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二章 松原秋菜 13

ー/ー



「おい、お前なにやってんの?」砂場で遊んでいると少年から声をかけられた。ちょっとこっち来いよ、と言われたため、秋菜は近づいていく。
 高圧的な態度で、ムッとした気分になった。一学年上だろうか、肩幅と恰幅が広く、着ている赤のシャツがはち切れそうになっている。彼の左右には子分がいた。
 メガネをかけた黄シャツと英字がプリントされた帽子を被る青シャツの子分だ。まるで信号機みたいだ、と秋菜は思う。
「お城を作ってるの」見れば分かるでしょ、と秋菜は背後にあるお城を指す。陽子が迎えにきたら驚かそうと思っていたのだ。
 赤シャツは興味がなさそうに「ふーん」と答え、「じゃあ、そこ除けて。俺たちここでキャッチボールするからさ」と提案してきた。
「え、どうして」秋菜が戸惑う。「公園はみんなで遊ぶところだよ」
「知らねえよ。俺が言ったらみんな言うこと聞くんだよ」赤シャツが凄んだ声を出す。
 彼の言う通り、今までそのようにして言うことを聞かせてきたのだろう。「そうだそうだ」「早く除けろ」と黄シャツと青シャツが囃し立てる。
「やだ。頑張ってお城作ったんだもん」秋菜は引かなかった。バケツに水を入れ、砂に使う水の量を調節してお城を作ったのだ。
 陽子の驚く表情を想像するだけで楽しい気分になった。簡単に明け渡すわけにはいかない。
「あ?お前生意気だな」赤シャツが砂場に足を踏み入れ、躊躇(ためら)う事なくお城へと近づいていく。
「ちょっと、なにするの」秋菜は慌てて赤シャツを追いかけ、裾を引っ張る。「やめてよ」
「おい、服を引っ張るな。お気に入りなんだよ」赤シャツは軽く身を(よじ)ると、秋菜はいとも簡単によろめき、尻餅をついてしまう。
「いい加減にしろ」赤シャツは(なお)もお城に近づくのをやめなかったため、再び裾を引っ張った。そしてまた尻餅をつく。
 かけていたメガネはいつの間にか砂場の端に落ちていた。
 拾う間もなく争っていると黄シャツが走ってきてお城を蹴り飛ばした。辺りに散っていく砂、崩れていくお城。秋菜はスローモーションのような感覚で眺めていた。
「やったー」と喜ぶ黄シャツの声が遠くに聞こえる。言葉が頭に入ってこない。時間を、かけたのに、壊されるのは、呆気なく、あっという間だった。
「あーあ、やっちゃった」と煽る青シャツの声で秋菜の意識が引き戻される。
「なにするのよ」と秋菜は叫び、赤シャツに駆け寄った。泣きたくなったが、泣きたくなかった。
 秋菜は走って赤シャツを突き飛ばした。が、よろめくのは秋菜自身だった。
 赤シャツはびくともしない。男の子と女の子、お父さんとお母さん、性別が違うだけでここまでの差が生まれるのか、と秋菜は驚く。
「お前、調子に乗るなよ」慣れた言い回しで赤シャツは秋菜へと近づいてくる。秋菜は後ずさりをして、尻餅をつく。
 赤シャツは右手を振りかぶった。その姿と父が重なった。秋菜の父は酒乱で酒が入ると手がつけられなかった。
 機嫌が悪ければ陽子に手を出し、当たり散らすような人だった。「ごめんなさい」と必死に父に謝る陽子の姿。秋菜は必死に身を小さくし、嵐が過ぎ去るのを祈り、待つことしかできなかった。
 秋菜は反射的に、両腕で顔を覆う。父と暮らしていた時の習慣だった。秋菜に手を出すことはなかったが振りかぶる事は何度かあった。
 秋菜は誰かに教わったわけでもないのに身を(すく)め、その度に防御の体勢をとった。家庭、という安心できるはずの環境はそこに住む人間次第で地獄と化す。
 その事を秋菜は算数の図形問題より先に学んでしまった。手を出さないだけの理性はあったのだろうが、だからといって許せるわけではない。外に傷は残らなくとも、心は深く傷ついていた。
「うあっ」赤シャツの悲鳴が聞こえる。いつまで経っても振りかぶった腕が飛び込んでこない。
 秋菜は恐る恐る目を開けると赤シャツが股間を抑え、(うずくま)っていた。
「う、お前、卑怯だぞ……」先程の威勢はなくなり、酷く弱々しい声になっている。
「卑怯?」と鼻白む声が聞こえる。「女の子一人相手に男三人でいじめてる方が卑怯でしょうが」赤シャツの背後に、秋菜と背丈の変わらない女の子が居た。ポニーテールの髪が風で揺れている。
「お、おい女、なにやってるんだ」黄シャツが喚く。
「お前らもやってやろうか?」少女は右足を黄シャツと青シャツに向ける。
「ひっ」と二人は股間を抑えて身を小さくし、一目散に公園から去って行った。
「おい、待てよ」と赤シャツも股間を抑え去っていく。よろよろ、ヒョコヒョコ、と擬音が聞こえてくるようなその後ろ姿は、あまりに滑稽で秋菜は吹き出してしまう。
「君、大丈夫だった?」少女が心配そうに声をかけてきた。手を差し出してくる。
 秋菜はその手を掴んだ。それが、夏生との出会いだった。
 秋菜と夏生はブランコに座って会話をしていた。
「私は安藤夏生っていうの」初めまして、と夏生が自己紹介をする。「あなたは?」
「黒田……じゃなくて松原秋菜です」よろしくね、と秋菜も自己紹介をする。旧姓を名乗る癖が中々抜けなかった。
「秋菜っていうのね。私はこの公園でよく遊んでいるんだ」夏生が話し始める。「あの信号機達はこの辺りでよく騒いでいる問題児。悪ガキだね。いっつも問題を起こすから他の子達が困ってるの」と夏生はため息をつく。
 夏生が三人組を『信号機』と表現したことに秋菜は笑ってしまう。「信号機って、同じこと思ってたんだね」
「そりゃ赤青黄色って誰がどう見ても信号機でしょ」夏生も笑う。
 話していくうちに夏生は同い年で同じ学校に通うことが判明し、二人はあっという間に意気投合した。
 陽子が迎えに来たが、服が砂まみれの陽子を見て「どうしたの?」と目を丸くした。
「楽しくて服、汚しちゃった」秋菜は誤魔化した。
「買ったばかりの服なのに」と陽子は呆れた表情を浮かべる。そして夏生に目を向け、「秋菜と遊んでくれたの?」と声をかけた。
「うん、遊んでたよ」安藤夏生といいます、と会釈をし、陽子にも自己紹介をした。
「あら、礼儀正しい子」と陽子は驚き、「秋菜の母の陽子といいます」と同じように会釈をし自己紹介をした。
 陽子の姿を見て秋菜は思わず笑ってしまう。「それじゃあ、来週からよろしくね。秋菜」バイバーイ、と手を振り、夏生が公園をから出ていった。秋菜は来週からの学校が楽しみでしょうがなかった。


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「おい、お前なにやってんの?」砂場で遊んでいると少年から声をかけられた。ちょっとこっち来いよ、と言われたため、秋菜は近づいていく。
 高圧的な態度で、ムッとした気分になった。一学年上だろうか、肩幅と恰幅が広く、着ている赤のシャツがはち切れそうになっている。彼の左右には子分がいた。
 メガネをかけた黄シャツと英字がプリントされた帽子を被る青シャツの子分だ。まるで信号機みたいだ、と秋菜は思う。
「お城を作ってるの」見れば分かるでしょ、と秋菜は背後にあるお城を指す。陽子が迎えにきたら驚かそうと思っていたのだ。
 赤シャツは興味がなさそうに「ふーん」と答え、「じゃあ、そこ除けて。俺たちここでキャッチボールするからさ」と提案してきた。
「え、どうして」秋菜が戸惑う。「公園はみんなで遊ぶところだよ」
「知らねえよ。俺が言ったらみんな言うこと聞くんだよ」赤シャツが凄んだ声を出す。
 彼の言う通り、今までそのようにして言うことを聞かせてきたのだろう。「そうだそうだ」「早く除けろ」と黄シャツと青シャツが囃し立てる。
「やだ。頑張ってお城作ったんだもん」秋菜は引かなかった。バケツに水を入れ、砂に使う水の量を調節してお城を作ったのだ。
 陽子の驚く表情を想像するだけで楽しい気分になった。簡単に明け渡すわけにはいかない。
「あ?お前生意気だな」赤シャツが砂場に足を踏み入れ、|躊躇《ためら》う事なくお城へと近づいていく。
「ちょっと、なにするの」秋菜は慌てて赤シャツを追いかけ、裾を引っ張る。「やめてよ」
「おい、服を引っ張るな。お気に入りなんだよ」赤シャツは軽く身を|捩《よじ》ると、秋菜はいとも簡単によろめき、尻餅をついてしまう。
「いい加減にしろ」赤シャツは|尚《なお》もお城に近づくのをやめなかったため、再び裾を引っ張った。そしてまた尻餅をつく。
 かけていたメガネはいつの間にか砂場の端に落ちていた。
 拾う間もなく争っていると黄シャツが走ってきてお城を蹴り飛ばした。辺りに散っていく砂、崩れていくお城。秋菜はスローモーションのような感覚で眺めていた。
「やったー」と喜ぶ黄シャツの声が遠くに聞こえる。言葉が頭に入ってこない。時間を、かけたのに、壊されるのは、呆気なく、あっという間だった。
「あーあ、やっちゃった」と煽る青シャツの声で秋菜の意識が引き戻される。
「なにするのよ」と秋菜は叫び、赤シャツに駆け寄った。泣きたくなったが、泣きたくなかった。
 秋菜は走って赤シャツを突き飛ばした。が、よろめくのは秋菜自身だった。
 赤シャツはびくともしない。男の子と女の子、お父さんとお母さん、性別が違うだけでここまでの差が生まれるのか、と秋菜は驚く。
「お前、調子に乗るなよ」慣れた言い回しで赤シャツは秋菜へと近づいてくる。秋菜は後ずさりをして、尻餅をつく。
 赤シャツは右手を振りかぶった。その姿と父が重なった。秋菜の父は酒乱で酒が入ると手がつけられなかった。
 機嫌が悪ければ陽子に手を出し、当たり散らすような人だった。「ごめんなさい」と必死に父に謝る陽子の姿。秋菜は必死に身を小さくし、嵐が過ぎ去るのを祈り、待つことしかできなかった。
 秋菜は反射的に、両腕で顔を覆う。父と暮らしていた時の習慣だった。秋菜に手を出すことはなかったが振りかぶる事は何度かあった。
 秋菜は誰かに教わったわけでもないのに身を|竦《すく》め、その度に防御の体勢をとった。家庭、という安心できるはずの環境はそこに住む人間次第で地獄と化す。
 その事を秋菜は算数の図形問題より先に学んでしまった。手を出さないだけの理性はあったのだろうが、だからといって許せるわけではない。外に傷は残らなくとも、心は深く傷ついていた。
「うあっ」赤シャツの悲鳴が聞こえる。いつまで経っても振りかぶった腕が飛び込んでこない。
 秋菜は恐る恐る目を開けると赤シャツが股間を抑え、|蹲《うずくま》っていた。
「う、お前、卑怯だぞ……」先程の威勢はなくなり、酷く弱々しい声になっている。
「卑怯?」と鼻白む声が聞こえる。「女の子一人相手に男三人でいじめてる方が卑怯でしょうが」赤シャツの背後に、秋菜と背丈の変わらない女の子が居た。ポニーテールの髪が風で揺れている。
「お、おい女、なにやってるんだ」黄シャツが喚く。
「お前らもやってやろうか?」少女は右足を黄シャツと青シャツに向ける。
「ひっ」と二人は股間を抑えて身を小さくし、一目散に公園から去って行った。
「おい、待てよ」と赤シャツも股間を抑え去っていく。よろよろ、ヒョコヒョコ、と擬音が聞こえてくるようなその後ろ姿は、あまりに滑稽で秋菜は吹き出してしまう。
「君、大丈夫だった?」少女が心配そうに声をかけてきた。手を差し出してくる。
 秋菜はその手を掴んだ。それが、夏生との出会いだった。
 秋菜と夏生はブランコに座って会話をしていた。
「私は安藤夏生っていうの」初めまして、と夏生が自己紹介をする。「あなたは?」
「黒田……じゃなくて松原秋菜です」よろしくね、と秋菜も自己紹介をする。旧姓を名乗る癖が中々抜けなかった。
「秋菜っていうのね。私はこの公園でよく遊んでいるんだ」夏生が話し始める。「あの信号機達はこの辺りでよく騒いでいる問題児。悪ガキだね。いっつも問題を起こすから他の子達が困ってるの」と夏生はため息をつく。
 夏生が三人組を『信号機』と表現したことに秋菜は笑ってしまう。「信号機って、同じこと思ってたんだね」
「そりゃ赤青黄色って誰がどう見ても信号機でしょ」夏生も笑う。
 話していくうちに夏生は同い年で同じ学校に通うことが判明し、二人はあっという間に意気投合した。
 陽子が迎えに来たが、服が砂まみれの陽子を見て「どうしたの?」と目を丸くした。
「楽しくて服、汚しちゃった」秋菜は誤魔化した。
「買ったばかりの服なのに」と陽子は呆れた表情を浮かべる。そして夏生に目を向け、「秋菜と遊んでくれたの?」と声をかけた。
「うん、遊んでたよ」安藤夏生といいます、と会釈をし、陽子にも自己紹介をした。
「あら、礼儀正しい子」と陽子は驚き、「秋菜の母の陽子といいます」と同じように会釈をし自己紹介をした。
 陽子の姿を見て秋菜は思わず笑ってしまう。「それじゃあ、来週からよろしくね。秋菜」バイバーイ、と手を振り、夏生が公園をから出ていった。秋菜は来週からの学校が楽しみでしょうがなかった。