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9話

ー/ー



昨夜は落ち込んでいたが、翌日になると憑物(つきもの)が落ちたかのように軽やかな気持ちで目覚めることができた。今までは憂鬱な気分で朝を迎えるのが普通だった。その度に「まだ大丈夫」と自分自身に言い聞かせ続けていたが、心の奥底では限界がきていたらしい。

 教室では噂になっていた。田中からは「昨日は何があったんだ」と心配された。
 顛末を話そうとしたが、教室の扉が開く音がした。勇が入ってきたのだ。教室が静まりかえる。僕は田中に「ちょっとごめん」と断りを入れ、勇へ近づいた。

 僕が「おはよう」と挨拶をすると「透、おはよう」と返してくる。その表情は僕の予想に反し、晴々(はればれ)としていた。やるべきことをやり遂げたからだろうか。

 すると勇の背後から高橋と金谷が姿を現した。一瞬、気まずさを覚えたが、僕は「おはよう」と挨拶をするや否や、金谷は勇に掴みかかった。また、問題を起こすのかと僕は目の前の状況に焦るしかない。

「おい、勇、お前嘘ついたな」金谷は興奮し、責め立てている。高橋はその様子を静かに眺めており、止める様子はない。

「金谷、やめろって、何があったんだよ。勇も、なあ」僕は仲裁に入るが、そこで勇の表情に気づく。涼しい顔をして金谷を見ているのだ。

「お前、問題を起こして転校したとか言ってたけど、六年生の半年間は不登校だったらしいじゃないか」

 僕は驚いて勇を見る。まさか勇が不登校?
「どうしてそれを?」勇は動揺したのか目を丸くしている。金谷は「親戚にお前と同じ学校に通っている人がいたんだよ。昨日の夜、その人から聞いたんだ」と優越感を滲ませて答えている。

 なるほど、と勇は呟いた後で「俺は嘘をついていない。金谷が勘違いして他の人たちに言いふらしただけじゃないか」毅然とした態度で更に続ける。

「俺は『むかつく奴は多いよな』と言っただけで、喧嘩はしていないし、それが原因で転校したとは言っていない」

「そうなのか?貴志?」高橋が尋ねる。
「うっ」貴志は言葉に詰まっている。おそらく本当のことなのだろう。

 一矢報いたいと思ったのか、金谷は捨て台詞さながら「不登校のやつなんて、ロクでもないやつしかいないんだよ」と吐き捨て、机へと向かう。
 その後の勇の行動は素早かった。金谷の肩を掴み、近くの壁へと押し付けたのだ。

 昨日の暴れた状況を思い出したのだろう。金谷は目を見開き、「なんだよ」と半分震えた声で虚勢を張っている。

「もう一度言ってみろ」声を張り上げるでもなく、低く、静かに染み渡る声だった。僕はどこか寂しさのようなものを感じ、気にかかった。

 一触即発の雰囲気に、僕は再び仲裁に入ろうとしたが、高橋が前に出て、「その辺にしとけ」と二人を遠ざけた。
「俺たちは謹慎の身の上だ。更に問題を起こしての延長は勘弁してくれ。幸い時間はあることだし、話したいことがあるのならその時間を取ろう」と提案した。「俺からも二人に謝っておきたい」と頭を下げた。

 高橋にこのような誠意があったとは驚きだ。僕は「頭を上げてくれ」と声をかけるが、勇から「下げさせておけ」と言われる。
 勇は「放課後に屋上に集まろう」と提案し、席に戻った。
 クラスメイト達はチラチラと、こちらに視線を向けていた。


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昨夜は落ち込んでいたが、翌日になると|憑物《つきもの》が落ちたかのように軽やかな気持ちで目覚めることができた。今までは憂鬱な気分で朝を迎えるのが普通だった。その度に「まだ大丈夫」と自分自身に言い聞かせ続けていたが、心の奥底では限界がきていたらしい。
 教室では噂になっていた。田中からは「昨日は何があったんだ」と心配された。
 顛末を話そうとしたが、教室の扉が開く音がした。勇が入ってきたのだ。教室が静まりかえる。僕は田中に「ちょっとごめん」と断りを入れ、勇へ近づいた。
 僕が「おはよう」と挨拶をすると「透、おはよう」と返してくる。その表情は僕の予想に反し、|晴々《はればれ》としていた。やるべきことをやり遂げたからだろうか。
 すると勇の背後から高橋と金谷が姿を現した。一瞬、気まずさを覚えたが、僕は「おはよう」と挨拶をするや否や、金谷は勇に掴みかかった。また、問題を起こすのかと僕は目の前の状況に焦るしかない。
「おい、勇、お前嘘ついたな」金谷は興奮し、責め立てている。高橋はその様子を静かに眺めており、止める様子はない。
「金谷、やめろって、何があったんだよ。勇も、なあ」僕は仲裁に入るが、そこで勇の表情に気づく。涼しい顔をして金谷を見ているのだ。
「お前、問題を起こして転校したとか言ってたけど、六年生の半年間は不登校だったらしいじゃないか」
 僕は驚いて勇を見る。まさか勇が不登校?
「どうしてそれを?」勇は動揺したのか目を丸くしている。金谷は「親戚にお前と同じ学校に通っている人がいたんだよ。昨日の夜、その人から聞いたんだ」と優越感を滲ませて答えている。
 なるほど、と勇は呟いた後で「俺は嘘をついていない。金谷が勘違いして他の人たちに言いふらしただけじゃないか」毅然とした態度で更に続ける。
「俺は『むかつく奴は多いよな』と言っただけで、喧嘩はしていないし、それが原因で転校したとは言っていない」
「そうなのか?貴志?」高橋が尋ねる。
「うっ」貴志は言葉に詰まっている。おそらく本当のことなのだろう。
 一矢報いたいと思ったのか、金谷は捨て台詞さながら「不登校のやつなんて、ロクでもないやつしかいないんだよ」と吐き捨て、机へと向かう。
 その後の勇の行動は素早かった。金谷の肩を掴み、近くの壁へと押し付けたのだ。
 昨日の暴れた状況を思い出したのだろう。金谷は目を見開き、「なんだよ」と半分震えた声で虚勢を張っている。
「もう一度言ってみろ」声を張り上げるでもなく、低く、静かに染み渡る声だった。僕はどこか寂しさのようなものを感じ、気にかかった。
 一触即発の雰囲気に、僕は再び仲裁に入ろうとしたが、高橋が前に出て、「その辺にしとけ」と二人を遠ざけた。
「俺たちは謹慎の身の上だ。更に問題を起こしての延長は勘弁してくれ。幸い時間はあることだし、話したいことがあるのならその時間を取ろう」と提案した。「俺からも二人に謝っておきたい」と頭を下げた。
 高橋にこのような誠意があったとは驚きだ。僕は「頭を上げてくれ」と声をかけるが、勇から「下げさせておけ」と言われる。
 勇は「放課後に屋上に集まろう」と提案し、席に戻った。
 クラスメイト達はチラチラと、こちらに視線を向けていた。