、忘れなきゃ、忘れなきゃって思ってた。でも忘れようとすればするほど頭から離れなくて、頭も身体も動かなくなって、どうすればいいのか分からなかったの」
 秋菜は納得する。なぜあの日、突然泣き出したのかを。「ううん、びっくりはしたけど嫌だとは思ってないよ」花火の轟音が身体の芯に響く。
「ありがと、秋菜。今日一日、思いっきり遊んでさ、気分がすごい晴れたよ。私、分かったんだ。ずっと落ち込んでてもお父さんとお母さんは帰ってこない。このままじゃ心配かけちゃうなって。だからこれからはいつも通り過ごすよ。今日は本当にありがとう」花火が夏生の表情を照らす。秋菜はその表情が忘れられなかった。
 これからは楽しい思い出をいっぱい作るんだ、と秋菜は決意した。
 その決意も虚しく、週明けの月曜日、夏生は学校を休んだ。
 その日の帰りに秋菜は家に足を運んだが夏生の祖母に「今はそっとしておいて」と頼まれた。「ごめんねえ」と頭を下げる祖母の表情が辛そうで居た堪れなく、秋菜は大人しく引き下がった。
 ふと気になって、夏生の部屋に目を向ける。夕日が秋菜を照らし、目を細めた。カーテンが締められており、中の様子は伺うことはできない。一瞬、カーテンが不自然に浮かび上がるような動きを見せた。
 窓が開いているわけでもないのに、と秋菜は首を傾げた。見間違いだ、気のせいだろう、と秋菜は思い、帰路へとついた。


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「遊園地に行きたいだなんて、どうしたの急に?」陽子はキッチンで晩御飯の支度をしていたと思う。秋菜は手伝いをしていた。
「最近、夏生の元気がないから」ピーラーで人参の皮を剥く。その日はカレーで秋菜は野菜を切る係だった。
「だから夏生ちゃんと一緒に行きたいのね」
「でもね、車で行っちゃダメだよ。多分、怖いと思うから」秋菜の家ではお金を貯めて小旅行に行くことがよくあった。
 移動手段は車。決して裕福とは言えないが、陽子と行く旅行が秋菜にとっては年に一度の楽しみだった。
 陽子は辛そうに眉を下げる。「そうね。じゃあ、新幹線で行きましょうか」
「お母さん、ありがとう。ちょっと待ってて」と秋菜は軽く手を洗って部屋へと戻る。
 貯金箱を手にし、陽子へ差し出した。じゃらじゃらとご銭がぶつかり合う音が鳴る。「でも、お金がかかるから私も出すよ」中には祖父母、親戚からもらったお年玉が入っていた。
 秋菜は散財せず、コツコツと貯金していた。アクセサリーや好きな本、欲しいものは沢山あったがそれ以上に夏生の笑顔を見ることが大切だった。
「秋菜……」陽子の目は潤んでいた。首を振り、貯金箱を秋菜に戻す。
「お金のことは気にしなくていいのよ。小学生だけで東京を歩かせられないから私も同伴するわ。でも遊園地の中には入らない。二人で思いっきり遊んでらっしゃい」
「うん、ありがとう」秋菜は元気よく返事をした。
「そうと決まれば夏生ちゃんに相談ね。今日はウチに呼んで一緒に晩御飯を食べましょうか」
 その夜、夏生を呼んで一緒にカレーを食べた。秋菜の話題に「うん、そうなんだ、面白いね」と相槌を打っていたが声のトーンは低く、薄い反応だった。
 けれど遊園地の話を相談した途端、夏生は何かを思い出したかのように顔を上げた。秋菜と目が合った。夏生の顔がくしゃっと歪み、ポロポロと涙が溢れ始めたのだ。
 予想外の反応に戸惑っていた秋菜だったが、隣で様子を見ていた陽子が静かに近づき、夏生を、無言で抱きしめた。
 すると堰を切ったように声を上げ、夏生は更に泣き始めた。気がつくと、秋菜も一緒に泣いていた。
 夏生との遊園地は楽しかった。人生で一番楽しかったのではないだろうか、と秋菜は思った。お城から打ち上げられた花火を夏生と二人で見ていた。
 周りではカップルや家族連れが感嘆の声を上げる。携帯やカメラで写真を撮影している人もいる。
「あのね、私も、秋菜と一緒にここに来たかったの」夏生がぽつりぽつりと話し始める。
「誘ってくれた日、いきなり泣き出しちゃってごめんね。びっくりしたでしょ。お母さんとも話をしてたんだ。『いいじゃない。誘いましょう』って。あの日からずっとお父さんとお母さんを忘れよう、忘れなきゃ、忘れなきゃって思ってた。でも忘れようとすればするほど頭から離れなくて、頭も身体も動かなくなって、どうすればいいのか分からなかったの」
 秋菜は納得する。なぜあの日、突然泣き出したのかを。「ううん、びっくりはしたけど嫌だとは思ってないよ」花火の轟音が身体の芯に響く。
「ありがと、秋菜。今日一日、思いっきり遊んでさ、気分がすごい晴れたよ。私、分かったんだ。ずっと落ち込んでてもお父さんとお母さんは帰ってこない。このままじゃ心配かけちゃうなって。だからこれからはいつも通り過ごすよ。今日は本当にありがとう」花火が夏生の表情を照らす。秋菜はその表情が忘れられなかった。
 これからは楽しい思い出をいっぱい作るんだ、と秋菜は決意した。
 その決意も虚しく、週明けの月曜日、夏生は学校を休んだ。
 その日の帰りに秋菜は家に足を運んだが夏生の祖母に「今はそっとしておいて」と頼まれた。「ごめんねえ」と頭を下げる祖母の表情が辛そうで居た堪れなく、秋菜は大人しく引き下がった。
 ふと気になって、夏生の部屋に目を向ける。夕日が秋菜を照らし、目を細めた。カーテンが締められており、中の様子は伺うことはできない。一瞬、カーテンが不自然に浮かび上がるような動きを見せた。
 窓が開いているわけでもないのに、と秋菜は首を傾げた。見間違いだ、気のせいだろう、と秋菜は思い、帰路へとついた。