訓練を続けるも成果が出ず、異世界における自分の無力さに打ちのめされていた高志。そんなある日、突然城に非常警報が響き渡る。
「魔族が攻めてきました!」
兵士の緊迫した叫び声が響き、城内が一気に混乱に包まれた。
「え、魔族?」
高志は何が起きているのか理解できず、立ち尽くす。そんな彼の背中をマリアが叩いた。
「高志!安全な場所に避難して!」
「で、でも……俺、何も……」
「いいから行って!」
その一喝に背中を押されるように高志は動き出し、城の廊下を駆ける。しかしその途中で、頭の片隅に湧き上がった一つの疑問が、足を止めさせた。
(こんな時、俺、何もせず逃げるだけでいいのか……?)
「……いや、逃げるしかないだろ!」
心の葛藤を振り払うように走り出そうとしたその瞬間だった。
「ギャアアアアア!」
遠くから兵士の悲鳴が聞こえた。
高志は結局、マリアを探して引き返すことにした。彼にとって唯一の頼りであり、異世界に来てから親しくなった相手だったからだ。
城の中庭にたどり着くと、そこではマリアが一人で魔族の一団を相手に戦っていた。
「くっ……!」
次々と繰り出される魔法と剣の連撃。それでも敵の数が多すぎる。彼女の動きは少しずつ鈍くなっていくように見えた。
「マリアさん!」
思わず声を上げた高志。それに気づいたマリアが振り返る。
「高志、来ちゃダメ!」
「で、でも……!」
その時、魔族の一体がマリアに向かって巨大な火球を放った。彼女は避けることができず、火球が彼女を直撃しそうになる。
「マリアさん!!!」
その瞬間、高志の中で何かが弾けた。
「……ぅわああああああっ!」
叫び声と共に、高志の体から眩しい光が溢れ出す。それは城全体を包み込むほどの輝きだった。
「な、なんだこの光は!?」
魔族たちはその場で動きを止めた。次の瞬間、高志の手が勝手に動き始め、巨大な結界が生成される。
「えっ……俺がやったの……?」
その結界は強大な力を持ち、魔族たちの動きを完全に封じ込めた。周囲が静寂に包まれる。
「高志……すごい……」
マリアが呆然と彼を見つめる。その言葉に高志も自分の力をようやく理解し始めた。
「俺……やればできるんじゃん……?」
少しだけ自信を取り戻しかけたその時だった。
「それが、お前の限界だ」
突如、頭上に低い声が響いた。
空中には魔族の指揮官らしき存在が浮かび、鋭い目つきでこちらを見下ろしている。
「……!」
高志の力は一瞬で打ち消され、結界が消失した。目の前に残されたのは、力尽きた高志と、それを庇うように立つマリアの姿。
「あなたを守る……私が!」
そう言い切ったマリアの背中を見ながら、高志は現実を突きつけられた。
(結局、俺は何もできない……)
彼の心は深い絶望に飲み込まれていった。
――――――
次に目を覚ました時、高志はまたあのエレベーターの中にいた。
「え……?」
異世界の草原も、マリアの姿も消えている。エレベーターはゆっくりと下降していき、やがてドアが開いた。
そこには、何も変わらない現実世界の貸しビルのエントランスが広がっていた。
「あれ……戻ってきたのか……?」
高志はふらふらとビルの外に出る。冬の冷たい風が頬を撫でる感触に、彼は自分が完全に現実へ帰ってきたことを理解した。
(結局、異世界でも俺は……何もできなかったんだ)
全身から力が抜け、その場にしゃがみ込む。
「俺って、本当にダメだな……」
異世界に行っても現実は変わらない——それを思い知らされた瞬間だった。
――――――
家に帰ると、母親が心配そうな顔で声をかけてきた。
「たかし……どこに行ってたの?」
その声に高志は何も答えず、自室に向かう。母の声は心配そのものだったが、それが余計に胸に突き刺さる。
自室に戻った彼は、ふとパソコンのモニターを見つめた。
(……俺にできることなんて、結局これくらいしかないよな)
そうつぶやきながら、キーボードに手を伸ばす。
「30歳引きこもりニートの俺は異世界転生なんてしなければよかった」
そのタイトルを打ち込み、物語を書き始める。現実で何もできない自分が、せめて物語の中で何かを成し遂げられるように——。
「俺の人生、せめてこの中では輝いてほしい……」
冷たい冬の夜。暖房の効いた六畳一間で、一人の男が物語の中に逃げ込む。
現実の閉塞感から逃れるために、彼はキーボードを叩き続けるのだった。
――――――
真冬の朝日が窓から差し込む。高志は一晩中書き続けた画面を見つめながら、小さく息を吐く。
「俺の物語……せめて、誰かに読まれるといいな」
部屋の窓を開けると、冷たい風が顔を撫でる。どこかで聞こえる子供の笑い声。日常は変わらず流れている。
その中で、高志はただ小さく呟いた。
「やっぱり……異世界転生なんてしなければよかった……」
そう言いながらも、彼の中にはほんの少しの温もりが残っていた。それは、物語を書き続ける中で見つけた、微かな希望だった。