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16話

ー/ー



ペダルを漕ぎ、進んでいると勇の住むマンションが見えてくる。もう少しだ。

 僕は金谷が先生の注意を引きつけ、高橋が先生を止める後ろ姿を思い浮かべた。それにもし田中が辞退し、一人でも欠けていたらここまで来れていなかったはずだ。

 どうして人は、他人の為に動き、力を使うことができるのだろう。僕は彼らへの感謝の気持ちが止まらなかった。
 
 街路樹があり、その両端に桜が開花していた。花びらが舞い散り、僕の顔を掠めていくが、桜を嗜む余裕はない。後ろ髪を引かれる思いで僕は街路樹を駆け抜けていく。

 アパートの前に辿り着き、駐輪場に自転車を停めた。黒色の自家用車、五人乗りだろうか、勇の両親らしき人たちが荷物を積んでいた。引越し業者のトラックも停まっており、忙しそうにマンションとトラックの間を行き来している。

 すると勇がマンションから荷物を抱え、歩いてきた。僕の姿に気づいた勇は目を丸くし、「透、どうしてここに?」と呟く。思わず口からこぼれ落ちるようだった。
 
「はい、ペンケースの忘れ物」僕は手提げバックからペンケースを取り出した。

「あっ!ないと思ってたら、やっぱり学校だったのか」と言い「これから取りに行こうとしていたけれど、もう一度出向くのは気恥ずかしいなと思ってたんだ。ありがとう」とお礼を伝えてくれた。

 勇の両親は気を遣ってくれたのか、「近くを散歩してきなさい」と提案してくれた。母親は突然押しかけてきた僕に対し、嫌な顔一つせず、喜び、「わざわざきてくれるなんて」としきりに言っていた。

父親は大柄な体で、僕は以前、勇から頭の傷について話を聞いていたため、少々気後れしてしまった。僕は軽く会釈をすると、「勇と遊んでくれてありがとう」そう言うと準備のためか、慌ただしく動いていた。僕はその一瞬だけでも優しい人柄というものが伝わったような気がした。
 
 近くの河川敷を二人で歩いていた。春先でお昼の時間帯だ。そよ風が気持ちよく、気温もちょうどいい。春というのは言葉を聞くだけで陽気な気分になるのを僕は感じていた。

 僕は歩きながら、勇にこれまでの顛末を話した。怪我を装い、学校を抜け出そうとしたこと、それぞれが協力し、ここまでこれたことを僕なりの臨場感を交えて説明した。勇は驚き、時に苦笑いをしながら聞いていた。

「高橋と金谷が協力してくれるなんてなー」勇は感嘆した声を上げる。

「そうなんだよ。僕も驚いた」

「きっと透のために力になりたかったんだろうな」

「そうなのかな」僕は頭を搔く。

「あの日以来、二人はいつも透のことを気かけていたよ。(はた)から見ていた俺には分かるよ」と勇は頷いた。

 確かにあの事件以来、積極的に話しかけてくれるようになった。正直初めのうちは警戒し、ぎこちない相槌や愛想笑いしかできなかったが、次第に何気ない話で笑い合えるようになった。

彼らなりに変わろうと決意したのだろう。ちなみに勇はバスケではなく、他の部活に入部した。「どうして?」と聞くと、「あの二人とわざわざ部活でも顔を合わせなくたっていいだろ」と言っていた。はっきりとしており、勇らしい。

 それでもきっかけはやはり勇だ。僕は気がつくと「勇のお陰だよ。ありがとう」と呟いていた。

「もちろん、田中が僕の話を親身に聞いてくれていたのもあるさ。それがなかったら勇が来た頃には不登校になっていたのかもしれない」

「俺は何もしていないよ」勇は謙遜する。「俺はただきっかけを与えただけだから。それに俺は個人的な恨みを晴らしたかっただけさ」と。

「僕は勇が来るまでは『どうせ自分なんて』と責めて、諦めてもう全てが嫌になっていたんだよ。必死で涙を堪えてさ」

 勇は静かに目を見つめ、先を促してくる。
「辛いのに辛くないフリをして大丈夫と言い聞かせる日々は本当に辛かった。中でも女子バスケの同級生から心配されたときは心から惨めな気持ちになっていたんだ」

「そうだったのか」勇は相槌を打つ。

「そして勇が来てから、直ぐにいじめのことはバレてしまった」

「靴の一件でな」勇は笑う。

「そうなんだ。そこからの動きだしは早くてハッタリ作戦で高橋に反撃をした。僕は殴れなかったけど」僕も笑う。

「必死で止めてくれたじゃないか。守るのも立派な立ち向かい方さ」

「ありがとう。その後は屋上でみんなと思いを打ち明けあって、高橋と金谷とも何とか和解ができた。それからの日々は本当に楽しかったよ」僕は言い、「改めてありがとう」と頭を下げる。

「それはこっちのセリフさ」
「どうして」

「俺の頭の傷は父さんとの喧嘩のせいだったって話しただろ?家でもあまり会話ができなくて、気まずかったんだ。きっと心のどこかで恨んでいたんだろうな」

「そうだったのか」

「でも透は母親のことをいつも気にかけていた。抱え込みすぎるのはいけないけれど、心配をかけまいと、一人で戦っていた。それを見ていたら、自分も向き合わなくちゃって思い始めたんだ」勇は遠くを見つめて「とは言っても怪我のことは既に話は済んでいたから、そのことは蒸し返さないで、自分から父さんに話しかけることにしたんだよ」

「それが当たり前だけど、難しかったんだね」僕は先を促す。

「父さんは無口だからさ、家のリビングで向き合った時は何を話せばいいか分からなくて、沈黙が続いてたんだ」勇は頭を搔く。

「その時にアレが出たんだよ」

「アレ?」

「黒いアイツだよ」

「あぁ」僕は黒いフォルムを纏い素早く動き出す姿を思い浮かべ、ゾッとする。

「マンションに荷物入れる前に、虫対策でバルサン焚いたんだけどなー。出てきてしまったんだよ」勇は苦い顔を浮かべている。

「それで?」

「俺はびっくりして、父さんを見たら、目を丸くして、母さんに助けを求めたんだ」と笑い、「大の男二人が慌てふためいて、母さんは冷静に処理してさ、去り際『男二人が情けない』と呟いたんだ。俺は父さんと顔を見合わせて、笑い合ってたよ。その後からは緊張がほぐれて話ができるようになったんだ」

「そうか。それじゃあ、黒いアイツは救世主だったんだな」と僕はおどけてみせる。

 勇は目を丸くし「そうだな。黒いアイツに感謝しなきゃな」と顔をくしゃっとさせた。「その時に気づいたんだ。父さんは普段無口なんだけど、意外と話好きでさ。きっと話しかけてくれるのを待っていたんだろうなって」

「うん」

「話をしてたら、『あの時はごめん』って謝られたんだ。『理由も深く聞かずに学校に行かせることしか考えていなかった。ついカッとなって、勇にとんでもないことをしてしまった』ってな。父さんも焦っていたんだろうな。転勤続きの仕事だし、息子は不登校になるしさ」自嘲気味な口調で笑っている。「俺も謝ったさ『父さんなんて仕事のことしか考えていないくせに』と言って悪かったって」

 僕は言葉の端から、親子が罵り合う場面を想像する。お互いの不満や怒りが噴出し、売り言葉に買い言葉の応酬、そしてエスカレートし手を出してしまう光景を。きっと母親は泣いて止めたのだろう。

「父さんは言ったんだ。『どんなことがあっても人を傷つけていい理由にはならない』って」勇は言葉を切り、間を置いてから「綺麗事だよな。社会の荒波に揉まれた大人が何を言ってるんだか」と一息にまくし立てた。

 それは勇が屋上で話した言葉だった。憎まれ口を叩きつつも父親の事は想い、尊敬しているのだろう。
「まあ、俺は高橋を殴ったけど」と勇は舌を出している。


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ペダルを漕ぎ、進んでいると勇の住むマンションが見えてくる。もう少しだ。
 僕は金谷が先生の注意を引きつけ、高橋が先生を止める後ろ姿を思い浮かべた。それにもし田中が辞退し、一人でも欠けていたらここまで来れていなかったはずだ。
 どうして人は、他人の為に動き、力を使うことができるのだろう。僕は彼らへの感謝の気持ちが止まらなかった。
 街路樹があり、その両端に桜が開花していた。花びらが舞い散り、僕の顔を掠めていくが、桜を嗜む余裕はない。後ろ髪を引かれる思いで僕は街路樹を駆け抜けていく。
 アパートの前に辿り着き、駐輪場に自転車を停めた。黒色の自家用車、五人乗りだろうか、勇の両親らしき人たちが荷物を積んでいた。引越し業者のトラックも停まっており、忙しそうにマンションとトラックの間を行き来している。
 すると勇がマンションから荷物を抱え、歩いてきた。僕の姿に気づいた勇は目を丸くし、「透、どうしてここに?」と呟く。思わず口からこぼれ落ちるようだった。
「はい、ペンケースの忘れ物」僕は手提げバックからペンケースを取り出した。
「あっ!ないと思ってたら、やっぱり学校だったのか」と言い「これから取りに行こうとしていたけれど、もう一度出向くのは気恥ずかしいなと思ってたんだ。ありがとう」とお礼を伝えてくれた。
 勇の両親は気を遣ってくれたのか、「近くを散歩してきなさい」と提案してくれた。母親は突然押しかけてきた僕に対し、嫌な顔一つせず、喜び、「わざわざきてくれるなんて」としきりに言っていた。
父親は大柄な体で、僕は以前、勇から頭の傷について話を聞いていたため、少々気後れしてしまった。僕は軽く会釈をすると、「勇と遊んでくれてありがとう」そう言うと準備のためか、慌ただしく動いていた。僕はその一瞬だけでも優しい人柄というものが伝わったような気がした。
 近くの河川敷を二人で歩いていた。春先でお昼の時間帯だ。そよ風が気持ちよく、気温もちょうどいい。春というのは言葉を聞くだけで陽気な気分になるのを僕は感じていた。
 僕は歩きながら、勇にこれまでの顛末を話した。怪我を装い、学校を抜け出そうとしたこと、それぞれが協力し、ここまでこれたことを僕なりの臨場感を交えて説明した。勇は驚き、時に苦笑いをしながら聞いていた。
「高橋と金谷が協力してくれるなんてなー」勇は感嘆した声を上げる。
「そうなんだよ。僕も驚いた」
「きっと透のために力になりたかったんだろうな」
「そうなのかな」僕は頭を搔く。
「あの日以来、二人はいつも透のことを気かけていたよ。|側《はた》から見ていた俺には分かるよ」と勇は頷いた。
 確かにあの事件以来、積極的に話しかけてくれるようになった。正直初めのうちは警戒し、ぎこちない相槌や愛想笑いしかできなかったが、次第に何気ない話で笑い合えるようになった。
彼らなりに変わろうと決意したのだろう。ちなみに勇はバスケではなく、他の部活に入部した。「どうして?」と聞くと、「あの二人とわざわざ部活でも顔を合わせなくたっていいだろ」と言っていた。はっきりとしており、勇らしい。
 それでもきっかけはやはり勇だ。僕は気がつくと「勇のお陰だよ。ありがとう」と呟いていた。
「もちろん、田中が僕の話を親身に聞いてくれていたのもあるさ。それがなかったら勇が来た頃には不登校になっていたのかもしれない」
「俺は何もしていないよ」勇は謙遜する。「俺はただきっかけを与えただけだから。それに俺は個人的な恨みを晴らしたかっただけさ」と。
「僕は勇が来るまでは『どうせ自分なんて』と責めて、諦めてもう全てが嫌になっていたんだよ。必死で涙を堪えてさ」
 勇は静かに目を見つめ、先を促してくる。
「辛いのに辛くないフリをして大丈夫と言い聞かせる日々は本当に辛かった。中でも女子バスケの同級生から心配されたときは心から惨めな気持ちになっていたんだ」
「そうだったのか」勇は相槌を打つ。
「そして勇が来てから、直ぐにいじめのことはバレてしまった」
「靴の一件でな」勇は笑う。
「そうなんだ。そこからの動きだしは早くてハッタリ作戦で高橋に反撃をした。僕は殴れなかったけど」僕も笑う。
「必死で止めてくれたじゃないか。守るのも立派な立ち向かい方さ」
「ありがとう。その後は屋上でみんなと思いを打ち明けあって、高橋と金谷とも何とか和解ができた。それからの日々は本当に楽しかったよ」僕は言い、「改めてありがとう」と頭を下げる。
「それはこっちのセリフさ」
「どうして」
「俺の頭の傷は父さんとの喧嘩のせいだったって話しただろ?家でもあまり会話ができなくて、気まずかったんだ。きっと心のどこかで恨んでいたんだろうな」
「そうだったのか」
「でも透は母親のことをいつも気にかけていた。抱え込みすぎるのはいけないけれど、心配をかけまいと、一人で戦っていた。それを見ていたら、自分も向き合わなくちゃって思い始めたんだ」勇は遠くを見つめて「とは言っても怪我のことは既に話は済んでいたから、そのことは蒸し返さないで、自分から父さんに話しかけることにしたんだよ」
「それが当たり前だけど、難しかったんだね」僕は先を促す。
「父さんは無口だからさ、家のリビングで向き合った時は何を話せばいいか分からなくて、沈黙が続いてたんだ」勇は頭を搔く。
「その時にアレが出たんだよ」
「アレ?」
「黒いアイツだよ」
「あぁ」僕は黒いフォルムを纏い素早く動き出す姿を思い浮かべ、ゾッとする。
「マンションに荷物入れる前に、虫対策でバルサン焚いたんだけどなー。出てきてしまったんだよ」勇は苦い顔を浮かべている。
「それで?」
「俺はびっくりして、父さんを見たら、目を丸くして、母さんに助けを求めたんだ」と笑い、「大の男二人が慌てふためいて、母さんは冷静に処理してさ、去り際『男二人が情けない』と呟いたんだ。俺は父さんと顔を見合わせて、笑い合ってたよ。その後からは緊張がほぐれて話ができるようになったんだ」
「そうか。それじゃあ、黒いアイツは救世主だったんだな」と僕はおどけてみせる。
 勇は目を丸くし「そうだな。黒いアイツに感謝しなきゃな」と顔をくしゃっとさせた。「その時に気づいたんだ。父さんは普段無口なんだけど、意外と話好きでさ。きっと話しかけてくれるのを待っていたんだろうなって」
「うん」
「話をしてたら、『あの時はごめん』って謝られたんだ。『理由も深く聞かずに学校に行かせることしか考えていなかった。ついカッとなって、勇にとんでもないことをしてしまった』ってな。父さんも焦っていたんだろうな。転勤続きの仕事だし、息子は不登校になるしさ」自嘲気味な口調で笑っている。「俺も謝ったさ『父さんなんて仕事のことしか考えていないくせに』と言って悪かったって」
 僕は言葉の端から、親子が罵り合う場面を想像する。お互いの不満や怒りが噴出し、売り言葉に買い言葉の応酬、そしてエスカレートし手を出してしまう光景を。きっと母親は泣いて止めたのだろう。
「父さんは言ったんだ。『どんなことがあっても人を傷つけていい理由にはならない』って」勇は言葉を切り、間を置いてから「綺麗事だよな。社会の荒波に揉まれた大人が何を言ってるんだか」と一息にまくし立てた。
 それは勇が屋上で話した言葉だった。憎まれ口を叩きつつも父親の事は想い、尊敬しているのだろう。
「まあ、俺は高橋を殴ったけど」と勇は舌を出している。