第三章
ー/ー「いい加減認めろよ。それもう恋だよ」
いつものように私が九十九先輩の話をすると、香耶ちゃんはうんざりしたように机に突っ伏した。香耶ちゃん自慢の長い髪を手櫛で梳きながら私は「違うもん」と反発する。
入学と同時に粉々になりかけた私だけど、みやちゃんのお守りと先輩のおかげで、今では友達もできていた。
香耶ちゃんとの出会いは入学から2週間ほど立った頃だ。先輩に勧めてもらった本を読みながら教室移動をしていた時に廊下でぶつかったのが香耶ちゃんだった。
いつものように私が九十九先輩の話をすると、香耶ちゃんはうんざりしたように机に突っ伏した。香耶ちゃん自慢の長い髪を手櫛で梳きながら私は「違うもん」と反発する。
入学と同時に粉々になりかけた私だけど、みやちゃんのお守りと先輩のおかげで、今では友達もできていた。
香耶ちゃんとの出会いは入学から2週間ほど立った頃だ。先輩に勧めてもらった本を読みながら教室移動をしていた時に廊下でぶつかったのが香耶ちゃんだった。
ーー
『いてっ』
『わ、ごめんなさい』
『いや、大丈夫だけど……汐里、だったよね。本読みながら歩くのは危ないからやめとけば?』
香耶ちゃんは私の手から離そうと本を掴んできた。彼女は力が強いわけではないけど背が高くて威圧的なので、私は(奪われて叩かれる!)と思って必死に抵抗する。
『いやなんでだよ。別に取って食う訳じゃねぇよ』
『取って食う!? だめですこれは先輩に借りたもので』
『紙食う訳ねぇだろ! 変なとこだけ聞き取んな! とりあえず歩くときは閉じろ危ないから』
『……どうしても、読みたいんです。今はこれしか、ないから』
私がそう言うと、香耶ちゃんは「あー、泣くなよ……。そんなんで大丈夫かお前。ほら、じゃあ私が前歩くから、あんたは同じくらいの速さでついてきなよ」と言って歩き始めた。
『読んでていいんですか?』
『しらないよ。でも読んでたいんでしょ。次善の策だよ』
『ありがとうございます……。でも私次の授業は科学室なので、あなたの授業に遅れちゃったりしませんか?』
『ばか同じクラスだよ! 粟森 香耶! さっき私から苗字で呼んだだろうが!』
『いてっ』
『わ、ごめんなさい』
『いや、大丈夫だけど……汐里、だったよね。本読みながら歩くのは危ないからやめとけば?』
香耶ちゃんは私の手から離そうと本を掴んできた。彼女は力が強いわけではないけど背が高くて威圧的なので、私は(奪われて叩かれる!)と思って必死に抵抗する。
『いやなんでだよ。別に取って食う訳じゃねぇよ』
『取って食う!? だめですこれは先輩に借りたもので』
『紙食う訳ねぇだろ! 変なとこだけ聞き取んな! とりあえず歩くときは閉じろ危ないから』
『……どうしても、読みたいんです。今はこれしか、ないから』
私がそう言うと、香耶ちゃんは「あー、泣くなよ……。そんなんで大丈夫かお前。ほら、じゃあ私が前歩くから、あんたは同じくらいの速さでついてきなよ」と言って歩き始めた。
『読んでていいんですか?』
『しらないよ。でも読んでたいんでしょ。次善の策だよ』
『ありがとうございます……。でも私次の授業は科学室なので、あなたの授業に遅れちゃったりしませんか?』
『ばか同じクラスだよ! 粟森 香耶! さっき私から苗字で呼んだだろうが!』
ーー
そこから香耶ちゃんは、私の”お守り“をするようになった。
「陳腐なの」
「は?」
「恋の意味って辞書で調べても2つほどしかないの。おかしいと思わない? ハイ香耶ちゃん復習。現在の日本の総人口は?」
「1億」
「とんでもないケタで四捨五入しないの」
私は両手で香耶ちゃんの頭皮をマッサージする。香耶ちゃんは「あーそこそこ」と気持ちよさそうに目を閉じた。
「こんなに人間がいるのに恋の定義が2つしかないなんておかしい。つまり、そんな言葉の檻に閉じ込めなくても、大切にしあえる関係が沢山あるってことなのよ」
「檻に入れないと暴れまわって大変だって相談しにきたんでしょうが」
「そうなの! どうしよう香耶ちゃん」
香耶ちゃんがばっと頭を上げる。髪からシャンプーの香りがふわっと広がった。同じ匂いが手についてないか確認するように嗅いだら「やめろ」とチョップが飛んでくる。
「逆に汐里は何で恋にしたくないんだよ」
「だって……。私、恋なんて小説の中の話で、これまで読む側でしかなかったし。恋焦がれる感情を先輩に感じたこともないんだもん」
私がそう言うと、香耶ちゃんは指を左右に振って「チッチッチ」と言った。
「たとえば先輩に彼女ができたとしよう。毎週月曜に下校時間ギリギリまで一緒にいる男女を彼女はどう判断する。お前が原因で痴話喧嘩が起きて、お前との縁を切るか切らないかを彼女に迫られるところまでは容易に想像がつく。もしそこで先輩が切らないを選択した時、お前は『いや、私の気持ちは恋じゃないんで』なんて残酷なことを先輩に言えるのか?」
指をそのまま眉間に持ってこられ、ぐりぐりと押される。
「あうぅ」
「断言してやる。男女が関係性を真に残したい場合、むりやり恋愛関係にして添い遂げる以外に方法はないんだよ。そうじゃなきゃ、あとは正月にあけおめのやり取りして、今年はもっと遊ぼうねなんて社交辞令を言い合うだけの関係に着地するんだよ」
「生々しい……」
「バイト先のギャルの受け売り」
香耶ちゃんはピースしながら舌をぺろっと出す。そういうギャルがバイト先にいるんだと思っていると、チャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。
「先輩ももう受験を見据えなきゃいけない時期だろ。早めにアプローチしときな」
香耶ちゃんはそれだけ言い残してノートを開いた。私も教科書を開きながら、小説を引き出しの下にセッティングする。
この気持ちを恋に昇華させないと、先輩とは一緒にいられないとして。
窓の外はべったりとした雪雲が、果てなんて見せないと言わんばかりに空を覆いつくしていた。
そこから香耶ちゃんは、私の”お守り“をするようになった。
「陳腐なの」
「は?」
「恋の意味って辞書で調べても2つほどしかないの。おかしいと思わない? ハイ香耶ちゃん復習。現在の日本の総人口は?」
「1億」
「とんでもないケタで四捨五入しないの」
私は両手で香耶ちゃんの頭皮をマッサージする。香耶ちゃんは「あーそこそこ」と気持ちよさそうに目を閉じた。
「こんなに人間がいるのに恋の定義が2つしかないなんておかしい。つまり、そんな言葉の檻に閉じ込めなくても、大切にしあえる関係が沢山あるってことなのよ」
「檻に入れないと暴れまわって大変だって相談しにきたんでしょうが」
「そうなの! どうしよう香耶ちゃん」
香耶ちゃんがばっと頭を上げる。髪からシャンプーの香りがふわっと広がった。同じ匂いが手についてないか確認するように嗅いだら「やめろ」とチョップが飛んでくる。
「逆に汐里は何で恋にしたくないんだよ」
「だって……。私、恋なんて小説の中の話で、これまで読む側でしかなかったし。恋焦がれる感情を先輩に感じたこともないんだもん」
私がそう言うと、香耶ちゃんは指を左右に振って「チッチッチ」と言った。
「たとえば先輩に彼女ができたとしよう。毎週月曜に下校時間ギリギリまで一緒にいる男女を彼女はどう判断する。お前が原因で痴話喧嘩が起きて、お前との縁を切るか切らないかを彼女に迫られるところまでは容易に想像がつく。もしそこで先輩が切らないを選択した時、お前は『いや、私の気持ちは恋じゃないんで』なんて残酷なことを先輩に言えるのか?」
指をそのまま眉間に持ってこられ、ぐりぐりと押される。
「あうぅ」
「断言してやる。男女が関係性を真に残したい場合、むりやり恋愛関係にして添い遂げる以外に方法はないんだよ。そうじゃなきゃ、あとは正月にあけおめのやり取りして、今年はもっと遊ぼうねなんて社交辞令を言い合うだけの関係に着地するんだよ」
「生々しい……」
「バイト先のギャルの受け売り」
香耶ちゃんはピースしながら舌をぺろっと出す。そういうギャルがバイト先にいるんだと思っていると、チャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。
「先輩ももう受験を見据えなきゃいけない時期だろ。早めにアプローチしときな」
香耶ちゃんはそれだけ言い残してノートを開いた。私も教科書を開きながら、小説を引き出しの下にセッティングする。
この気持ちを恋に昇華させないと、先輩とは一緒にいられないとして。
窓の外はべったりとした雪雲が、果てなんて見せないと言わんばかりに空を覆いつくしていた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「いい加減認めろよ。それもう恋だよ」
いつものように私が九十九先輩の話をすると、|香耶《かや》ちゃんはうんざりしたように机に突っ伏した。香耶ちゃん自慢の長い髪を手櫛で|梳《す》きながら私は「違うもん」と反発する。
入学と同時に粉々になりかけた私だけど、みやちゃんのお守りと先輩のおかげで、今では友達もできていた。
香耶ちゃんとの出会いは入学から2週間ほど立った頃だ。先輩に勧めてもらった本を読みながら教室移動をしていた時に廊下でぶつかったのが香耶ちゃんだった。
ーー
『いてっ』
『わ、ごめんなさい』
『いや、大丈夫だけど……汐里、だったよね。本読みながら歩くのは危ないからやめとけば?』
香耶ちゃんは私の手から離そうと本を掴んできた。彼女は力が強いわけではないけど背が高くて威圧的なので、私は(奪われて叩かれる!)と思って必死に抵抗する。
『いやなんでだよ。別に取って食う訳じゃねぇよ』
『取って食う!? だめですこれは先輩に借りたもので』
『紙食う訳ねぇだろ! 変なとこだけ聞き取んな! とりあえず歩くときは閉じろ危ないから』
『……どうしても、読みたいんです。今はこれしか、ないから』
私がそう言うと、香耶ちゃんは「あー、泣くなよ……。そんなんで大丈夫かお前。ほら、じゃあ私が前歩くから、あんたは同じくらいの速さでついてきなよ」と言って歩き始めた。
『読んでていいんですか?』
『しらないよ。でも読んでたいんでしょ。次善の策だよ』
『ありがとうございます……。でも私次の授業は科学室なので、あなたの授業に遅れちゃったりしませんか?』
『ばか同じクラスだよ! |粟森 香耶《あわもり かや》! さっき私から苗字で呼んだだろうが!』
ーー
そこから香耶ちゃんは、私の”お守り“をするようになった。
「陳腐なの」
「は?」
「恋の意味って辞書で調べても2つほどしかないの。おかしいと思わない? ハイ香耶ちゃん復習。現在の日本の総人口は?」
「1億」
「とんでもないケタで四捨五入しないの」
私は両手で香耶ちゃんの頭皮をマッサージする。香耶ちゃんは「あーそこそこ」と気持ちよさそうに目を閉じた。
「こんなに人間がいるのに恋の定義が2つしかないなんておかしい。つまり、そんな言葉の檻に閉じ込めなくても、大切にしあえる関係が沢山あるってことなのよ」
「檻に入れないと暴れまわって大変だって相談しにきたんでしょうが」
「そうなの! どうしよう香耶ちゃん」
香耶ちゃんがばっと頭を上げる。髪からシャンプーの香りがふわっと広がった。同じ匂いが手についてないか確認するように嗅いだら「やめろ」とチョップが飛んでくる。
「逆に汐里は何で恋にしたくないんだよ」
「だって……。私、恋なんて小説の中の話で、これまで読む側でしかなかったし。恋焦がれる感情を先輩に感じたこともないんだもん」
私がそう言うと、香耶ちゃんは指を左右に振って「チッチッチ」と言った。
「たとえば先輩に彼女ができたとしよう。毎週月曜に下校時間ギリギリまで一緒にいる男女を彼女はどう判断する。お前が原因で痴話喧嘩が起きて、お前との縁を切るか切らないかを彼女に迫られるところまでは容易に想像がつく。もしそこで先輩が切らないを選択した時、お前は『いや、私の気持ちは恋じゃないんで』なんて残酷なことを先輩に言えるのか?」
指をそのまま眉間に持ってこられ、ぐりぐりと押される。
「あうぅ」
「断言してやる。男女が関係性を真に残したい場合、むりやり恋愛関係にして添い遂げる以外に方法はないんだよ。そうじゃなきゃ、あとは正月にあけおめのやり取りして、今年はもっと遊ぼうねなんて社交辞令を言い合うだけの関係に着地するんだよ」
「生々しい……」
「バイト先のギャルの受け売り」
香耶ちゃんはピースしながら舌をぺろっと出す。そういうギャルがバイト先にいるんだと思っていると、チャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。
「先輩ももう受験を見据えなきゃいけない時期だろ。早めにアプローチしときな」
香耶ちゃんはそれだけ言い残してノートを開いた。私も教科書を開きながら、小説を引き出しの下にセッティングする。
この気持ちを恋に昇華させないと、先輩とは一緒にいられないとして。
窓の外はべったりとした雪雲が、果てなんて見せないと言わんばかりに空を覆いつくしていた。