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10話

ー/ー



放課後、僕たちは屋上で向き合っていた。吹き曝しのため風が強いが、夏の季節のため、むしろ心地が良いくらいだ。ふと横に目をやると、フェンス越しにグラウンドが見渡せる。ユニフォームを着て走る集団や、友人と帰宅する者など様々な人が行き交っていた。活気あふれる学校だな、と僕は思う。

 フェンスを背にして、僕の隣には勇、屋上の入り口側には高橋と金谷が、自然とそのような形になる。

 口火を切ったのは高橋だった。「透、今まですまなかった」と頭を下げた。

 僕は「いや、もう大丈夫だよ」と高橋に声をかける。僕の中では、頭を下げられた時点で問題は解決していた。昨夜、目を腫らすほどに泣いた僕は、冷静に今の状態を見つめ直した。勇が言う通り僕は舐められっぱなしで、田中の言う通り、オドオドしていたのだ。初めは、彼らに抵抗の意思を示してはいたが、次第に心を折られて、気弱な自分が顔を出し始めた。嵐が過ぎ去るのを待つための選択だったとはいえ、昨夜の泣き具合を考慮すると自分自身の心を殺すのは悪手だったのかもしれない。

 僕の出した結論は謝られなくとも、いじめが継続したとしても、立ち向かおうということだった。
 心を殺すより、立ち向かう。辛くなったら信頼できる人に相談すれば良い。そのように決意をしたのだ。しかし、高橋に頭を下げられると拍子抜けした気分になる。何はともあれ、それに越したことはない。

「許してくれるのか?」高橋は顔を上げた。僕は「雨降って地が固まるじゃないけど、おかげで気づけたこともあるからね」と勇を見る。電気ショックに立ち向かう犬を見たことで、僕は進むことができたのだ。

「ありがとう」と高橋は再び頭を下げ、「実は、兄二人が一流の大学へ入学して、両親からはかなりプレッシャーをかけられていたんだ。そのストレスもあって透に当たっていた」と理由を話し始めた。

 僕は高橋の家庭の事情など考えたことはなかったので素直に驚いた。

「だからと言って人を傷つけていい理由にはならないだろ?」と勇は腕を組み難しい顔をしている。

「謝るところまではいいが、言い訳し始めたのには驚いた」と高橋に冷たい目を向けた後で僕を見て「透、お前今、高橋に同情して許そうと思っただろ?」と強めの口調で言ってきた。

 その通りだったため、僕は頷くと「お人好しが過ぎる。今許したら、高橋は言い訳をして同じことを繰り返し続けるぞ」と言うので僕と高橋の声が「そんなことは」と重なった。「いや、繰り返すよ」勇は再び断言し、僕は「じゃあどうすれば?」と尋ねる。

「許さないことだ。透が今許せば、喉元過ぎれば暑さ忘れると言わんばかりに別な場所で繰り返す。許さずに、心の奥にひっかけておいた方が良い。やったことは消えない。背負って生きていくしかないんだよ。そうした方が再発防止に繋がるんだ」と淡々と続けた。

 思うところがあったのか、見透かされたのか当の高橋は足元を見て、落ち込んでいる。

「ずいぶん偉そうに人のことを言ってるけど、勇、お前はそんなことを言える立場の人間なのか?」と成り行きを見ていた金谷が口を開く。話好きの金谷が大人しいのは珍しいと思っていた。

「そんなことはない」と否定した後で「金谷が今朝言った通り、俺は六年生の半年間、不登校だったロクでもない人間だよ」と首肯した。

「ほらな」認めたからなのか、金谷は勝ち誇ったような表情を浮かべている。

「ひとつ訂正しておくけれど、俺がロクでもないだけで、他の不登校の生徒がそういう訳ではない」と金谷を睨んだ。

 そして僕を一瞥(いちべつ)した後で、「透には話しているが、俺は三つの学校を転校して渡り歩いたんだ」と話し始めた。
 
「一、二年生の頃は良かったんだ。休み時間になれば、男女関係なくみんな仲良く、校庭へ遊びに行く。もちろん無邪気(ゆえ)に傷つけてしまうことはある。けれど過ちを認め、時間が経てば仲直りをして、やり直しができる。そういう柔軟な時期だと俺は思っているんだ」勇は僕たちを見ながら、続ける。

「二つ目の学校。三年生と四年生の頃は自分の頭で物事を考えて、意見を主張できるようになる時期だ。その頃から、派閥というものが生まれ始めて、陰口や他人を傷つけるような生徒が少しずつ現れ始める」

 僕は耳を傾けながら、光景を想像する。確かに、その頃からはクラスの関係性というものができてきたように思える。

「三つ目の学校、五年生と六年生にもなれば、序列やグループに対して敏感になり、敵意や反抗心といったものを剥き出しにしてくるようになる。体格差も生まれてくるからね」勇は一度言葉を切った後で続ける。

「勘違いしないで欲しいのだけど、俺は『みんな仲良くしましょう』という博愛主義者という訳ではないんだ。人それぞれ考え方や、感じ方の違いがあって良いと思う。けれど陰口や暴力で人を傷つけることが許せないんだ」勇は高橋と金谷に目を向けるが、二人とも俯いている。

 「五年生と六年生の頃、いじめられている同級生がいたんだ。『態度が気に食わない』とか下らない理由をつけてモノを隠したり、先生の目につかないところで暴力を振るっていたりしていたよ」勇は辛そうな表情を浮かべている。

「俺は五年生の間からそれを見ていたんだ。けれど標的になるのを恐れて、止められない自分に嫌気がさしていた」

「もちろん、その同級生に話しかけて、励ましたり、悩みを聞いてできることはやっていたつもりさ。先生には話さないでくれと止められてはいたんだ。でも、見ていられなくなって、先生が変わったタイミング、六年生になってから担任に打ち明けたんだ『私のクラスでいじめが起きています』とね」

「その先生は熱血教師で有名だった。生徒を信じる真っ直ぐさが裏目に出たのだろう。目を瞑らせて『いじめが起きている。やっている人、知っている生徒は手をあげてくれ』と言い始めたんだ」

 僕にはその手がどれほど悪手なのか想像がついた。「やりましたか?」と聞かれて正直に手をあげる人であれば、そもそもいじめなどは起こらない。

「当然上げる人はいなくて、生徒間では、先生に密告した人の犯人探しが始まった」
「先生達は見回り等を強化したけれど、いじめていた奴らは、隠れて、巧妙に内容がエスカレートしていった」

「いじめられていた同級生は耐えきれなくなって遂に不登校になった。俺が訪問したけれど『会いたくない』の一点張り。『余計なことをしないでくれよ』と彼の母親づてで伝えられた時には、俺はどうすればよかったのか分からなくなってしまったよ」勇は目を床に向けた。

「次第に俺も不登校になり、理由を話さない息子に嫌気がさした父親は、僕に掴みかかり、揉み合いになった。それで頭を怪我したという訳さ」と自身の傷を指さした。
「そんなこんなで父の転勤が決まり、この学校へ来た。四月から通う予定だったけれど、迷いに迷って、七月になってしまったんだ」勇は寂しそうな表情を浮かべる。

「透の置かれている状況が分かった時、僕は考えた。同じ過ちを繰り返したくはないからね」と言い、勇は僕に目を向ける。

「考えた末、俺は先生には伝えず自分で解決することにしたんだ」と言葉を一旦切り、今度は高橋と金谷に目を向けた。

「それが、君たちをハッタリで怖気付かせて、その隙に殴るという作戦さ」

「温厚で優しくしているだけじゃ、一時的に救うことはできても、根本的な解決にはならない。もちろんそれも大切だけどね。まずは抵抗する意思を示すことが大切だと思ったんだ」


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放課後、僕たちは屋上で向き合っていた。吹き曝しのため風が強いが、夏の季節のため、むしろ心地が良いくらいだ。ふと横に目をやると、フェンス越しにグラウンドが見渡せる。ユニフォームを着て走る集団や、友人と帰宅する者など様々な人が行き交っていた。活気あふれる学校だな、と僕は思う。
 フェンスを背にして、僕の隣には勇、屋上の入り口側には高橋と金谷が、自然とそのような形になる。
 口火を切ったのは高橋だった。「透、今まですまなかった」と頭を下げた。
 僕は「いや、もう大丈夫だよ」と高橋に声をかける。僕の中では、頭を下げられた時点で問題は解決していた。昨夜、目を腫らすほどに泣いた僕は、冷静に今の状態を見つめ直した。勇が言う通り僕は舐められっぱなしで、田中の言う通り、オドオドしていたのだ。初めは、彼らに抵抗の意思を示してはいたが、次第に心を折られて、気弱な自分が顔を出し始めた。嵐が過ぎ去るのを待つための選択だったとはいえ、昨夜の泣き具合を考慮すると自分自身の心を殺すのは悪手だったのかもしれない。
 僕の出した結論は謝られなくとも、いじめが継続したとしても、立ち向かおうということだった。
 心を殺すより、立ち向かう。辛くなったら信頼できる人に相談すれば良い。そのように決意をしたのだ。しかし、高橋に頭を下げられると拍子抜けした気分になる。何はともあれ、それに越したことはない。
「許してくれるのか?」高橋は顔を上げた。僕は「雨降って地が固まるじゃないけど、おかげで気づけたこともあるからね」と勇を見る。電気ショックに立ち向かう犬を見たことで、僕は進むことができたのだ。
「ありがとう」と高橋は再び頭を下げ、「実は、兄二人が一流の大学へ入学して、両親からはかなりプレッシャーをかけられていたんだ。そのストレスもあって透に当たっていた」と理由を話し始めた。
 僕は高橋の家庭の事情など考えたことはなかったので素直に驚いた。
「だからと言って人を傷つけていい理由にはならないだろ?」と勇は腕を組み難しい顔をしている。
「謝るところまではいいが、言い訳し始めたのには驚いた」と高橋に冷たい目を向けた後で僕を見て「透、お前今、高橋に同情して許そうと思っただろ?」と強めの口調で言ってきた。
 その通りだったため、僕は頷くと「お人好しが過ぎる。今許したら、高橋は言い訳をして同じことを繰り返し続けるぞ」と言うので僕と高橋の声が「そんなことは」と重なった。「いや、繰り返すよ」勇は再び断言し、僕は「じゃあどうすれば?」と尋ねる。
「許さないことだ。透が今許せば、喉元過ぎれば暑さ忘れると言わんばかりに別な場所で繰り返す。許さずに、心の奥にひっかけておいた方が良い。やったことは消えない。背負って生きていくしかないんだよ。そうした方が再発防止に繋がるんだ」と淡々と続けた。
 思うところがあったのか、見透かされたのか当の高橋は足元を見て、落ち込んでいる。
「ずいぶん偉そうに人のことを言ってるけど、勇、お前はそんなことを言える立場の人間なのか?」と成り行きを見ていた金谷が口を開く。話好きの金谷が大人しいのは珍しいと思っていた。
「そんなことはない」と否定した後で「金谷が今朝言った通り、俺は六年生の半年間、不登校だったロクでもない人間だよ」と首肯した。
「ほらな」認めたからなのか、金谷は勝ち誇ったような表情を浮かべている。
「ひとつ訂正しておくけれど、俺がロクでもないだけで、他の不登校の生徒がそういう訳ではない」と金谷を睨んだ。
 そして僕を|一瞥《いちべつ》した後で、「透には話しているが、俺は三つの学校を転校して渡り歩いたんだ」と話し始めた。
「一、二年生の頃は良かったんだ。休み時間になれば、男女関係なくみんな仲良く、校庭へ遊びに行く。もちろん無邪気|故《ゆえ》に傷つけてしまうことはある。けれど過ちを認め、時間が経てば仲直りをして、やり直しができる。そういう柔軟な時期だと俺は思っているんだ」勇は僕たちを見ながら、続ける。
「二つ目の学校。三年生と四年生の頃は自分の頭で物事を考えて、意見を主張できるようになる時期だ。その頃から、派閥というものが生まれ始めて、陰口や他人を傷つけるような生徒が少しずつ現れ始める」
 僕は耳を傾けながら、光景を想像する。確かに、その頃からはクラスの関係性というものができてきたように思える。
「三つ目の学校、五年生と六年生にもなれば、序列やグループに対して敏感になり、敵意や反抗心といったものを剥き出しにしてくるようになる。体格差も生まれてくるからね」勇は一度言葉を切った後で続ける。
「勘違いしないで欲しいのだけど、俺は『みんな仲良くしましょう』という博愛主義者という訳ではないんだ。人それぞれ考え方や、感じ方の違いがあって良いと思う。けれど陰口や暴力で人を傷つけることが許せないんだ」勇は高橋と金谷に目を向けるが、二人とも俯いている。
 「五年生と六年生の頃、いじめられている同級生がいたんだ。『態度が気に食わない』とか下らない理由をつけてモノを隠したり、先生の目につかないところで暴力を振るっていたりしていたよ」勇は辛そうな表情を浮かべている。
「俺は五年生の間からそれを見ていたんだ。けれど標的になるのを恐れて、止められない自分に嫌気がさしていた」
「もちろん、その同級生に話しかけて、励ましたり、悩みを聞いてできることはやっていたつもりさ。先生には話さないでくれと止められてはいたんだ。でも、見ていられなくなって、先生が変わったタイミング、六年生になってから担任に打ち明けたんだ『私のクラスでいじめが起きています』とね」
「その先生は熱血教師で有名だった。生徒を信じる真っ直ぐさが裏目に出たのだろう。目を瞑らせて『いじめが起きている。やっている人、知っている生徒は手をあげてくれ』と言い始めたんだ」
 僕にはその手がどれほど悪手なのか想像がついた。「やりましたか?」と聞かれて正直に手をあげる人であれば、そもそもいじめなどは起こらない。
「当然上げる人はいなくて、生徒間では、先生に密告した人の犯人探しが始まった」
「先生達は見回り等を強化したけれど、いじめていた奴らは、隠れて、巧妙に内容がエスカレートしていった」
「いじめられていた同級生は耐えきれなくなって遂に不登校になった。俺が訪問したけれど『会いたくない』の一点張り。『余計なことをしないでくれよ』と彼の母親づてで伝えられた時には、俺はどうすればよかったのか分からなくなってしまったよ」勇は目を床に向けた。
「次第に俺も不登校になり、理由を話さない息子に嫌気がさした父親は、僕に掴みかかり、揉み合いになった。それで頭を怪我したという訳さ」と自身の傷を指さした。
「そんなこんなで父の転勤が決まり、この学校へ来た。四月から通う予定だったけれど、迷いに迷って、七月になってしまったんだ」勇は寂しそうな表情を浮かべる。
「透の置かれている状況が分かった時、僕は考えた。同じ過ちを繰り返したくはないからね」と言い、勇は僕に目を向ける。
「考えた末、俺は先生には伝えず自分で解決することにしたんだ」と言葉を一旦切り、今度は高橋と金谷に目を向けた。
「それが、君たちをハッタリで怖気付かせて、その隙に殴るという作戦さ」
「温厚で優しくしているだけじゃ、一時的に救うことはできても、根本的な解決にはならない。もちろんそれも大切だけどね。まずは抵抗する意思を示すことが大切だと思ったんだ」