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2話

ー/ー



 月曜日の朝から全く調子が出なくて、俺は営業周りの途中で公園に立ち寄っていた。
 社会人経験も2年になれば、それなりの成果を求められる立場になる。
 だけれどこんな調子で営業に回っても、良い結果が出るはずもないとわかっていたから、俺は昼過ぎの公園のベンチに腰を下ろし、手に持った缶コーヒーを飲むでもなく手で弄びながら、ぼんやりとしていた。

 調子が上がらない理由は自分でもわかっている。
 婚約者だった澤野 弥生(さわのやよい)が部屋を出ていき、一切の連絡もつかなくなっているからだ。

 自分一人の話ではないため、詳細を語ることができていなかったのが悪いのは解る。
 だけれどもう少し俺を信じて、俺の話を聞いてくれても良かったのではないかという、理不尽な感情が胸中にはある。
 その反面では、いくら疲れていたからと言ってあんな言い方をしたら、余計にこじれてしまうのも仕方がないという気持ちもある。

 ただ、どんな状況であれ、この先の人生をともに歩くと決めていた相手が、自分の隣から消えて連絡もつかず、何をしているかもわからないという状況では、俺の気持ちも下がる一方ではあった。

 もちろん思いつく手段はすべて取ってみた。
 弥生の実家にも恥を忍んで電話してみたし、共通の友人知人にも総当りしてみた。
 だが現在の弥生の状況を一切知らないか、あるいは弥生直々に俺への情報開示を禁止しているという理由から、一歳の情報が俺のところには届いていなかった。

 せめて話すことができれば、全部を語れなくともそれでも、弥生が抱いている誤解を解くことができるのに……そう考えると、また一つため息が出る。
 ため息の数だけ幸せが遠のくとは言うけれど、幸せが消えそうになっているからため息が出るのだ。

「直接本人に連絡がつかない。友人知人も全滅。誤解を解きたくてもその手段がない。どうしろって言うんだ」

 甚だ身勝手だとは思うが、弥生の行動が理不尽に感じて、俺は少し苛ついた声でぼやいた。

「おやおやぁ……こんな昼間っからサボりかな、お兄さん」

 ぼやいてまた一つため息を付いた俺の、全く予想しないところから、可愛らしい声が上がる。
 声だけなら、まだまだ若い年代の女子だと解る。
 誰だろうとふと思って、うつむき気味だった顔を上げると、そこには見慣れない制服に身を包んだ女性とが立っていた。
 俺の方を見て笑っている。

 真新しそうな紺色のジャケット。
 グレーの濃淡で飾られたチェック柄のスカート。
 臙脂色のリボンが胸元のアクセントになっている。
 レースで縁取られた襟がただの制服を、ワンランク上品に見せている。

 こんなおしゃれな制服の学校が、この辺にあったかなと、随分間の抜けたことを考えてしまった自分に苦笑する。
 ついさっきまで弥生のことを考えて、この世の終わりみたいになっていたのに、意図せぬ乱入者によってこれほど気持ちが切り替わっていることが不思議でもあった。

「サボりじゃない。大人は効率が悪いと思ったときは見切りをつけるんだ」

 尤もらしいようで、全く中身のない返事を俺が返すと、少女は嬉しそうに笑う。
 相手をしてもらえたことが嬉しい……とでもいいたげな笑顔で。

「それってサボりをもっともらしく言ってるだけじゃないの」

「そう言うお前だって、こんな時間に制服着てうろついてるってことはサボりだろ」

 年下の女子に言い負かされたみたいな空気になったのが悔しくて、言い換えしてみる。
 別に勝ち負けとかを考えていたわけではない。
 ただ弥生がいなくなってから、誰かと会話したのが随分と久しぶりの気がして、少し気分が楽になっていたのだ。

 弥生がいなくなってまだ2日しか立っていないのになと、また考えて無意識にため息が一つ。

「ん……もしかして、恋の悩みかな?」

 妙に確信めいた顔で少女が俺に向かっていう。
 そんなわかりやすい顔をしていただろうかと、不意に気になって自分の顔をムニムニと触ってみる。
 手触りだけで解るはずもないのにと、冷静な自分が突っ込んで入るけれど。

「よろしい……私が話を聞いてしんぜようではないか」

 俺の不審な動きを面白そうに見つめていた少女は、突然胸を反らせて大仰にそう言う。
 口調だけではなく、どことなく偉そうと言うか上から目線というか……。

「何処の誰ともわからん子供に、話すことなんてないよ」

 少女のその上から目線な物言いに、少しばかりカチンときてしまった俺は、刺々しい口調で言い返す。
 だいたい何から話せばいいかもわからないし、ぽっと出の子供に何とかできる話でもない。
 つまり言うだけ無駄だし、それで変に弱みを見せられるのも好ましくない。

横嶋 初音(よこしまはつね)

 俺の顔をなんとも言えない微妙な表情で見つめて一言。
 俺がその言葉の意味がわからず、ぽかんとした表情をしていたからか、少女は少し苛立ったような口調で再度同じ言葉を繰り返す。
 最後に私の名前ねと付け加えて。

「んで横嶋さん。名前はわかったが俺が君に何か相談したとして、解決できるのか」

 何処の誰ともわからん……といったから、名乗ったのだとわかった俺は、言葉を返した。
 名乗ってもらったところで、相手の素性がわかるわけでもないし、ましてや俺と弥生に対して何かできるような人物でもないだろう。
 つまり相談しても無駄だと、俺は結論づける。

「ん……貴方のことは殆ど知らないけれど、澤野 弥生のことはよく知ってるよ。そして2人がなんで揉めてしまったかもね」

 意味深な言葉を告げる初音。
 なんでそんな事をと驚きを感じて、俺は反射的に彼女の顔を見る。
 彼女は俺の予想に反して、とても真剣な眼差しで俺を見ていた。

「なん……で……」

「……私はね、後悔を残したくないんだ。ずっと後悔してたあの人を見てきたから」

 俺の問いかけに、よくわからない言葉で返してくる初音。
 その言葉に込められた意味はわからなかったけれど、彼女は好奇心とか暇つぶしとかそういったものではなくて、明確な目的を持って俺に接触してきたと感じた。

「後悔って……」

「ごめん、それは今は言えない。だけど私は貴方と澤野 弥生との間にできた溝を、絡まった糸をなんとかしたいと思ってる。それだけは信じてほしい」

 全く要領を得ない言葉だけど、その内になんとも言えない強い意志を感じ、俺はもう一度だけ初音の顔を見つめた。
 初めて合う少女なのに、何処か既視感がある気がして、俺は軽く戸惑いを覚えた。


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 月曜日の朝から全く調子が出なくて、俺は営業周りの途中で公園に立ち寄っていた。
 社会人経験も2年になれば、それなりの成果を求められる立場になる。
 だけれどこんな調子で営業に回っても、良い結果が出るはずもないとわかっていたから、俺は昼過ぎの公園のベンチに腰を下ろし、手に持った缶コーヒーを飲むでもなく手で弄びながら、ぼんやりとしていた。
 調子が上がらない理由は自分でもわかっている。
 婚約者だった|澤野 弥生《さわのやよい》が部屋を出ていき、一切の連絡もつかなくなっているからだ。
 自分一人の話ではないため、詳細を語ることができていなかったのが悪いのは解る。
 だけれどもう少し俺を信じて、俺の話を聞いてくれても良かったのではないかという、理不尽な感情が胸中にはある。
 その反面では、いくら疲れていたからと言ってあんな言い方をしたら、余計にこじれてしまうのも仕方がないという気持ちもある。
 ただ、どんな状況であれ、この先の人生をともに歩くと決めていた相手が、自分の隣から消えて連絡もつかず、何をしているかもわからないという状況では、俺の気持ちも下がる一方ではあった。
 もちろん思いつく手段はすべて取ってみた。
 弥生の実家にも恥を忍んで電話してみたし、共通の友人知人にも総当りしてみた。
 だが現在の弥生の状況を一切知らないか、あるいは弥生直々に俺への情報開示を禁止しているという理由から、一歳の情報が俺のところには届いていなかった。
 せめて話すことができれば、全部を語れなくともそれでも、弥生が抱いている誤解を解くことができるのに……そう考えると、また一つため息が出る。
 ため息の数だけ幸せが遠のくとは言うけれど、幸せが消えそうになっているからため息が出るのだ。
「直接本人に連絡がつかない。友人知人も全滅。誤解を解きたくてもその手段がない。どうしろって言うんだ」
 甚だ身勝手だとは思うが、弥生の行動が理不尽に感じて、俺は少し苛ついた声でぼやいた。
「おやおやぁ……こんな昼間っからサボりかな、お兄さん」
 ぼやいてまた一つため息を付いた俺の、全く予想しないところから、可愛らしい声が上がる。
 声だけなら、まだまだ若い年代の女子だと解る。
 誰だろうとふと思って、うつむき気味だった顔を上げると、そこには見慣れない制服に身を包んだ女性とが立っていた。
 俺の方を見て笑っている。
 真新しそうな紺色のジャケット。
 グレーの濃淡で飾られたチェック柄のスカート。
 臙脂色のリボンが胸元のアクセントになっている。
 レースで縁取られた襟がただの制服を、ワンランク上品に見せている。
 こんなおしゃれな制服の学校が、この辺にあったかなと、随分間の抜けたことを考えてしまった自分に苦笑する。
 ついさっきまで弥生のことを考えて、この世の終わりみたいになっていたのに、意図せぬ乱入者によってこれほど気持ちが切り替わっていることが不思議でもあった。
「サボりじゃない。大人は効率が悪いと思ったときは見切りをつけるんだ」
 尤もらしいようで、全く中身のない返事を俺が返すと、少女は嬉しそうに笑う。
 相手をしてもらえたことが嬉しい……とでもいいたげな笑顔で。
「それってサボりをもっともらしく言ってるだけじゃないの」
「そう言うお前だって、こんな時間に制服着てうろついてるってことはサボりだろ」
 年下の女子に言い負かされたみたいな空気になったのが悔しくて、言い換えしてみる。
 別に勝ち負けとかを考えていたわけではない。
 ただ弥生がいなくなってから、誰かと会話したのが随分と久しぶりの気がして、少し気分が楽になっていたのだ。
 弥生がいなくなってまだ2日しか立っていないのになと、また考えて無意識にため息が一つ。
「ん……もしかして、恋の悩みかな?」
 妙に確信めいた顔で少女が俺に向かっていう。
 そんなわかりやすい顔をしていただろうかと、不意に気になって自分の顔をムニムニと触ってみる。
 手触りだけで解るはずもないのにと、冷静な自分が突っ込んで入るけれど。
「よろしい……私が話を聞いてしんぜようではないか」
 俺の不審な動きを面白そうに見つめていた少女は、突然胸を反らせて大仰にそう言う。
 口調だけではなく、どことなく偉そうと言うか上から目線というか……。
「何処の誰ともわからん子供に、話すことなんてないよ」
 少女のその上から目線な物言いに、少しばかりカチンときてしまった俺は、刺々しい口調で言い返す。
 だいたい何から話せばいいかもわからないし、ぽっと出の子供に何とかできる話でもない。
 つまり言うだけ無駄だし、それで変に弱みを見せられるのも好ましくない。
「|横嶋 初音《よこしまはつね》」
 俺の顔をなんとも言えない微妙な表情で見つめて一言。
 俺がその言葉の意味がわからず、ぽかんとした表情をしていたからか、少女は少し苛立ったような口調で再度同じ言葉を繰り返す。
 最後に私の名前ねと付け加えて。
「んで横嶋さん。名前はわかったが俺が君に何か相談したとして、解決できるのか」
 何処の誰ともわからん……といったから、名乗ったのだとわかった俺は、言葉を返した。
 名乗ってもらったところで、相手の素性がわかるわけでもないし、ましてや俺と弥生に対して何かできるような人物でもないだろう。
 つまり相談しても無駄だと、俺は結論づける。
「ん……貴方のことは殆ど知らないけれど、澤野 弥生のことはよく知ってるよ。そして2人がなんで揉めてしまったかもね」
 意味深な言葉を告げる初音。
 なんでそんな事をと驚きを感じて、俺は反射的に彼女の顔を見る。
 彼女は俺の予想に反して、とても真剣な眼差しで俺を見ていた。
「なん……で……」
「……私はね、後悔を残したくないんだ。ずっと後悔してたあの人を見てきたから」
 俺の問いかけに、よくわからない言葉で返してくる初音。
 その言葉に込められた意味はわからなかったけれど、彼女は好奇心とか暇つぶしとかそういったものではなくて、明確な目的を持って俺に接触してきたと感じた。
「後悔って……」
「ごめん、それは今は言えない。だけど私は貴方と澤野 弥生との間にできた溝を、絡まった糸をなんとかしたいと思ってる。それだけは信じてほしい」
 全く要領を得ない言葉だけど、その内になんとも言えない強い意志を感じ、俺はもう一度だけ初音の顔を見つめた。
 初めて合う少女なのに、何処か既視感がある気がして、俺は軽く戸惑いを覚えた。