ホットワインを大事そうに抱えながら戻ってくる先輩の顔を見つめる。暗い中でも、頬が赤く染まってるのがわかった。
寒さかお酒のせいかは、判断できないけど。
「はい、晴香にはホットチョコレート」
「えっ?」
「お酒苦手なんだから、あんまり飲まないの」
「そうですけど」
「ココアとか好きでしょ? なら好きだよ」
先輩の手からホットチョコレートを受け取る。マシュマロがぷかぷかと心地よさそうに浮かんでいて、可愛い。カップにあと数ミリだけ残っていたホットワインを流し込むように飲んだ。
「お腹はどうですか、まだ空いてますか」
「なんかその言い方、私がまるで食いしん坊みたい」
「美晴は食いしん坊でしょ」
食いしん坊じゃないもん。先輩が食に対して興味なさすぎるだけだもん。言わないけどさ!
パクパクと残りのポテトも勝手につまめば、残っていたソーセージは先輩に奪われていた。先輩が美味しそうに頬張るから、取り返す気も起きない。
ホットチョコレートに口をつければ、濃厚な甘さが口に広がる。
「どう?」
「好きです」
「だと思ったんだー!」
やけに嬉しそうに、珍しく声を出してる。いつもの二倍くらい声が大きい気がするのは、もしかして、酔っ払ってる?
ホットチョコレートを差し出せば、先輩は首を横に振る。わかりきっていたけど。私と違って先輩は甘いもの、ほとんど口にしないもの。
机の上の空いたお皿やコップをまとめて、先輩が移動する準備を始める。私のホットチョコレートは一気に飲めそうにないから、手に持ったまま着いていくことにした。
「イルミネーション、見に行こう」
「はい、ホットチョコレート持ってるので、残念ですけど手は繋げませんね」
意地悪をしてみれば、先輩の眉毛がしゅんっと下がる。酔ってる先輩を見るのは、初めてじゃないはずなのに。非日常的な空気感のせいだろうか。
かわいい。あまりにも、かわいいがすぎる。ホットチョコレートを持っていなかったら、多分抱きしめていた。
人混みをはぐれないように、ゆっくりと移動すればイルミネーションの前は比較的に空いていた。光の花が咲き乱れて、私たちの顔を照らしている。
「キレイですねぇ」
「ちょっとそのまま見ててよ」
「はい?」
「いいから」
「はーい」
先輩が何をしたいかはわからないけど、まぁいいか。可愛い先輩が見れたし、ここに連れてきてくれただけで、今日は大満足だし。
少し冷めてきた残りのホットチョコレートを飲みながら、イルミネーションを見つめる。聞き馴染みのあるシャッター音が聞こえて、振り向けば先輩はカメラを構えていた。
「写真撮りたくて連れてきたんですか?」
「ううん、いい表情だなぁと思って」
嬉しそうに唇を緩めるから、咎める気も起きない。一瞬、なんだ、デートじゃなくて被写体候補だったのかと落ち込んでしまったけど。ホットチョコレートを飲み込んで、胸を落ち着かせる。
もう少し進めば、テレビ塔の前の木が、装飾されていて羽まで添えられている。前に立てばまるで、天使にでもなったかのように見えるだろう。
じいっと見つめてる私に、撮る? と先輩がカメラを持ち上げた。さすがに恥ずかしいから首を横に振る。その代わり、飲み切ったホットチョコレートのカップをポケットに突っ込んで、先輩に手を差し出す。
手を繋ごう、という意思表示だったのに。先輩は私の右手をそっと下から持ち上げる。
「違いますよ」
「違くないよ、聞いて欲しいことがあるんだ」
先輩がすぅうううと深く息を吸って、吐く。言いづらいことを、ついに言われるんだ。どんなことでも受け止める。最高に気分がいい今なら、先輩が遠くにいっちゃうとかでも、寂しいけど、受け止められる気がする。
「聞きますよ、なんですか」
また深く呼吸だけを繰り返して、先輩はまだ言わない。止んでいたはずの、雪がまた降り始めた。チラチラとイルミネーションの光を反射しながら、雪が落ちていく。
かなりの時間待っていた気がする。先輩がポケットを漁り出して、何かを取り出したかと思えば、持ち上げていた私の右手を強く引き寄せた。
よろけて、先輩にぶつかるような形になって、あまりにも不格好だ。このまま抱きしめてみようか、と思えば私の手に何かしてる。するんっと指に何かが通った感触がして、持ち上げようとすれば抱きしめられた。
「晴香が好きです」
「へっ?」
「好きです、たぶん、これが、晴香の言ってた、恋愛的に好きってことだと思います、だから、キスしていい?」
先輩の声が耳元で聞こえて、くすぐったくなる。内容よりも、先輩の声で震える耳が熱くて、どうにかなってしまいそうになる。
「それが、言いたくて、あんなに言いづらそうにしてたんですか?」
「だって、晴香が恋愛的に好きだって思ったらちゅーしてくださいね、とかいうから、ロマンチックにって、思ったのに……もう、そういう空気でもなくなったな」
先輩を左手で強く抱きしめ返して、空に右手をかざす。薬指に、シンプルな指輪がはまっている。真ん中には小さい白い石。まるで、雪を固めたみたいなとろんっとした色合いだ。
「付き合うってことで、いいんですか?」
「恋人、みたいな感じではあったけど、付き合うとかも言ってなかったし。こんな俺でもよければ、その、恋人にしてもらえますか」
「恋人なのかなぁって勝手に思ってましたけど、私は変わらずに先輩が好きですよ」
先輩の右手を掴めば、お揃いの指輪が薬指に輝いている。恋人じゃないと思ってるのに、ペアリング。やっぱり先輩はどこかズレてるけど、そこを含めても愛しい。
「私は、晴樹さんが好きですよ」
抱きしめていた手を離して、顔を見つめて言い直す。安堵の表情を浮かべた晴樹さんの頬を両手で包み込む。軽くちゅっとキスをすれば、パチパチと瞬きをしたんだろう。まつ毛の動きが私の顔をくすぐる。
「ダメでした……?」
「だ、ダメとかそうじゃなくて」
「私たち恋人なんですよね、だって」
指輪を見せつけるように、晴樹さんの前に右手をあげれば、ぐいっと引っ張られて乱暴にキスをされる。歯が当たってちょっと痛かったけど、それでも、晴樹さんの思いが伝わって、幸せだ。
「これからも、隣にいてください。ペンギン夫婦になるまで、なってからも」
「次はじゃあ、結婚指輪ですねぇ。私自分で作りたいんですよね」
「調べておきます」
「ごはんはちゃんと食べてくださいね。長生きしてくれないといやです」
「善処します」
もう一度強く抱きしめて、「好き」と耳元で囁く。目の前の赤い耳すらも愛おしい。
パッと体を離せば、恥ずかしくなったのか晴樹さんが私の左手を掴んで「行こう」と口にした。周りの人がちらりとこちらを見ているのが横目にわかって、私も頷く。それでも、恥ずかしいよりも嬉しさが優って、繋いだ右手にちゅっと軽くキスをする。
晴樹さんの指輪の石が目に入って、私のと色が違うことに気がつく。
「この石、なんですか?」
「アメジスト。晴香の誕生石」
「私のは、じゃあ晴樹さんの誕生石?」
「うん、ムーンストーン」
「ずっと一緒にいるみたいでいいですね」
ふふふっと笑って、繋いだ左手の指で晴樹さんの指輪をなぞる。嬉しさでおかしくなってしまったみたいだ。降り頻る雪が、まるで、幸せがこの世界に降り注いでるように見える。
<了>