「たけちゃん! 図書館行くならのんちゃんも連れて行ってあげてよ」
休日、課題のための資料を探しに図書館へ行くと告げた健に母が持ち掛けて来た。
「いいよ。|望《のぞみ》、すぐ行ける?」
「いける! あ、まって。かばんとってくる〜」
「すぐじゃないじゃんか」
七歳下の妹は、この春小学校に入学した。
早生まれのため同級生と比べて身体も小さく、友人と遊んでいても運動能力に差が出てしまうと言う。
その影響があるのかは不明だか、引っ込み思案なところがあった。
母も休日は大抵家にいる彼女を心配して、健に頼ってくることもよくあった。
健は去年から中学生だ。近所では「妹思いのいいお兄ちゃん」と評判らしい、と母が嬉しそうに話していた。
それは単なる結果でしかない。健にとって望は、頭で考えるより前に自然と大切にしたい存在だから。
「おにいちゃんおまたせ。いこう!」
「自転車でいい?」
「うん」
血を分けた妹。健の片割れの魂を引き継いだ彼女。
薄れかけた記憶の中の、《《姉》》の面影を残す顔立ち、同じような長い髪。服は純白ではないけれど。
約束通りにまた、会えたのだ。彼女に。みゆきの魂を持つ妹に。
◇ ◇ ◇
「受精卵が子宮内膜に到達して、着床するまで約七日です」
保健体育の時間に教えられた、人間の妊娠の仕組み。
教室の中は照れや冷やかしの混じった含み笑いも微かに漏れてはいたが、健の意識は「七日」の一点に集約されていた。
七日。
みゆきが現れて消えるまでの期間だ。
あれはみゆきが望に、……新たな魂を持つ人間になると決まって、実際になってしまうまでの時間だったのだろうか?
日に日に大きくなる母のお腹に触れて耳を当てて、己のもとにやって来る弟か妹を待ち望んでいた。
正直なところ「みゆきに会える」よりもただ生まれ来る存在が楽しみだった。兄になる自分が。
しかし、産院で生まれたばかりの妹を「のぞみちゃんよ」と見せられた瞬間、健の頭を過ぎったのは「みゆき」だったのだ。
彼女にも健自身にも、まるで似ていないくしゃくしゃの顔の赤ん坊なのに。
あれ以来ずっと、健は「姉」のことは誰にも話してはいない。
もしこの先口にすることがあるとしたら、その相手は望でしかありえないだろう。しかしそれさえも、今の健には現実味が薄かった。
「ふたりのひみつ」があってもいい。たったひとつだけの。
──みゆき。望が君じゃないのはもちろんわかってる。だけど、……あの頃の君と重なるのは許して欲しい。僕は望を愛して守るよ。君とは互いにできなかった分まで。
~END〜