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一章 安藤夏生 5

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あれから、四年も経過した事実に夏生は驚く。胸にぽっかりと空いた穴、喪失感は未だに癒えていない。
しかし、秋菜のお陰で少しずつ、埋まってきたように思える。和室を出て風呂場へと向かう。
 夏生にとっては自宅が、人目を気にせずに超能力を使える場所だった。
 そのため、朝のスマートフォンの引き寄せや身支度など、日常生活に超能力を取り入れることにしたのだ。超能力も自転車の運転などと同じで、まずは身体に覚えこませることが必要になる。
 入浴を済ませた夏生は、ベットの上で目を閉じた。夜の日課は、一階の歯ブラシを持ってくることだった。意識を集中させ、まずは部屋のドアを開ける。
 廊下の先は階段で、降りると一階の各部屋と繋がっている。かつては、視界に映るものが超能力の対象範囲だった。
しかし習得をする中で、対象範囲が広がり、視界に制限されることなく超能力を扱えるようになったのだ。
 夏生は直接、視認ができない音波、ソナーを照射する。
ソナーの届く範囲が、超能力の対象範囲だ。対象物が視界の外、離れている場合でも漠然と形を認識することはできる。
 以前、秋菜に感覚についての話をしたところ、「えーと、何だっけ、映画でよく見るやつ」と腕を組み「あれだ!潜水艦が障害物を判別するソナーだ」と閃き、一人で納得をしていた。以来、この能力をソナーと名づけている。
 壁の位置、物の配置、ドアの有無、間取りを覚えておけば移動はしやすい。慣れ親しんでいる場所ほど超能力の操作は容易になる。
 歯ブラシの形を捉えた夏生は浮遊移動を念じ、意識を集中させた。レールの敷かれた電車のようにルートに沿って歯ブラシが引き寄せられるのを、夏生は認識する。
途中、壁に歯ブラシが当たり、軌道を修正させた。意識を集中させるほど、感覚が研ぎ澄まされ、衝撃、肌触り、質感などを認識することができるようになる。
しかし、周囲への注意が疎かになるため、使うことはあまりない。
 浮遊した歯ブラシが手元にやってきた。(おおむ)ね、イメージ通り操作ができ、夏生は成長を実感する。対象範囲も確実に広がっていた。歯を磨きながら、戸惑うことで精一杯だった当時のことを思い出す。
 
 超能力に目覚めたのは両親を亡くし、三ヶ月が経過した頃だった。塞ぎ込んでいた夏生を秋菜と彼女の母、陽子が遊園地に連れて行ってくれたのだ。
 気分が沈んでいた夏生も、アトラクションに乗り、着ぐるみに触れ合い、ショーや買い物を楽しんでいるうちに気分が晴れていた。
理屈や道理を説かれたところで気分がそう簡単には変わらない。夏生に必要だったのは一時的にでも気分を塗り替えるほどの楽しい出来事だったのだ。
 気がついたら陽が沈んでいたのを覚えている。夜の園内では建物がライトアップされ、花火が打ち上がり、幻想的な世界に迷い込んだかのような気分に(おちい)った。
花火で照らされた秋菜の横顔は夏生は一生忘れないだろう。お揃いのクマのキーホルダーがお互いのバックで揺れていた。
「私を母親と思ってくれていいんだからね」陽子にそう言われたのは帰りの新幹線だった。彼女たちは普段は車で遠方への旅行に行くことが多いらしい。
秋菜が以前そう話していた。しかし今回は新幹線だ。夏生の両親の事故を気遣ってのことだろう。 電車でさえ夏生の小遣いで乗るのが大変なのに新幹線はもっと高いはずだ。
 加えて、夏生を含めての三人なのだから金額は推して知るべしだろう。
「あの、今日はありがとうございました」夏生は向かいに座る陽子に頭を下げる。夏生の隣に座る秋菜はぐっすりと眠っていた。
「いいのよ、そんなに(かしこま)まらなくて」陽子が笑う。目を細め「どう、楽しかった」と聞いてきた。
「はい!楽しかったです」新幹線の車内であることを忘れ、思わず大きな声を出してしまう。「あっ」と夏生は口を抑える仕草をする。
「そう、それはよかったわ」と陽子は微笑んだ。
「でも、ごめんなさい。私達だけ楽しんじゃって。秋菜ちゃんのお母さんも一緒に遊びたかったですよね」夏生は申し訳なさそうに伝える。陽子は遊園地には入らず、外で時間を潰していた。
「いいの。私は東京にいる友達に会ってたんだから」
「ああ、そうだったんですね。それなら、ちょっと安心しました」
「いいのよ。気を遣わなくて」
「いえ、そんなこと」
 陽子は息を吐き、優しそうな目を夏生に向けた。「秋菜が言ってたのよ」と話し始める。「突然、『夏生と一緒に遊びに行きたい』って。普段はわがままを言わない子だからね。びっくりしたわよ」彼女は涙声で、目尻には涙が溜まっていた。
「そうだったんですか」夏生は驚き、秋菜の寝顔を覗き込む。当の本人は何事もないように眠っている。
 そんな時、「私を母親と思ってくれていいからね」と陽子に言われたのだった。ハンカチで目元を抑えている。
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」唐突な申し出に夏生は戸惑ってしまう。
「突然こんなこと言われたらびっくりしちゃうわよね。ごめんね」と陽子は微笑んだ後に表情を引き締める。
「夏生ちゃん、あなたは一人でよく頑張ってる。それに人に気を遣える優しい子。ご両親に大切に育てられてきたんでしょうね。けど、まだ子供なんだから。遠慮しないで周りの大人にもっと甘えて、迷惑をかけていいのよ」その目に夏生は気圧された。
真剣さと、その表情の奥にある底抜けた愛情を感じたからだ。頬に冷たさを感じ、そこで夏生は涙を流していることに気づく。
本当は、ずっと誰かに甘えたかった。秋菜とは違う、胸の内を吐き出しても受け止めてもらえる大人に。
「はい」夏生は涙を拭い、「甘えさせていただきます」と夏生は頭を下げた。
「もう、真面目なんだから」陽子が微笑んだ。


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あれから、四年も経過した事実に夏生は驚く。胸にぽっかりと空いた穴、喪失感は未だに癒えていない。
しかし、秋菜のお陰で少しずつ、埋まってきたように思える。和室を出て風呂場へと向かう。
 夏生にとっては自宅が、人目を気にせずに超能力を使える場所だった。
 そのため、朝のスマートフォンの引き寄せや身支度など、日常生活に超能力を取り入れることにしたのだ。超能力も自転車の運転などと同じで、まずは身体に覚えこませることが必要になる。
 入浴を済ませた夏生は、ベットの上で目を閉じた。夜の日課は、一階の歯ブラシを持ってくることだった。意識を集中させ、まずは部屋のドアを開ける。
 廊下の先は階段で、降りると一階の各部屋と繋がっている。かつては、視界に映るものが超能力の対象範囲だった。
しかし習得をする中で、対象範囲が広がり、視界に制限されることなく超能力を扱えるようになったのだ。
 夏生は直接、視認ができない音波、ソナーを照射する。
ソナーの届く範囲が、超能力の対象範囲だ。対象物が視界の外、離れている場合でも漠然と形を認識することはできる。
 以前、秋菜に感覚についての話をしたところ、「えーと、何だっけ、映画でよく見るやつ」と腕を組み「あれだ!潜水艦が障害物を判別するソナーだ」と閃き、一人で納得をしていた。以来、この能力をソナーと名づけている。
 壁の位置、物の配置、ドアの有無、間取りを覚えておけば移動はしやすい。慣れ親しんでいる場所ほど超能力の操作は容易になる。
 歯ブラシの形を捉えた夏生は浮遊移動を念じ、意識を集中させた。レールの敷かれた電車のようにルートに沿って歯ブラシが引き寄せられるのを、夏生は認識する。
途中、壁に歯ブラシが当たり、軌道を修正させた。意識を集中させるほど、感覚が研ぎ澄まされ、衝撃、肌触り、質感などを認識することができるようになる。
しかし、周囲への注意が疎かになるため、使うことはあまりない。
 浮遊した歯ブラシが手元にやってきた。|概《おおむ》ね、イメージ通り操作ができ、夏生は成長を実感する。対象範囲も確実に広がっていた。歯を磨きながら、戸惑うことで精一杯だった当時のことを思い出す。
 超能力に目覚めたのは両親を亡くし、三ヶ月が経過した頃だった。塞ぎ込んでいた夏生を秋菜と彼女の母、陽子が遊園地に連れて行ってくれたのだ。
 気分が沈んでいた夏生も、アトラクションに乗り、着ぐるみに触れ合い、ショーや買い物を楽しんでいるうちに気分が晴れていた。
理屈や道理を説かれたところで気分がそう簡単には変わらない。夏生に必要だったのは一時的にでも気分を塗り替えるほどの楽しい出来事だったのだ。
 気がついたら陽が沈んでいたのを覚えている。夜の園内では建物がライトアップされ、花火が打ち上がり、幻想的な世界に迷い込んだかのような気分に|陥《おちい》った。
花火で照らされた秋菜の横顔は夏生は一生忘れないだろう。お揃いのクマのキーホルダーがお互いのバックで揺れていた。
「私を母親と思ってくれていいんだからね」陽子にそう言われたのは帰りの新幹線だった。彼女たちは普段は車で遠方への旅行に行くことが多いらしい。
秋菜が以前そう話していた。しかし今回は新幹線だ。夏生の両親の事故を気遣ってのことだろう。 電車でさえ夏生の小遣いで乗るのが大変なのに新幹線はもっと高いはずだ。
 加えて、夏生を含めての三人なのだから金額は推して知るべしだろう。
「あの、今日はありがとうございました」夏生は向かいに座る陽子に頭を下げる。夏生の隣に座る秋菜はぐっすりと眠っていた。
「いいのよ、そんなに|畏《かしこま》まらなくて」陽子が笑う。目を細め「どう、楽しかった」と聞いてきた。
「はい!楽しかったです」新幹線の車内であることを忘れ、思わず大きな声を出してしまう。「あっ」と夏生は口を抑える仕草をする。
「そう、それはよかったわ」と陽子は微笑んだ。
「でも、ごめんなさい。私達だけ楽しんじゃって。秋菜ちゃんのお母さんも一緒に遊びたかったですよね」夏生は申し訳なさそうに伝える。陽子は遊園地には入らず、外で時間を潰していた。
「いいの。私は東京にいる友達に会ってたんだから」
「ああ、そうだったんですね。それなら、ちょっと安心しました」
「いいのよ。気を遣わなくて」
「いえ、そんなこと」
 陽子は息を吐き、優しそうな目を夏生に向けた。「秋菜が言ってたのよ」と話し始める。「突然、『夏生と一緒に遊びに行きたい』って。普段はわがままを言わない子だからね。びっくりしたわよ」彼女は涙声で、目尻には涙が溜まっていた。
「そうだったんですか」夏生は驚き、秋菜の寝顔を覗き込む。当の本人は何事もないように眠っている。
 そんな時、「私を母親と思ってくれていいからね」と陽子に言われたのだった。ハンカチで目元を抑えている。
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」唐突な申し出に夏生は戸惑ってしまう。
「突然こんなこと言われたらびっくりしちゃうわよね。ごめんね」と陽子は微笑んだ後に表情を引き締める。
「夏生ちゃん、あなたは一人でよく頑張ってる。それに人に気を遣える優しい子。ご両親に大切に育てられてきたんでしょうね。けど、まだ子供なんだから。遠慮しないで周りの大人にもっと甘えて、迷惑をかけていいのよ」その目に夏生は気圧された。
真剣さと、その表情の奥にある底抜けた愛情を感じたからだ。頬に冷たさを感じ、そこで夏生は涙を流していることに気づく。
本当は、ずっと誰かに甘えたかった。秋菜とは違う、胸の内を吐き出しても受け止めてもらえる大人に。
「はい」夏生は涙を拭い、「甘えさせていただきます」と夏生は頭を下げた。
「もう、真面目なんだから」陽子が微笑んだ。