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お揃いの思い出

ー/ー



 閉まってる水族館の前に立ちながら、見上げる。門に設置されたペンギンとアザラシのモニュメントにも雪が積もっている。小さい頃から何度も連れてきてもらった、水族館。観覧車に乗せてもらったこともある。

「あれ? 乗ったことあるやつ」
「そうそう、ちっちゃいしょ」
「可愛いサイズだな!」
「閉まってる水族館なんて見ても面白い?」
「面白いよ」

 即答されて、うぐっと言葉を飲み込む。私はもっと普通のデートをしたかったのに、と言い出しそうになる。札幌の方へ遊びに行って二人でおしゃれなカフェとか、映画とか。もしくは、小樽の方に行って海鮮を食べて温泉に浸かったりとか。普通のカップルみたいなことがしたかった。

 でも、ハルキはどうやらこれがいいらしい。そういうフェチなのかもしれない。

「せっかくだし、写真撮ろうぜ」
「いいけど、雪積もってるよ?」
「それがいいんだよ」

 ペンギンとアザラシの間に二人で立って、自撮り棒で写真を撮る。雪の季節にここに来た、だなんて普通はなんで? って思われるだろうに。

「後で送ってよ」
「うん。ねぇ、ハルキ」
「んー?」

 ハルキにさっきの続きを教えてよと言いかけて、目線の先を見つめる。右の方をじいっと見ていたから、大橋に行きたいのかと問おうとすれば、ハルキの方から提案される。

「あそこいつも通るの?」
「いつも、ではないかなぁ」

 わざわざ通らなくても、だいたい行けるし。むしろ、この年齢になってからこっちの方に来たのは久しぶりだった。水族館に来るとしても、大橋は通らずに来ることの方が多いし。
 
「いつも、ではないか」
「なにさ、何が言いたいの?」
「んー? ユキが体験してきたこと、見てきたことを俺も体験して、見たいの」
「冬の季節にここら辺なんて来ないべさ」
「べさ」
「また真似してる」
「可愛いんだよ」

 真顔でそんなことを言うから、恥ずかしくなって目線を逸らす。さっきの、「でも」の続きはきっと今の言葉だと分かった。何もないのが、私は恥ずかしくてたまらないのに、ハルキは知りたいと言ってくれる。

「ごはん食べ行こうか」
「うん、何がいい?」
「いつも外食なら何いくの」
「えー、いつもならチェーン店だよ」
「それでいいんだって。会えない時だってユキも食べてるのかなって思えるだろ」

 その一言で、ハルキの思いに気づいた。これは、会えない時間にも、私を思うための旅だ。私は、初デートと浮かれていたのに、思っていたよりもハルキは私のことが好きらしい。

「照れるしょ」
「なに?」
「ハルキは、私のことが大好きだなぁと思ったの」
「何言ってんの。大好きだから、ユキの住んでる街を見にきたし、知って好きになりたいんだよ」

 恥ずかしげもなく、素直にそう言ってくれるから、胸がいっぱいになる。雪が降り積もるただの白い景色が、今ではなんだか、とんでもなく素晴らしいものに見えてきた。

 恋というのは恐ろしいものだ。

 あんなに嫌だった雪ですら、今は嬉しいものに変わってきてる。バカみたいだと思う反面、ハルキへの愛しい気持ちが雪のように胸中で募る。

「私も好きだから、次はハルキの街に行きたいな」
「案内するとこ探すよ」
「いつもハルキが行くとこね」
「もちろん、はぁ、でもやっぱ雪きれいだな」

 感嘆のため息を漏らしながら、ハルキが雪を見上げる。特別な雪が、私たちに降り注いでくる。

*  *  *

 空港に着いたハルキは、私を見つけた瞬間、ガラス越しによっと軽く手をあげた。

 私も当たり前のように手をあげて返す。荷物を取った人から順番に、ガラスを通り抜けて、北海道に降り立つ。ハルキの番を待ちながら、変わらずに降り積もっていく好きの気持ちに自分自身でめまいがしそうになった。

 あの日、離れがたくて、手を繋いだまま寝たハルキに気づかれないようにぽろりと泣いてしまった記憶が蘇る。想像だけで、すこし目が潤んでしまった。

 ガラスから飛び出てきたハルキが、私を抱きしめて囁く。

「ただいま」

 北海道は、ハルキにとって帰ってくる場所になったらしい。たった一つの言葉が、私を喜ばせてしまう。

「おかえり」
「二つ帰る場所があるってすごくない?」
「すごいよ、でもさ、私も二つあるんだよね」
「知ってる」
「ふふ、したっけ、今日はどこ行く?」

 自然と手を繋いで、今日のデート先を相談する。何度も行き来するうちに決めることもなくなった。普通の恋人たちのように、行き当たりばったりのデート。私たちの関係性が深くなったようで、つい歩く胸を張ってしまう。

「その前にこれ」

 ハルキがリュックから取り出したのは、小さいペンギンのぬいぐるみだった。手には、雪だるまを持っている。

「かわいいね」
「プレゼント」
「え?」

 もう一つ取り出したかと思えば、それはアザラシのぬいぐるみ。手には、ペンギンと同じように雪だるまを持ってる。

「やっぱり離れる時、寂しいみたいだから」
「気づいてたの?」
「当たり前だろ」

 ペンギンを押し付けられて、つい受け取る。バレていないと思っていた。悲しさに声を押し殺して泣いていた別れを。

「どうしても離れる時は寂しくなっちゃうし」
「そだね」
「だから、これ。思い出を形にしてみました。いつでも一緒に過ごした時間を思い出せるだろ?」

 言われてみれば、ペンギンもアザラシも、あの水族館のモニュメントに似ているし、手に持っている雪だるまは私たちが作ってバス停に置いてきたものに似ている。

 私の街に初めてハルキが来た時の、記憶にそっくりだ。嬉しいプレゼントに、ぎゅっと抱きしめてお礼を伝えれば、ぬいぐるみごと抱きしめられる。

「ユキの街を思い出せるんだ、これ見てるとすぐに」
「そっくりだもんね」
「離れる時は寂しいかも知んないけど、俺たちの中にはあの雪の景色あるだろ」
「ある、雪を見るたびに、ハルキがそこにいたのを思い出せるよ」
「雪が降ってなくても、思い出せるようにこれ持っててよ」
「うん」

 ハルキの体温とぬいぐるみに、また涙がこぼれた。私の大切なものが、また増えてしまった。

「じゃあ、今日はとりあえず楽しもうよ」
「うん、水族館今日はやってるから、行ってみる?」
「行きたい行きたい。どんな感じなのかずっと気になってた」
「行こう!」

 パッと体が離れて、手を繋がれる。ハルキからの優しさと思いに、また好きが降り積もっていく。

<了>


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 閉まってる水族館の前に立ちながら、見上げる。門に設置されたペンギンとアザラシのモニュメントにも雪が積もっている。小さい頃から何度も連れてきてもらった、水族館。観覧車に乗せてもらったこともある。
「あれ? 乗ったことあるやつ」
「そうそう、ちっちゃいしょ」
「可愛いサイズだな!」
「閉まってる水族館なんて見ても面白い?」
「面白いよ」
 即答されて、うぐっと言葉を飲み込む。私はもっと普通のデートをしたかったのに、と言い出しそうになる。札幌の方へ遊びに行って二人でおしゃれなカフェとか、映画とか。もしくは、小樽の方に行って海鮮を食べて温泉に浸かったりとか。普通のカップルみたいなことがしたかった。
 でも、ハルキはどうやらこれがいいらしい。そういうフェチなのかもしれない。
「せっかくだし、写真撮ろうぜ」
「いいけど、雪積もってるよ?」
「それがいいんだよ」
 ペンギンとアザラシの間に二人で立って、自撮り棒で写真を撮る。雪の季節にここに来た、だなんて普通はなんで? って思われるだろうに。
「後で送ってよ」
「うん。ねぇ、ハルキ」
「んー?」
 ハルキにさっきの続きを教えてよと言いかけて、目線の先を見つめる。右の方をじいっと見ていたから、大橋に行きたいのかと問おうとすれば、ハルキの方から提案される。
「あそこいつも通るの?」
「いつも、ではないかなぁ」
 わざわざ通らなくても、だいたい行けるし。むしろ、この年齢になってからこっちの方に来たのは久しぶりだった。水族館に来るとしても、大橋は通らずに来ることの方が多いし。
「いつも、ではないか」
「なにさ、何が言いたいの?」
「んー? ユキが体験してきたこと、見てきたことを俺も体験して、見たいの」
「冬の季節にここら辺なんて来ないべさ」
「べさ」
「また真似してる」
「可愛いんだよ」
 真顔でそんなことを言うから、恥ずかしくなって目線を逸らす。さっきの、「でも」の続きはきっと今の言葉だと分かった。何もないのが、私は恥ずかしくてたまらないのに、ハルキは知りたいと言ってくれる。
「ごはん食べ行こうか」
「うん、何がいい?」
「いつも外食なら何いくの」
「えー、いつもならチェーン店だよ」
「それでいいんだって。会えない時だってユキも食べてるのかなって思えるだろ」
 その一言で、ハルキの思いに気づいた。これは、会えない時間にも、私を思うための旅だ。私は、初デートと浮かれていたのに、思っていたよりもハルキは私のことが好きらしい。
「照れるしょ」
「なに?」
「ハルキは、私のことが大好きだなぁと思ったの」
「何言ってんの。大好きだから、ユキの住んでる街を見にきたし、知って好きになりたいんだよ」
 恥ずかしげもなく、素直にそう言ってくれるから、胸がいっぱいになる。雪が降り積もるただの白い景色が、今ではなんだか、とんでもなく素晴らしいものに見えてきた。
 恋というのは恐ろしいものだ。
 あんなに嫌だった雪ですら、今は嬉しいものに変わってきてる。バカみたいだと思う反面、ハルキへの愛しい気持ちが雪のように胸中で募る。
「私も好きだから、次はハルキの街に行きたいな」
「案内するとこ探すよ」
「いつもハルキが行くとこね」
「もちろん、はぁ、でもやっぱ雪きれいだな」
 感嘆のため息を漏らしながら、ハルキが雪を見上げる。特別な雪が、私たちに降り注いでくる。
*  *  *
 空港に着いたハルキは、私を見つけた瞬間、ガラス越しによっと軽く手をあげた。
 私も当たり前のように手をあげて返す。荷物を取った人から順番に、ガラスを通り抜けて、北海道に降り立つ。ハルキの番を待ちながら、変わらずに降り積もっていく好きの気持ちに自分自身でめまいがしそうになった。
 あの日、離れがたくて、手を繋いだまま寝たハルキに気づかれないようにぽろりと泣いてしまった記憶が蘇る。想像だけで、すこし目が潤んでしまった。
 ガラスから飛び出てきたハルキが、私を抱きしめて囁く。
「ただいま」
 北海道は、ハルキにとって帰ってくる場所になったらしい。たった一つの言葉が、私を喜ばせてしまう。
「おかえり」
「二つ帰る場所があるってすごくない?」
「すごいよ、でもさ、私も二つあるんだよね」
「知ってる」
「ふふ、したっけ、今日はどこ行く?」
 自然と手を繋いで、今日のデート先を相談する。何度も行き来するうちに決めることもなくなった。普通の恋人たちのように、行き当たりばったりのデート。私たちの関係性が深くなったようで、つい歩く胸を張ってしまう。
「その前にこれ」
 ハルキがリュックから取り出したのは、小さいペンギンのぬいぐるみだった。手には、雪だるまを持っている。
「かわいいね」
「プレゼント」
「え?」
 もう一つ取り出したかと思えば、それはアザラシのぬいぐるみ。手には、ペンギンと同じように雪だるまを持ってる。
「やっぱり離れる時、寂しいみたいだから」
「気づいてたの?」
「当たり前だろ」
 ペンギンを押し付けられて、つい受け取る。バレていないと思っていた。悲しさに声を押し殺して泣いていた別れを。
「どうしても離れる時は寂しくなっちゃうし」
「そだね」
「だから、これ。思い出を形にしてみました。いつでも一緒に過ごした時間を思い出せるだろ?」
 言われてみれば、ペンギンもアザラシも、あの水族館のモニュメントに似ているし、手に持っている雪だるまは私たちが作ってバス停に置いてきたものに似ている。
 私の街に初めてハルキが来た時の、記憶にそっくりだ。嬉しいプレゼントに、ぎゅっと抱きしめてお礼を伝えれば、ぬいぐるみごと抱きしめられる。
「ユキの街を思い出せるんだ、これ見てるとすぐに」
「そっくりだもんね」
「離れる時は寂しいかも知んないけど、俺たちの中にはあの雪の景色あるだろ」
「ある、雪を見るたびに、ハルキがそこにいたのを思い出せるよ」
「雪が降ってなくても、思い出せるようにこれ持っててよ」
「うん」
 ハルキの体温とぬいぐるみに、また涙がこぼれた。私の大切なものが、また増えてしまった。
「じゃあ、今日はとりあえず楽しもうよ」
「うん、水族館今日はやってるから、行ってみる?」
「行きたい行きたい。どんな感じなのかずっと気になってた」
「行こう!」
 パッと体が離れて、手を繋がれる。ハルキからの優しさと思いに、また好きが降り積もっていく。
<了>