表示設定
表示設定
目次 目次




一章 安藤夏生 4

ー/ー



母屋で夕食を食べた夏生は、自宅の仏壇の前で手を合わせていた。夕食後、その日の出来事を両親に話すのが日課となっているのだ。

「今日、秋菜から『寂しそうな表情をしてる』って言われちゃった。表情に出てたんだなあ。秋菜は高校に入ってから、クラスの人達と遊ぶことを勧めてくるようになったの。私だってそうしたいけどさ、超能力で危険な目に遭わせてしまうかもしれないじゃん。そう簡単にできることじゃないよ。最近は秋菜との仲も良くないし、どうしてこんなことになったのかなあ」
 問いかけるが返事はない。もし目の前にいたらどのような答えが返ってきただろうか。母は持ち前のの豪快さで笑い飛ばし、父は「夏生なら大丈夫だよ」と優しく背中を押してくれるだろう。
 夏生にとって両親の存在は、心の支えだった。四ヶ月後には五年が経つ。あの日は夏だったな、と夏生は思い返す。
  
 その日は夏休みの期間だった。両親が休みを取り、父の運転でキャンプ場へ向かっていた。高速道路を経由し、パーキングエリアで休憩をとる。
 トイレのために車から降りると、照り付ける日差しとコンクリートから放射される熱気が夏生を襲った。遠くの建物がゆらゆらと、ゆらめいている。陽炎(かげろう)だ。
 加えて蝉の鳴き声に夏生はうんざりする。毎年更新される日本の最高気温。それを助長させているのは蝉なのではないかと夏生は半ば本気で考えていた。
風鈴(ふうりん)の音が聞きたい。風鈴が蝉の数を上回れば日本の最高気温が下がるのではないだろうか。
そのような話をトイレまでの道中で父に説明したが「はいはい、そうですね」「暑い」「トイレ行きたくない」と夏生をあしらい、聞く耳を持たなかった。だめだ、暑さで頭がやられている、と夏生は父を憐れんだ。
 トイレから出ると父が待っていた。青色のシャツをはためかせていたのを覚えている。
「お父さん、売店に寄っていい?」夏生が聞いた。
「いいけど、お弁当があるからな。何も買わないぞ」
 父の話す通り、夏生は前日の夜から母と弁当のおかずを作っている。母は今頃、クーラーボックスから出した弁当を広げて、待っていることだろう。
「分かってる。見たいだけだもん」
 売店に入ると冷たい風が夏生達を包む。風鈴を置く前に日本に巨大クーラーを設置するべきだと夏生は半ば本気で思った。
 夏生達が入ってきた側には自動販売機や売店があった。お土産やお菓子が陳列されている。奥には食券を購入した人たちがご飯を食べていた。 
「うわ、凄い人の数だな」店内を見渡し、父が驚く。夏休みのため、家族連れが多かった。
「え、何あれ。ご当地の味なんだって」と夏生が気になったお菓子の元へ近づいていく。
「離れないようにな」父が後ろで言っているのを「はーい」と空返事(からへんじ)をし、聞き流す、陳列されているお菓子を見ていた。
 この味気になるな、これも美味しそう、と右往左往し、ふと背後を見ると父の姿が見当たらない。
「あれ、いない」逸れてしまった、と夏生は頭を掻く。この場合は下手に探すとすれ違ってしまう。夏生は出口で待っていたが熱さに負けて車へと戻ることにした。
 夏生の予想通りだった。車へ戻ると、後部座席に座る母が「戻ってきたね。ほら見てよ。じゃーん」と嬉しそうに弁当を広げていた。
 母が卵焼きを箸で取り、夏生の口に分けてくる。「はい、あーん」
「やめてよー、恥ずかしい。自分で食べるって」五年生にもなって、と夏生は遠慮したが結局、卵焼きを口に受け入れた。自分で作り、旅の道中で気分が高揚していたからだろう、と夏生は自分に言い訳をする。甘い味が、口の中に広がっていく。
「美味しい」前日から母と準備をした甲斐があった、と夏生は思う。
「ね、美味しいわね」母も微笑む。
「ねえお母さん。今度は、秋菜とも一緒に遊びに行きたい」と夏生は東京の遊園地を挙げる。
「いいじゃない。秋ちゃんも一緒に誘いましょう」
 この頃には母も秋菜との面識があり、自宅にも何度か遊びに来ていた。
「いいの?やったー」夏生は飛び上がるほど嬉しくなった。
「夏生、戻ってたのか」父が運転席を開けて乗り込んだ。「探したぞ」
「ごめんごめん。出口で待ってたんだけど、暑くて戻っちゃった」夏生は両手を合わせる。
 駐車場で何かあったらどうするんだ、と父は呟きながら「ほら」とお菓子の入ったビニール袋を差し出した。
「わ、お菓子。ありがとう」買わないと言っていたのに。
「もう、夏生に甘いんだから」母がため息をつく。「あ、お父さん、さっき夏生が言ってたんだけど秋ちゃんも誘って一緒に遊びたいんだって。いいわよね」
「秋ちゃんか。いつも仲良しだもんな。いいよ。今度誘ってお出かけしようか」
「うん、約束だよ」夏生は無邪気に喜んだ。
 何気ない家族の日常。そこには確かな幸せがあった、と今の夏生は思う。
しかし、その幸せは唐突に終わりを告げられてしまう。高速道路を降りてキャンプ場へと向かう一般道。夏生達の車は、交差点でトラックに追突されてしまう。
両親は即死だったが夏生は無事だった。加えて打撲程度の外傷で済んだのだ。医者は「奇跡です」と驚き、目を丸くしていた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 一章 安藤夏生 5


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



母屋で夕食を食べた夏生は、自宅の仏壇の前で手を合わせていた。夕食後、その日の出来事を両親に話すのが日課となっているのだ。
「今日、秋菜から『寂しそうな表情をしてる』って言われちゃった。表情に出てたんだなあ。秋菜は高校に入ってから、クラスの人達と遊ぶことを勧めてくるようになったの。私だってそうしたいけどさ、超能力で危険な目に遭わせてしまうかもしれないじゃん。そう簡単にできることじゃないよ。最近は秋菜との仲も良くないし、どうしてこんなことになったのかなあ」
 問いかけるが返事はない。もし目の前にいたらどのような答えが返ってきただろうか。母は持ち前のの豪快さで笑い飛ばし、父は「夏生なら大丈夫だよ」と優しく背中を押してくれるだろう。
 夏生にとって両親の存在は、心の支えだった。四ヶ月後には五年が経つ。あの日は夏だったな、と夏生は思い返す。
 その日は夏休みの期間だった。両親が休みを取り、父の運転でキャンプ場へ向かっていた。高速道路を経由し、パーキングエリアで休憩をとる。
 トイレのために車から降りると、照り付ける日差しとコンクリートから放射される熱気が夏生を襲った。遠くの建物がゆらゆらと、ゆらめいている。陽炎《かげろう》だ。
 加えて蝉の鳴き声に夏生はうんざりする。毎年更新される日本の最高気温。それを助長させているのは蝉なのではないかと夏生は半ば本気で考えていた。
風鈴《ふうりん》の音が聞きたい。風鈴が蝉の数を上回れば日本の最高気温が下がるのではないだろうか。
そのような話をトイレまでの道中で父に説明したが「はいはい、そうですね」「暑い」「トイレ行きたくない」と夏生をあしらい、聞く耳を持たなかった。だめだ、暑さで頭がやられている、と夏生は父を憐れんだ。
 トイレから出ると父が待っていた。青色のシャツをはためかせていたのを覚えている。
「お父さん、売店に寄っていい?」夏生が聞いた。
「いいけど、お弁当があるからな。何も買わないぞ」
 父の話す通り、夏生は前日の夜から母と弁当のおかずを作っている。母は今頃、クーラーボックスから出した弁当を広げて、待っていることだろう。
「分かってる。見たいだけだもん」
 売店に入ると冷たい風が夏生達を包む。風鈴を置く前に日本に巨大クーラーを設置するべきだと夏生は半ば本気で思った。
 夏生達が入ってきた側には自動販売機や売店があった。お土産やお菓子が陳列されている。奥には食券を購入した人たちがご飯を食べていた。 
「うわ、凄い人の数だな」店内を見渡し、父が驚く。夏休みのため、家族連れが多かった。
「え、何あれ。ご当地の味なんだって」と夏生が気になったお菓子の元へ近づいていく。
「離れないようにな」父が後ろで言っているのを「はーい」と空返事《からへんじ》をし、聞き流す、陳列されているお菓子を見ていた。
 この味気になるな、これも美味しそう、と右往左往し、ふと背後を見ると父の姿が見当たらない。
「あれ、いない」逸れてしまった、と夏生は頭を掻く。この場合は下手に探すとすれ違ってしまう。夏生は出口で待っていたが熱さに負けて車へと戻ることにした。
 夏生の予想通りだった。車へ戻ると、後部座席に座る母が「戻ってきたね。ほら見てよ。じゃーん」と嬉しそうに弁当を広げていた。
 母が卵焼きを箸で取り、夏生の口に分けてくる。「はい、あーん」
「やめてよー、恥ずかしい。自分で食べるって」五年生にもなって、と夏生は遠慮したが結局、卵焼きを口に受け入れた。自分で作り、旅の道中で気分が高揚していたからだろう、と夏生は自分に言い訳をする。甘い味が、口の中に広がっていく。
「美味しい」前日から母と準備をした甲斐があった、と夏生は思う。
「ね、美味しいわね」母も微笑む。
「ねえお母さん。今度は、秋菜とも一緒に遊びに行きたい」と夏生は東京の遊園地を挙げる。
「いいじゃない。秋ちゃんも一緒に誘いましょう」
 この頃には母も秋菜との面識があり、自宅にも何度か遊びに来ていた。
「いいの?やったー」夏生は飛び上がるほど嬉しくなった。
「夏生、戻ってたのか」父が運転席を開けて乗り込んだ。「探したぞ」
「ごめんごめん。出口で待ってたんだけど、暑くて戻っちゃった」夏生は両手を合わせる。
 駐車場で何かあったらどうするんだ、と父は呟きながら「ほら」とお菓子の入ったビニール袋を差し出した。
「わ、お菓子。ありがとう」買わないと言っていたのに。
「もう、夏生に甘いんだから」母がため息をつく。「あ、お父さん、さっき夏生が言ってたんだけど秋ちゃんも誘って一緒に遊びたいんだって。いいわよね」
「秋ちゃんか。いつも仲良しだもんな。いいよ。今度誘ってお出かけしようか」
「うん、約束だよ」夏生は無邪気に喜んだ。
 何気ない家族の日常。そこには確かな幸せがあった、と今の夏生は思う。
しかし、その幸せは唐突に終わりを告げられてしまう。高速道路を降りてキャンプ場へと向かう一般道。夏生達の車は、交差点でトラックに追突されてしまう。
両親は即死だったが夏生は無事だった。加えて打撲程度の外傷で済んだのだ。医者は「奇跡です」と驚き、目を丸くしていた。