6話
ー/ー
街灯が僕の引く自転車と勇を露わにする。自転車はカラカラと音を立て、ライトが街灯に負けじと、数メートル先を照らす。
日が沈み、冷たい風が僕の頬を撫でていく。木々はカサカサと音を立てながら、手招きをするようにその形を揺らしている。僕はそれを見ていると、夜の闇に引きづられて行くような恐怖を感じた。
「透、何かあったんだろ?」と勇は質問をしてきた。
僕は口を噤む。何から話せば良いか分からないのだ。そもそも、口を開いた時点で蓋をしていた感情が、人間の手を離れたホースさながら、暴れ出る確信が僕にはあった。
勇はため息をつき、「俺は転校初日だけどさ、靴を隠されて、さっきの部室での様子を見て確信したよ」と話し始めた。
「休み時間に二人がさ、大っぴらにではないけど、透をからかっていることを仄かしていておかしいと思ったんだ」と自分を納得させるように頷いてている。
「なんと言っていたんだ?」僕は自転車を引きながら尋ねる。
「『部活で下手くそな奴がいる』とか『使えない』だとかそんなくだらないことを、透の方を見て話していたよ。あの笑い方は見ていて気分が悪い」と吐き捨てた。
僕は隠しているのも馬鹿らしくなり「ああ。勇の予想通りいじめられているよ」と打ち明けた。
三年生が引退した頃からいじめが始まったこと、靴を隠され、練習に遅れたと難癖をつけられ暴力を振るわれたことなどを話した。
途中から、声が震え、視界が歪み始めるが、止めることはできない。目には蛇口はないのだ。
勇は僕の話を否定せず、頷きながら聞いてくれた。田中とはまた違った優しさを感じる。
これまでの顛末を話終えると勇は自分の拳を合わせ「よし!透、一発殴ろうぜ」と提案してきたため、「話を聞いていたのか」僕は目を丸くしてしまう。
「無理だよ。そんなことをしたら、今以上に酷い目に遭ってしまう」と即答した。そんなことをできたら苦労はしていない。
「大丈夫さ、俺に考えがあるんだ」と勇は自信満々に答え、右側頭部を掻き上げるとその下に三センチほどの縫合傷が姿を現した。
「その傷は?」と僕は尋ねる。頭に縫合傷なんて、マンガやドラマでしか見たことしかない。一体勇に何があったのだろうか。少なくとも穏やかな理由でない事は伝わってくる。
「色々あったんだよ」と勇ははぐらかしながらも「俺は今まで三回引越しをしているんだ」と話し始めた。
勇は「二年生と四年生と五年生の頃」と指折り数え、「つまり三つの学校を渡り歩いたんだ」と笑った。
僕は驚き、思わず「転校のプロだね」と呟やいた。
勇はその呼び名を気に入ったようで「そうだ。俺は転校のプロさ」と胸を張り、「今回の件はプロに任せなさい」と自身の胸を叩いた。
「殴ったとして、その後の報復があるだろう。それはどうするんだい?」と僕は気になっていたことを質問する。
「考えていない」と勇はきっぱりと言い、「その時はその時だ」と取り付く島もない。
「怖くないのかい?」僕は尋ねる。勇は平均身長である僕とさほど背丈は変わらない。なぜこんなにも違うのだろうか。
「小さかったら立ち向かっちゃいけないのか?」当たり前の口調で勇が問い返してくる。
僕はハッとさせられ、言葉に詰まる。勇ましい。
「ケンカってのは舐められたら終わりなんだ。『この人は何を言っても大丈夫』と認識したたら相手はどんどんつけ上がってくる。そうならないようにできることは」
「できることは?」僕は聞き入ってしまう。
「『こいつは怒らせてはいけない』と思わせることだ」勇は再び、縫合傷のある頭をかき上げた。
「なるほど」僕は頷きながら勇の縫合傷を見る。何があったのかは完全に窺い知ることはできないが、少なくとも『怒らせてはいけないな』と僕は思う。
勇は苦笑いをしながら「まあ、怖くないと言ったら嘘だけど、何もしなきゃ変わらないからな」と言い、「大丈夫!なるようにしかならないさ」と僕を励ました。
不安を抱えながらも僕は作戦を聞くことにした。
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日が沈み、冷たい風が僕の頬を撫でていく。木々はカサカサと音を立てながら、手招きをするようにその形を揺らしている。僕はそれを見ていると、夜の闇に引きづられて行くような恐怖を感じた。
「透、何かあったんだろ?」と勇は質問をしてきた。
僕は口を|噤《つぐ》む。何から話せば良いか分からないのだ。そもそも、口を開いた時点で蓋をしていた感情が、人間の手を離れたホースさながら、暴れ出る確信が僕にはあった。
勇はため息をつき、「俺は転校初日だけどさ、靴を隠されて、さっきの部室での様子を見て確信したよ」と話し始めた。
「休み時間に二人がさ、大っぴらにではないけど、透をからかっていることを|仄《ほの》かしていておかしいと思ったんだ」と自分を納得させるように頷いてている。
「なんと言っていたんだ?」僕は自転車を引きながら尋ねる。
「『部活で下手くそな奴がいる』とか『使えない』だとかそんなくだらないことを、透の方を見て話していたよ。あの笑い方は見ていて気分が悪い」と吐き捨てた。
僕は隠しているのも馬鹿らしくなり「ああ。勇の予想通りいじめられているよ」と打ち明けた。
三年生が引退した頃からいじめが始まったこと、靴を隠され、練習に遅れたと難癖をつけられ暴力を振るわれたことなどを話した。
途中から、声が震え、視界が歪み始めるが、止めることはできない。目には蛇口はないのだ。
勇は僕の話を否定せず、頷きながら聞いてくれた。田中とはまた違った優しさを感じる。
これまでの顛末を話終えると勇は自分の拳を合わせ「よし!透、一発殴ろうぜ」と提案してきたため、「話を聞いていたのか」僕は目を丸くしてしまう。
「無理だよ。そんなことをしたら、今以上に酷い目に遭ってしまう」と即答した。そんなことをできたら苦労はしていない。
「大丈夫さ、俺に考えがあるんだ」と勇は自信満々に答え、右側頭部を掻き上げるとその下に三センチほどの縫合傷が姿を現した。
「その傷は?」と僕は尋ねる。頭に縫合傷なんて、マンガやドラマでしか見たことしかない。一体勇に何があったのだろうか。少なくとも穏やかな理由でない事は伝わってくる。
「色々あったんだよ」と勇ははぐらかしながらも「俺は今まで三回引越しをしているんだ」と話し始めた。
勇は「二年生と四年生と五年生の頃」と指折り数え、「つまり三つの学校を渡り歩いたんだ」と笑った。
僕は驚き、思わず「転校のプロだね」と呟やいた。
勇はその呼び名を気に入ったようで「そうだ。俺は転校のプロさ」と胸を張り、「今回の件はプロに任せなさい」と自身の胸を叩いた。
「殴ったとして、その後の報復があるだろう。それはどうするんだい?」と僕は気になっていたことを質問する。
「考えていない」と勇はきっぱりと言い、「その時はその時だ」と取り付く島もない。
「怖くないのかい?」僕は尋ねる。勇は平均身長である僕とさほど背丈は変わらない。なぜこんなにも違うのだろうか。
「小さかったら立ち向かっちゃいけないのか?」当たり前の口調で勇が問い返してくる。
僕はハッとさせられ、言葉に詰まる。勇ましい。
「ケンカってのは舐められたら終わりなんだ。『この人は何を言っても大丈夫』と認識したたら相手はどんどんつけ上がってくる。そうならないようにできることは」
「できることは?」僕は聞き入ってしまう。
「『こいつは怒らせてはいけない』と思わせることだ」勇は再び、縫合傷のある頭をかき上げた。
「なるほど」僕は頷きながら勇の縫合傷を見る。何があったのかは完全に窺い知ることはできないが、少なくとも『怒らせてはいけないな』と僕は思う。
勇は苦笑いをしながら「まあ、怖くないと言ったら嘘だけど、何もしなきゃ変わらないからな」と言い、「大丈夫!なるようにしかならないさ」と僕を励ました。
不安を抱えながらも僕は作戦を聞くことにした。