一章 安藤夏生 8
ー/ー
クッションやグラス、食器の浮遊や連続で維持できる時間など、夏生はあらゆることを自宅で試し、検証した。
三日ほど経過し、その日は自身の部屋でクマのキーホルダーを浮遊させていた。秋菜と遊園地で買ったお揃いのキーホルダーだ。
部屋の中央にはカーペットが敷かれ、ガラス張りのローテーブルが置かれている。他のスペースは学習机とベッドで埋まっていた。そのような簡素な部屋だ。
キーホルダーは夏生の周りを旋回している。この期間で夏生は超能力の制御方法について理解し始めていた。
超能力を使う上で三つのことが求められる。それは集中力と想像力、繊細さ、だ。
周囲の物音などに気がとられれば集中が途切れ、対象物が床に落ちてしまう。
対象物の軌道をイメージする想像力がなければ、思い描いたようには動かず、壁に当たることもある。
スプーンにピンポン玉を乗せ、落とさないように歩くような繊細さがなければ、対象物の移動に緩急をつけたり、微細な動きを指示することはできないのだ。
ちなみに理解するまでに夏生は食器を何枚か割ってしまっている。その中にお気に入りのお皿があり、落胆していた。
この三つが揃った時に初めて、安定した超能力を使うことができる。
また、集中力が高まると対象物と自分自身の意識が一体化するような感覚に陥る。一流のスポーツ選手などがゾーンに入る、というがその状態と同じだろうか。
ゾーンに入るとただ浮遊するのではなく、まるで、羽が生えたかのように部屋中を飛び回らせることや手足だけをピンポイントで動かすこともできる。
夏生はひたすら、キーホルダーに意識を向けていた。頬には涙が流れているが、拭うことはしない。ゾーンに入る度、夏生は涙を流していた。
初めはなぜ泣いているのか、と戸惑っていたが、その度に超能力が途切れてしまう。これでは埒が明かないと思い、感情を殺し、流れる涙はそのままにするようになった。
きっと、身体は精神的に限界なのだろう。当然だ。両親を失い、訳のわからない超能力に目覚めたのだ。平静でいられるはずがない。
しかしどのような状態になろうと、人は生きていかねばならない。
部屋の入口から物が落ちる音が聞こえた。夏生は驚き、キーホルダーが床に落ちる。
超能力で何かが倒れたのではないか、と思いつつ、入り口に目を向けた。夏生は目を見開く。秋菜が立っていた。
足元には通学カバンが落ち、夏生のために持ってきたであろうプリントやノートが散らばっている。お菓子も落ちていた。
「夏生、何これ?」怯えと戸惑いがないまぜになった表情を浮かべ、その視線はキーホルダーに向けられている。「何が、起きてるの?」
「秋菜、こ、これはね」声が上擦る。言葉が続かない。夏生はしまった、と思った。
対策は講じていたのだ。祖父母にご飯は部屋の前に置くよう頼んでいたし、秋菜が心配して家に来ることも想定していた。
しかしそれは登校前と下校時のことであってまさか学校で授業が始まっている時間に来るとは思っていなかったのだ。
想定外の出来事である。安心感故に集中し、ゾーン状態に入っていた。結果、秋菜が家にいることに気づくことができなかった。
「手品、そう手品なの」夏生は浮かんだことを咄嗟に口にする。「どう、すごいでしょ」
秋菜は引き攣った笑みを浮かべ、一歩後ずさる。「学校を休んで、ずっと手品をしてたの?」
「うん、そうなの」夏生は平静を装う。
「嘘だ。夏生が誤魔化しているのはすぐわかる。目を逸らしてるもん」
「そんなことないって」図星だった。夏生はムキになる。
「じゃあ、タネを教えてよ」
「教えるわけないよ」
「でしょ、言えないことなんでしょ」秋菜は食い下がる。
夏生も、学校を休んで突然手品を始めるなど、支離滅裂なことを話している自覚はある。
だが引き下がれなかった。「だから手品だって」苛立ちを抑えきれず、髪を掻きむしってしまう。
「じゃあその涙は何?」秋菜の目も潤んでいた。「夏生、遊園地に行ってから何かあったの?お母さんも心配してた。どうしたの?なんでも話してよ」
夏生は頭を抱えたくなった。『超能力に目覚めました』と伝えれば良いのか。それをどんな表情で話せばいいのだ。
そのような人間の気持ちがわかるはずがない。そもそも受け入れられるはずがない。いつ周りを巻き込んでしまうかわからないのだから。
そうなるくらいなら一人この部屋で引き篭もっていた方がずっといい。
祖母の言葉を受け取れずモヤモヤとしていた気持ちを夏生は初めて言語化できた。腑に落ちる。「あんたに私の気持ちがわかる訳ないでしょ。放っておいてよ」
「そうやってさ、いつもいつもどうして一人で抱え込むの?だから引きこもってしまうんじゃないの?もっと周りを頼ってよ」秋菜の言葉も強くなっていく。
秋菜は祖父母が踏み越えてこなかった一線を、土足で胸の内へ踏み込み、荒らしていく。売り言葉に買い言葉だ。「あんたこそそういうのやめてよ」と夏生は鼻白む。「いつも私の保護者面してさ。どうせ思ってるんでしょ。『親を亡くした可哀想な子』だって」
秋菜は一瞬、言葉に詰まる様子を見せた。「可哀想って、どうしてそんなこと、私はそんなこと思ってないよ……?夏生は私といることが嫌になったの?」
「そういうわけじゃないけど」と言ったところで夏生は、秋菜と距離を置くべきと考えていたことを思い出す。
超能力を誤魔化すことばかりに気を取られていて忘れていた。「大体さ、そこまで心配するんだったら秋菜に私のお母さんとお父さんを生き返らせ……」あ、言い過ぎた、と夏生が言葉を止めるが遅かった。
出した言葉を戻すことはできない。
秋菜の瞳から光が消える。「何よ、それ。そんなことできる訳ないでしょ」唇が震えて、か細く、吹けば消え入りそうな声だった。
「違うの秋菜。今のは」夏生は慌てて弁解を口にする。
「夏生、この間言ってたよね。『両親に心配をかけたくない』って。部屋に引き篭もって周りに当たり散らかす今のあなたを見たら、ご両親は何と言うんだろうね」秋菜はハッとした表情を浮かべ、「ごめん、私も言い過ぎた。今日は帰るね」と床に散らばったプリントやノートをまとめ始めた。
「これ、学校で配られたプリントとまとめたノートだから。お菓子、食べてね。それじゃ」と言い残し、部屋から慌てて出て行こうとする。
「あ、待って」秋菜の後ろ姿が、夢の光景と重なった。
ドアが閉められた音が、どこか遠くで鳴ったかのように聞こえる。
夏生は限界だった。感情が昂るほど超能力の制御は困難になる。机の周りにある文房具がカタカタと音を立てた。浮き上がっては落ちてを繰り返す。
誰の手にも触れず動く文房具。呼応するかのようにドアノブが下がり、閉じられたドアが開く。
流石の秋菜も異変に気づいたのだろう。「夏生、どうしたの?」と秋菜が慌てて戻ってきた。
その頃には本やプリント、ノートなど、部屋中の物が浮き上がっている。
夏生には秋菜の姿は見えていなかった。あの暗闇の中で彷徨い、泣き続けていた。『どうしてあなただけ……』夢での母の言葉が頭から離れない。
超能力を理解していく程、なぜ自分だけが生き残ったのか、漠然としていた疑問の答えが見え始めていた。
泥棒に入られた、と思う程に荒らされた部屋、即死した両親とは違い、軽傷で済んだ夏生。それらを元に結論へと辿り着く。超能力によって自分は生き残ったのだ、と。
事故に遭い、夏生が意識を取り戻した時には葬儀が始まる頃だった。
柩の中の両親の姿は、両家の意向で、見せてもらうことはできなかった。
「どうして見せてくれないの?」と取り乱す夏生を「辛かったでしょう。ごめんね」と宥める祖母の姿が印象に残っている。
それ程の大事故だったのにも関わらず、夏生は打撲程度の傷で済んだ。つまり、はそういうことなのだろう。
自分だけに超能力を使い、自分だけが生き残った。トラックが父の運転席に迫ってくる瞬間は目に焼き付いているがその後の記憶はない。無意識に使ったのだ。夏生は罪悪感と後悔に苛まれた。
私だけが生き残ってしまった、私が能力に気づいて使いこなしていれば、と。
「もう嫌だ。生きたくないよ。お父さん、お母さん、守れなくてごめんね、私もそっちに行くからね」暗闇で涙を拭い、夏生は歩き始める。
右も左も分からない場所だが、なぜか両親が進んで行った方向は見当がついていた。
「夏生、危ない!」突然押し倒され、意識が現実へと引き戻される。
部屋の天井と、夏生に覆い被さる秋菜の姿が目に入った。彼女の身体中は、傷だらけだった。
夏生の後頭部はしっかりと、秋菜の手によって守られていた。
「夏生、大丈夫?」秋菜が心配そうな表情だ。髪が風で揺れている。夏生は窓に目を向けるとガラスが割れていることに気づく。
カーテンがはためいていた。夏生はようやく何が起きたのかを理解する。
「私は、大丈夫。怪我はない。それより秋菜こそ」
「よかった」と秋菜は安心した表情を浮かべる。「私はガラスとかで軽く切っちゃったけど大丈夫だよ。大怪我はしてない」
「全然大丈夫じゃないよ」夏生は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。「救急箱、持ってくるから待ってて」と急いで立ち上がろうとすると秋菜に止められた。
「大丈夫。それより、話、聞かせて。夏生、何があったの?」散らかった物を除け、空いたスペースに秋菜は腰を下ろした。
居住まいを正し、改めて聞いてくる。「夏生、あなたは何者なの?」
秋菜の服はボロボロで傷だらけになっている。逃げ出してもおかしくない状況なのに秋菜は身を挺して、夏生を助けてくれた。
周りを見渡すと、近くにコンパスが落ちていることに気づく。夏生は血の気が引いていくのを感じた。
秋菜は文字通り命を救ってくれたのだ。もしこの針が刺さっていたら私は……いや、秋菜に刺さっていたらどうなっていたことか。
夏生は打ち明けることにした。超能力が目覚めたのはいつなのか、今は超能力の制御のために休んでいる、などについて話した。
実際に状況を見たからだろう。秋菜は驚きながらも取り乱すことはなく、落ち着いて聞いてくれた。
距離を置こうと考えていた自分自身に夏生は恥ずかしさを覚える。こんなにも受け入れる度量がある人なのに私は逃げることばかり考えていた。何があってもこの人は私が守ろう、と夏生は誓ったのだった。
その後、祖父母が夏生の部屋に慌てて飛び込んで来た。部屋の状況を見て驚いていたが、自分が思い詰めて取り乱してしまい、部屋を荒らしてしまった、と夏生は話した。
秋菜の説明もあり、その場はおさまった。秋菜の母、陽子には頭を下げ、「そりゃ誰だって喧嘩するでしょ」あっけらかんとしていた。
一ヶ月ほど経過し、夏生は学校に行き始めた。秋菜の手助けもあり、超能力への理解が深まったからだ。
しかしクラスメイトは両親を失い、引き篭もっていた夏生とどう接すれば良いのかわからなかったのだろう。いじめなどはなかったがどこかよそよそしく距離が縮まることはなかった。
夏生自身、超能力のリスクを減らせれば良いと考えていたため好都合だった。
小学校を卒業し、中学校に進学する頃には噂に尾びれがつき、新しい友達ができることはなく中学校を卒業。
月日が経過するほど秋菜への罪悪感、負い目は大きくなり、それを抱えたまま高校へと進学し、現在の関係性へと至るのであった。
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対象物の軌道をイメージする想像力がなければ、思い描いたようには動かず、壁に当たることもある。
スプーンにピンポン玉を乗せ、落とさないように歩くような繊細さがなければ、対象物の移動に緩急をつけたり、微細な動きを指示することはできないのだ。
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ゾーンに入るとただ浮遊するのではなく、まるで、羽が生えたかのように部屋中を飛び回らせることや手足だけをピンポイントで動かすこともできる。
夏生はひたすら、キーホルダーに意識を向けていた。頬には涙が流れているが、拭うことはしない。ゾーンに入る度、夏生は涙を流していた。
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超能力で何かが倒れたのではないか、と思いつつ、入り口に目を向けた。夏生は目を見開く。秋菜が立っていた。
足元には通学カバンが落ち、夏生のために持ってきたであろうプリントやノートが散らばっている。お菓子も落ちていた。
「夏生、何これ?」怯えと戸惑いがないまぜになった表情を浮かべ、その視線はキーホルダーに向けられている。「何が、起きてるの?」
「秋菜、こ、これはね」声が上擦る。言葉が続かない。夏生はしまった、と思った。
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しかしそれは登校前と下校時のことであってまさか学校で授業が始まっている時間に来るとは思っていなかったのだ。
想定外の出来事である。安心感|故《ゆえ》に集中し、ゾーン状態に入っていた。結果、秋菜が家にいることに気づくことができなかった。
「手品、そう手品なの」夏生は浮かんだことを咄嗟に口にする。「どう、すごいでしょ」
秋菜は引き攣った笑みを浮かべ、一歩後ずさる。「学校を休んで、ずっと手品をしてたの?」
「うん、そうなの」夏生は平静を装う。
「嘘だ。夏生が誤魔化しているのはすぐわかる。目を逸らしてるもん」
「そんなことないって」図星だった。夏生はムキになる。
「じゃあ、タネを教えてよ」
「教えるわけないよ」
「でしょ、言えないことなんでしょ」秋菜は食い下がる。
夏生も、学校を休んで突然手品を始めるなど、支離滅裂なことを話している自覚はある。
だが引き下がれなかった。「だから手品だって」苛立ちを抑えきれず、髪を掻きむしってしまう。
「じゃあその涙は何?」秋菜の目も潤んでいた。「夏生、遊園地に行ってから何かあったの?お母さんも心配してた。どうしたの?なんでも話してよ」
夏生は頭を抱えたくなった。『超能力に目覚めました』と伝えれば良いのか。それをどんな表情で話せばいいのだ。
そのような人間の気持ちがわかるはずがない。そもそも受け入れられるはずがない。いつ周りを巻き込んでしまうかわからないのだから。
そうなるくらいなら一人この部屋で引き篭もっていた方がずっといい。
祖母の言葉を受け取れずモヤモヤとしていた気持ちを夏生は初めて言語化できた。腑に落ちる。「あんたに私の気持ちがわかる訳ないでしょ。放っておいてよ」
「そうやってさ、いつもいつもどうして一人で抱え込むの?だから引きこもってしまうんじゃないの?もっと周りを頼ってよ」秋菜の言葉も強くなっていく。
秋菜は祖父母が踏み越えてこなかった一線を、土足で胸の内へ踏み込み、荒らしていく。売り言葉に買い言葉だ。「あんたこそそういうのやめてよ」と夏生は鼻白む。「いつも私の保護者面してさ。どうせ思ってるんでしょ。『親を亡くした可哀想な子』だって」
秋菜は一瞬、言葉に詰まる様子を見せた。「可哀想って、どうしてそんなこと、私はそんなこと思ってないよ……?夏生は私といることが嫌になったの?」
「そういうわけじゃないけど」と言ったところで夏生は、秋菜と距離を置くべきと考えていたことを思い出す。
超能力を誤魔化すことばかりに気を取られていて忘れていた。「大体さ、そこまで心配するんだったら秋菜に私のお母さんとお父さんを生き返らせ……」あ、言い過ぎた、と夏生が言葉を止めるが遅かった。
出した言葉を戻すことはできない。
秋菜の瞳から光が消える。「何よ、それ。そんなことできる訳ないでしょ」唇が震えて、か細く、吹けば消え入りそうな声だった。
「違うの秋菜。今のは」夏生は慌てて弁解を口にする。
「夏生、この間言ってたよね。『両親に心配をかけたくない』って。部屋に引き篭もって周りに当たり散らかす今のあなたを見たら、ご両親は何と言うんだろうね」秋菜はハッとした表情を浮かべ、「ごめん、私も言い過ぎた。今日は帰るね」と床に散らばったプリントやノートをまとめ始めた。
「これ、学校で配られたプリントとまとめたノートだから。お菓子、食べてね。それじゃ」と言い残し、部屋から慌てて出て行こうとする。
「あ、待って」秋菜の後ろ姿が、夢の光景と重なった。
ドアが閉められた音が、どこか遠くで鳴ったかのように聞こえる。
夏生は限界だった。感情が|昂《たかぶ》るほど超能力の制御は困難になる。机の周りにある文房具がカタカタと音を立てた。浮き上がっては落ちてを繰り返す。
誰の手にも触れず動く文房具。呼応するかのようにドアノブが下がり、閉じられたドアが開く。
流石の秋菜も異変に気づいたのだろう。「夏生、どうしたの?」と秋菜が慌てて戻ってきた。
その頃には本やプリント、ノートなど、部屋中の物が浮き上がっている。
夏生には秋菜の姿は見えていなかった。あの暗闇の中で彷徨い、泣き続けていた。『どうしてあなただけ……』夢での母の言葉が頭から離れない。
超能力を理解していく程、なぜ自分だけが生き残ったのか、漠然としていた疑問の答えが見え始めていた。
泥棒に入られた、と思う程に荒らされた部屋、即死した両親とは違い、軽傷で済んだ夏生。それらを元に結論へと辿り着く。超能力によって自分は生き残ったのだ、と。
事故に遭い、夏生が意識を取り戻した時には葬儀が始まる頃だった。
|柩《ひつぎ》の中の両親の姿は、両家の意向で、見せてもらうことはできなかった。
「どうして見せてくれないの?」と取り乱す夏生を「辛かったでしょう。ごめんね」と|宥《なだ》める祖母の姿が印象に残っている。
それ程の大事故だったのにも関わらず、夏生は打撲程度の傷で済んだ。つまり、はそういうことなのだろう。
自分だけに超能力を使い、自分だけが生き残った。トラックが父の運転席に迫ってくる瞬間は目に焼き付いているがその後の記憶はない。無意識に使ったのだ。夏生は罪悪感と後悔に苛まれた。
私だけが生き残ってしまった、私が能力に気づいて使いこなしていれば、と。
「もう嫌だ。生きたくないよ。お父さん、お母さん、守れなくてごめんね、私もそっちに行くからね」暗闇で涙を拭い、夏生は歩き始める。
右も左も分からない場所だが、なぜか両親が進んで行った方向は見当がついていた。
「夏生、危ない!」突然押し倒され、意識が現実へと引き戻される。
部屋の天井と、夏生に覆い被さる秋菜の姿が目に入った。彼女の身体中は、傷だらけだった。
夏生の後頭部はしっかりと、秋菜の手によって守られていた。
「夏生、大丈夫?」秋菜が心配そうな表情だ。髪が風で揺れている。夏生は窓に目を向けるとガラスが割れていることに気づく。
カーテンがはためいていた。夏生はようやく何が起きたのかを理解する。
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「よかった」と秋菜は安心した表情を浮かべる。「私はガラスとかで軽く切っちゃったけど大丈夫だよ。大怪我はしてない」
「全然大丈夫じゃないよ」夏生は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。「救急箱、持ってくるから待ってて」と急いで立ち上がろうとすると秋菜に止められた。
「大丈夫。それより、話、聞かせて。夏生、何があったの?」散らかった物を除け、空いたスペースに秋菜は腰を下ろした。
居住まいを正し、改めて聞いてくる。「夏生、あなたは何者なの?」
秋菜の服はボロボロで傷だらけになっている。逃げ出してもおかしくない状況なのに秋菜は身を挺して、夏生を助けてくれた。
周りを見渡すと、近くにコンパスが落ちていることに気づく。夏生は血の気が引いていくのを感じた。
秋菜は文字通り命を救ってくれたのだ。もしこの針が刺さっていたら私は……いや、秋菜に刺さっていたらどうなっていたことか。
夏生は打ち明けることにした。超能力が目覚めたのはいつなのか、今は超能力の制御のために休んでいる、などについて話した。
実際に状況を見たからだろう。秋菜は驚きながらも取り乱すことはなく、落ち着いて聞いてくれた。
距離を置こうと考えていた自分自身に夏生は恥ずかしさを覚える。こんなにも受け入れる度量がある人なのに私は逃げることばかり考えていた。何があってもこの人は私が守ろう、と夏生は誓ったのだった。
その後、祖父母が夏生の部屋に慌てて飛び込んで来た。部屋の状況を見て驚いていたが、自分が思い詰めて取り乱してしまい、部屋を荒らしてしまった、と夏生は話した。
秋菜の説明もあり、その場はおさまった。秋菜の母、陽子には頭を下げ、「そりゃ誰だって喧嘩するでしょ」あっけらかんとしていた。
一ヶ月ほど経過し、夏生は学校に行き始めた。秋菜の手助けもあり、超能力への理解が深まったからだ。
しかしクラスメイトは両親を失い、引き篭もっていた夏生とどう接すれば良いのかわからなかったのだろう。いじめなどはなかったがどこかよそよそしく距離が縮まることはなかった。
夏生自身、超能力のリスクを減らせれば良いと考えていたため好都合だった。
小学校を卒業し、中学校に進学する頃には噂に尾びれがつき、新しい友達ができることはなく中学校を卒業。
月日が経過するほど秋菜への罪悪感、負い目は大きくなり、それを抱えたまま高校へと進学し、現在の関係性へと至るのであった。