表示設定
表示設定
目次 目次




【2】

ー/ー



「都合のいいように使われてんの、見てる方が腹立つんだけど」
 次に三組を訪ね、沙也香を呼んで欲しいと頼んだ陽希に向けられた、翔聖の憮然(ぶぜん)とした表情。
 理解できないと言いたげな彼に、陽希はなんとか誤解を解こうと焦る。

「あ、違う、んだ。使われてるんじゃなくて、俺が自分から言い出したんだよ。『手紙、届けるから~』って」
「……なんだ、それ?」

 不意に(よみがえ)る、記憶。
 去年、提出物を持って職員室の担任を訪ねた折だった。
 用が終わって帰ろうとしたら、ついでにクラス全員分のノートとレポートを返却して、課題のプリントを配っておくように頼まれたことがあったのだ。
 新品ならまだしも使用中の、プリントを張り付けたりして厚みも違うノート。四十冊重ねて持ち歩くのは、簡単ではないがまだ何とかなる。
 しかし、それ以上に四十人分のレポートとプリントが厄介だった。何せ一人分が一枚二枚ではないのだから。

 よたよたとバランスを崩さないよう慎重に歩いていたが、ふとしたはずみで上に載せたプリントの束が崩れそうになる。
 あとから思えば、一部を落としても拾えばいいだけだったのだが、咄嗟(とっさ)に落下を止めようと手を動かしてしまったのだ。
 アッと思ったときには、抱えていたすべてが廊下に雪崩(なだれ)のように滑り落ちていた。

「うわ、やっちゃった……」
 拾わなければ、と屈み掛けた陽希のすぐ脇を通り過ぎた誰かが、無言で散乱したノート類を拾い集めてくれている。
 慌てて自分も拾いながら、ようやくすべてを回収し終わり顔を上げた陽希は、それが同じクラスの強面(こわもて)の翔聖だと気づいて固まった。

「あ、ありがと、支倉くん……。あの、ごめんなさ──、!」
 しどろもどろの陽希に彼はにこりともせず、荷物も渡してくれない。

「行くぞ。──これ、前田(まえだ)か? 担任の。一人じゃ無理だろ、お前も断れよ」
「……えーと、支倉、くん? いいよ、貸して」
 大半を彼が手にしていることに、困惑した陽希は空いた片手を差し出した。

「お前、人の話聞いてないのか? 一人じゃ無理だって言ってるだろ。ほら、教室でいいんだよな?」
「あ、あー、うん。──ありがとう、支倉くん」
 呆れを隠さない支倉の口調に、陽希はそれ以上食い下がることはできない。

 翔聖に何をされたわけでも、言われたわけでもないのに。
 雰囲気だけで怖がって、挨拶することさえ躊躇っていた彼の意外な部分を見た。
 それ以来、陽希は彼とごく普通に挨拶を交わし、時には雑談もできるようになった。
 口数の多くない翔聖とは話が弾むわけではなかったが、陽希が話すのを特につまらなそうでもなく聞いてくれていたのだ。

 ところが、学年が変わると同時にクラス替えで彼とは別になってしまった。
 わざわざ向こうの教室に押し掛けて話すほど、親しい友人ではない。……話すどころか、会うことさえ難しくなってしまった。
 不自然ではなく、三組の教室を訪れる口実が欲しかった。陽希の一組と三組は体育の授業も別で、積極的に動かなければ接点がない。
 何かないか、と考えながら三組の前の廊下を通ったとき、後部ドアから一番近い翔聖に誰かを呼んでもらうよう頼んでいる男子生徒を見掛けたのだ。
 そう、これだ!
 翔聖がこの席にいる限り、クラスの誰かに用があるからと彼に声掛けするのはおかしくない。

 ──翔聖と話したかった。話せなくてもいい、ただ顔を合わせてビジネスライクな言葉を交わすだけでもよかった。この気持ちは、ただの友情ではないのかもしれない。それでも。

 少なくとも、毬絵は陽希のこの想いに気づいている、と思う。もしかしたら沙也香も。
 他にも、平気でクラスの男子に使い走りをさせているといい感情を持っていない生徒が居ても不思議ではないだろう。
 そんなことは気にせず、あるいは気にしない振りで、三組へ足を運ぶ用事を作ってくれる彼女たちには口には出せないが感謝の気持ちしかなかった。

「……手紙、ってさ。今はなかなか書かないし、もらわないじゃん? もちろんスマホメールとかメッセージは便利だし、俺だってないと困るんだけど」
 勝手に言葉が零れて行く。

「でも、便利な分すぐに通り過ぎて行っちゃうっていうか、気軽にいっぱいやり取りしたらすぐ埋もれちゃうだろ? 手紙なら、手元にあればすぐ触れるから。──なんか、何言いたいのかわかんなくなった、けど」
 我ながら支離滅裂だな、と半ば呆れながら、陽希は彼の目は見られないままに話した。

「だから支倉くん、手紙書いていい?」
 思い切って訊いた陽希に、翔聖はぽかんと口を開ける。

「は!? 手紙、って。なんで?」
 普段の彼からは想像もつかない間抜け面。陽希は笑いを堪えながら説明する。

「だって俺、人の手紙運ぶばっかだからさ。でも、()てもなく手紙書いたって虚しいじゃん。やっぱ相手がいないと」
「……いいよ」
 素っ気なく、それでも承諾してくれる翔聖。

「渡したら読んでくれる?」
 つい念を押してしまった陽希に、彼は少し不機嫌そうに答えた。

「読むに決まってるだろ。でなけりゃ書いていいなんて言わない。はっきり断る」
「ありがとう!」
 明るく礼を告げ、陽希は三組を後にする。
 本当に届けたかったのは『誰かの手紙』などではなかった。
 もちろん自分でもわかってはいたが、秘めた望みが叶うことなど夢にも描いたことはない。

 手紙。──想い。真に届けたかったもの。
 何を書こうか。なんて書こうか。……まずは、『お友達から』?

「俺と河瀬は、もう友達だろ」
 また不愛想に(つぶや)く翔聖の顔が浮かぶ。

 だったら、……『君と、もっと仲良くなりたい』?

                          ~END~
『手紙の架け橋』


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「都合のいいように使われてんの、見てる方が腹立つんだけど」
 次に三組を訪ね、沙也香を呼んで欲しいと頼んだ陽希に向けられた、翔聖の|憮然《ぶぜん》とした表情。
 理解できないと言いたげな彼に、陽希はなんとか誤解を解こうと焦る。
「あ、違う、んだ。使われてるんじゃなくて、俺が自分から言い出したんだよ。『手紙、届けるから~』って」
「……なんだ、それ?」
 不意に|蘇《よみがえ》る、記憶。
 去年、提出物を持って職員室の担任を訪ねた折だった。
 用が終わって帰ろうとしたら、ついでにクラス全員分のノートとレポートを返却して、課題のプリントを配っておくように頼まれたことがあったのだ。
 新品ならまだしも使用中の、プリントを張り付けたりして厚みも違うノート。四十冊重ねて持ち歩くのは、簡単ではないがまだ何とかなる。
 しかし、それ以上に四十人分のレポートとプリントが厄介だった。何せ一人分が一枚二枚ではないのだから。
 よたよたとバランスを崩さないよう慎重に歩いていたが、ふとしたはずみで上に載せたプリントの束が崩れそうになる。
 あとから思えば、一部を落としても拾えばいいだけだったのだが、|咄嗟《とっさ》に落下を止めようと手を動かしてしまったのだ。
 アッと思ったときには、抱えていたすべてが廊下に|雪崩《なだれ》のように滑り落ちていた。
「うわ、やっちゃった……」
 拾わなければ、と屈み掛けた陽希のすぐ脇を通り過ぎた誰かが、無言で散乱したノート類を拾い集めてくれている。
 慌てて自分も拾いながら、ようやくすべてを回収し終わり顔を上げた陽希は、それが同じクラスの|強面《こわもて》の翔聖だと気づいて固まった。
「あ、ありがと、支倉くん……。あの、ごめんなさ──、!」
 しどろもどろの陽希に彼はにこりともせず、荷物も渡してくれない。
「行くぞ。──これ、|前田《まえだ》か? 担任の。一人じゃ無理だろ、お前も断れよ」
「……えーと、支倉、くん? いいよ、貸して」
 大半を彼が手にしていることに、困惑した陽希は空いた片手を差し出した。
「お前、人の話聞いてないのか? 一人じゃ無理だって言ってるだろ。ほら、教室でいいんだよな?」
「あ、あー、うん。──ありがとう、支倉くん」
 呆れを隠さない支倉の口調に、陽希はそれ以上食い下がることはできない。
 翔聖に何をされたわけでも、言われたわけでもないのに。
 雰囲気だけで怖がって、挨拶することさえ躊躇っていた彼の意外な部分を見た。
 それ以来、陽希は彼とごく普通に挨拶を交わし、時には雑談もできるようになった。
 口数の多くない翔聖とは話が弾むわけではなかったが、陽希が話すのを特につまらなそうでもなく聞いてくれていたのだ。
 ところが、学年が変わると同時にクラス替えで彼とは別になってしまった。
 わざわざ向こうの教室に押し掛けて話すほど、親しい友人ではない。……話すどころか、会うことさえ難しくなってしまった。
 不自然ではなく、三組の教室を訪れる口実が欲しかった。陽希の一組と三組は体育の授業も別で、積極的に動かなければ接点がない。
 何かないか、と考えながら三組の前の廊下を通ったとき、後部ドアから一番近い翔聖に誰かを呼んでもらうよう頼んでいる男子生徒を見掛けたのだ。
 そう、これだ!
 翔聖がこの席にいる限り、クラスの誰かに用があるからと彼に声掛けするのはおかしくない。
 ──翔聖と話したかった。話せなくてもいい、ただ顔を合わせてビジネスライクな言葉を交わすだけでもよかった。この気持ちは、ただの友情ではないのかもしれない。それでも。
 少なくとも、毬絵は陽希のこの想いに気づいている、と思う。もしかしたら沙也香も。
 他にも、平気でクラスの男子に使い走りをさせているといい感情を持っていない生徒が居ても不思議ではないだろう。
 そんなことは気にせず、あるいは気にしない振りで、三組へ足を運ぶ用事を作ってくれる彼女たちには口には出せないが感謝の気持ちしかなかった。
「……手紙、ってさ。今はなかなか書かないし、もらわないじゃん? もちろんスマホメールとかメッセージは便利だし、俺だってないと困るんだけど」
 勝手に言葉が零れて行く。
「でも、便利な分すぐに通り過ぎて行っちゃうっていうか、気軽にいっぱいやり取りしたらすぐ埋もれちゃうだろ? 手紙なら、手元にあればすぐ触れるから。──なんか、何言いたいのかわかんなくなった、けど」
 我ながら支離滅裂だな、と半ば呆れながら、陽希は彼の目は見られないままに話した。
「だから支倉くん、手紙書いていい?」
 思い切って訊いた陽希に、翔聖はぽかんと口を開ける。
「は!? 手紙、って。なんで?」
 普段の彼からは想像もつかない間抜け面。陽希は笑いを堪えながら説明する。
「だって俺、人の手紙運ぶばっかだからさ。でも、|宛《あ》てもなく手紙書いたって虚しいじゃん。やっぱ相手がいないと」
「……いいよ」
 素っ気なく、それでも承諾してくれる翔聖。
「渡したら読んでくれる?」
 つい念を押してしまった陽希に、彼は少し不機嫌そうに答えた。
「読むに決まってるだろ。でなけりゃ書いていいなんて言わない。はっきり断る」
「ありがとう!」
 明るく礼を告げ、陽希は三組を後にする。
 本当に届けたかったのは『誰かの手紙』などではなかった。
 もちろん自分でもわかってはいたが、秘めた望みが叶うことなど夢にも描いたことはない。
 《《陽希から翔聖への》》手紙。──想い。真に届けたかったもの。
 何を書こうか。なんて書こうか。……まずは、『お友達から』?
「俺と河瀬は、もう友達だろ」
 また不愛想に|呟《つぶや》く翔聖の顔が浮かぶ。
 だったら、……『君と、もっと仲良くなりたい』?
                          ~END~