【2】②
ー/ー「ねえママ。パパがいなくなったらママは──」
娘の呟きに瞠目した母は、酔って寝室の床に座り込み喚く父を置いて真っ直ぐキッチンへと向かった。
星は何もしていない。
単なる口癖になり果てていた母の「幸せになりたい」が、何故かその日に限って父の殺害に至ったのは彼女の意志だ。
「ちょっと傷くらいつけて、死のうとした振りしといた方が『そんなつもりなかった、どうしよう!』って感じ出るよね」
娘に視線すら寄越さず、薄ら笑いを浮かべながら母が刃を首元へ持って行く。
それが彼女の、最期の意味のある言葉だった。
周りに注意など払わず無防備な母に、星は斜め後ろから体当りする。母が持つ包丁が喉に突き刺さるように。
しかし、そうはならなかった。手も刃物も横倒しになった母の身体の下でよく見えなかったのだが。
失敗した、と感じたかどうかも記憶が定かではない。いきなり血が吹き出して、母は二度と起き上がることはなかった。
胸を刺されて、すぐ傍の床で身体をくの字に曲げたままぴくりとも動かない父と同様に。
たった五年しか生きていないのに、星の唯一の願いは叶ったのだ。
あの二人はもうこの世にいないのだから。これ以上、何を望むことがあるだろう。
「星ちゃん、何か食べたいものある? 他にもなにか欲しかったら言ってね」
病院のベッドの上で尋ねられても答えられなかった。欲しいものは、要求する前に与えられていたからだ。
ここは絵本の中の夢の世界のようだと少女は戸惑う。
折を見ては顔を出す女性刑事や病院のスタッフが運んで来てくれるトレイには、常に温かい白飯と何種類もの副菜が載っていた。
見たこともない食べ物を恐る恐る口にしたら、とても美味しく夢中で貪る。
「これ、きららがたべていいの?」
プリンがついていたときには、トレイがベッドテーブルに置かれる前に訊いてしまった。
「もちろんよ。星ちゃん、プリン好きなの?」
好きかどうかすらわからない。
たまに母が買って来てはいたが、一度も星の口には入らなかった、憧れの。
柔らかく舌に甘いデザートをスプーンで口に運びながら、次に訊かれることがあれば「すき」と答えようとだけ考えていた。
ここは、温かい。暖房の効果だけではなく。
外は寒風吹き荒ぶ真冬でも、星の冬はようやく終わった。ストーブの暖気などなんの意味もなかった冷たい恐怖の檻から開放されたのだ。
──きららは『じゆう』になったのよ。パパ、ママ、さようなら。
~END~
娘の呟きに瞠目した母は、酔って寝室の床に座り込み喚く父を置いて真っ直ぐキッチンへと向かった。
星は何もしていない。
単なる口癖になり果てていた母の「幸せになりたい」が、何故かその日に限って父の殺害に至ったのは彼女の意志だ。
「ちょっと傷くらいつけて、死のうとした振りしといた方が『そんなつもりなかった、どうしよう!』って感じ出るよね」
娘に視線すら寄越さず、薄ら笑いを浮かべながら母が刃を首元へ持って行く。
それが彼女の、最期の意味のある言葉だった。
周りに注意など払わず無防備な母に、星は斜め後ろから体当りする。母が持つ包丁が喉に突き刺さるように。
しかし、そうはならなかった。手も刃物も横倒しになった母の身体の下でよく見えなかったのだが。
失敗した、と感じたかどうかも記憶が定かではない。いきなり血が吹き出して、母は二度と起き上がることはなかった。
胸を刺されて、すぐ傍の床で身体をくの字に曲げたままぴくりとも動かない父と同様に。
たった五年しか生きていないのに、星の唯一の願いは叶ったのだ。
あの二人はもうこの世にいないのだから。これ以上、何を望むことがあるだろう。
「星ちゃん、何か食べたいものある? 他にもなにか欲しかったら言ってね」
病院のベッドの上で尋ねられても答えられなかった。欲しいものは、要求する前に与えられていたからだ。
ここは絵本の中の夢の世界のようだと少女は戸惑う。
折を見ては顔を出す女性刑事や病院のスタッフが運んで来てくれるトレイには、常に温かい白飯と何種類もの副菜が載っていた。
見たこともない食べ物を恐る恐る口にしたら、とても美味しく夢中で貪る。
「これ、きららがたべていいの?」
プリンがついていたときには、トレイがベッドテーブルに置かれる前に訊いてしまった。
「もちろんよ。星ちゃん、プリン好きなの?」
好きかどうかすらわからない。
たまに母が買って来てはいたが、一度も星の口には入らなかった、憧れの。
柔らかく舌に甘いデザートをスプーンで口に運びながら、次に訊かれることがあれば「すき」と答えようとだけ考えていた。
ここは、温かい。暖房の効果だけではなく。
外は寒風吹き荒ぶ真冬でも、星の冬はようやく終わった。ストーブの暖気などなんの意味もなかった冷たい恐怖の檻から開放されたのだ。
──きららは『じゆう』になったのよ。パパ、ママ、さようなら。
~END~
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「ねえママ。パパが《《いなくなったら》》ママは──」
娘の呟きに|瞠目《どうもく》した母は、酔って寝室の床に座り込み喚く父を置いて真っ直ぐキッチンへと向かった。
星は何もしていない。
単なる口癖になり果てていた母の「幸せになりたい」が、何故かその日に限って父の殺害に至ったのは彼女の意志だ。
娘の呟きに|瞠目《どうもく》した母は、酔って寝室の床に座り込み喚く父を置いて真っ直ぐキッチンへと向かった。
星は何もしていない。
単なる口癖になり果てていた母の「幸せになりたい」が、何故かその日に限って父の殺害に至ったのは彼女の意志だ。
「ちょっと傷くらいつけて、死のうとした振りしといた方が『そんなつもりなかった、どうしよう!』って感じ出るよね」
娘に視線すら寄越さず、薄ら笑いを浮かべながら母が刃を首元へ持って行く。
それが彼女の、最期の意味のある言葉だった。
周りに注意など払わず無防備な母に、星は斜め後ろから体当りする。母が持つ包丁が喉に突き刺さるように。
娘に視線すら寄越さず、薄ら笑いを浮かべながら母が刃を首元へ持って行く。
それが彼女の、最期の意味のある言葉だった。
周りに注意など払わず無防備な母に、星は斜め後ろから体当りする。母が持つ包丁が喉に突き刺さるように。
しかし、そうはならなかった。手も刃物も横倒しになった母の身体の下でよく見えなかったのだが。
失敗した、と感じたかどうかも記憶が定かではない。いきなり血が吹き出して、母は二度と起き上がることはなかった。
胸を刺されて、すぐ傍の床で身体をくの字に曲げたままぴくりとも動かない父と同様に。
失敗した、と感じたかどうかも記憶が定かではない。いきなり血が吹き出して、母は二度と起き上がることはなかった。
胸を刺されて、すぐ傍の床で身体をくの字に曲げたままぴくりとも動かない父と同様に。
たった五年しか生きていないのに、星の唯一の願いは叶ったのだ。
あの二人はもうこの世にいないのだから。これ以上、何を望むことがあるだろう。
あの二人はもうこの世にいないのだから。これ以上、何を望むことがあるだろう。
「星ちゃん、何か食べたいものある? 他にもなにか欲しかったら言ってね」
病院のベッドの上で尋ねられても答えられなかった。欲しいものは、要求する前に与えられていたからだ。
ここは絵本の中の夢の世界のようだと少女は戸惑う。
折を見ては顔を出す女性刑事や病院のスタッフが運んで来てくれるトレイには、常に温かい白飯と何種類もの副菜が載っていた。
見たこともない食べ物を恐る恐る口にしたら、とても美味しく夢中で|貪《むさぼ》る。
病院のベッドの上で尋ねられても答えられなかった。欲しいものは、要求する前に与えられていたからだ。
ここは絵本の中の夢の世界のようだと少女は戸惑う。
折を見ては顔を出す女性刑事や病院のスタッフが運んで来てくれるトレイには、常に温かい白飯と何種類もの副菜が載っていた。
見たこともない食べ物を恐る恐る口にしたら、とても美味しく夢中で|貪《むさぼ》る。
「これ、|きらら《星》がたべていいの?」
プリンがついていたときには、トレイがベッドテーブルに置かれる前に訊いてしまった。
プリンがついていたときには、トレイがベッドテーブルに置かれる前に訊いてしまった。
「もちろんよ。星ちゃん、プリン好きなの?」
好きかどうかすらわからない。
たまに母が買って来てはいたが、一度も星の口には入らなかった、憧れの。
柔らかく舌に甘いデザートをスプーンで口に運びながら、次に訊かれることがあれば「すき」と答えようとだけ考えていた。
ここは、温かい。暖房の効果だけではなく。
外は寒風吹き荒ぶ真冬でも、星の《《冬》》はようやく終わった。ストーブの暖気などなんの意味もなかった冷たい恐怖の檻から開放されたのだ。
好きかどうかすらわからない。
たまに母が買って来てはいたが、一度も星の口には入らなかった、憧れの。
柔らかく舌に甘いデザートをスプーンで口に運びながら、次に訊かれることがあれば「すき」と答えようとだけ考えていた。
ここは、温かい。暖房の効果だけではなく。
外は寒風吹き荒ぶ真冬でも、星の《《冬》》はようやく終わった。ストーブの暖気などなんの意味もなかった冷たい恐怖の檻から開放されたのだ。
──|きらら《星》は『じゆう』になったのよ。パパ、ママ、さようなら。
~END~