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「じゃあ一緒に食べよう!」
美杏の希望で、海斗も彼女と共に食事をするのが恒例になっていた。
人間ではないので食物は必要としない、しかし表面上「食事を摂る」真似はできる、といういい加減極まりない方便を、妹は素直に信じている。
「プログラムですよ」
アンドロイドにも味覚があれば、と問われ、海斗が不本意ながらも設定通りに答えるのに残念そうな美杏に真実を伝えることはできない。
──本当に、美杏は何も知らないんだろうか。
彼女の頭脳なら、海斗の拙い演技など簡単に見破れるとしても何らおかしくはなかった。
それなのに、『カイ』をアンドロイドだと信じて疑わない妹の様子に逆に不安が募る。「気づいているのでは」という危惧よりも、むしろ「何故、気づかないのか」が気に掛かった。
美杏は人間の男を忌避する。嫌悪、憎悪、……恐怖。
しかしアンドロイドなら何も心配はいらない。
決して危害を加えて来ることはない、忠実な僕ならば。
それが彼女の心にバイアスを掛けているのではないか。「気づかない」のではなく、「気づいてはならない」と自己暗示を掛けているかのように。
けれど確かめる術はなかった。
第一、現実逃避だとしたらいったい何だと言うのか。
妹が平穏に過ごせるなら、「普通」の基準など一切不要だった。
美杏が現実など見たくないと望むなら、海斗はそれに従う。世界の片隅の隔絶した空間で、このまま兄妹二人きりで生きていたいと願う自分もいた。
美杏は苦しんでいた。しかし逃げられなかった。「逃げる」という選択肢自体が彼女の中には存在し得なかったからだ。
彼女の世界には、ずっと父しかいなかったのだから。「最初から知らないことを『可哀想』とは言わない」と、奇しくも海斗が口にした通りに。
あの時はそう信じていた。
しかし本当にそうなのだろうか。美杏は可哀想ではなかったのか?
すべて知らせた上で選択権が与えられなければならない、と今更のように迷いが生じている。
たとえ事実がどうであれ、彼女を「人間」社会から孤立させたままではいけないのだ。それでは父と同類に成り下がってしまう。
海斗にはこの身が人間だと、……兄だと明かすつもりなどないのだから尚更だった。
彼女が『カイ』のことだけでも信じられるように全力を尽くす。おそらくこの目論見の狙いもそこにある。『カイ』は人間ではないが、人間を可能な限り模倣している。そう、彼女には繰り返し伝えていた。
美杏が『カイ』を信じて受け入れられるなら、その元になった「人間というもの」への信頼も生まれるかもしれない。『カイ』個体ではなく、その先の大多数へと繋げる橋渡し役。
その時、この計画はようやく次の段階に進む筈だ。他の「人間」と接するという、新たな挑戦へと。
間違いなく期間限定のこの時間を、人間でも兄でもなくただの世話役のアンドロイドとしてでも、余すことなく味わいたかった。
持てる力のすべてで、感情など持たない「機械人形」に擬態してみせる。それが美杏の願いで欲することなら異議を差し挟む必要もない。
海斗は今、そのためだけに生きてここにいるのだから。
